ラスコーリニコフは7月のペテルブルグの暑い夕方、夢遊病者のようにセンナヤ広場を通り抜け、金貸しの老婆のアパートにたどり着き、彼女をを斧で叩き殺すのですが...
読み直してみると、この殺人のシーンが、かなりリアルに書かれていたのにびっくりしました。
学生時代に読んだ時は、何かぼんやりとしたイメージしか残っていなかったのですが....(やっぱり、ちゃんと読んでいなかったのですね)
ラスコーリニコフは、ある目的を持ってこの殺人を実行しました。それは、自分が「選ばれた人間」だということを証明することです。
人間は「支配する側」と「支配される側」の二つに別れていて、彼は前者に属することを信じていました。
「支配する側」は人類にとって有益な存在です。政治、科学、自然、全てにおいて、「支配される側」を導きます。
その導きを阻害するものは排除されても構わない、いや、むしろ排除されるべきだと考える、いわゆる『選民主義」です。
「人類にとって有益な存在(自分)は、今、貧困に苦しんでいる。それに対して、なんの価値もない金貸しの老婆が金を貯めて私腹をこやしている。自分は、老婆の金を手に入れても構わない、それはむしろ、そうするべきで人類にとって有意義なことなんだ。」この考えのもとに、殺人を犯します。
『選民主義』。では、誰が彼を「選んだ」のか?
『神』か? この小説ではキリスト教(ロシア正教か?)の神になります。ラスコーリニコフは、はっきりと「自分は神に選ばれた」とは言っていませんが....
そこで、この小説の命題。
『神は存在するか、否か?』
ドストエフスキーの小説には、いつも、この問いが隠されています。
.....次回に続きます。