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キッチンラーメンのブログ

思いつくまま、つれづれに


寒さに負けずに頑張っている、もう一人のブログも更新されましたので、ご紹介します。

昨年6月のブログ「天竺川のバスケットボール」のエピソードでご紹介したY君のブログです。

http://ameblo.jp/yokoyama-hideyuki/day-20120209.html

彼も前回同じタイトルのパート1でご紹介した藤岡友香さんと同じ三豊市出身。私とは同じ職場で2年間パートナーとして仕事をした間柄で、大いに期待して応援しています。

私が応援している三豊市出身の若者二人の活躍ぶりを、奇しくも同じ夜に相次いでご紹介させていただいたことになります。

では今度こそ寝床に入ります。もうこんな時間?朝ですね。興奮で眠れないかも?(笑)




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 または
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このところの寒さに負けてしまったようで、すっかり更新出来ない日々を送っています。
暑さは苦手でも寒さには強かったはずなのに…おかしいな?
何でも歳のせいにはしたくないのですけどね…(笑)

私が寒さに負けて萎縮してしまっている間にも、寒さにも負けないで頑張っている人は大勢いらっしゃることでしょう。

かねてより微力ながら細々と応援させていただいている三豊市出身の歌手
藤岡友香さんもそのお一人。彼女のアルバムが近日発売されること&コンサート開催については以前ご紹介させていただきましたし、このブログの左サイドでも「お知らせ」しているところですが、NEWアルバム「The First Album LOVE」が、iTunesで今日先行配信されるとの知らせがありました。

そこで寝床からのこのこ這い出てきてパソコンに向かっているというわけです。

詳しくは彼女のブログをご参照ください。

http://ameblo.jp/tomogerogero/entry-11159493941.html

私のパソコンにはまだ iTunes が入っていないので、後でダウンロードすることにして、取り急ぎお知らせすることにしたいと思います。

ぜひとも彼女の伸びのある歌声をお聴きになってください。
よろしくお願いします!!

では再び寝床に戻ります(笑)
おやすみなさい。。。



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今日は節分の日。
私が子供の頃は豆まきをして数え年の数だけ豆を食べる日でした。玄関先にイワシを飾って夕食のおかずがイワシだったようにも思います。

最近では、すっかり恵方巻きを食べる日として定着している感があります。恵方巻きの風習は大阪発祥で全国的に広まったとの説がありますが、ほぼ大阪定住型の私にはわかりません。

その年の“恵方”(えほう:陰陽道で、その年の干支に基づいてめでたいと定められた方角)に向かって願い事をしながら巻寿司一本を丸かじりすると願い事がかなうというもので、今年の恵方は北北西とのこと。食べ終わるまでは終始無言、黙っていないと願い事はかなわないそうですが、お年寄りなどが喉に詰めてしまう事故が起こらないかと心配してしまいます。見方によっては命がけですね(笑)。

この風習、私が子供だった頃には聞いたことも見たこともありませんでした。昭和の初期に大阪の寿司屋さんが販売戦略として考え出したものが広まったとの説もあるようですが、東京オリンピックや大阪万博より後の昭和50年代前後に急速に広まったように思います。

同じようなものにバレンタインチョコがありますね。私は高校生になってから初めてバレンタインデーを知り、女の子から男の子にチョコレートを贈る日だと聞いて、「何それ?」と思いました。最初のころは若い世代だけで行われていたように思いますが、徐々に“いい大人”にまで拡大したのでしょう。若い世代も年を経ると“いい大人”になりますからね。これもチョコレート業界の陰謀だと私は信じています。

ちなみに“バレンタインデー”より歴史の浅い“ホワイトデー”を広めたのも、マシュマロ業界?だと私は確信しているのですが…。(笑)

さて、恵方はいつの時代から一般に広まったものなのでしょうか?

今日は、超A級の厳しい寒波に見舞われて全国的に寒い一日となっていますが、節分の翌日である明日は立春。暦の上では早くも春が訪れるということになります。

この“暦の上では”という枕詞もよく耳にするフレーズですね。

暦と実際との季節感のズレは(地球が太陽を一回りする時間を1年とした“太陽暦”である)新暦と(月の運行や満ち欠けを基にした太陰暦であり、農耕民族の拠り所として用いられてきた)旧暦との差に起因するものですが、本来は夏の作物である野菜や果物が真冬のこの時期に店頭に並んでいて少しも違和感を感じなくなってしまった現代人にとっては、暦のズレなど気にしなくなっても不思議でないような気がします。

では、恵方巻やバレンタインチョコを何の疑問もなく受け入れた(ように思える)日本人が、“暦の上では“というフレーズをしばしば用いていまだに旧暦にこだわり続けるのはどうしてなのか?

もしかしたら、気象予報士やマスコミ関係者にとって重宝なフレーズとして需要がある限り“暦の上では”というフレーズは使われ続けられるのではないかと考えてしまうのは、この厳しい寒さの季節の中にありながら、春を先取りしたかのようにユル~いことを考えてしまう私の季節感のなさを証明しているのかもしれませんね。(笑)


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インフルエンザが流行し始めている中、人の集まるところは出来るだけ避けるべきだと躊躇していたのですが、今日は映画を観てきました。作品は「ALWAYS 三丁目の夕日 ’64」です。もっと前から観に行くつもりだったのですが、何しろ“冬眠中”だったもので。。。(笑)

2005年(平成17年)の暮れのことですから、もう6年以上も前になるのですが、「ALWAYS三丁目の夕日」の第1作目が初めて上映されました。シネコンの大スクリーンに映し出された冒頭のシーンで衝撃を受け、そのままスクリーンの中に入り込んだような錯覚に陥ったまま、時を忘れてエンドマークまで感動の時間を過ごしました。すっかり気に入ってしまい、後日再び映画館へ足を運んだことを覚えています。

何しろ私が子供の時代を過ごしたあの懐かしい昭和30年代の世界がCGを駆使してスクリーンいっぱいに大きく映し出されるのが奇跡のようにさえ思えました。

数年後に上映された「続・三丁目の夕日」は、実質シリーズ化された第2作目ということになりますが、冒頭に怪獣が出てくるシーンを見た瞬間、違和感を感じてがっかりしたことは覚えているのですが、ストーリーなどはあまり記憶に残りませんでした。
先日、テレビで放映されたときも「へー、こんな話だったかなあ?そういえばこんな感じだったなあ」と初めて見る作品に近いものがありました。

シリーズものの宿命?徐々にレベルダウンしていくものなんだなあと諦めかけていました。自分の記憶力の衰えをすっかり棚に上げて・・・。

当初からシリーズ化しようと企画されていたものかどうかは知りませんが、私が衝撃を受けた第1回作品は、プロレス人気(力道山の登場)と当時の皇太子(現天皇)のご成婚によって、ラジオからテレビへ、そしてテレビが街頭から各家庭に急速に普及したのに伴い、テレビ電波の送信を目的とした東京タワーが建設された1958年(昭和33年)前後の東京の下町を舞台に描かれたものでした。
※注 街頭テレビ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%97%E9%A0%AD%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93

今回の作品は第3作目ということになりますが、タイトルに「’64」が付いているとおり、それから約6年後、東海道新幹線が開通し東京オリンピックが開催された1964年(昭和39年)前後の、テレビが白黒の時代からカラーの時代に移行する頃を背景とした作品でした。

それが、テレビのアナログからデジタルへの移行に伴い建設されることとなった、東京スカイツリーが完成するという今年に上映されるというのですから、この作品とテレビとの関係が密接なものだと考えざるを得ません。

先に述べたように、この作品も第2作目と同様、シリーズ化に伴うレベルダウン覚悟で観に行った私でしたが、案の定の予定調和のストーリーで第1作と似たようなシーンがいくつも出て来たにも関わらず、気が付いたときにはすっかりスクリーンにのめり込んでしまっていました。

微妙に二番煎じ(三番煎じ?)にならず、なかなかいい作品だったと思います。それが証拠に、経年劣化?で涙腺が緩くなった私とはいえ、こうも易々と溢れてしまうものかと呆れてしまうほど攻略?されてしまいましたもの(笑)・・・暗闇で良かった(*゚ー゚)ゞ

しかし、映画館で観ていることを忘れて、ちょっと見逃したシーンを巻き戻してもう一度確認しようとリモコンを探してしまうのには苦笑いしてしまいました。
確かに映画館だと画面は大きいし音響は抜群で迫力があって素晴らしいと思います。しかし、一時停止や巻き戻しも出来ませんし(笑)周囲の観客の動きやお喋りで邪魔されることもありますから一概には言えませんね。
まあ、映画は映画館で観るも良し、家庭で観るも良しというところでしょうか?

なお、この作品は3Dでも上映されていますが、無理に3Dで観る必要はないのではと思いました。私にはこの作品を3Dにする必然性を感じません。3Dで観てもいないのに言い切るのは不謹慎かもしれませんが、これから観ようという方には通常上映での鑑賞で十分だとお勧めしておきます。


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予想どおり今日から2月になりました。
予想どおりというのは変ですが、何が起きても不思議でない世の中ですから・・・。いくらなんでもこれにはちょっと無理がありますかねぇ(笑)

1月から2月に移る時期になると思い出すことがあります。
昨日のブログは、そのことに触れようとして書き始めたのですが、1月を振り返っているうちに思わぬ方向に話が進んでしまいました。私のブログはそんなことがしょっちゅうですが・・・。

今日は姪の20歳の誕生日です。おめでとう!
私の末の妹の次女なのですが、妹の子育ても一つの区切りを迎えたわけです。11歳近く年下の妹が、成人した2人の娘(長女は23歳)の母親になるなんて、予想だにしないことでした。感慨深いものがあります。歳も取るもんだなと・・・。

また話が別の方向に進んでしまいそうなので軌道修正します。と言っても別段深い話でもないのですが(笑)

もう十数年前になりますが、1月31日の深夜から2月1日の朝方にかけて大阪に大雪が降りました。雪国の方から見たら何が大雪?と言われてしまうでしょうが、年に1~2回しか積雪のない大阪では大事件でした。

当時私は府営公園を管理する職場に在籍していました。服部緑地や箕面公園を管理する事務所です。

大阪に降る雪は北海道や信州に降るさらさらした雪とは違って、湿り気のある重たい雪が多いのですが、降り積もった雪によって公園内の多くの大木の枝が折れてしまいました。倒れてしまった樹木も多数ありました。

公園事務所の職員は対応に大わらわ。事務職の私も被害状況の確認の傍ら現場作業の応援に出た記憶があります。詳細は忘れてしまいましたが、えらい目にあったという印象が今でも強く残っています。

雪は翌日も残っていて、確か3日目まで雪景色が見られたと思います。三方を六甲・生駒・葛城山系の自然の要塞に護られ、残りの一方は瀬戸内の海に面しているという恵まれた環境に位置する大阪にしては珍しい光景でした。

それ以来、2月を迎えるという時期になると、また雪が降るのではないかと思うようになりました。

今年も寒さが厳しくなるという予報を聞いて、もしかしたらと思いブログに書こうと考えたわけです。

大阪では今のところ弱い雨が降ったりはしていますが、幸い降雪は見られません。正直なところ雪を見たいという願望はありますが、被害があったら困ります。

本日午前9時気象庁発表の大阪での気温は5.3℃。これは大阪市内での観測ですが、少し北の豊中市(大阪国際空港内)では3.9℃。私が住む町もほぼこれくらいの気温だと思います。豊中市での観測データを見ると、明け方までは氷点下だった気温(午前3時台にマイナス3.5℃を記録)も徐々に上昇しているようですが、今夜から冷え込みが厳しくなるとの予報もありますので油断はできません。

今日は「燃やせないゴミ」の収集日(生活感が漂いますねニコニコ)なので、先ほど集積場所に出してきたのですが、ほとんど暖房器具を使ってない我が家からドアを開けて外へ出た瞬間、顔の皮膚がピンと張り詰めるような冷気に包まれました。暖房が利いていないとはいえ、室内と外気温との差はやっぱり顕著ですね。

冷たい空気を胸いっぱい吸い込むと肺の隅々まで清涼感が染み渡るような感触。基本的に私はこの瞬間が大好きです。背筋が伸びて心地よいですから。ただし、寒い中を歩くうち知らず知らずに背中は丸くなってしまいがちですが(笑)

なんか取り留めのないブログになってしまいましたが(いつものこと?)、1日おまけつきの今年の2月がどんな月になるのか興味津々でスタートです!

各地で雪の被害が報じられていますが、これ以上大きな被害が出ないことを祈りながら2月最初の更新といたします。

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