2014/6/29 菊池洋子 乙女の祈り ピアノ名曲選 | 音楽と競馬、思ったことを書いて行きます



意識してピアノを聴くようにしているんですが、今日のこの2,000人収容の会場での演奏は、きついですね・・・。菊池さんの演奏そのものは、一貫して曲の由来に沿った解釈によるもので、常識的かつ丁寧、どれも文句の付けようのない素晴らしい演奏だったと思います。とても健康的なのに繊細な前半のモーツァルト、「雰囲気の塊り」をセンス良く表現し尽したロマン派の作品群、それぞれが素晴らしかったんですが、個人的には、難易度を高めた編曲の中で高い精神性を備えたモーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」、「高貴」で香しい雰囲気が充満した、このコンサートのサブタイトルにもなっているバダジェフスカの「乙女の祈り」(譜面を見たことがないんですが、パッセージの最後につけ加えられている後打音のようないくつかの音型の自然な処理の仕方の素晴らしさには、思わずため息さえ出てしまいました・・・)、そして、このコンサートで発生した「熱」を穏やかに冷まし、着地させてくれるようなアンコールの2曲=チャイコフスキー(菊池洋子編)/「白鳥の湖」から「情景」と、ブラームス/ワルツop.39-15が特に出色の演奏だったように思います。

ちなみに基調となる調性ですが、前半のモーツァルトはハ長調~ニ長調~ハ長調、後半はドビュッシーが変ニ長調~ホ長調、ショパンからは変イ長調~変イ長調~変イ長調~変ロ長調と繋がり、アルベニス以降はニ長調~ニ長調~ハ短調、ベートーヴェンのイ短調を挟み、変ホ長調~変ニ長調。ひとつの括りで通したい時は統一感・つながりのある調性で組まれ、曲の傾向が変わる時には大きく変化させる、その繰り返しは見事で、菊池さんのレパートリーの広さによる卓越した見識が、こういうところにもさりげなく垣間見られると言うのが、彼女が並みのピアニストではない所以なのでしょう。


問題は、やはり聴衆ですね・・・。廉価で設定された入場料が最も大きな原因なんだと思いますが、とにかくこんなに有名な今日弾かれる曲を全然知らなかったり、明らかに興味を持たない聴衆が会場に多数(仮に1割ぐらい・・・?)存在すると言うことでしょうか。だれが聴いても「曲の終結部」と言う雰囲気が漂い、そして余韻が会場中を包み始めているのに、あの無遠慮な「咳」はいったいどういうことなんでしょう。あと5秒「咳」を我慢してくれれば、会場の皆さんが幸せになれるのに、お構いなしでゴホンゴホン・・・。悲しいものですね。痰を吐く寸前に喉を鳴らすあの嫌な音さえ、演奏中何度も大きく聞えて来た時には、ドキドキして思わず卒倒しそうになりました・・・。ピアノのような音そのものが少ない公演では、こう言うのってコンサートそのものの「致命傷」になりかねません。それと、毎度の「ブラボ~」ですが、佐渡さんの「悲愴」の第3楽章終わりに大声で「ブラボ~~」を叫び、多くの聴衆から大顰蹙を買った女性とほぼ同じ傾向の声が、今日聞えて来ました。もしかして、その時の人・・・? もしそうであれば、何のために懲りずに叫びに来ているんでしょう。「恥ずかしい」と言う気持ちがこの人には微塵もないと言うことですね。今日は良い演奏ばかりだったのに、何だかとても寂しい気持ちで会場を後にしました。


この公演を以って、数多く通わせて頂いた上半期のコンサート・イベントは終了です。また時間を作って、上半期のまとめをしたいと思っています。