ニューヨークを拠点に活動する福永壮志監督の長編デビュー作品。
リベリアのゴム農園で働くシスコ(ビショップ・ブレイ)は、労働環境の悪さに耐えかね、ストライキを始めたジェイコブ(デイヴィッド・ロバーツ)に誘われ、自身もストライキに参加する。
しかし、経営者の圧力でストライキはあっけなく終わり、新天地を求め単身ニューヨークへ渡り、タクシー運転手となるが、ルーファス(デュケニス・デニス)と再会したことで、忘れ去りたかったリベリア内戦時代の記憶に翻弄されていく。
シスコ役を演じたビショップ・ブレイは、実際にリベリアのゴム農園で働いていたところを福永監督にスカウトされた、演技経験のない一般の男性らしい。
それが撮り方が上手いのか、恐らく他の役者らも似たりよったりで、一般人のような感じがした。
だから映画というより、ドキュメンタリーのようなリアルさがあった。
タイトルの『白い血』は、恐らく白人、あるいはアメリカという存在を象徴しているのではないかと思う。
リベリアの人々にとって、アメリカは憧れの自由の国のはずが、実際に待っていたのは過酷な差別だった。
だからシスコがルーファスと再開したのは、貧困から抜け出したかったのに過去へ引き戻されたことになる。
この貧困の負の連鎖をもたらしたのがリベリアの歴史になるんだろうね。
リベリア共和国はアメリカ合衆国で解放された黒人奴隷によって建国されるが、2度もの内戦を経験し、2014年のエボラ出血熱流行によって甚大な被害を受けてたことで、世界最貧国の一つと言われている。
つまり、「アメリカ(白人)」はリベリアの人々にとって憧れであり、支配者でもある存在のはずだった。
ところが、実際に待っていたのは自由ではなく、新たな差別だったという話になるのかな。
シスコはニューヨークへ渡っても、結局はリベリア内戦の記憶から逃れられず、場所を変えても「血」はついてくる。
血は変えられない。
国を離れることはできても、自分の出自や歴史まで捨てることはできない。
『白い血』というタイトルには、そんな逃れられない宿命のようなものも込められている気がした。
ゴムの樹液も白いので、そこにも何らかの意味が込められているのかと一瞬考えたが、さすがに考えすぎかもね。
