ストラトスの話なんかすると、クルマファンを自称する方なら誰しも

一家言もっていて、 やはりそれは少年時代の鮮烈な記憶に根ざすところ

が大きい。

ガンディーニのあのデザインは、子供の素直なハートにグサリと刺さる

カタチだとなんだと思う。


だからこそ

ランチアは多くのクルマファンの中で、

「大人になって好きになったアルファロメオやBMWとは別の次元で血が騒ぐクルマ」

という特殊な地位を与えられていて、

最近までラリーで戦ってたりしたので、

さらにファン心理を煽られるクルマとなっている。


そういうわけで、ランチアに対しては

所有もしてないくせに、特別な思い入れを持っている人、

そこまでいかなくても、一種の好感度と期待感をもっている人が多い。



ところが、

あーそれなのに、

そんな日本のファンの心を知ってか知らずか、

ランチアよ、どこへ行く。。


これを、かっこいいというのか?


イタリアンデザインを理解できない僕らが悪いのか。。。


ハイブローすぎる。。


ランチア・テージスを初めて見たとき、そんな自問自答を繰り返した気がする。



クルマと人の写真館-te-jisu

「さすがに、そこまでついていけないぞ。。。」

とため息が漏れるデザイン。

もちろん、往年のアウレリアモチーフですが、

僕らが好きなランチアはそこじゃねぇんだよ!

と、さまぁーずの三村のように突っ込みたくなる。


フィアット首脳部は過去一度も日本でちゃんとランチアを売ってやろうという気持ちに

なったことがないんだと思います。

ブランド力あるのに、ホントもったいない。


ただ、テージスを実際みるとそれほどひどいというカタチということではなくて

変なかっこよさもってるんですよね。


もしかして10年後、

これがカッコイイ車ということになっている可能性もあんかなあ



クルマと人の写真館-LS4
★ストラトスはアリタリアカラー(前後期で2種ある)の他、こちらのピレリカラー、

 マルボロカラーそしてプライベートの雄シャルドネのブルーなんかも有名です。


まあ、朝青龍の引退じゃないですが、

ストラトスの引き際は堂々勇退なんていうものではなく70年代中盤の3連覇後、

フィアットによって引っ込められちゃったんですね。


そもそも、ランチアの親会社フィアットは、いくら勝っても販売利益に結びつかない

スーパーカー、ストラトスの存在を疑問視していました。
おまけフィアット124スパイダーという自社の車はストラトスに軽く蹴散らされていたから、

おもしろいはずがない。ストラトスの開発は中止、ラリーチームのワークス活動も停止します。


ところが、実はそこからがストラトスの本領発揮で、プライベーターに売り渡したストラトス

達がなかなか死なない。戦闘力を増したフィアットワークスの次世代ラリーカー、131アバルト

でも、ストラトスを倒すのにものすごく苦労します。
おかげで、フィアット131の最大の天敵は子会社が7~8年も前に作った車ということになってしまいました。

フィオリオの心中がどんなかんじだったのか興味がありますね。



クルマと人の写真館-Ls3

実は、ランチアストラトスの最後の優勝は81年のツール・ド・コルスです。

すでにこの年、四駆のラリーカー、アウディ・クワトロが走ってましたし、フィアット131アバルトは

もう過去の車でした。
当時私は中学生で、多分「AUTO SPORTS」誌上でその記事を発見したのだと思いますが、

なんというか、時期はずれのスーパーカー優勝のニュースに、言い知れぬ感動を覚えたものでした。

その後、似たような奇跡をやってのけた車はありません。


基本性能の良さ、勝つためのデザイン、何より開発者の夢の力を感じた瞬間でした。




クルマと人の写真館-LS2

ストラトスというのは「成層圏」という意味の造語みたいですね。
クサビ形の未来的フォルムを身にまとったランチアストラトスはそれこそ、
時代を高高度でちぎっていった車でした。


そのカタチは鬼才マルチェロ・ガンディーニ(※1)によるもの。

多くの革新的な車を世に送り出したガンディーニデザインの中でもカウンタックと並んで

最も異常なカタチの車がストラトスでした。
ただ、多くのスーパーカーと違っていたのは完全に「ラリーで勝つためのデザイン」
であったということです。
軽自動車よりはるかに短いホイールベースはクイックな回頭性に、サイドまで回りこ
んだフロントウィンドーはコーナリング中の視界確保に役立ちます(ほんとか?)。

ガンディーニにこの勝つためのデザインを依頼したのはランチャ・ラリーチームのチェーザレ
・フィオリオ監督、シャシーを仕上げたのはジャン・パオロ・ダラーラ(ダラーラってF1あり
ましたよね)でした。まさにこれは3人の男の夢の結晶といっていいでしょう。

ここに、さらにエンツォ・フェラーリに頼み込んで供給を受けたフェラーリ・ディノの2.4リッター
V6エンジンがミッドシップに載るのですから、これ以上のドリームはありません。


期待を受けデビューしたストラトスは74.75.76年世界ラリー選手権3連覇をはじめ、あまりに
多くの伝説的な成功を成し遂げます。
当時の映像を見ると、他の車と動きが全然違うんですね。ミズスマシのように雪面をスライド
していくアリタリアカラーのストラトスはホントしびれます。
子供ばかりか、大人に夢の続きを見せてくれるスーパーカー。それがストラトスです。


企画者フィオリオは、後にフェラーリF1チームの監督となります。

プロスト、マンセルを擁し、ホンダを追い回し、ロン・デニスと何度も口ゲンカを演じる姿を

よく見かけた実にテレビ向きなキャラクターの強い、イタリアのやり手のおじさんなんですが、

その始まりは、このストラトス完成までに発揮した強烈な “プロデュース能力”が買われたの

だと思います。


クルマと人の写真館-foi

★インタビューを受けるフィオリオ

  90年代初頭のF1によく見られた光景

一方、ストラトスは70年代末、堂々勇退ということになるのですが、夢には続きがあったのです。

(続く)



※1 ガンディーニは当時イタリアのカロッツェリア「ベルトーネ」のチーフデザイナー。

ランボルギーニ・カウンタック、ディアブロ、シトロエンBX、マセラティ・クワトロポルテ、ルノー5、

なんかをデザインしました。