自由への目覚めを描いた『われらの歪んだ英雄』 | 三匹の忠臣蔵

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子どもたちの世界を通じて独裁と民主化のテーマに、権力、抑圧から自由への目覚めを描いた作品。
中盤までやりすぎやろ、と思うけど、テーマが理解できるので意外と良かった。

ソウルで暮らしているハン・ビョンテ(テ・ミニョン)は、恩師チェ・ソンシク(シン・グ)が亡くなったという知らせを聞き葬儀へ向かい、小学校の時を回想するシーンから物語は進む。

父について江原道の田舎へ引っ越してきたピョンテ(コ・ジョンイル)は、クラスの子供たちを思うままに操る級長オム・ソクテ(ホン・ギョンイン)に驚きはじめは歯向かう。
しかし、ソクテの絶対的な力とカリスマに圧倒され、次第に彼を受け入れ、一目置くようになる。

6年生になると新しく赴任した担任先生キム・ジョンウォン(チェ・ミンシク)の熱血ぶりで、これまで巧妙に機能していたソクテの支配体制の裏側が明らかになる。

映画の背景は、1950年代末から1960年代初頭、韓国でイ・スンマン大統領からパク・チョンヒ大統領への政権移行期になる。
この時代を反映し、子どもたちの小さな社会を舞台に、独裁体制から民主化への移行を象徴的に描いていることがすぐに分かる。

特に、物語の中心人物であるソクテがクラスを支配する姿は、抑圧的な権力構造を映し出していて、ソクテが学校からいなくなった直後に、映画がイ・スンマン大統領退陣を求めるデモのシーンに切り替わる点は、独裁の終焉と新たな時代の幕開けってことやろうね。

象徴的なのは、キム先生(チェ・ミンシク)がクラスの子どもたちにソクテのこれまでの行いを告発させるシーン。
この場面は、抑圧された民衆が声を上げ、立ち上がる瞬間を象徴しているように思えるが、何がおかしいかと言うと、学校の先生もソクテに一目置いていたということ。

表面上は平和に見えたクラスが、実は誰も本当の意味で幸せではなかった、しかも先生たちにとっても、問題を放置することで楽に過ごせたということで、ここは重たい。

キム先生の行動は、子どもたちに正義や自由の大切さを気づかせるきっかけとなり、独裁的な支配からの解放を促すことになる。
尾崎豊かじゃないけど、支配からの開放っちゅうやつやね。

物語の最後、チェ先生の葬儀の場面で、ビョンテがソクテに再会できるかと期待して待つものの、ソクテからは花輪だけが届く。
このシーンは、過去の支配や影響が完全には消えず、どこかで続いているかもしれない、だから気を抜くな、にも見えた。