2013/4/6
本選、聴きに行って来ました。似たようなタイプの方が多く偏よらないように、上手に6人のファイナリストを選んだような感じですかね。
まず、モーツァルトのフルート四重奏曲ですが、マチルド・カルデリーニさんだけが立っての演奏でした。座っての演奏ですと、その方が普段見せないような潜在的な癖が表出される傾向があるので、視覚的に興味深かったですね。個人的に最も素晴らしいと思ったのは、最後に演奏されたアドリアナ・フェレイラさんです。アンサンブルメンバーとのコンタクトに優れ、バランス感覚も良く、対等に堂々と主張されていました。曲に対する思い入れや共感も十分に感じられましたし、技巧面でも危ない場面がありませんでした。ただちょっと「饒舌感」を感じはしましたが・・・。この演奏は通常の演奏会でも十分に通用しますよね。次いでは、最初に演奏されたティメア・アチャイさんと、1次審査で素晴らしいフルーティストと感じたマチルド・カルデリーニさんのお二人です。このお二人は(言い方が失礼になってしまいますが)比較的似たようなタイプでしょうか。お二人とも、フルート本来が持つ音色を楽しめると言うのはうれしいですよね。マチルド・カルデリーニさんですが、立っての演奏ですと、他の奏者達との距離感も近いですから、アンサンブルがしやすい利点があります。彼女自身アンサンブルの能力に長けていて、音もとてもきれいでしたし、音そのものに「意味づけ」が感じられるような上質のモーツァルトを聴かせてくれました。テンポも技術面も全く問題がありませんでした。ティメア・アチャイさんは、最初の奏者と言うことで、基準になってしまうために少し不利でしたでしょうか。濃いメンバーが後ろに控えてのこの演奏だと、印象に残りにくいオーソドックスな造りの演奏ですので、タイプ的にもちょっとかわいそうでした。多少線の細さは気になるものの、大変清潔感のある澄んだモーツァルトで、とてもきっちりとして整然としたこの演奏自体は全く悪くは無かったです。竹山愛さんは、おひとりだけ違う曲を吹かれたんですが、特に第2楽章のヴァリエーション、この楽章は非常に素晴らしかったですね。彼女はこの変奏曲をぜひ聴かせたいと言う思いを乗せて、この曲を選んだんだなあと十分に感じることが出来ましたが、一方で、彼女は座った時の癖(足先を無意識にパタパタさせる)が非常に気になってしまったんですよね。舞台上において足先でテンポを取るのはちょっとどうかなと思うんです。濱﨑麻里子さんの演奏は、総じて物足りなかったですね。曲が消化されていない=曲に負けてしまっているような印象を受けてしまいました。アンサンブル面でも、自分の音を溶け込ませようと言う意図があまり見えずに、自分本位で終わってしまった感じでしょうか。スカートを穿いて足を広げながらの演奏と言うのも、演奏面以外の部分ですがちょっと・・・でした。セバスチャン・ジャコーさんは、聴き手によって大きく評価が分かれる演奏だったように思います。個人的な感想は、曲を「崩し過ぎ」なのではないかと言うことです。とにかくアコーギクが意図的過ぎですし(例えば、出だしのテーマ ソ~ミ~ファラソソ~ファミレド・ドッレミファソラシドシドシドシドシレドシラソ。のレの部分がいきなりレ~ドシラソで、ドシラソの音価が譜面通りに吹かれずに短くなってしまい、せっかくのモーツァルトが書いた素晴らしい旋律線が生かされませんし、ラインが崩れて息が詰まるような感じになってしまうんですよね。曲中ずっとこんな感じで・・・)、またちょっと曲を舐めているんじゃないかと感じるようなところも散見され、聴いていて(悪い意味で)酔ってしまいそうなモーツァルトだったんですが、人によっては曲を自分の手の内に入れた演奏だったと言う人もいるでしょうね。アドリヴや装飾をいきなり提示部から盛んに入れて来るので、この曲のアウトラインや本質が見えて来ないので、部分部分を聴くとなるほど素晴らしいのですが、曲を聴き終わっても、全体を通じてどういう演奏だったのかなあと思い出し難いような、ちょっと不思議な演奏でした。音は意外におとなしい印象でしたかね。第2楽章最後のカデンツァも、吹いたのはこの方だけでした。
後半の協奏曲ですが、前半であまり良く感じなかったセバスチャン・ジャコーさんの演奏が圧巻でした。曲のラインやそれぞれのフレーズを崩す姿勢は相変わらずなんですが、そのスタールが逆にこの曲に合っていたんじゃないでしょうか。スケールの大きな音楽を作っていましたよね。技巧的にも素晴らしかったですし、オーケストラとのコンタクトやアンサンブルも悪くなかったです。特に、弱音で聴かせたリリシズムは、普段なかなか聴けない質のものだったのではないでしょうか。また、テンポを比較的遅めに設定して音楽に「遊び」の部分を作り、それにより表現力の表出を十分に行うと言う「憎い」演出をして、余裕さえ感じました。只一点気になったのが、右手で唾を拭う「癖」「仕草」でしょうか。フルートには詳しくないのですが、観ていてちょっと見苦しい仕草なんじゃないかなあと、素人なりに思いました。次いで印象に残っているのがアドリアナ・フェレイラさん。この方の持っている音楽の器は大きいですね。音自体も大きく強い意志を持っていますし、技巧的にもケチの付けようのない演奏で、堂々としたステージマナーを含め、強く印象に残りました。この方の意外な弱点だと思うことが一点、彼女のフルートはとても饒舌で、吹かれる音・音楽で全てを語りつくしてしまうようなところがあり、聴き手が彼女の演奏を聴いて、その演奏の行間から何か感じるとか、あるいは聴き手に委ねると言う部分が少ないんじゃないかと言うことですかね。言い換えれば、聴く人によっては「窮屈な」「お節介な」演奏と思われてしまうこともあるんじゃないかと言うことです。第3楽章でも竹山さんと並んでのかなり早目のテンポ設定の中で完璧な技巧を披露されたんですが、それがかえって「煩い」ような感じを持たれた方もいらっしゃったんじゃないでしょうか。まあともかくこのお二人は別格と言う感じでしょうか。ティメア・アチャイさんの演奏もとてもつつましい清潔な佳演でしたが、(言い方が難しいんですが)音楽的な表出と言いましょうか魅力が今一つ届いて来ないなあと感じました。マチルド・カルデリーニさんは、おひとりだけ違う長調の曲を吹かれましたが、彼女が吹く音楽には「品」が感じられるのが何とも素晴らしいところではないでしょうか。これも上手く言えないんですが、音楽から立ち上る「香気」が何とも言えずに心地よいんですよね。技巧的に非常に難しい曲を的確に捉えながら聴き手に思いを伝えてくれていたように思いましたが、「強いメッセージ」を発する上に書いたお二人には、ほんの少し及ばなかったような印象です。日本のお二人は、上の4人からはだいぶ落ちる印象です。濱﨑麻里子さんは、技巧面で物足りませんね。速いパッセージで音が揃っていませんし、楽譜通りに吹けていないって言うことになってしまいます。出て来る音楽的なメッセージも残念ながら弱いですかね。このレヴェルで争うにはちょっと力不足のような印象です。竹山愛さんは、モーツァルトの素晴らしさから一転、かなり速いテンポ設定でしたが、それがかえって良くなかったですね。音楽的な余裕に乏しく、音運びに汲々となってしまい、全く音楽になっていませんでした。特に、第1楽章のターンを含む早いパッセージの続く部分で落ちてしまい、結局そこから立ち直ることが出来なかったのは致命傷でしたが、濱﨑麻里子さんよりは音楽的素養はかなり上位だと思います。今後に期待したい方ですね。
個人的な印象から出した結果ですが、饒舌気味ではありましたが、隙無くコンスタントに充実した演奏を聴かせてくれたドリアナ・フェレイラさんが最も上位、次いで協奏曲の演奏が素晴らしすぎたセバスチャン・ジャコーさん。3番手は1次審査の時以上に音楽・音に何とも言えない「香気」を感じたマチルド・カルデリーニさん、そして誠実なティメア・アチャイさんの順番です。日本のお二人は、ちょっとここでは残念な演奏だったでしょうか。どちらかと言えば竹山愛さんの方が上位だと思います。さて、まだ最終結果は見ていませんが、どうなったでしょう。本選以前の予選も最終順位に考慮されるのであれば、聴いていない演奏も多いですし、ちょっと順位づけも替わってくるでしょうけど。
終演後、3人の方にサインを頂きました。
審査員のウィリアム・ベネット翁。急遽の審査員ご就任、お疲れ様でした。
セバスチャン・ジャコーさん。ありがとうございました。
そして、マチルド・カルデリーニさん。ありがとうございました。
明日の表彰式と披露演奏会も楽しみにしています。
明日は、第8回神戸国際フルートコンクールの本選会となります。大雨や暴風が予想されていますが、無事に開催されるのでしょうか。現地までの交通機関は地下鉄になりますので、開催自体は大丈夫かとは思いますが・・・。1次審査で聴かせて頂いた方のうち、フランスのマチルド・カルデリーニさんが見事本選に進まれました。その時のこの方の笛が見事でしたので、本選で再び演奏を聴かせて頂けることになり、安堵しています。私には「澄んだ中に聴こえる彼女独特の個性のある音」と聴こえましたが、古典の2曲でどのように聴こえて来るか、演奏をもう一度楽しみにしたいと思います。
1.ティメア・アチャイさん(ハンガリー)
1988年生まれ ミュンヘン国立音楽演劇大学
2010年 第59回ミュンヘン国際音楽コンクール セミファイナリスト など
<第1次審査>
F. Kuhlau: 6 Divertissements Op.68 より No.6 cis-moll
S. Karg-Elert: 30 Studies (Caprices) Op.107よりNo.30
C. Debussy: Syrinx
<第2次審査>
Bach: Sonate C-dur BWV 1033
S. Prokofiev: Sonata D-dur Op.94
<第3次審査>
G. Enesco: Cantabile et Presto
J. Ibert: Concerto
T. Ichiyanagi (一柳慧): In a Living Memory
<本選>
W.A. Mozart: Quartett D-dur KV 285
C.P.E. Bach: Konzert d-moll WQ 22
2.竹山 愛さん(日本)
1986年生まれ 東京芸術大学大学院=洗足学園音楽大学 非常勤講師
2010年 日本音楽コンクール第1位/岩谷賞/吉田賞/加藤賞 など
<第1次審査>
F. Kuhlau: 6 Divertissements Op.68 より No.6 cis-moll
S. Karg-Elert: 30 Studies (Caprices) Op.107よりNo.30
C. Debussy: Syrinx
<第2次審査>
Bach: Sonate C-dur BWV 1033
S. Prokofiev: Sonata D-dur Op.94
<第3次審査>
G. Enesco: Cantabile et Presto
C. Nielsen: Koncert
B. Ferneyhough: Cassandra's Dream Song(選択曲以外)
<本選>
W.A. Mozart: Quartett C-dur KV 285b
C.P.E. Bach: Konzert d-moll WQ 22
3.セバスチャン・ジャコーさん(スイス)
1897年生まれ ジュネーヴ音楽院=アンサンブル・コントレシャン首席奏者
2005年 Jマヌエル&エヴァマリアシェンク財団ソリスト・オブ・ジ・イヤーなど
<第1次審査>
F. Kuhlau: 6 Divertissements Op.68 より No.6 cis-moll
S. Karg-Elert: 30 Studies (Caprices) Op.107よりNo.30
C. Debussy: Syrinx
<第2次審査>
Bach: Sonate C-dur BWV 1033
P. Hindemith: Sonate
<第3次審査>
G. Fauré: Fantaisie Op.79
J. Ibert: Concerto
B. Ferneyhough: Cassandra's Dream Song(選択曲以外)
<本選>
W.A. Mozart: Quartett D-dur KV 285
C.P.E. Bach: Konzert d-moll WQ 22
4.濱﨑 麻里子さん(日本)
1986年生まれ 東京芸術大学大学院=洗足学園音楽大学 非常勤講師
2010年 日本音楽コンクール第2位など
<第1次審査>
F. Kuhlau: 6 Divertissements Op.68 より No.6 cis-moll
L. de Lorenzo: Il “Non plus ultra” del Flautista Op.34より No.17
P.O. Ferroud: Trois pièces より No.1 Bergère captive
<第2次審査>
Bach: Sonate C-dur BWV 1033
P. Hindemith: Sonate
<第3次審査>
P. Taffanel: Andante Pastoral et Scherzettino
C. Nielsen: Koncert
K. Aho: Solo III
<本選>
W.A. Mozart: Quartett D-dur KV 285
C.P.E. Bach: Konzert d-moll WQ 22
5.マチルド・カルデリーニさん(フランス)
1989年生まれ パリ国立高等音楽院=リヨン国立管弦楽団アカデミー首席奏者
2011年 第2回 マクサンスラリュー国際フルートコンクール 特別賞など
<第1次審査>
F. Kuhlau: 6 Divertissements Op.68 より No.6 cis-moll
S. Karg-Elert: 30 Studies (Caprices) Op.107よりNo.30
C. Debussy: Syrinx
<第2次審査>
Bach: Sonate g-moll BWV 1020
S. Prokofiev: Sonata D-dur Op.94
<第3次審査>
G. Fauré: Fantaisie Op.79
C. Nielsen: Koncert
P. Hurel: Eolia
<本選>
W.A. Mozart: Quartett D-dur KV 285
C.P.E. Bach: Konzert G-dur WQ 169
6.アドリアナ・.フェレイラさん(ポルトガル)
1990年生まれ パリ国立高等音楽学院=フランス国立管弦楽団副首席奏者
2010年 第4回カール・ニールセン国際音楽コンクール第1位,/オーケストラ賞,/審査員賞など
<第1次審査>
F. Kuhlau: 6 Divertissements Op.68 より No.6 cis-moll
S. Karg-Elert: 30 Studies (Caprices) Op.107よりNo.30
P.O. Ferroud: Trois pièces より No.1 Bergère captive
<第2次審査>
Bach: Sonate C-dur BWV 1033
S. Prokofiev: Sonata D-dur Op.94
<第3次審査>
P. Gaubert: Fantaisie
A. Jolivet: Concerto
L. Berio: Sequenza (Sequenza I)
<本選>
W.A. Mozart: Quartett D-dur KV 285
C.P.E. Bach: Konzert d-moll WQ 22
こうやって書き出してみますと、日本の女流のお二人、竹山さんと濱﨑さんは、経歴が非常に似通っているんですね。お生まれのお年が同じ、大学/大学院はもとより、現在教鞭を執られている学校も同じ、2010年の日本音楽コンクールでも第1位と第2位を分け合った間柄なんですね。これは非常に興味深いですし、明日の本選ではお互い「ライバル意識」が良い方にはたらくのか、あるいは意識し過ぎてその逆になってしまうのか、聴きに行く方としてもこれは興味深々ですね。
一次審査で「シリンクス」を吹かれなかったのは、濱﨑さんとフェレイラさんのお二人。二次審査のソナタはプロコフィエフが4人でヒンデミットがジャコーさんと濱﨑さんのお二人。三次審査の協奏曲は、ニールセンが3人、イベールが2人、ジョリヴェがフェレイラさんだけ、また現代曲で自由に選んだ曲が偶然にも被った竹山さんとジャコーさん(他にも3人がエントリーしていた)、B. Ferneyhough作曲の「Cassandra's Dream Song」とはどんな素敵な曲なんでしょうかね。そして、明日の本選ですが、モーツァルトの四重奏で人気の無いハ長調を選んだのが竹山さんおひとり。この曲って全2楽章構成で、その2楽章目が変奏曲と言うことで、曲に構成感に乏しく魅力が足りないかなと言う感じの曲で、演奏が非常に難しいと思うんですよね。敢えてこの曲を選んだ竹山さんの意図を現地で感じ取りたいですね。またC.P.E.バッハの協奏曲ですが、ト長調を選んだのが、私の推すカルデリーニさんおひとり。ニ短調は曲に凄みがあって、息をのむような展開を見せる曲ですが、一方のト長調の方は楽天的な感じで、曲の魅力もニ短調に比べて散漫で見劣るように思うんですよね。これを敢えて選んだカルデリーニさんが、どのように聴かせるのかも聴きどころではないでしょうか。
明日は素晴らしい音楽家達との共演を通じて、彼らと良く調和して、そこに上手に自己主張が盛り込まれた素晴らしい演奏を聴かせて欲しいものです。無事に本選が開催されましたら、私の好みでつけた順位を書いてみたいと思います。お天気が心配ですが、6人の素敵な音楽家の皆さんのご健闘を、心からお祈りしています。

