クルマと人の写真館-エルグランド
★日産エル・グランド(2代目)

 そのデビュー以来「社長御用達ミニバン」として名を馳せるエル・グランドと、ちょっとペンギン似のゴーン社長。

私はバイクも乗る。

それで、バイクに乗っていると、クルマとバイクは共存しづらいなーと思う。


バイクの方が大抵の場合加速もよく、速いスピードで走っているけど、

高速道路なんかでは2輪という構造上、制動距離を考えて、

車間距離をクルマよりも多めにとらなければいけない。


そうすると、後ろからきたクルマのドライバーは「そこは空いてる。」と思うようだ。

バイクの前に入りたがる。


「仕方ない。」

と、またそのクルマに対する適正な車間距離をとろうとすると、また後ろから

クルマが入ってくる。


困ったことに、前に入るものの、スピードは別にバイクより速いというわけではない。

さらにクルマは一定数で群れる傾向にあり、なぜか群れるとスピードも落ち着く。


結果、どんどん入ってこられたバイクのスピードはどんどん遅くなる。


もともと、クルマより速いスピードで走ってるバイクとしては

「こりゃたまらん。」とばかりに一気にその群れを抜き去って前に出る。


ところが再度、前がつまって、車間をとると、またもやさっきと同じ現象が生まれる。


この繰り返しである。


バイクとして、これをやらない手段は完全に自分のペースで走ることしかない。

つまり、「少しばかり、自分よりも遅いけどついていくか。」という

クルマに乗っている時はよくある考え方をせず、、

自分より遅いとみるや、どんどん抜いていくのだ。


ところが、

事情を知らないクルマのドライバーからすると、こういうバイクは危ないと映る。


「ヒラヒラ、虫みたいに走りおって。。。」


と、

頭に血が上ったか、独自の正義感からか、群れを離れアクセルを踏み込む

タイプのドライバーが何人かに一人は必ずいる。


私の勝手な統計でいうと、そういうドライバーが乗ってるクルマは

どういうわけか、エルグランドが多い。


なんでだろう。

社長グルマとしての血か。

(続く)


クルマと人の写真館-lancer


ラリーの何が素晴らしいかって、自然に立ち向かうところだ。

ライバルに勝つ前に、地球と闘わなければ表彰台に立つことはできない。

天才と呼ばれるドライバーや最強といわれるマシンだけをマークしていては、

泥んこや、雪や、つるつるの氷などという“割と地味な奴ら”に足元をすくわれる。

しかも、参加するものの武器は、手を入れているとはいえ、「あなたのご近所の」クルマである。

ラリードライバーの平均年齢がフォーミュラのそれに比べて高いのもわかる。

知恵と経験、ナビゲーターやチームとのコミュニケーションの能力が問われるのである。


だが、そのラリー本来の楽しみも、業界に最大級の衝撃を与えた、フルタイム4WDの

アウディ・クワトロ以降、F1化したグループBの時代を経て、多少変わったかもしれない。

「0-100Km/h、3秒かかんないの?!」

それはそれで素晴らしいことではあるが、それ以前のコンベンショナルな「安マシン」たちが

ひしめきあって、地球に爪あとを残そうとする姿は、今思えばなんとも微笑ましい。



クルマと人の写真館-LANCER2
★三菱ランサー1600GSR


そんな「アナタのご近所の」安マシンの代表格が、この初代ランサー。

DOHCでもない自然吸気の4気筒エンジンに後輪駆動。コンベンショナルであるがゆえの

猛烈な丈夫さと、本来持っている運動性能で、70年代サファリラリー3連覇など多くの耐久ラリーを制した。

同時期に不世出のスーパーラリーカー、ランチャ・ストラトスがいたことを考えると、

「フェラーリのエンジンなんぞ積んで、ヨーロッパではうまくいってもアフリカじゃわからんぞ!」

という気概にみちていたことであろう。

逆に、アウェイの大地で泥まみれのストラトスもまたかっこよろしく、

そういう土地土地で強さの条件が変わるあたりがおもしろかったのだが、

そのサファリラリーも現在はWRCからはずされている。


ラリーのチャンピオンていうのは、いくらフライング・フィンだなんていっても、

汗まみれで、マシンのボディをベコベコ、ボコボコしながら、泥と格闘しながら

つかむもんなんじゃないのか?

と思うと、残念。

「車」と「映画」どっちも好きな人は多いだろう。


ところが合体して、「車映画」となると、見に行く人はめっきり減る。



なんでだろう?


どっちも、最高のエンタテインメントで、派手な世界で、


ドラマチックで、かっこいいはずなのに。。。



考えてみれば、


「ワイルドスピード」だって大人が見る映画じゃないし、


キムタクがフォーミュラマシンに乗った瞬間、居心地の悪さを覚えてしまう。


ま、それはテレビだけど、細かいことはどうでもよく、そうなのである。



どうも、この2つは食い合わせが悪いようで、


車映画というと、ろくでもないのが多い。




驚いたことに、


この障害を難なく乗り越えるのが、フランス映画である。


フランス人は四六時中、愛と哲学を語ってると思いきや、


クルマを見事にスクリーンの中に入れ込み、登場人物の感傷やロマンを


そのクルマたちに投影し、放出させるという技を持っている。



ゆえに、歴代最高のクルマ映画は「男と女」である。


互いに心に傷を持つ大人の男と女のラブストーリーにして、


音と映像、本物感満載の最高のカーアクションの連続技。


軟弱なタイトルにだまされてはいけない。


これはクルマ・ファンなら絶対参る。





■サーキットでのテストシーン


映画には、フォードワークスが協力。欧州大陸に殴りこみをかけた頃の主力兵器GT40、


フォード・マスタングからフォーミュラマシンまでボコボコ出てきて、楽しいったらない。






■モンテカルロラリー


クライマックスの舞台は伝統のモンテカルロラリー。


当時のラリーカー大量出演。


ミニクーパー、ポルシェ911、ボルボ、ルノー8ゴルディーニ。。。


ああもう、そんなに出してもらったら、クルマでイっちゃう、


と思いきや、ちゃんと恋の行方が


そのラリーの先にあるあたり、うまいんだな。





クルマは、こうやって人々の愛を育むツールとして生まれてきたのだ。


無骨なマスタングが男と女の愛を紡ぐのである。



若者のクルマばなれ?


「男と女」を見て、愛を知れと言いたい。


クルマこそ婚活の切り札なのだ。(なんちって)