革命歌劇『血の海』と、文化を飲み込む力 | 三匹の忠臣蔵

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革命歌劇『血の海(피바다)』。
Logic Proで遊ぼうとYouTubeを見ていたら、思わぬものがヒットして思わず「え?」。
何でこれが上がってるのかと驚いたのと同時に、懐かしさを感じた。

「血の海」というおどろおどろしいタイトルと「革命歌劇」と聞けば、”革命=共産党”というイメージが浮かぶし、実際その通りだと思う。
ましてや「北朝鮮の革命歌劇」となれば、プロパガンダ臭がプンプンするだろうという意見にも、私は反論するつもりはない。

しかし、政治的な意図や内容の是非はすべて横に置いて「一つの舞台芸術」として客観的に見ると、西洋楽をただ模倣するのではなく、伝統芸能の知恵を融合させ、自分たちのアイデンティティで完全に飲み込んで再構築した、独自の音楽劇が見えてくる。

今回は、政治や思想的な話ではなく、その純粋な芸術性と、観ていて感情を揺さぶる独自の音楽システムだけにフォーカスして記憶をたどり書いてみるので、色眼鏡抜きで読んで欲しい。

 

発祥と歴史、そして出会い

『血の海』は血の海歌劇団によって1969年に公開されたが、金日成の主導によって歌劇に仕立て上げられ、1971年に革命歌劇として再構成された作品。 

血の海歌劇団の母体は1946年に創立された朝鮮歌劇団とされ、金日成が朝鮮文化芸術界の実権者として登場したことで、歌劇団の性格もガラッと変わり、プロパガンダ歌劇団の道をたどることになった。

そして血の海歌劇団が万寿台芸術団になったような気がするが、この当たりは記憶が定かではない。
万寿台芸術団は日本公演もやっていて、『血の海』ではないが兄がオープンリールで本公演はもちろん、何故かリハーサルの音源ももっていたのでよく聞いた。

この歌劇『血の海』を編集した交響詩『血の海』という曲がある。

三楽章形式のこの曲は、私が高校2年から3年にかけて、全国に11校あった高校生による在日朝鮮人芸術競演大会(コンクール)で大流行した。

私は3年生の時に、大阪朝鮮吹奏楽団の定期演奏会で全曲演奏している。
その3年生の時の競演大会の自由曲として選んだのが第二楽章。
神戸朝高は第三楽章で、おおかた第三楽章若しくは第一楽章を選ぶ学校が多かったが、我々はあえて第二楽章を選んだ。

これは、第三楽章は技巧的に木管が厳しかったし、第一楽章は金管がしょぼかったので消去法で第二楽章を選んだ。
出だしの木管の和音はObを入れて頑張った。
そして私が指揮をすることになったが、主題は今でも階名で歌えるし、メロディーが流れると自然と(Cl)指が動く。

 

革命歌劇『血の海』

 


曲想を把握するのに革命歌劇『血の海』を観ようということになり、顧問の先生に無理を言い文化芸術同盟から映画フィルムを借りてきて合宿の夜に全員で観た。
だから、劇中に出てくる曲については、題名は忘れたものもあるが、メロディーラインや歌詞は今も覚えてる。
 

『血の海』は、従来のオペラ調の対話を、親しみやすい民族的なメロディの「有節歌曲」に変えた点が特徴で、舞台裏から歌う「傍唱(パンチャン)」というコーラス手法で登場人物の心理や状況を表現している。

さらに音楽面では、朝鮮民謡の旋律を積極的に取り入れていることも大きな特徴で、リズムにも独特の8拍子系が用いられている。
劇中で使われている主な曲目は以下の通り。

【革命歌謡】

  • 『血の海の歌』(피바다가)
  • 『討伐歌』(토벌가)
  • 『女性解放歌』(녀성해방가)
  • 『革命歌』(혁명가)

【その他の劇中歌・名曲】

  • 『泣くな乙男(ウルナム)よ』(울지 말아 을남아)
  • 『貧しい暮らしにも細やかな情が行き交うね』(가난한 살림에도 살뜰한 정 오고가네)※傍唱としても使用
  • 『ほととぎすよ』(소쩍새야)
  • 『お母さんが嬉しそうに一度笑えば』(우리 엄마 기쁘게 한번 웃으면)
  • 『女性たちも皆が力を合わせれば』(녀성들도 모두다 힘을 합치면)
  • 『革命の一路で戦っていこう』(혁명의 한길에서 싸워가리라)
  • 『お母さんは文字を習うね』(어머니는 글을 배우네)※傍唱曲  

 

従来のオペラとの違い

 

有節歌曲(ゆうせつかきょく)とあったが、有節歌曲とは、歌詞の1番、2番、3番…に対して、すべて同じメロディを繰り返して歌う形式の歌曲をさす。
身近な例でいうと、『赤とんぼ』などの日本の童謡や、多くのポップス・歌謡曲と同じ構造になる。

特徴としては、メロディが繰り返されるため、聴衆が一度聴くだけで覚えやすく、口ずさみやすい。
朝鮮の伝統的な民謡の多くがこの有節形式を持っているため、民族的な親しみやすさがあり、古賀メロディーもその影響を受け、日本で一番有名な朝鮮歌謡というと『イムジン河』だと思う。
ちなみに朝鮮表記は『림진강(リムジンガン)』、韓国表記は『임진강(イムジンガン)』となる。

 

対照的な概念として「通作歌曲(つうさくかきょく)」がある。
従来のオペラなどの通作歌曲は、 歌詞の展開や感情の変化に合わせて、メロディが1番、2番…と変化し、自由に展開していく。
芸術性は高い一方、複雑で覚えるのが難しいという側面がある。

有節歌曲は、従来の難解なオペラのアリアやセリフを排除し、すべてを平易で美しいリピート形式の歌に統一したことで、一般大衆に「革命の思想」を分かりやすく伝える役割を果たした。

この歌劇において、有節歌曲と組み合わされて使われたのが、「傍唱」と呼ばれる舞台裏からのコーラスがある。
パンチャンだからと”おかず”ではないんだが、このあたりは何分、高校生なのでネタとしてよく使ってた。

話は思いっきりそれるが、音楽記号に「accelerando」や「poco a poco accel.」というものがある。
意味は「だんだん早く」なんだが、譜面のこの記号の下に日本語で「点点早く」と書いてあるのを見て、吹き出したことがある。
「だんだん早く」を朝鮮語では「점점 빨리」と言うが、점は点という発音と同じになるから。

アニメソングや歌謡曲を朝鮮語に訳して大声で歌ったり、小学生の頃からごちゃまぜで言葉遊びをしてた。

傍唱(パンチャン、방창)とは

話を戻す。

傍唱とは革命歌劇において、舞台上の登場人物ではなく、舞台裏やピットなどにいる合唱隊が歌うコーラスのこと。
革命歌劇『血の海』で新しく取り入れられた、独創的で重要な音楽表現の手法とされている。

要はオフステージなんだが、オケピット(オーケストラが演奏するための舞台下にあるボックス)や反響板(オーケストラを取り囲む音響用の壁と天井)の裏に配置されるコーラス。


イタリアの作曲家オットリーノ・レスピーギが『ローマ三部作』でも多用していて、反響板の裏というと「ローマの松」の第二楽章「カタコンバ付近の松」で厳粛で薄暗い雰囲気の中で響く、祈りのような響きをトランペットが反響板の裏で吹いているが、これをコーラスがやっているということ。

傍唱の主な役割と機能

  • 心理の代弁: 登場人物が言葉にできない内面世界や、隠された激しい感情を代わりに歌い上げる。
  • 状況の解説: 劇中の場面転換、時間の経過、ナレーションのような状況説明の役割を果たす。
  • 客観的な視点: 劇中の出来事を時代の声や客観的な視点から評価し、観客の共感を誘う。
  • 音楽の多様化: 先ほど挙げた「有節歌曲」を独唱だけでなく、傍唱と組み合わせ、掛け合いにすることで、音楽的な色彩が豊かになる。

 

朝鮮発祥のオリジナル

「傍唱」は『血の海』スタイルの歌劇を構成する北朝鮮独自の画期的な発明として、非常に高く評価されている。
しかし、歴史的なアプローチを辿るとやはり政治の話になってきて、その中心にはいつも『主体思想(チュチェしそう)』がいる。

従来の西洋オペラにある、セリフをメロディに乗せて語る「レチタティーヴ」や、一人の歌手が長々と歌う難解な「アリア」は、一般の大衆には分かりにくいと批判された。
そこで、登場人物にすべてを歌わせるのではなく、「歌は覚えやすい有節歌曲にし、複雑な心理や状況説明は舞台裏のコーラス(傍唱)に任せる」という西洋オペラの常識を覆すシステムを作り上げ、元は西洋オペラへの批判から誕生した。

ここに朝鮮の伝統的な音楽芸能である「パンソリ」や「唱劇(チャンクック)」の構造をヒントにし、 伝統芸能の知恵を活かして近代化した。

パンソリでは、歌い手の横で太鼓を叩く叩き手(鼓手)が「オルシグ(その通り!)」などと合いの手(チュイムセ)を入れて、物語の状況や感情を盛り上げる。
この「客観的な視点から劇をサポートする」という民族的な伝統を、大人数のコーラスへと昇華させたのが「傍唱」ということ。
 

そのブースターとなったのが金日成で、彼が確立した「主体芸術」という考え方。


ロシアや中国の革命劇の真似ではなく、「我が国独自のスタイルで世界に通用するオペラを作った」と言い切るために、この傍唱というシステムが決定的なオリジナリティの根拠として扱われている。

つまり、西洋の合唱の手法を使いながらも、「劇中における役割とシステム」としては、朝鮮が独自に生み出して定着させたオリジナル技法であると言える。

個人的には政治的イデオロギーである『主体思想』はへきへきするが、その過程で知恵と工夫が生まれるので、本質の”自前主義”は悪い話とは思わない。

 

『血の海』は「五大革命歌劇」の筆頭格

五大革命歌劇

  • 1971年に血の海歌劇団による『血の海』
  • 1972年に万寿台芸術団による『花を売る乙女』
  • 1972年に国立民族芸術団による『密林よ語れ』
  • 1971年に朝鮮人民軍協奏団による『党の真の娘』
  • 1973年に平壌芸術団による『金剛山の歌』

『花を売る乙女』は小学校の頃に映画を観たくらいで、あとは観た経験はない。

ちなみに『花を売る乙女』TSUTAYAでレンタルされてるのを見て驚いたことがある。

だから他は知らないので、『血の海』だけでいうと、面白いのは、これが単なるプロパガンダ作品ではなく、西洋オペラ、中国の革命モデル劇、朝鮮民謡、朝鮮伝統楽器、合唱音楽を混ぜて独自の形式にしたのは、当時としてはレベルが高いと思う。


国家主導とはいえ、フルオーケストラ・大規模合唱・回り舞台・バレエ・オペラを統合した作品を継続的に作れた国はかなり限られる。
もちろん内容は徹頭徹尾プロパガンダだが、芸術的完成度と政治的意図は別問題だと思う。

当時、隣国の中国では文化大革命の真っ只中で、毛沢東の妻・江青が主導した「革命様式劇」が作られていたが、これは京劇に西洋オーケストラを融合させる試みだったが、政治的教条主義が強すぎて芸術的な硬直化を招いた。

北朝鮮はこれらを徹底的に研究し、中国の失敗を避けるために「朝鮮民謡の情緒」と「有節歌曲のキャッチーさ」を意図的にベースに据えた。

このバランス感覚は、芸術的にも政治的にも緻密だったので成功したと思う。

ハイブリッド・オーケストラの職人技

フルオーケストラに伝統楽器であるチョッテ、ピリ、ヘグムなどの民族楽器を混ぜる手法は、単に並べて演奏するだけでは音量やチューニングが合わず、不協和音になる。
これは日本で言うと雅楽を見れば分かる。

これを解決するために、民族楽器自体を西洋の平均律に合わせて改良・近代化したことで、オーケストラの中で完全に融合するシステムを国家主導で開発した。
これらを違和感なく響かせる編曲・音響レベルは、当時のアジアの音楽界でも突出していた。

これはマエストロ・井上道義さんが訪朝した際に、朝鮮国立交響楽団で「アリラン」を振った際にも「民族楽器を巧妙に...」と驚いていた。

ハードウェアとソフトウェアの融合

これだけの要素を統合したメガ・エンターテインメントを持続できた国は世界でもごくわずかで、国民の暮らしを無視した独裁国家だからこそできた芸当だとは思う。

  • 回り舞台と流れるような背景画: 映画的なカメラワークをリアルタイムの舞台で再現するための、大掛かりな舞台機構と職人芸。
  • バレエと群舞: 緊迫した戦闘シーンや労働の喜びを、一糸乱れぬマスゲーム的な身体芸術へと昇華。
  • 大規模合唱とオーケストラ: これらをすべて専属で抱える「血の海歌劇団」という国営組織の維持。

1970年代という東西冷戦期に、このクオリティの総合芸術を「国家の看板」として活用し、プロパガンダとして機能していたが、私たち学生は「芸術的完成度と政治的意図は別問題」と棲み分けはしていた。

何でもかんでも金日成だった時代、お陰で卒業してうたう歌もないし。

抑圧された民族の根源的エモーション「恨」

朝鮮文化の根底にあり、この作品を駆動しているのはイデオロギーではなく、より普遍的で生々しい「奪われた人間の悲哀と解放のダイナミズム」で、それを完璧にコントロールして爆発させる音楽的・劇的なカタルシスだと思う。

日本では朝鮮民族の「恨(ハン)」を恨みというが、そんな単純な話ではなく、均衡が崩れた時の爆発のような意味だと思ってる。

この歌劇の冒頭 2分間に演奏されるメインメロディーの『피바다가』がまさにそうで、ず〜っと浮遊してるようなメロディーラインで、解決がない真空状態のような感じがする。
これが決壊した時に絶望が襲ってくる、まさにバランスが崩れ「恨」が崩れ落ちる。

だから「ハン=恨み」ではなく「ハン=長期間抑え込まれた感情のエネルギー」ということを、『피바다가』はよく表現している。
これは見事としか言いようがない。

この伝統的な情緒として語られる「恨」を、音楽と劇の力で「情熱」や「闘志」へと昇華させる構造が、民族的なカタルシスとして計算して作るのは、今の韓国ドラマ・映画に通じるものがある。

だから単に韓国国内の問題ではなく、普遍的なテーマとして世界に存在することから受け入れられるのではないかと思ってる。

  • 前半の徹底的な蹂躙(悲しみ)
  • 傍唱が煽る内面の葛藤(苦悩)
  • 有節歌曲がリフレインする未来への約束(希望)
  • 終盤の圧倒的な大合唱(怒りと決意の爆発)

このステップが、感情を全て乗せてジェットコースターのように展開し、プロパガンダの枠を超えて、観客のDNAに訴えかける「情動のエンターテインメント」として完璧なビルドアップを見せる。

西洋クラシックの「毒」と「政治性」との二重基準

洋楽でいうと、ショスタコーヴィチならスターリン、プロコフィエフのカンタータ、ヴェルディのイタリア統一運動など。
サロメ、トスカ、マクベスなど、西洋オペラの多くも、殺人、裏切り、狂気、エロティシズムに満ちている。

これらが「芸術」として無条件に称賛され受け入れられ、北朝鮮の歌劇だけが「プロパガンダだから」と一蹴されるのは、それこそ政治的な二重基準だと思ってる。

だから政治の部分だけを切り取って、芸術として評価をしたいし、今もしてる。
西洋の超絶技巧を持つソリストのアリアに頼るのではなく、「合唱」「舞踊」「民族の旋律」を三位一体にして群像劇として爆発させるシステムは、舞台芸術の歴史において極めて独特だと思ってるので。

基本は日本から

ドイツ人がナチスを描いたと言って文句を言う人はいないけど、植民地時代と言うワードになると反日歌劇だと断罪される。
だが、この制作スタッフの多くが日本で学んでいるので、日本芸術の弟分としてみれないものか。

北朝鮮の初期芸術を支えた一世代目の音楽家たちの経歴を紐解くと、日本植民地時代に当時の日本で、東京音楽学校や帝国音楽学校などで西洋の本格的なクラシック音楽を学んだエリートたちが決定的な役割を果たしていることが分かる。
戦後は日本で学んだ帰国者などが後を引き継ぎ、文化を継承しているとも聞く。

北朝鮮の公式歴史では「主体思想」の成果として隠されてるが、実際には「日本で培われた近代音楽の技術」がその土台にあるのは否定しようがない事実。
この事実を客観的に見ることで、感情的な「反日」の言説を乗り越え、より深い文脈で芸術を語る強力な武器になるのではないかな。

基礎を作った「日本留学組」の音楽家たち

李冕相(リ・ミョンサン):『血の海』の主題歌や主要曲を作曲した、北朝鮮音楽界の巨頭。

彼は日本統治時代に東京の武蔵野音楽学校で声楽や日本音楽学校で作曲を学び、国歌的な楽曲『輝く祖国』を手掛けた。

金順男(キム・スンナム):“天才”と称された朝鮮人作曲家。日本植民地時代の朝鮮で生まれ、日本へ音楽留学する。

東京高等音楽学院(※現在の国立音楽大学)、帝国音楽学校で作曲とピアノを学ぶ。

作曲家の諸井三郎や原太郎に師事して、バルトーク・ベーラやイーゴリ・ストラビンスキーら現代音楽の手法を習得した。

その他の楽団員・指揮者:1940年代〜50年代の平壌の交響楽団や歌劇団の初期メンバーには、戦前に上野の東京音楽学校(現在の東京藝術大学)や関西の音大で管弦楽法やベルカント唱法を修めた朝鮮人音楽家が多数合流している。

帰国者でいうと我々の世代には忘れられない曲がある。
舞踊劇『항쟁의거리(抗争の街角)』があり、これを演奏会用に編曲にした曲を演奏したことがある。
モチーフが「鳳仙花」で、東京朝鮮中高の卒業生が帰国して作った曲と聞かされていた。
「鳳仙花」は作詞:金享俊・金護経 作曲:洪欄坂なんだが、作詞者のどちらかが戦後親日派といてパージされた(後に誤解と分かる)ことから、この曲は朝鮮民族の悲劇的な運命と希望を歌っていると言われ、演奏禁止になった。

実は高校3年の競演大会で、はじめに自由曲として考えたのがこの『항쟁의거리』だったんだが、顧問の先生に相談すると許可されなかった。

またまた話がそれたが、近代アジアの音楽史という大きな視点で見れば、『血の海』は「日本がアジアに導入した西洋クラシック音楽の技術」が、「朝鮮の民族的情緒」と出会い、さらに「共産主義体制のプロパガンダ」という過酷な環境の中で、独自に突然変異して生まれた「日朝の歴史が歪んだ形で生んだ、奇跡的なハイブリッド芸術」とも言える。

このような歴史のグラデーションを同時に見ることこそが、政治的な煽り合いに囚われずに芸術の真価を評価する唯一の道だと確信する。

そして、きっかけは『主体思想』のプロパガンダではあるが、「外来の巨大な文化をただ真似るのではなく、自分たちのアイデンティティで自分たちの感性で咀嚼(そしゃく)し、独自の芸術へと昇華させた」当時の制作スタッフ、出演者には最大の敬意を表したいと思う。

 

 

 

革命歌劇『血の海』の登場人物たち