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鎌田洋次(漫画家)のブログ

作品紹介、草野球など諸々。

 先日、スーパーで南高梅1キロが200円値引きで売られていたのを見つけて、「そうだ、梅干しをつくろう」と思い立ちました。

ネットで作り方を調べると、基本的にはみんな同じなのですが、干す時期が微妙に違ったりしています。干し方もちょっと違ったりしています。

 まあ結局、塩にまぶして梅酢が出るのを待ち、赤紫蘇を入れて

その後、柔らかくなったら梅を取り出して天日に干すということらしいです。

  今、ジブロック2袋に2キロの梅が赤くなって入っています。

梅雨が明けたら、外に干そうと思います。

  ああ楽しみだあ〜。 2キロあったら結構食えるぞ。

『鉄の暴風』(沖縄タイムス)には1945年の3月26日から渡嘉敷島

などの離島からアメリカ軍の上陸作戦が始まったと書いてあった。

終結までの3ヶ月間、沖縄住民は日本軍の支離滅裂な命令と米軍の

砲弾の雨の中を迷走させられた。ある島民は集団自決を強制され、

ある島民はスパイ容疑をかけられ、自分たちを守ってくれるはずの日本兵に斬り殺された。

 この頃、大本営では本土決戦のために、いかに時間を稼げるかを考えていた。もはや制海権も制空権も失っている日本で、まだ国の体制、軍部の体制に固執し、天皇も軍人も終戦を決められずにいた。

 グズグズしているうちに何十万人という尊い日本人の命が失われた。

 

 

 以前にもこのブログで書いたけど、

世襲者や前任者の秘書など、票田を受け継ついで立候補するものは、

得票数の20%引きか、前任者と同じ選挙区から立候補できない法律を作りましょう。

 財産には相続税があるのに、何故、票田相続にはないんだ?

本人が努力して開拓した票ではないでしょ。地元への利益誘導のために日本全体がダメになる。

 

 国会では、『教育』について、子どもたちには同じスタートラインで平等の機会を与えましょうと言いながら、あなた方はスタートラインが違うじゃないか。

 

 

 6月9日は深井くんと本間くんの命日です。

先日の大雨で、近くのレイク・タウンは文字通りレイク・タウンになったそうですが、今日の蒲生は乾いていました。

 新潟と長野は遠いのでなかなか行けません。友泉を含めて三人のお墓参りです。

友泉は飲めないので、いつものように缶ビールは二つです。ああ、何かお茶でも買ってお供えすればよかったな...

でも本当は お供えはカラスや猫に荒らされるからいけないんです。小さな缶ビールだけは見逃してもらっています。すみません。

 

 墓石には昨年の夏に深井くんのお母様(おそらく)が亡くなられたことが刻まれていました。

 

 私が学習支援に行っている小学校には小さな中庭があり、6畳ほどの四角いコンクリートの池があります。

この池はあまり手入れがされていないようで、周りは草ぼうぼう、池の底にはかなり泥が溜まっています。

ある日、3階の窓から覗いていると、ぷかっ ぷかっ と三角の頭らしきのもが水面から出ています。

 亀です。

大きさ25センチぐらいでしょうか? 種別などはわかりません。他に魚らしきものなど見えず、

『亀』一匹の独占の池です。

どうも垂直のコンクリート壁は、脱走を許さず、いつも亀は池の中をぐるぐるまわっているみたいです。

 ああ、『山椒魚』だ... 井伏鱒二の。

急に思い出しました。この状態は岩穴に閉じ込められた、あの山椒魚です。

 

...で、図書館から「井伏鱒二全集」を借りて『山椒魚』を読み直してみました。

井伏鱒二の釣行文は釣り漫画を描いているときにかなり読みましたが、『山椒魚』はいつ以来だろう...? 中学か高校の教科書にのってたっけ?

 読んでみると...またいつものように「こんなのだったけ?」となりました。 自分の記憶の悪さにほとほと嫌になります。

特に後半のカエルとの会話がこんなに短かったかな? もっと長いやり取りがあったような気がするのですが...

 そこで調べてみると、この『山椒魚』は井伏鱒二自身が1985年に全集に載せる際に訂正し、結末の十数行をカットして刊行したらしいのです。

 じゃあ私はその前の『山椒魚』読んだのだろうか? 図書館で1985年以前のものを探したのですが、初版が1956年で第44刷が1995年の文庫本でも全集と全く同じ長さでした。

ああ、なんかモヤモヤする。訂正前の『山椒魚』があるなら読んでみたい。カエルとの喧嘩や言い合いの中に何か大事なものが、もっとあったような気がするのだが...