自分が苦労したから、あの子も苦労すると思っているのだろう。

状況も理由も事情も、何もかも違うではないか。

何より、人が違う。

何故、過去の私よりもつらそうな環境にいるのに、笑顔なのか。幸せそうなのか。

疑問に思うふりをして、とっくに気付いている。

心が愛で満たされているからだ。

苦難や困難で揺らぐほど、絶え間なく両親から注がれた愛は、柔ではないだろう。
彼女に必要以上に関わると、無駄な精神的ダメージをくらう。

貴重な時間もロスする。

生産的なことは、ほぼ無いに等しい。

それは見下しではないし、誰の責任でもない。

不幸の重なりで起こってしまうこと。

今後、彼女との会話と関わりは、最低限にすること。

特に、ディスカッションは避けること。

忘れないように、ここにメモしておく。
人は人を、追い詰めることが簡単にできてしまう。

悪意や憎しみ、殺意なんてなくても、直接手を下さなくても、人は人を死に追い詰めることが簡単にできてしまうのだ。

それは、人間社会の自然淘汰。
何もかもが透けて見えるから、傷つくことがない。

既に答えが見えてしまっているから、迷うことも戸惑うこともない。

立腹もないし、話すこともない。

笑えるくらい、本心が見抜けてしまう。

それは特別じゃないから、特技にもならない。

どこかに大きな落とし物をした、人間の形をした化け物。

私は、何を落としてしまったのだろう。

何故、生き抜いてしまったのだろう。
私が誰に対しても優しくなるには、心の余裕が必要不可欠だ。

私が誰に対しても優しく接するのは、心身共にベストコンディションのときだけである。

周りのためにベストコンディションでいたいとは思わないが、人を不快にさせてしまう可能性を、低く保っておくことに越したことはない。

ストレスの原因を完全シャットアウトなんて不可能だけど、ストレスをストレスと感じなくさせるには、自分の防御力を高めておくしかない。

一番効率的なのは、自分の心を幸福で満たしておくこと。

常に幸福で満たしておくこと。

それには、人間としての強さが必要なのだ。