愛知県名古屋市にある東海中学校・高等学校による「サタデープログラム」がSNSで話題になっていたので、私も観てみた。備忘録として感想を残したいと思う。
まず、中高生が中心となって企画したものだとすれば、日本の将来に希望を感じるし、主催者には敬意を表したい。
イベントは高校生2名による司会で、企画意図には、「高市政権が衆院選で316議席を獲得し、SNS等で一方的なポピュリズム論調が広がる現代社会への問題提起」とある。
登壇したのは、前総理の石破茂氏、元官房長官の枝野幸男氏、そして日本共産党議長の志位和夫氏の三名。
与野党の枠を超え、互いへのリスペクトを持ちながら近現代の日本が直面する「有事」についてガチで語り合った、その見どころを3つのポイントにまとめてみた。
緊急事態条項、災害時における防災と人権
2011年の東日本大震災当時、官房長官であった枝野さんの不眠不休の対応を気遣い心配し、Twitter(現X)上でトレンド入りした「枝野寝ろ」は今も覚えてる。
その修羅場を乗り越えた枝野さんは、「現行法(災害対策基本法など)ですべて対応できた」と、国会で進む「緊急事態条項」の改憲議論に対して強烈な釘を刺す。
その彼が「あの未曾有の有事の際、憲法に条項がないせいでできなかったことは一つもなかった」と、当時の官房長官が言い切ることには重みがある。机上の空論ではなく「私は現場で権限が足りた」という実績を突きつける。
まさに「経験者は語る」に対し、改正派は語るに落ちるで、枝野さんは、現行の「災害対策基本法」を使えば、憲法を変えなくても政令(内閣の命令)で財産権を制限し、物資を強制配給できる事実をわざわざ条文の解説付きで説明した。
鼎談(ていだん)では枝野さんが志位さんに財産権について問うと、平時の備えに言及する。
これに対して石破さんは、「財産ではないもの(身体の自由や言論の自由など)を制限せざるを得ない場合、それをどう回復するか悩んでいる」と、極めて正直に吐露した。
ここで私が感じたのは、改憲議論の本当の難しさは、災害時の物資確保よりも、有事の際に国民の移動や行動、情報などを国家がどこまで制限できるのか、そして制限した権利をどう回復するのかという問題にあるのではないかということ。
さらに志位さんが災害関連死について触れ、イタリアの制度の話へと進む。
枝野さんは日本の被災現場について、地域によって事情が違うため現場対応は地域で行うとしても、備蓄などは国が責任を持つべきではないかと石破さんに話を渡す。
石破さんは地方自治体の職員自身も被災する現実に触れ、国が援助物資を責任を持って管理・配送し、日本のどこで災害が起きても同じ水準の対応ができるようにすべきだと語った。
そして、後藤田正晴氏の「災害を防ぐことは出来ない。しかし、災害後に起こることは人災なのだ」という言葉を引用しながら、これを防ぐのが政治の仕事だと言った。
だから市民一人ひとりが「自分に何ができるのか」を考えるのではなく、常に考え備えるように防災についての考え方を話した。
準備中の「防災庁」の話にも触れ「今の政権(高市政権)はこれ(防災庁)にあんまり興味がないみたいなんだよね」「興味がないなら無いでさ、私に好きにやらしてくんないかなっていつも思ってるんだけどね。」と皮肉を交えながら語っていた。
今回の熊本でもこれまでと同じで、阪神・淡路大震災から変わらず受け継がれる、まるで伝統のような体育館での雑魚寝。
後藤田さんがいうように、私はこれこそ人災だと思ってる。
話し合いで戦争を阻止できるかという安全保障のパラドックス
安全保障をどう考えたらいいのかという話。
石破さんは、お互いが疑心暗鬼になって軍備を増強した結果、意図しない大戦争に突っ込んでいく「安全保障のパラドックス」の危険性を自ら強く認め、政府の防衛方針にもその文言を入れさせていると語る。
一方で、その危険性を十分に認知していながらも、結論としては「独立国家として、懲罰的抑止力はあってはならないが、拒否的抑止力(防衛力)を常時整備せざるを得ない」と志位さんに意見を求める。
これに対して志位さんは懲罰的抑止力はもちろん否定し、拒否的抑止力については必要性を認めながらも、懲罰的抑止力にならないよう求め、外交による解決を主張する。
すると枝野さんが「話が通じない相手に対してどうするのか?」「だから抑止力は必要」と、あえて意地悪な質問を志位さんにする。
ここで志位さんは、「日中共同声明や日朝平壌宣言など、過去の『合意・宣言』に立ち返る外交努力」と、東南アジア・アセアンが年間1500回もの対話を重ねて平和を維持している実例を紹介する。
間に原発の話も入ったが、あえて枝野さんが志位さんに質問したことで、軍拡がさらなる軍拡を招く恐怖を知りながら、それでも防衛力を持たざるを得ないという安全保障のジレンマが浮き彫りになったような気がする。
ここは面白かった。
対立する政治家たちが互いをリスペクトし、本質的な議論を交わしていて、今回の鼎談のひとつの見せ場だったと思う。
「こっちは知らなくて向こうは知っている」という恐怖
鼎談後に登壇者三名が中・高生にメッセージを贈る。
最も印象に残ったのが、石破の「頼むから今のうちに勉強してくれ、特に歴史の勉強をしてくれ」という言葉だった。
元防衛相・元総理として数々の外交の舞台に立ってきた石破さんだからこそ、実感として感じたことなのだと思う。
石破さんは、
日本がアメリカとイギリスと戦争したってことは知ってるだろうけど、日本に最初に宣戦布告したのはオランダだった。
今で言うインドネシアはオランダの植民地だった。
で、日本とオランダの間は鎖国の時代で、外交関係はなかったけど通商関係はあった。そういうことは知ってるんだけど、じゃあ近現代で一体何があったの?ってことを、こっちは知らないままにいろんな外交関係が築けると思ったら大間違いで、今のうちにそういうことはできるだけ勉強しといてください。
これからの先の時代はそういうこときちんと勉強していかないと、多分やってはいけない時代だ、いけない時代だと思います。
で、こっちは知らなくても向こうは知ってるからね。インドネシアにしてもそう、マレーシアにしてもそう、フィリピンにしてもそう、北朝鮮、韓国にしてもそう、中国ももちろん。
こっちは知らなくて向こうが知っているってことは大変なことであって、それがやっぱりベースにあって世界平和っていうのはできるんだと思ってるんです。
で、軍事力をどんなに高めていっても、それはもう安全保障のパラドックスとか自衛みたいなものがあって、戦になる時はなっちゃうんです。
でもそれをどうやって最小にしていかってことは、本当にそれぞれの努力にかかってます。だから、去年が日本が戦争に負けて80年だった。なんであんな戦争になっていったのかということを、もう一回よく考えないと、同じことが起こります。
この話は、中高生が聞くからこそ意味があると思う。
今後それらの国々が発展し、自らの歴史認識を強く発信するようになった時、日本側が「知らなかった」では済まなくなる。
かつては右派と言われた石破さんが今じゃ「極左」と言われ、近現代史を塗り替えようとしてる人たちが多い。
それに対して危機感を抱いのか、石破さんの言葉は重いと思う。
この他にマルクス番外編自虐ネタもあり、盛りだくさんの2時間。
石破さんも感心していたが、中高校生がこの話を聞きたくなったというのも凄いが、最後、司会の生徒さんの「それぞれ違う立場のお三方からなる議論は今まさにこの日本から失われつつある本当の議論だった」と言う言葉に驚きとともに、逆に中高生にそう言わせてしまう今の日本社会の危うさまで、リアルに感じた2時間だった。
動画はこちら。
石破茂×枝野幸男×志位和夫「中高生の前で有事対応を徹底討論」