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鎌田洋次(漫画家)のブログ

作品紹介、草野球など諸々。

 核抑止には”核”と、ウクライナの情勢に合わせ、心配を煽っている政党があるが、非核三原則をただの”理想”に過ぎないと言われても、私たちは守らなければない。でなければ、今も広島の土に眠っている、何も知らされずに死んでいった多くの市民に、なんと申し開きができるでしょうか。

  

 非核三原則は日本が日本でありうる、たった一つの証です。

 

 限定的核使用など、あり得ない。汚染は土を介し、水を介し、大気を介し、地球全体に広がり、何年もの食糧危機を引き起こすだろう。 使用した国の為政者は後で気づくのだ。

  

  『なんと愚かなことを、してしまったのだろうか』と....

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前、私はこのブログで「阿部一族」は変な小説だと書きました。(小説というよりも史実をもとに書いた記録のような話)....

 

 実は最近、乙川優三郎氏の「生きる」を読んで「阿部一族」

の読み直しをしてみました。

 

「生きる」は第127回直木賞を受賞した小説です。(別に直木賞を受けたから、どうのこうのという訳ではないですが)

武家の家臣の殉死『追腹』についての話です。明らかに「阿部一族」に触発されたのではないかという話です。

 

 私は乙川優三郎氏の大ファンです。文章の上手さ、繊細な表現、構成、素晴らしい作家です。時代物だけではなく「ロゴスの市」「脊梁山脈」など 人の感情を深く描き出すだけでなく、

取材、資料の読み解きがすごい。

 

 さて、「生きる」を読んでから「阿部一族」を読んでみると、まったく、以前読んだ時とは違う景色が見えてきました。淡々と語られる出来事の行間に、殉死する本人と家族の心の動きが見えてきました。

 繊細な文章で書かれてない分だけ、生々しい。当時の読者はどう感じたのだろうか。日常、一緒に暮らしていた人が、生活の一部のように腹を切って死んでいく。とつぜん暮らしの中から消えていく。

  今は、その刃先の冷たさや、皮膚に突き刺す痛ささえ、感じられるようです。また、家族の複雑な感情も、悲しみも、想像できるようです。

 

 森鴎外は軍医だったと記憶してます。以前は、なんか医者のカルテを読んでいるような文章で変な感じがしたのですが....

 

 読み直してよかったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 元首相の功績を讃えて”国”がやるんですか? 外国から要人をを迎えることもある? 警護が大変だ。

 

『国民一人一人に、喪に服すことを強制するものではない』と政府が言ってますが ...... (じゃあ、国葬ではないよね)

 

 どこから金が出るんですか? 税金ですか?

この大変な時期に。

 

 ”国民のことを一番に考えていた”元首相ですから、『そんな無駄金は使わないで、この難局を乗り切ってください』と仰るんじゃないでしょうか?

 

 私はそう思います。

 

 

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 以前、リイド社の仕事で「支倉常長」の読み切りを書いたのですが、その際、資料の一つとして『侍』を読みました。

 いや...読んだつもりになっていたのかもしれません。今回あらためてこの小説を読み直し、また、愕然としました。「こんな話だったっけ....?」って....まったく、自分の記憶のいいかげんさがイヤになります。

 短時間でいろいろな資料を頭に詰め込んだので、自分で勝手に別のストーリーを作り上げていました。読み直してよかったです。

 

 この小説は遠藤氏のフィクションとして書かれています。

史実に関して残されている資料が少なく、作家が想像力を駆使しなければ書けないものだったのでしょう。

 

1)支倉常長 → 長谷倉六右衛門

   ソテロ → ベラスコ (宣教師、ローマまでの案内人)

   フランシスコ会 → ポーロ会

   イエズス会 → ペテロ会

 

 2) 1613年、慶長遣欧使節団は徳川家と伊達家の合同で計画された。大坂夏の陣(1615)の以前で豊臣家はまだ存在していたので、秀吉のバテレン追放令は続いていたはずだが、伊達家は、または徳川家は、なぜエスパニア(スペイン)と交渉をしようとしたのか? イエズス会の宣教師は九州各地に潜伏していただろうし、それと貿易をしている西側(豊臣側)の大名を恐れていたのか?

   

   

3)目的はガレオン船の造船技術と太平洋の航路の航海術を盗むこと。その証拠に、使者達のほとんどがノべスパニア(メキシコ)までの航海で、日本に帰っている。

 

4)召出衆という身分の低い長谷倉たちを使者に出すことで、

初めから交渉の成功など望んでいなかった。失敗した時のことを考えての人選か?

 

5)物語はベラスコ(宣教師)の視点で描かれ、彼のキリスト教団に対する野望と、それとは裏腹に、主(キリスト)に対して、ベラスコが自分自身の行動が正しいのかどうか、何度も深く独白するシーンが続く。

 

6)ドストエフスキーの『大審問官』を思い起こさせるシーン。遠藤氏の『沈黙』でもあったが、この『侍』でも似たようなシーンがある。それはローマでのベラスコとヴォルケーゼ枢機卿との対峙のシーン。イエスが説いたプリミティブな教えを主張するベラスコ。教団として、組織として出来上がってしまった教会を守ろうとするヴォルケーゼ。

 

7)望んでもいなかった洗礼を受ける長谷倉。

目的を果たせず、帰国して、そこに待っていたものは.....

 

8 )この旅を最初から最後まで苦楽を共にした与蔵が長谷倉に

かけた言葉『ここからは、あの方がいっしょに参ります...』

 

9)ベラスコは禁令を破って再び九州へ上陸。そこで聞いた長谷倉の運命。

 

 『沈黙』より後に書かれたこの小説。私は『侍』の方が一般的に日本人がキリスト教に対する皮膚感覚や見方がよく表されていると思います。

 どんな宗教にも言えるが、教団、組織として大きくなり、時を経ていくと、どんどん変わってしまう。元々はなんだったのか

深く考えなくてはなりません。