阪神・淡路大震災は、1995年1月17日午前5時46分に発生した、兵庫県南部を震源とするマグニチュード7.3の直下型地震。
当時は諸江の寮に住んでいて、石川県でも揺れとともに目が覚めた。
電気のヒモが揺れてるので「まだ酔ってるのか?」と思ったほど。
出勤すると事務所入口の水槽の水が溢れたのか、タイルカーペットが濡れていて、熱帯魚が身投げしていたので水槽に戻してあげた。
朝の掃除をしていると出勤してきた江川さんが開口一番「大阪大丈夫?」というので何かと聞くと地震があったという。
「いや〜、大阪の地震はたいしたことないので」と答えると「何いってんの!テレビ見てみ!」と言われ休憩室のテレビをつけ、その惨状に絶句した。
慌てて電話をしても繋がらない。
当時は今のように震災のスキームは存在しないので、皆さん何をやるにしても手探り。
手当たり次第に知ってる番号にかけてると飲み友達の松井さんにやっとつながり、現状を聞いた。
確か実家にも見に行ってもらったと思う。
そして阪神・淡路大震災で忘れられないのが、実家鉄工所の得意先で建築パーツ屋の社長が、震災の現場にいち早く馳せ参じ、あの状況を見て「宝の山や、ブルーシートと震災系を買いだめろ」と言ったこと。
配達で何度も話したことがある農家の息子さんが田んぼを売って見様見真似で始めた会社。
下請けにも震災系の部材を買い占めろと言って回ってたけど、うちの兄貴は「アホか!」と追い返したらしい。
「宝の山や」って、その話を聞いて、あの社長らしいと呆れた。
