涙の乗車券 / イエス・イット・イズ  (1965年)   収録  シングル
 ヘルプ! / (1965年)   収録
 邦題「涙の乗車券」  レノン / マッカートニー  作

 アルバム「ヘルプ!」に先がけて、9枚目のオリジナル・シングル。 英1位。
 映画挿入歌にもなっているのでアルバムに収められた。
 ポールはこの曲でベースのほかにリード・ギターも担当。 
 






 ■ 涙の乗車券

 悲しい結末が訪れる......それも今日
 僕を夢中にさせるあの娘が遠くへ行ってしまう

 彼女は乗車券を買った
 乗車券を持って汽車に乗り
 もう帰ってこないつもりなんだ
 僕の気持ちも考えずに

 僕と暮らすのは気が重いって彼女は言った
 僕がそばにいると窮屈なんだって

 彼女は乗車券を買った
 乗車券を持って汽車に乗り
 もう帰ってこないつもりなんだ
 僕の気持ちも考えずに

 なんであんなに得意そうにしてるんだろう
 僕の身になって
 考えなおしてくれればいいのに
 さよならを言うその前に
 僕の身になって
 考えなおしてくれればいいのに

 悲しい結末が訪れる......それも今日
 僕を夢中にさせるあの娘が遠くへ行ってしまう

 彼女は乗車券を買った
 乗車券を持って汽車に乗り
 もう帰ってこないつもりなんだ
 僕の気持ちも考えずに

           訳 : 内田久美子


 

  
    ビートルズ : 赤盤ドキュメンタリー
   by (Bill Herry,  Nick Tauber,  Phil Sutcliffe)  



  ジョンは“ 涙の乗車券” を
  初のへヴィメタルと呼んでいる
  そしてリードギターは珍しくポールが務めた
   by (Bill Harry)

 僕の目には彼らがキャパーン・クラブを
 懐かしがっているように見えた
 ハンブルグのクラブで毎晩のように歌っていた頃は
 つらいこともあったが学ぶことも多かったと思う

 人と出会い曲を書きバンドの基盤ができたのは
 キャパーン・クラブで歌っていた頃だろう
 いくらリヴァプールで人気を博していようが
 あそこの人たちは騒がず 音楽に集中していた

 キャーキャー騒がれ始めたのは
 リヴァプールを出て全国的に有名になってからだ
 “キャパーンで演奏したい曲” というテーマで作ったから
 この曲はいつもより
 ライヴ色が強いんじゃないかな
  by (Nick Tauber)

 かなりハードな音色の曲だと思う
 10代の恋を歌う時代から一歩抜け出した感じだ

 歌詞の内容がすごく情熱的で
 傷ついた男の生々しい感情がむき出しにされている
 彼は “一緒に暮らしていると気が滅入る”
 “自由になれないから” と彼女に言われる
 彼が回顧する彼女のセリフは単純なんだけど
 心に訴えかけてくる

 恋愛渦中の男のリアルな心情がつづられているんだ
 それは“ラヴ・ミー・ドゥ” の頃から変わっていない
 最初は優柔不断な感じの歌詞も書いていた
 でも “涙の乗車券” にはナヨナヨした雰囲気は全くない
  by (Phil Sutcliffe)

 
  
   
      THE BEATLES   HELP!
 
    
   THE BEATLES / 1962 - 1965
 


 音楽史の中のビートルズ
 ロックンロールがアメリカでブレイクしたのは、1950年代半ばのことだ。
 55年にビル・ヘイリーの「ロック・アラウンド・ザ・ロック」が全米1位となり、続いて56年4月から
 6月にかけて、エルヴィス・プレスリーの「ハートブレイク・ホテル」が全米チャートで、7週連続
 1位の大ヒットを記録しているので、これに異論をはさむ余地はないだろう。

 では、ロックンロールはいつ誕生したのだろうか。 「ロックンロール」という言葉が一般的に
 知られるようになったのは、51年7月にアラン・フリードがDJを務めるラジオ番組「ムーンドッ  
 グ・ロックンロール・パーティ」が始まった頃とされている。 また52年3月には「ムーン・ドッグ
 コロネーション・ボール」と呼ばれるロックンロールのダンスイベントが開催されるようになって
 おり、遅くとも、52年に入る頃までには「ロックンロール」と呼ばれるサウンドが誕生していたと
 みて間違いないた゜ろう。

 イギリスでは、58年に最新のロックンロール・テイストを取り入れた、クリフ・リチャードがデ
 ビューし、イギリスのプレスリーと呼ばれるようになる。
 50年代半ばに、エルヴィスに触発されてロックンロールを志した若者たちのバンドが、60年
 代に入る頃から次々と登場し、イギリス独自のロックンロールを誕生させることになる。 
 60年8月には、リバプールでビートルズが誕生し、下積み時代を経て、62年10月にレコーディ
 ングデビューを果たす。

 50年代末から60年代初頭、アメリカではロックンロールが冬の時代を迎えていた。
 黒人のR&Bから生まれたロックンロールが白人の若者を堕落させる「悪魔の音楽」として保
 守層から排斥されていたのだ。 それを一変させたのが64年にイギリスからやって来たビート
 ルズであり、それに続いて怒涛のように押し寄せたブリティッシュ・ロックだった。
 とりわけビートルズは、ロックンロールをさまざまなサウンドと融合させ、のちにロックと呼ば
 れる新たなサウンドを次々と創出していったのだ。
 (広田寛治)


  

 ヘルプ!/ アイム・ダウン / (1965年)  収録   シングル
 ヘルプ! / (1965年)    収録
 邦題「ヘルプ!」  レノン / マッカートニー  作

 2作目の主演映画「ヘルプ! 4人はアイドル」の主題歌として先行シングル発売され、1位を
 記録した。 バハマとアルプスでのロケを終え、イギリスでの撮影も半分ほど済んだ1965年 
 4月にようやく映画タイトルが決定し、急遽ジョンが書いた。
  
 





 ■ ヘルプ

 ヘルプ! 誰か助けて
 ヘルプ! 誰でもいいってわけじゃないけど
 ヘルプ! 誰か助けがいるんだ
 ヘルプ!

 僕が若かったころ
 今よりずっと若かったころは
 人の力を借りたいなんて全然思わなかった
 だけど それも今じゃ昔のこと
 自信がぐらついてきたのさ
 それで 考えを変えて
 心の扉を開いたんだ

 できれば僕を助けてくれ
 気が滅入ってしょうがない
 そばにいてくれるだけで感謝するよ
 立ちなおる手助けをしてほしい
 どうかお願いだから 僕を助けて

 僕の生活もいろんな意味ですっかり変わった
 あのころの独立心はどこかへ消えちゃった
 ときどき ひどく不安になるのさ
 僕には君が必要なんだ
 今になって気づいたよ

 できれば僕を助けてくれ
 気が滅入ってしょうがない
 そばにいてくれるだけで感謝するよ
 立ちなおる手助けをしてほしい
 どうかお願いだから 僕を助けて

           訳 : 内田久美子




  
  ビートルズ : 赤盤ドキュメンタリー
   by (Phil Sutcliffe, Billy Harry, Peter Doggett, Nick Tauber)



 追いかけられているような 焦燥感のある曲調なのに
 ポップソングらしさも兼ね備えている
 初期のビートルズ作品の中では異色だが
 若いファンらも受け入れられた
  by (Phil Sutcliffe)

 この曲を初めて聴いた時 複雑なメロディに度肝を抜かれたよ
 “聴けば聴くほど好きになるな” と思った
  by (Bill Harry)

 “ヘルプ!” はジョンがアイディアを出した曲だ
 監督のリチャード・レスターは
 同名の映画用の曲を早急に求めていた
 撮影がほぼ終わった頃
 リチャードは ビートルズ4人と曲をどのように映画で使う予定か話し合ったそうだ
 そして映画の主旨に合う曲を すぐに書くよう頼んだ

 すると彼らは24時間以内に “ヘルプ!” を完成させて持ってきたんだ
 すざましい集中力だった
 そして必要に迫られたら 文句を言わずにやるプロ根性があった
 まずジョンがメインで書いて
 ポールの助けを得ながら 2人で完成させた

 後でジョンは私に説明してくれた
 緊急に曲を求められたことへの焦燥感を
 そのまま曲にしたんだってね
 “今 ほしいものは?”
 “ヘルプだ!” ってね
 とても単純な流れだけど
 それが創作意欲を かきたてたんだ
  by (Phil Sutcliffe)

 あの頃のジョンは
 すごく ボブ・ディランの影響を受けていた
 そして彼は初めて
 “ヘルプ!” のように
 自己の内面を深く見つめた曲を
 書くようになったんだ
  by (Bill Harry)

  ジョンの声が運ぶ ストレートなメッセージが
 突き刺さってくる曲だ
 自分の弱さを自覚し助けを求めるという
 リヴァプールの男には難しいことを
 彼はやってのけた

 それが曲に説得力を持たせたんだ
 あの曲で彼らは突然
 多音節語を使用しだした
 難しい学術用語なんかじゃないけど
 彼らが それまで使ってこなかった言葉だ

 消えそうな自立心のことを歌っているところなんて
 全然ポップソングらしくない
 この曲のアイディアや 言葉の選び方は
 それまでのものと明らかに違っていた
 別に若いファンを失望させたり
 私たちを困らせたかったわけじゃない
 バンドを続けていく中で
 自然に 芽生える感情が
 徐々に歌詞に変化をもたらすようになったんだ
  by (Phil Sutcliffe)

 “ヘルプ!” で ビートルズの 第1章が幕を閉じた
 すぐ後にライヴ活動を完全にやめたしね
 その頃までに3枚のオリジナルアルバムと
 サウンドトラック2枚を制作した
 すぐに伝説の存在になっていたよ
  by (Nick Tauber)



  
    THE BEATLES  HELP!
  
  
     THE BEATLES / 1962 - 1966

  
    THE BEATLES      HELP! (DVD)
 

 
 1965年、ビートルズはポップミュージック史上最大規模の欧米ツアーを成功させ、
 世界中に未曾有のビートルズマニア現象をもたらした。
 そのとてつもない成功は国家権力をも巻きこみ、イギリス政府はビートルズにMBE勲章を
 授与した。 1965年10月26日に英国王室から贈られています。
 この年のビートルズは「4人はアイドル」「ラバー・ソウル」という2枚のアルバム制作を通じて
 音楽的にもめざましい飛躍を遂げていたのだ。


  
  外貨獲得に多大な貢献をしたという理由でMBE勲章授与
  
 


    The Beatles at Shea Stadium

 
 1965年8月15日 ニューヨークのシェイ・スタジアムで開催された史上初の野球場コンサート。
 前年に続く第2回目のビートルズの北米ツアーの初日は、それまで経験したことのない初め
 ての野球場でのコンサートだった。

 ビートルズは客席を埋め尽くしたファンを大興奮させたが、当時の音響設備では彼らの歌と
 演奏を充分に届けることは不可能だった。
 ライブバンドとしてのビートルズは方向転換を余儀なくされ、ミュージシャンとしての新しい挑
 戦を本格化させることになった。

 この公演がきっかけで大規模なPAシステム開発が進み、やがて現在のスタジアム公演の
 隆盛につながっていった。
 (広田寛治)



  エピソード 
 ジョンとポールは2人とも天才で とてもクリエイティブな人間だ
 だが 2人の創作活動の源は全く異なっていた

 ジョンの場合 最初の頃は
 アルコールの力で創作意欲を何とか かきたてていた
 次にプロルトンなどの錠剤に頼り
 その後は
 マハリシ・マへーシュ・ヨーギーの神秘主義に助けを求めた
 その後は原初療法を試し
 LSD にも手を出し模索はずっと続いた

 ポールは気分よく曲を書いていたけど
 ジョンはいつも もがいていたんだ
 それは彼の作品を見てもわかる
 ジョンは徐々に
 “コールド・ターキー” のような
 攻撃的な曲を作るようになっていった
 
 ポールがロマンチックな傑作を作る一方でね
  by (Billy harry)


 キャント・バイ・ミー・ラヴ /  ユー・キャント・ドゥ・ザット / (1964年)  シングル  収録
 ハード・デイズ・ナイト / (1964年)  収録
 邦題「キャント・バイ・ミー・ラヴ」  レノン / マッカートニー  作

 3枚目の アルバム「ハード・デイズ・ナイト」からの先行シングル。
 “愛はお金じぁ買えない” とポールが歌う ビートルズ初のメッセージ・ソング♪
 ブルース&ジャズ風味もあるダイナミックなロック。 英米1位。


 

     From the film - A Hard Day's Night


 
 ■  キャント・バイ・ミー・ラヴ

 愛は金じゃ買えない
 愛は金じゃ買えないのさ

 君が喜ぶなら マイ・フレンド
 ダイヤの指輪を買ってあげる
 君が喜ぶなら マイ・フレンド
 なんだろうとプレゼントするよ
 僕は金には執着しないんだ
 いくら金を積んでも愛は買えないからね

 愛してると言ってくれるなら
 なんだろうと君にあげる
 たいしたものは持ってないけど
 君にならそっくりあげるよ
 僕は金には執着しないんだ
 いくら金を積んでも愛は買えないからね

 愛は金じゃ買えない ── みんながそう言う
 そのとおり 愛は金じゃ買えないのさ

 ダイヤの指輪なんかいらないと言ってくれ
 そしたら僕はごきげんさ
 金じゃ買えないものが欲しいって
 そう言ってくれよ
 僕は金には執着しないんだ
 いくら金を積んでも愛は買えないからね

 愛は金じゃ買えない
 愛は金じゃ買えないのさ

            訳 : 内田久美子




  
  ビートルズ : 赤盤ドキュメンタリー
   by (Nick Tauber, Phil Sutcliffe, Bill Harry)



  キャント・バイ・ミー・ラヴは比較的アグレッシブでロック色が強い曲だと思う
  “抱きしめたい” や “プリーズ・プリーズ・ミー” や “ラヴ・ミー・ドウ” の方が柔らかい印象だ
  もちろんビートルズはノリのいいビートが特徴的だが この曲はいつも以上にギターが全面
  に出ている
   by (Nick Tauber)

  ギター・ソロが最高だね
  ギター・ソロの部分は短いけど それまで聴いたことのない音だった
  あのゆがんだメロディーに ゾクゾクさせられたよ
  ヴォーカルも生々しくて ガツンとくる力強さがあるし
  今までになく激しい曲だった
   by (Phil Sutcliffe)

  この曲はツアー中に作られたということもあって
  他の曲よりも勢いがある
   by (Nick Tauber)
 
  この曲は男女の関係において “愛は金で買えない” ということを
  有無を言わさぬ強い感じで主張している
  情熱的でパワフルなギターが
  その単純明快なメッセージに力強さを与えていると思う
  ギターソロは たった7秒くらいだが
  この曲の魅力が詰まった部分で スカッとした気分にさせてくれる
   by (Phil sutcliffe)

  この曲はアメリカでチャート1位を獲得した
  そしてこの時ビートルズの曲が
  ビルボードチャートの1位から5位を独占したんだ
  全世界で数百万枚も売れた曲で
  エラ・フィッツジェラルドもカバーをした
  この頃から偉大な人たちが
  彼らの曲をカバーし始めるようになったのさ
   by (Billy Harry)

 


  NME Poll Winners' Concert  (26 April 1964, Empire Pool, Wembly,  London)



   エピソード
 ジョージ・ハリスンは世間の評価以上にすばらしいギタリストだし
 ソングライターとしての能力もすばらしい
 ジョージのギターソロとアイディア力は 
 ビートルズの成功に大きく貢献したと思う
 作曲家の視点を持つ ジョンとポールに対し
 彼はギタリストの視点を持っていた
 ジョージがいなければ ビートルズの音楽は全く違っていただろう
  by (Nick Tauber)

 ジョージはジョンやポールと違って いつも軽くあしらわれていた
 ジョンとポールが協力し合うことはあったが
 ジョージは蚊帳の外だった
 だから彼はいつも1人で曲作りをしていたが
 でき上がった曲はすばらしいものばかりだった
  by (Bill Harry)


 
  
  A HARD DAY'S NIGHT
 
  
     THE BEATLES / 1962 - 1966
 

  

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