スーパーカー。なんと素敵な名前でしょうか。
スポーツカーと似て非なる、速さ以上に夢を売るマシンたち。
フェラーリ、ポルシェ、ロータス、マセラティ、ランボルギーニ。。。


1970年代の大ブームを体験した者にとって、数々のスーパーカー達の
記憶はかけがえのないものでしょう。


ところが70年代も終わりに近づくと一気にそのブームは静まってしまいます。

再び仲間うちで車の話が沸騰するのは高校生も終わりに近づき、免許が取れるころ、
つまり自分が乗るものとしての車でした。スーパーカーじゃない。


私もスーパーカーブームのときは、スーパーカー消しゴムを集め、ボクシーのボールぺン
を携帯してました。たまにポルシェなどを発見するとドキドキもんで、近所の友達呼び
にやったりして、なめるように何十分もたかって見てたもんです。
ただ田舎だったので、いわゆるスーパーカーはあんまり見れなかったかもしれません。
都会と違って、フェアレディZや、Zにちょっと似てるスプリンターの地位が高かったの
ではないでしょうか。


ある日、家族で父親の運転するトヨタ・カリーナに乗り込み、常磐ハワイアンセンターに
行った時のこと。
雨の国道49号線を走る緑のランチア・ストラトスの記憶は鮮烈で、今だに覚えています。
兄貴と騒ぎながらアマガエルのような、究めて不思議なカタチの車が通り過ぎるのを目で
追い続けました。


不思議なことにそれ以来、車に対する興味を失ったことがないのです。
私にとってスーパーカーブームは、少年時代の記憶の断片というより、連綿と続く
思索の始まりで、それは今も続いています。
すなわち、病気ですね。


ただ、おかげで、
少年時代に夢見たスーパーカーの格好やスペックだけではない、
別の面を早い時期に知ることができました。
そして知れば知るほど、その中でランチア・ストラトスは特別な存在となりました。
本当に夢みたいな車だったんだなーって思います。


クルマと人の写真館-LS1

★ランチア・ストラトス

 この緊張感あふれるディメンション、アリタリアカラー、サンドロ・ムナーリによるドリフトアングル、

 ストラトスよりカッコイイ車がどこかにあるのか?いわんやおやである。




FCのCMを覚えている人結構いると思うんですよね。
BGMにあのサイバー映画の金字塔「ブレードランナー」を
もってきただけでも十分にたぎるのに、

「柔肌のあつき血汐に触れもみで、寂しからずや道を説く君」

うーん、短歌ですよ、
たぶん与謝野晶子ですよ。

このCMは
押し寄せる文化でしたね。


クルマと人の写真館-LIBRA1

★ランチア・リブラ・・・これに好んで乗ってる人は日本ではほとんどいませんが、
 イタリアでは 警察のパトカーやら、タクシーやら、おもいっきり走ってますね。
             (後ろの方の地縛霊みたいになってるBMWが気になります。) 


 
クルマと人の写真館-LIBRA2
★デザイン上の特徴は、このリアゲートからルーフにかけての銀の縁取りでっす。




車の運転というのは、もう20年もやってることなんですが、

なかなかイメージしたようにいかないものです。

うまくならない。



数年前にミラノに行った時に、夜タクシーに乗った。

ドライバーはイタリア人でしかもプロですから、ぴゅん、ぴゅん飛ばすわけです。


ランチア・リブラのワゴンだったと思いますが、のけぞるくらいの加速して
石畳の上をバコバコ言わせながら、しかもスムーズに駆け抜けていく。



「とばすなー」とか思いながらふと運転手をみると暗闇の中、

右手が流麗に動いてました。

そのとき初めて、それがマニュアルだと気づいたのです。



ほとんどギアの継ぎ目を感じさせないんですね。
特に加速がうまかった。

それまで

ヒール&トゥだのシフトダウン系の技を綺麗に決めるのがカッコイイのだ

と勝手に思ってましたが、シフトアップの奥義をみせてもらった気がします。

(ちなみにシフトダウンは2速飛ばしとか多用してましたが、ほとんどショックなし)



彼らはオートマとかいらないでしょうね。

イタリアやフランスでオートマが売れない理由がわかります。

女でもこれくらいの運転する人とか結構いるんでしょうね。



そう考えると、

まだまだ車に乗ってやること、覚えることって山ほどあるなーという感じで、

運転に対する、新しい発見と習得した喜びは、これはもう一生続くんじゃないかと

思います。



もちろん、

マニュアル・トランスミッションだからですが。。。