鎌田洋次(漫画家)のブログ -30ページ目

鎌田洋次(漫画家)のブログ

作品紹介、草野球など諸々。

 私は少1の時に、テレビで1964年の東京五輪を見ています。

こんな気持ちで、人生二度目の自国開催を迎えるとは思わなかったなあ。 早く終わって欲しい!

 

 今の子供たちに、何か良い記憶として残るんだろうか?

 

 どの国の選手も満足のいかない環境で練習してきて、たとえメダルを取ったところで、それが本当の実力か? 

 

 自国開催でバイアスがかかっている日本がメダルラッシュになるんじゃないの?

 またメダルが取れなかったらで、何やっているんだ、ってことになるんだろうなあ。

  

 ああ..誘致してきた、おっさん達の死に土産のためか?

 

 

 ...またやってくる。コロナだろうがなんだろうが、日本人が絶対忘れてはならない日の一つ。

 

 以前、沖縄タイムス社が編集した『鉄の暴風』を読んだことがあります。

 本土決戦のために時間稼ぎとなった沖縄。戦闘の始まる前から、上級軍人は本土へ逃げ帰りました。

 そして、残された沖縄の市民は女性も子供も連合艦隊の艦砲射撃に晒されました。投降を許されず、山の中をわずかな食料や水を求めて逃げまわり、犠牲となったのです。

 

 その少し前、フィリピンのレイテ島でジャングルの中を飢餓状態でアメリカ兵と戦っていた作家の大岡昇平氏(故人)は

『俘虜記』の中で捕虜になったおかげで、アメリカ兵と同じカロリーの食事を得ていたと書いていました。

 

 

 遠い田舎には行けませんが、今日9日が命日なので深井くんのお墓に行ってきました。本間くんのぶんも手を合わせてきました。

 いちばん小さな缶ビールを2つとお花をちょっと。 (マルエツで買って)

 37年目になりました。

 

 そうそう。去年、空家だった4階建てのビルがついになくなったと書きましたが、 実は私の見落としでした。

びっくりです。まだ存在してます。(色を塗り直して、一見まっすぐに立っているように見えます)

 写真を撮ってきたのですが、何か問題が起こると嫌だから、ここには載せません。

 

大丈夫かあ、あのビル...

 

 前回のこのテーマのブログで、この小説の命題として、

『神は存在するか、否か?』と、いきなりぶち上げてしまいましたが....

 

 実はこの小説を読んだ後に、亀山郁夫氏の「『罪と罰』ノート」と「ドストエフスキー 共苦する力」と続けて読んで、その深い研究に圧倒されてしまいました。

 

 そして、私ごときが、このテーマを云々するのはとても恥ずかしいし、この小説が単に、ラスコーリニコフが神に選ばれたか、どうかだけのテーマを追っているのではないことを知りました。

 隠された数字の意味、建物、部屋の形、聖書との登場人物の関係、登場人物の名前の由来、当時起こった事件との関係など...

 

 しかし、それでも、私が学生時代に『神(キリスト教)の存在』について、何かしら考えていたことを残しておきたい、頭がボケて忘れてしまわないうちに書いておこう、と大それた考えを起こしたわけです。...あとで読むと笑っちゃうようなことかもしれませんがね。

 

 以前、私はキリスト教と仏教の共通点、相違点に興味があると書いたことがあります。

 

 ここで宗教そのものに、ちょっと触れます。

 

 宗教は私たちが生きているこの地球上に生まれました。人間が自らでは解決できない大きな力、現象に直面した時に、おそらく自然発生的にそれは生まれたのでしょう。

 つまり、「この地球上で起こった全ての現象、事象に関して私たち人間が考えたこと、感じたことの拠り所」から発生したのが宗教だと私は思います。

 

 私が「地球上」にこだわるのは、20世紀になるまで、人間は大気圏外へは出ていませんので、たとえ天空を見上げて、宇宙からの神秘を感じても、それは地球上での出来事だからです。

  

 イエスもブッダもソクラテスもピタゴラスもアルキメデスもコペルニクスもガリレオもニュートンもアインシュタインも....みんな、地球上にいた人です。彼らの預言も悟りも哲学も説も定理も法則も全部、地球上で発見され、行われたことです。

 

 このこだわりを持って考えると、私たちが普遍だと思っているのような原理や法則は「地球上」という特殊な環境の中で成り立っているのに気づきます。そして、これらは宇宙の隅々で成り立つのだろうかという疑問が湧いてきます。

 

 例えば、地球上で引いた二本の平行線を、果てしなく延長していくと宇宙のどこかで交わったりはしないのでしょうか?

 

 事実、地球上では真っ直ぐに進む光は、宇宙空間に浮かぶ巨大な天体のそばでは、その重力によって曲げられる(アインシュタインの一般相対性理論)ということが後でわかりました。

 

 また、人間は円周率(π)を未だに正確に出し切っていません。(割り切っていません。)

厳密にいうとこの地球上では完全な円や球体を作れていないということです。

  

 まだまだ、何かありそうです...

 

 私にはますます、こ地球上には永遠に「答え」を出せないものがあると思えてきます。

 

 では、地球外環境での人間は全ての「答え」出せるのか?

 

 みなさんは映画『2001年 宇宙の旅』をご覧になったことがあるでしょうか? 最後のシーン15分位が難解です。

 コンピュータ「HAL」と戦って勝った宇宙飛行士が、時空を超えて「モノリス」(おそらくこれは「神」、全能の「神」)を追いかけるシーンです。

 老人になってベッドに横たわっている宇宙飛行士が、手を伸ばして「モノリス」に触れようとしますが、触れられませんでした。

 人間が時空を超えても、永遠に触れられないもの「モノリス」。 私はそのようにこの映画を観ました。

 

 つまり「完璧ではない人間」が神を考える。神に近づこうとしても「答え」は出ない。そう言っている気がします。(映画の話ですがね)

 

 振り返って、宗教について考えても、「完璧でなはい人間」が関わって成り立ってきたものです。

それは「完璧ではない」と思わざるを得ません。

 
 

.....長くなりました。次に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......もうそんなに時が経ったのか....

 

 震災の年の5月だったから、そうなるのか....

確かその月の初めごろに、仕事中に気になって、病室にいる田宮さんに電話したと思う。

 

  緩和ケアで薬を入れてたのか、ひどく、ろれつが回らない口調で、電話口も遠かった。こちらの話も聞こえているのかどうかわからない状態だった。誰かが側についていて、ケータイを耳元に

あてがってくれていたのかもしれない。想像だが....

 

「この仕事が、終わったら見舞いに行くから」と伝えたが

理解できたかどうか...

 

 その後何日かして、ヤングマガジンの元編集長の関さんから連絡があって、田宮さんが亡くなったことを知った。

 

  当時、宮城の実家が震災でひどいことになっていて、老々介護の両親も気になっていた。

東北道やガソリンの問題もあって、動きが取れない時期だったなあ。