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鎌田洋次(漫画家)のブログ

作品紹介、草野球など諸々。

 昔から、銅鐸は何の目的で作られたのか?ということを本やテレビなどで読んだり見たりしてきました。

祭礼、儀式などのときに使う「鐘」だと言う説が有力ですが....

 

 その度に、私が思っていたことを書き残しておきます。

日本に青銅器と鉄器が入ってきたのは、ほぼ同じ時期の弥生時代らしいです。

 日本に渡る前の大陸では精錬のしやすさから、先に青銅器が実用化されますが、その後、鉄の精錬技術が発達して鉄が武器などに多く使われ広まります。

 したがって日本には鉄器と青銅器が同時期に伝わっても、すでに実用化のしやすい鉄器が広がり、青銅器は本来の使用目的が伝わらないまま残ってしまった物もあると思われます。

 

 そのいい例が銅鐸でしょうか?

 

 私は銅鐸は、古代の大陸の人々が狩猟や旅に出るとき、焚き火を風や雨から守る「携帯のコンロ」のようなものではなかったのか?と

想像しました。(笑い)下の図のようにして使います。銅なのでかなりの重量があると思われますが、当時の人にすれば他に金属がないのでしょうがありませんよね。

 

 では「舌」(ぜつ=鐘を鳴らすための棒)はどう説明するのか? そもそもこの舌はあまり出土されていない。銅鐸と一緒に出土されたものは少なく、本当に一緒に使われていたのか怪しい。「鐸」とは鈴や鐘の意味ですが、それは後世になって日本で名付けられたものでしょう。

 

 MLB、プロ野球でもそうだが、三遊間よりのゴロに対してグラブを逆シングルで処理するショートがほとんどになってしまった。

ゴロに対して正面に体を持っていく選手がいなくなったように思う。

 

 教科書では、最悪、体でボールを止めて即、送球ができるようにと教わったが、現在では一旦ボールを弾いたら走者がセーフになるのは確実で、それよりも、逆シングルで捕球して右足に体重が乗ってるまま、送球した方がアウトにする確率が高いのだろうか?

 

 グラウンドも良く整備されているし、何にも増して選手の身体能力が上がっている。

 

 問題は高校野球だ。昔は、ショートは三遊間よりのゴロを土煙を上げて、スライドしながら体の正面に持っていったが、こちらもそういうシーンが見られなくなった。

 

 最近の流行なのか?それともグラウンドの硬さが違うのか(人工芝の場合もあるからか)?

 

 私は、ショートが土煙を上げてスライドしていく姿に憧れて野球部に入ったのだが...

  このブログで書いてきた「秩父札所三十四箇所観音霊場巡り」が実現する可能性が出てきました。

なかなか踏み切れなかったこの巡礼、やっとやる気が出てきました。

と言うのも、同じ英会話サークルの若者にこの計画を話したら、『自分もやってもいい』という返事をもらい。

がぜん、実現性を帯びてきたのです。

 若い時は一人でどこでも出かけていたのに、歳を取るとなんでも億劫になって...

冬は寒すぎて、夏は暑すぎて、雨が降ったら雨のせいにして、風が吹いたら風のせいにして、ずるずると引き延ばしてきました。

ああ情けない...

 

 初めは全行程をを自転車でと思っていたのですが止めました。電車で行ってレンタサイクルにします。

何回かに分割して巡ることになると思いますが、まあ、その都度ここに報告していきます。

 

楽しみですね。御朱印帳をコンプリートします。

 

 

 

 

 

 

 この「しーん」、手塚治虫大先生が初めて使い始めたと言われますが、私もそのとおりだと思います。

マンガにおいて「静寂」を表すこの表現をよくぞ見つけてくださいました。まさに天才です。神様です。

 

 ところで、先日この「しーん」の語源ではないかと思われる漢字を発見しました。

私の個人的意見です。間違っているかもしれません。

 

 倉田百三の『出家とその弟子』の中に親鸞の臨終を前に、唯円や勝信(かえで)が集まる場面があります。

そこに『親鸞、唯円沈黙。勝信の泣き声のみ聞こえる。やがてその声もやみ、一座森(しん)とする』という文章があります。

 

 『森』という漢字を『しん』と読ませています。

 

 確かに深い森に入り込んだ時は音が吸い込まれるような、静寂に包まれる体験をしたことがあります。

『しーん』は『森』から来ているのではと、とっさに考えてしまいました。

 

 皆さんはどう、お思いでしよう?