クルマと人の写真館-200gt

★トヨタ2000GTも前期型と後期型があって、埋め込みのライトの形状で見分けます。ちょっと大きくふちどり

 されているコッチは前期型です。しかしまあ、ボンネットの開き方がカッコイイ。逆アリゲーター式というんで

 しょうか。スポーツカーの証だと思っていた。

(前回から続く)

 浜松という立地はヤマハにとって大きな意味を持つでしょう。

戦後、雨後の竹の子の如くあのへんに小さなバイクメーカーが興り、激烈な競争状態になった。

(ほとんどつぶれますが。。)

その流れでヤマハもバイクに手を出すわけですが、近所には日本のエンツォ・フェラーリ、本田宗一郎がいた。

一方、ちょっと西に行くと天下の商売上手、トヨタもある。

時代の流れで紆余曲折しますが、ヤマハはこの2つの強烈な個性に挟まれつつ、独自の柔軟さで存在価値を

保ち続けています。


トヨタ2000GTはそのような立地が生み出しだ“歴史的コラボレーション”といっていいでしょう。

あの直列6気筒3Mエンジンの巧緻窮まるDOHCヘッドはヤマハが作りました。

ローズウッドが貼りこんである美しい内装もヤマハといわれてます。楽器屋の面目躍如です。

現在の値段にしたら、1000万円を超えるそうですから、GT‐RやNS-Xどころの騒ぎじゃない。


ヤマハ最大の経営判断は、なんでもできるのにクルマの市販に乗り出さず、クルマしかできない

トヨタと友好関係を保ったことでしょう。

実はヤマハは最初ニッサンと組んで「同じような」高性能スポーツカーを作ろうとしていたという事実が

わかっています。結局そっちは頓挫したのですが、今思えばそっちのほうがよかったでしょうね。

「技術の日産」てくらいですから、そういうプライドを持った連中とヤマハがうまく組めたとは思えない。


トヨタはそのへんヤマハと相性がよかったのだと思います。

「あれは、実はヤマハ2000GTだ。」

などと業界関係者から陰口を叩かれても悠然としてられるのは、王者トヨタだからでしょう。

ヤマハのほうも奥ゆかしくここに関してはあまり威張ってないですね。

その後も、トヨタの高性能エンジンは最近のスープラまでほとんどヤマハの手が入ってます。


しかしなんでまた「何でも屋」のくせにそんなに技術力が高いのか?

というと2輪があったからに他ならない。

ヤマハは、ホンダとは常に事を構えてまして、何十年も本気でやり合ってる。

実質2輪の世界で、ホンダに総合力で挑めるのは世界広しといえども、ヤマハしかいない。

ご近所バトルに熱を上げるあまり、世界からこの2社だけ突出してしまった感があります。

この2社は比較すると実におもしろいのですが、それは別項にゆずるとして、


トヨタ2000GTを見るにつけ、こっちと戦いながらあっちと手を握り、そっちから乗り換えという、

トヨタ、本田、ニッサン相手に立ち回りを演じるヤマハが、まるで昔の戦国大名のように思えてきます。

戦国時代の激戦区、浜松という土地柄と無関係とはとても思えません。



トヨタ2000GTの話の前に余談を。。。


世にも不思議な企業がヤマハでして、バイクからピアノ、バドミントンのラケットから

巨大クルーザーまで、なんでも作ってる。

ドメインなし。

器用貧乏というには余りに大企業、貧乏なわけはない。


あれは山葉 寅楠(やまは とらくす)って人が創業者、紀州和歌山の出だそうです。

何という名前でしょうか。

紀州というのはその昔、漁師で有名な地帯で、現在使われてるほとんどの漁法と釣具は

あそこが発祥の地だそうで、なんとなく創意工夫のメッカな匂いがします。


ヤマハは、三本音叉のマークに見られるように楽器が最初で、
きっかけがおかしいのですが、浜松の尋常小学校で、その「とらくすさん」が壊れたオルガンの

修理に成功したので、そのままオルガンを作り出したそうです。

なんともちょうどいい始まりなわけです。


その後、楽器をいろいろ作るんですが、ピアノ製造に代表される木工技術があるってことで、
戦闘機の需要拡大に合わせてプロペラなんかを作り始めます。
あの微妙な曲線はそこらの大工には出せません。 さらにプロペラが鉄製になると、
それまでのノウハウを生かして鉄製プロペラ、つまり軍需産業にはまります。


その鉄加工技術が結局は戦後、オートバイの生産につながり、内燃機関を用いるあらゆる産業、
はては半導体まで増幅するわけですが、

どうですか、このいきあたりばったり感、わらしべ長者感。

さらに驚くべきは、それを難なく乗り越える小器用さ。

紀州の血としか思えません。

紀州といえば、吉宗で有名な紀州徳川家。

さらに会社の本拠地の遠州・浜松は家康の元本拠地。
あの三本音叉のマークは徳川家の家紋「三つ葉葵」と無関係ではないように思えます。


クルマと人の写真館-onsa


三つ葉葵も水戸、尾張、徳川宗家と家家によって微妙な差があることで知られていますが、
三本音叉も楽器のヤマハとバイクのヤマハでは微妙に違ってYAMAHAのMの真ん中の部分の
長さが違うようです。

(続く)


クルマと人の写真館-rl2

「冒険」に憧れる人は多い。

勇ましいし、わくわくする。誰しも一度はしてみたいと思う。

「自然」もまた、大抵の人が好きと答える。

壮大な大自然の景観を見れば誰だってスカッとするし、なんかエコだ。


だが、この両者には強烈な暗黒面が存在することも忘れてはいけない。

片山右京さんたちが冒険の練習台にした風光明媚な富士山でさえ、マイナス30度のブリザード

であっという間に生命を飲み込んだ。彼らの優秀なキャリアと周到な準備、自然を愛する心など

気にも留めず、自然は躊躇なく残酷なことをやる。


ただ、暗黒面といっても、人間側からみてそう思えるだけで、自然にしてみれば、ちょっとした

気まぐれ程度のことかもしれない。

文明人は忘れかけているが、その気まぐれに細心の注意を払って生きていかなければならない

のが生き物の本質だ。自然神信仰など、畏敬の念を持って地べたに接してきた昔の人は正しい。


だから、冒険には「かっこいい」などという気持ちが入り込むマージンが全くない、これ以上は

やりようがないという装備が必要だ。おしゃれのために命を落とすわけにはいかないのである。


ランドローバー・ディフェンダーはそういうクルマだ。

見た目がまず古い。仕上げが粗い。

つまり、おしゃれとは程遠い車だ。

第二次世界大戦からほとんど変わらない基本設計は、クルマ界のシーラカンスと言っていい。

同じ軍用車出身のメルセデスのゲレンデヴァーゲンが、ある種“イバリの効く”金持ち車になってる

のと比べると大分差ができてしまっている。いつまでも方言の抜けない素朴な田舎モノのようだ。

だがハイテク化を拒絶し、地道な進化を継続してきた分、そのノウハウの蓄積が、いざというときの

安全につながる。ボディは堅牢そのもの、シャシーはラダーフレームに固執する。

ぐにゃぐにゃの足は決してワインディングを攻めようなどとは思わないが、本当の峠道ではこの上なく

頼もしく動き、業界随一の悪路走破性を示す。


完全装備で、ボコボコでどろどろで、原野を駆けるディフェンダーは全身、これ冒険だ。


かっこいい。