浪人生だった93年の夏休み(浪人だから夏休みもないか・・・)、

横浜駅近くにある予備校から電車で一駅となりの

ランドマークタワーに向かってとぼとぼと歩いていた。


浪人生であるその時の気持ちが、

何かのゴールに向かって突き進みたい、

そんな衝動からランドマークタワーという

巨大な城壁に向かって、

歩き出したのだと思う。


けれども、カフカの「城」のように

いつまでもたどり着けないような気がした。


歩き出したきっかけは、一枚のチラシだった。

前日に横浜のHMVで手にいれたものだ。



「jazz」「プロレス」そして「格闘技」…byドランゴ-チケット金額の記載なし…?




















そのチラシにルー・ドナルドソンの名があった。


ジャズを聞き始めて3ヶ月、にわかファンの自分にとって

ブルーノートにアルバムを残していたルーのみ名前を知っていた。

生でジャズを聴いてみたい・・・。


浪人生の時の楽しみはラジカセでジャズを聴くことしかなかった。

しかし・・・


このチラシを見ても不思議だったのは、

チケット料金について何も記載がなかったことだ。

しかも、会場のドッグヤード・ガーデンってなんだよ?

謎だらけのチラシを見ながら、決心した。

迷わず行けよ、行けば分かるさ!


今、大分に出張中。

天龍・UN・反骨とネット検索すれば、大分県荷揚町体育館と出てくるはずなのだが・・・


泊まるホテルの近くに荷揚町というバス停はあったが、体育館はすでに過去の遺物なのだろうか


89年3月29日の全日本プロレス、後楽園大会。


第一試合の小川良成vs菊地毅のときから観客は異常なハイテンションだった。


明らかにウケ狙いの野次の連続。


そのピークが渕vs百田の世界ジュニア戦。

百田への異常な声援の一方で、渕に対しては全部ブーイング。


試合中に見せた渕のやるせない、悲しげな表情。


ただ百田への声援も、3ヶ月後のvs寺西戦でハシゴを外すものだったと気づかされる。


その後も鶴田や谷津にはオーッやオリャのちゃかしコールが続く。


とにかく騒ぎたい、目立ちたいと成人式で馬鹿騒ぎするような感覚。