ペイパーバック・ライター /  レイン / (1966年)   収録  シングル
 パスト・マスターズ / (1988年)    収録
 邦題「ペイパーバック・ライター」  レノン / マッカートニー  作
 ポール・マッカートニー作の楽曲
 12 枚目のオリジナル・シングル (イギリス、アメリカ、ドイツ、オーストリア 1位獲得)  
 

 イントロのギターはポール。
 エピフォン・カジノの音色がギター・サウンドの印象をより強めている。
  リード・ヴォーカルはポール。
 ポール、ジョン、ジョージによるコーラス。 

 日本公演ほか66年の ワールドツアーでも演奏。
 2013年・2015年の日本公演ではオリジナルのエピフォン・カジノを抱えて演奏されました。










 ■ ペイパーバック・ライター

 ペイパーバック作家

 拝啓 私の本をお読みくださいますように
 数年がかりで書きあげたもの どうかご一読を
 内容はリアという男の小説に基づきます
 私は一生の職業として  ぜひともペイパーバック作家に
 ペイパーバック作家になりたいのです

 これは下劣な男の下劣な物語
 彼にまとわりつく妻は夫の小説に基づきます
 デイリー・メイル紙に勤務する息子は
 この安定した職を捨てて  ペイパーバック作家に
 ペイパーバック作家になろうと考えています

 ペイパーバック作家

 千ページ前後の大作です
 1- 2 週間のうちにはもう少し書けるでしょう
 お望みならばもっと長くもできますし
 一部書換えも可能  なにしろ私はペイパーバック作家に
 ペイパーバック作家になりたいのです

 お気に召したなら貴社に出版権を差しあげます
 一夜にして莫大な利益をあげるやもしれません
 もしも出版のご意思がなければこの住所にご返送を
 できれば私にチャンスをいただきたい  ぜひともペイパーバック作家に
 ペイパーバック作家になりたいのです

 お気に召したなら貴社に出版権を差しあげます
 一夜にして莫大な利益をあげるやもしれません
 もしも出版のご意思がなければこの住所にご返送を
 できれば私にチャンスをいただきたい  ぜひともペイパーバック作家に
 ペイパーバック作家になりたいのです

 ペイパーバック作家
                                                                                      訳 : 内田久美子



 「デイリー・メール」紙のペイパーバック作家の記事が頭に残っていた。 
 ジョンの家で、彼の前で本物の手紙のように歌詞を書いた。 
 その後、曲を共作したんだ」(ポール)
 
 ポールは2015年4月28日の日本武道館公演でもこの曲を演奏しており、「1966年と2015年の
 両方で演奏された曲」の2曲のうちの1曲である。 (もう1曲はイエスタデイ)

   

  
     PAST MASTERS

 デイ・トリッパー /  恋を抱きしめよう / (1965年)  収録  両A面シングル  全英1位
 バスト・マスターズ (1988年)    収録
 邦題「恋を抱きしめよう」  レノン / マッカートニー  共作

 リード・ヴォーカルはポール。
 この曲は日米ではA面扱いでデイ・トリッパーはB面に発表された。 全米1位獲得。







 ■ 恋を抱きしめよう

 僕みたいに考えてごらん
 こうやって延々と君を説得しなきゃならないのかい
 君みたいな考え方はよくないよ
 二人の愛がはかなく消える可能性を問題にするなんて縁起でもない
 僕ならきっとうまく行く うまく行くさ

 自分の言ってることを考えてごらん
 単なる取越し苦労に終わるかもしれないのに それでいいというのかい
 僕の言ってることを考えてみろよ
 二人で力を合わせて何とかするか ここで別れるかのどっちかなんだ
 僕らならきっとうまく行く うまく行くさ

 人生はひどく短い
 くだらないことでケンカしている暇はないよ
 そんなのバカげてると思わないか
 だから 改めて君に頼みたい

 僕みたいに考えてごらん
 僕が正しいかどうかは時間がたってみなけりゃわからないけど
 君みたいな考え方はよくないよ
 二人の心がすぐに離れないとも限らないなんてとんでもない
 僕ならきっとうまく行く うまく行くさ

                          訳 : 内田久美子



 「基本は僕が作りミドルエイトはジョンと一緒に仕上げた。 歌詞は個人的な内容だ」 (ポール)
 
 ポールが作曲したラヴソングには、恋人ジェーン・アッシャーとの関係を綴った曲が目につく。
 この曲もその代表的な1曲である。

 「イエスタデイ」はポールが夢の中で作ったという逸話がある。
 「ある朝目覚めたらこの曲が頭の中で鳴っていた」というその日、ポールが眠っていたのは、
 当時のガール・フレンド、女優のジェーン・アッシャーの家の屋根裏部屋だった。


   


 ポールは63年4月にジェーンと出会って交際を始め、同年秋から3年間ほどロンドン中心部の
 高級住宅街にあるアッシャー家に居候している。 ジェーンの家族は医師の父、音楽家の母
 という典型的なインテリ一家。 ポールはアッシャー家の人々を通じて一流の文学や芸術に
 接し、知的な刺激を大いに受けた。 ジェーンとは67年12月に婚約するが・・・68年7月に破局
 している。  (広田寛治)


  
 


  
      PAST MASTERS
 

ラヴ・ミー・ドゥ / P.S. アイ・ラヴ・ユー / (1962年)    収録  シングル 
プリーズ・プリーズ・ミー  /  (1962年)    収録
パスト・マスターズ / (1988年)    収録
邦題「ラヴ・ミー・ドゥ」  マッカートニー/レノン  作

ビートルズの記念すべきデビュー・シングル。 全米1位獲得。
ポールが10代半ば(58年頃) に書き、ジョンが少し手伝ったという。
リード・ヴォーカルはポール。







 ■ ラヴ・ミー・ドゥ

 ねえ 愛しておくれ
 こんなに君が好きなんだ
 絶対に裏切ったりしない
 だから どうか愛しておくれ
 この僕を

 誰かを愛したい
 新しい恋人が欲しいのさ
 誰かを愛したい
 君みたいな娘を

 ねえ 愛しておくれ
 こんなに君が好きなんだ
 絶対に裏切ったりしない
 だから どうか愛しておくれ
 この僕を

       訳 : 内田久美子



 「それまでの作曲活動の最高点だよ。 ジョンとの完全な共作。 ブルースをやろうとしたんだ
 。 未熟だったから、黒人っぽい音を作るほどの技量はなかったけど」(ポール)
 「基本的にポールだ。 俺はミドル・エイトを書いた」(ジョン)

 書かれた当初、リード・ヴォーカルはジョンだった。 ブルースフィーリングを醸すには妥当な
 選択だろう。 しかし、62年6月6日、EMIにおける初セッション時に、マーティンにハーモニカ
 演奏との兼任は無理だと指摘され、ボーカルをポールに譲っている。 「アンソロジー1」では
 この日に演奏されたバージョンが聴ける。 まだドラマーはピート・ベストだ。

 続いて、62年9月4日、リンゴ加入後初のセッションで15テイクを録音。 複数テイクを編集した
 ものが、デビューシングルに収められた。 (現在はバスト・マスターズVOL.1」に収録)

 しかしリンゴのプレイに不満があったマーティンは、1週間後の9月11日、EMI スタジオのセッ
 ション・ドラマー、アンディ・ホワイトを雇い入れて再録音を敢行。 リンゴはタンバリンに回され
 た。 このアルバムをはじめ、大多数のレコードに収録されたのはこちらのパーションだ。 
 リンゴ版とアンディ版は、タンバリンの有無で判別できる。 (鳥居一希)


  
          PREASE PREASE ME

  
            PAST MASTERS