Netflixオリジナルドラマ『地獄に落ちるわよ』。
メディアが作り上げた虚像・細木数子をモデルにしたというので観てみた。
1話を途中まで観て、島倉千代子の回は丸々観たが、やっぱりVシネマレベルやったな。
連日テレビに出ていた細木数子には胡散臭さがプンプンしていたのに、何故か持ち上げるテレビに辟易していたのを今も覚えている。
単純に強烈な言葉を選んで使っているだけで、中身がない。
そんな人間の言葉をお経のようにありがたく垂れ流していたメディアの劣化は、この頃から始まってたと思う。
覚えているのは何と言ってもレイザーラモンHGの放送事故と、おさるのモンキッキー。
あとホリエモンかな。
反社の細木数子が『細木先生』になってたもんな。
細木が当時、世間を沸かせていた理由は、結婚や家族、お金や仕事みたいな本来は他人に踏み込まれたくないところに入っていってパワーワードを使って言い切る。
この姿をあたかも救世主のような役に描くことで、人生に迷いのある人を救うという設定を作ったこと。
細木数子のブームは、単なる占いというより、「踏み込み」と「断定」をエンターテインメント化した巧妙な演出によるとことが大きい。
現実は数字を取りにいくメディアとの共同作業だった。
プライバシーという聖域であるはずの「家庭・財布・仕事」に土足で踏み込む行為は、通常なら拒絶される。
しかし、細木はそこを「あなたの将来を思えばこそ、私が泥をかぶって指摘してあげる」という母性的なお節介にすり替え、「叱ってくれる存在」というポジションを作り自ら演じた。
そして「地獄に落ちるわよ」「あんた死ぬわよ」といった強烈な言葉は、論理的な思考を停止させる脳中ハッキング。
やってることは典型的な詐欺なんだが、この設定を作ったテレビは細木を「人生の再生請負人」として演出した。
おさるに関しても詐欺そのもので、真に受けたおさるが可哀想というか馬鹿丸出し。
芸名を細木に言われるままモンキッキーに変え、そのまま消えていった。
そして潮目は週刊誌の報道で「ヤクザとズブズブの関係」や、島倉千代子を奴隷のように使った「飼い殺しビジネス」が明らかになり、一瞬でテレビから消えていった。
今も変わらないが、テレビは数字が取れると思ったら何でも流す洗脳装置。
このテレビをありがたく崇拝する人たちは今も後を絶たない。
そして、こんなキャラクターを演じるのに俳優は何もせず、顔面ドアップのガナリ声の集団独演会で競い合う。
彼らはこれを演技だと今も信じてる。
日本ドラマはめったに見ないので、ライター役の伊藤某はNHKの朝アドラで見たことがある程度で、他はまったく知らない。
だからフラットに観れた。
やっぱり日本人俳優って何も考えてないのが丸わかりで、演じた戸田恵梨香(でいいのかな?)は、恐らく細木数子を知らないまま演じたんだろうと思ってたら案の定、モノマネもせず、体型も喋り方も似せなくて、脚本から感じた感想で演技してたらしい。
正直、バカじゃないと思う。
演技設計とい考えもなしに、単純に脚本家が作った作文を読んだ感想で演じる思考停止からはじまる再生産。
本作のメインディッシュである「細木数子をあえて研究せずに演じた」って控えめに言ってバカだろ。
脚本の感想だけで演じる、単なる「朗読」を演技と思ってる時点で痛々しいんだが、これもまたメディアが称える。
結局、このドラマを称賛してる人たちはあの頃と同じで、作られた虚像に支配されている自分に気づかない。
考えない人間は誰かの資産になることを体現してる。
このドラマは「過去の虚像(細木)」を「現在の虚像(ドラマ)」で上書きしてるだけなので、それがドラマとして成立してしまうのが不思議でならない。

