余命幾ばくもない男が、ひとり残される恋人を思い行動を起こす切ないラブロマンス。
今回もネタバレありです。
両親に捨てられたラジオPDのケイ(クォン・サンウ)と、交通事故で一瞬にして家族をすべて失った作詞家クリーム(イ・ボヨン)は家族のように、一緒に暮らしてる。
しかしケイは白血病を患い、余命幾ばくもない。
ケイは愛するクリームを一人残していくことが、どうしてもできない。
幸いクリームは歯科医のチャ・ジュファン(イ・ボムス)に好意を寄せており、彼との結婚を勧める。
ジュファンには婚約者のイム・ジェナ(チョン・エヨン)がいたが、クリームを見て一目で恋に落ちる。
ケイはジェナに、ジュファンとの婚約を破断して欲しいと頭を下げ、ジェナはケイに破断の条件をつける。
そしてめでたくバージンロードを歩き、ケイはクリームをジュファンに託す。
で、めでたしめでたしと思っていたら、クリームはケイが飲んでいた薬の秘密を知っていた。
それでは、ここからこの映画は“純愛映画として成立してるのか?”を解剖してみる。
ケイが死ぬまではラブストーリーとしては悪くない。
しかしケイの死後、クリームが彼の死の秘密を知ってたというなら話は全然違うことになる。
歯科医のチャ・ジュファンはイム・ジェナ(チョン・エヨン)とは婚約まで終わってる、ということは単なる恋人関係じゃなくて、親類縁者も巻き込んでることになる。
しかもラストは(恐らく)自殺で、クリーム自身が経緯を語るテープを彼は聴いてる。
好意的に解釈すると、タイトルの『悲しみよりもっと悲しい物語』から2組のカップルを競わせてるように見える。
悲しいけど、もっと悲しいのは誰でしょうということ。
作者の意図に乗って感動した人は、「ケイとクリーム、どちらがより可哀想か」になる。
だからケイの献身が美しいで感動する。
一方、作者の意図に乗れず、倫理・構造・キャラ配置を別軸で見た人は「どっちのカップルが可哀想か」に目が向く。
要は、ケイの献身が周囲に与えた損失に目がいき、別の人生に巻き込まれたジュファンに同情してしまう。
そう考えるとラブ・ロマンスにもなり、倫理劇にもなり、見方によってはホラーにもなる凄いタイトルだと思う。
ジュファンにとってはホラーと言っても過言ではないし。
私は後者の方で、やっぱり、
- いや、周囲巻き込みすぎやろ
- 婚約までして何してんねん
- 一番損してるの誰やねん
となったので、感情の誘導先が違ってしまい、作品が狙ってる「切ない」に乗れなかった。
だから”ジュファン先生がレビュー内MVP!”になってしまった。
これは私が、映画が提示した「悲しい純愛」の構図を素直に受け取れない、変わり者だからかもしれないが。
