キッチンラーメンのブログ -35ページ目

キッチンラーメンのブログ

思いつくまま、つれづれに

先日、こんな出来事がありました。

いつも行くスーパーで、レジを済ませて買い物した商品をレジ袋に詰め込んでいたときのことでした。

私の右側のやや下方向から何となく視線を感じたので、ふと目をやると、そこにはベビーカートに乗せられた生後10か月くらいの女の子の顔がありました。可愛い目でじっと私の顔を見つめていたのです。思わず顔が綻びアイコンタクト。でも、いつも人から怒っているように見られる自分の顔つきを思い出し、泣かれては大変と慌てて目を逸らそうとした瞬間、その女の子は満面の笑みを浮かべてくれたのです。

まさに天使の微笑み!

その笑顔によって、私の心の中の硬い何かが溶け出して、全身に温かいものが一挙に満ちていくのを感じました。

すぐ傍で私と同じように袋詰めしていた母親は気付いていなかったかもしれませんが、女の子と私との間に一気に繋がった絆の糸は二人だけの秘密です(笑)

品物を詰め終えた袋を持って立ち去ろうとした私に向かって、今度は小さな手を振ってバイバイ。天使にとどめを刺されてしまった感じです(笑)
よく「目に入れても痛くない」と言いますが、「たとえ痛くても目に入れたい」気分になってしまいましたよ。

思わずその母親に、こんな可愛い天使を授かったあなたは幸福者ですね、と声をかけたくなりました。いや、こんな可愛い天使に育てた、あなたの育て方は間違ってないですよ、と言うべきかな?とも思いました。

小さな存在が大きなパワーを与えてくれる。笑顔ひとつで1人の人間をその日一日ハッピーな気分で過ごさせてくれるんですからね。赤ちゃんって凄いなあと思いました。

去り際に母親に向かって「このまま真っすぐに育ててほしいな。育児に苦労はあるでしょうが、ママさん頑張ってね!バイバイ」と心の中で手を振ってしまいました。可愛くはないでしょうけどね(笑)



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前回のブログ「ツラい日々」 で、他人には気づいてもらえない痛みのことを書きました。

包帯やギブス姿を見るだけで気づいてもらえる怪我とは違って、頭が痛いとか歯が痛いとか、(心が痛いとかも?)見た目だけでは気づかれにくい内面の痛みを抱えて過ごすことのツラさについて触れました。

腰痛に苦しんだ経験があります。
「椎間板ヘルニア」と診断されコルセットを着けて出勤する日々を送っていました。左足(右足だったかも)が痺れている状態。腰を庇って動きがどうしても緩慢になります。紙は意外に重いですから、少し厚めの文書ファイルを運ぶときでさえ慎重になってしまいます。会議室のテーブルや椅子を移動する作業をしなければならないときでも、率先して動くことが出来ません。

周囲には腰痛であることを伝えてはいましたが、全員に伝えることは不可能。「なんだあいつは」と思われていないだろうかと考えるだけでもストレスを感じました。だからと言って、いちいち説明することも大きなストレスになります。

昨年の7月に、「突発性難聴」になったときのことをブログに書かせていただきました。

痛みはありませんが、この自覚症状を伝えるのは大変難しい。
私の場合は、相手の声が二重音声で聴こえたり、音声としては伝わってきても言葉として認識するのに時間がかかったり。日によっては普通に聞こえるときもあって波がありました。症状が時々刻々変化して安定しないのもツラかったですね。

大事な会議や交渉事にも支障が出ました。相手や周辺にその都度事情を説明しなければならないことが大きなストレスとなり、それが症状に影響を及ぼすという悪循環。数年間何とか我慢しましたが、ついにはそれが、私を早期退職に追い込む大きな要因の一つとなってしまいました。

内面の痛みは、少々オーバーと思われるくらいにアピールしないと周囲には伝わらないということを学習しました。そして、それには相手に疎まれても気にしない、ある意味鈍感で不屈の精神が必要とも。そもそも、そんな精神を持ち合わせていたらストレスを感じることもないでしょうし、痛みを伴う病に罹らないでしょうけどね。

「他人の痛みがわかる人間になれ」とよく言われますが、他人の「痛みそのもの」を理解することは無理だと、私は言い切れます。その人が感じている痛みは、その人にしかわからないこと。しかし、痛みそのものは無理でも、自分の経験と照らして想像することは出来るでしょう。少なくともその人が痛みを抱えていることを理解することは可能ですし、必要なことだと思います。それが「他人の痛みがわかる人間になれ」の真意かなと思います。

そんなことを考えている私ですが、昨日の産経新聞夕刊に掲載されたある記事に目が止まりました。

外から気づかれにくい「見えない障害」に関する記事でしたが、内面の痛みに通ずる内容でしたので、少し長くなりますが、記事をご紹介させていただくことにします。

  ◆  ◆  ◆

【以下、2012年10月4日付け産経新聞夕刊第1面の記事を引用】

「見えない障害」バッジ ツイッターで支援の輪

外見上は病気や障害を抱えていることが理解されにくい人を支援する「見えない障害バッジ」がインターネット上で、少しずつ広がっている。当事者のツイッターでのつぶやきがきっかけになり、この1年間で約1万個が配られた。バッジには童話「星の王子さま」に出てくる「大切なものは目にみえない」との言葉が刻まれ、「まずは知ってほしい」との当事者の願いが込められている。(加納裕子)

■勘違いされて

 「説明しても分かってもらえないことが多いです」

 バッジの普及活動に携わる兵庫県尼崎市の弁護士、青木志帆さん(31)は、小児脳腫瘍の後遺症による障害を抱えている。2回の手術を受けて腫瘍はなくなったが、後遺症で視野が狭くなり、薬が切れると頻尿の症状が起こる。頭痛などもあるが、見た目には健康そうに見られてしまう。

 子供のころから理解されない悩みに苦しんできた。授業中にトイレに行こうとすると先生に怒られたり、体育の授業を休むとさぼったと勘違いされ「次は許さへん」とどなられたり。

 弁護士になって依頼者と話すうちに、自分と同様に、実は内部疾患や精神疾患、発達障害など、見えない部分に困難を抱える人の多さに気付いた。「見えない障害は、決して特別なことではないんです。でも、その障害が理解されないことが離婚や破産の原因になったりしている」

 バッジを発案したのは、25歳で原因不明の自己免疫疾患を発症した作家、大野更紗さん(28)。難病患者になって初めて障害者や難病者の苦しみを知った。立っているのが苦痛で優先座席に座っているのに白い目で見られるなど、周囲の人に「見えない苦痛があるのかも」との発想がないために、つらい思いをする。
「『見えない障害』を抱える人たちを知ってもらうため、何かできないかと考えた」と話す。

■啓発用も作製

 平成22年秋ごろ、大野さんはツイッターで、バッジ製作を提案。ツイッターをフォローしていた会社員と大学院生、ウェブデザイナーの3人がボランティアで実現に動き、昨年2月に試作品が完成した。

 バッジは「見えない障害」をイメージした透明なリボンのデザイン。「当事者用」と「啓発用」がありいずれも400円。昨年10月にウェブサイト「わたしのフクシ。」を立ち上げ紹介したところ入手希望が相次ぎ、生産が追いつかなくなるほどに。大野さんは「強く呼びかけていないのに、自発的な動きでここまで広がった」と驚く。

 障害者支援を志して弁護士になった青木さんは、当事者用と啓発用を両方、身に付けている。「2つのバッジがつながれば助け合いが生まれる。バッジを見て『何に困っているの?』という会話が生まれればうれしい」と話している。

  ◆  ◆  ◆

今後、街中でバッジを着けている人を見かけたら、出来る範囲で配慮したいと思うのですが、私はまだ現物を見たことがありません。先ずは世間に広く認知されることが必要でしょうね。このバッジのイメージは、<再掲>ウェブサイト「わたしのフクシ。」(http://watashinofukushi.com/)に写真が掲載されていますので一度ご覧になってください。

このバッジの対象は『難病、内部疾患、発達障害など、社会で認知されず、福祉政策でも「制度の谷間」に落ち込み、サポートが受けにくい「目に見えない」障がい、困難、痛みをもつ人』となっていて、「痛み」も含まれているようですが、「痛み」専用のバッジがあってもいいかな?と思いました。けれども何らかの痛みを抱えている人の数は膨大なものになるでしょうから諦めた方がよさそうです。該当者があまりにも多すぎてバッジ着用者が溢れ返って機能不全に陥る事態が想定されますからね。むしろ「見えない痛みのない人」がバッジを着けた方が有効かも?

バッジを着けているとか着けていないとかに関わらず、他人を思いやる心は持ち続けたいものだと思います。



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ここ数週間、いや1か月近くになるでしょうか?鬱々としたツラい毎日を送っています。

尖閣・竹島等の切迫した領土問題、民主党代表選・自民党総裁選等の政局に絡む国政の動き。原因はそこにはありません。ごく個人的な事情で、ブログを書くことはもちろんのこと、文章を考えることにも集中できない状態が続いているのです。

じつは、歯が痛いんです。。。(笑)

今までにも何度か経験しているのですが、大抵は数日で痛さが消えました。
でも今回のはなかなかしつこい。

冷たいものを口に含むと滲みて痛い。熱いものも同じです。
硬いものを噛むのがツラいし、柔らかいものでも似たようなもの。

たかが歯痛、されど歯痛。。。ツラいです。。。

だったら歯医者に行けばいいのに・・・。
それはもっとツラい(笑)

決して歯医者が苦手ではなかった私ですが、前回の治療で懲りてしまいました。上手な歯医者さんを探さなくては、と思うものの「喉元すぎれば熱さ忘れる」。ついついサボっていました。

痛みを抱えて生きることのツラさを思い切り味わっています。

「頭痛が痛いんです」
「それを言うなら、頭が痛いでしょ」
「じゃあ、頭痛は痛くないんですか?」
昔、こんな薬のCMがありましたが、痛いものは痛いんです!

怪我をして包帯を巻いたりギブスでもしていれば、周囲も痛いだろうと同情してくれますが、見えないところに抱える痛みは説明しなければ気づいてもくれません。

街中で、不機嫌そうなしかめっ面で考え事でもしているような私を見かけられたときは、そういうことなんだとご理解ください。同情は必要ないですが(笑)

おそらく肩凝りが原因ではないかと思っています。ここ数日で少しずつ良くなってきていますのでご安心ください。何しろブログに書こうという気力が出てきたんですからね。

頭痛や腹痛、腰痛さらには心の痛みなど、内面に痛みを抱えて日々を送っておられる多くの方々にシンパシーを込めてエールを送ります。

歯医者に行く勇気もない者から言われたくない?
その意気、その意気です。


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今日は彼岸の中日ですね。朝のうちに墓参りに行って来ました。

「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、数日前までの残暑が弱まって秋の色が漂い始めました。季節が移ろうのは当たり前でしょうが何か不思議な気がします。

不思議と言えば、この時期になると、お約束のように咲くヒガンバナ(彼岸花)。曼珠沙華(マンジュシャゲ、またはマンジュシャカ)とも呼ばれる花は独特の形をしていますが、多年草で開花終了後の晩秋に葉が姿を見せるという、つまり開花期には葉がなく、葉があるときは花がないという変わり者。毒性があって、誤って食べた場合には死に至ることもあるということですが、毒成分の一つであるガランタミンはアルツハイマー病の治療薬として利用されているそうです。

彼岸花の名は秋の彼岸ごろから開花することに由来するという説が有力ですが、私の周辺では数日前まで咲いていなかったのに、昨日あたりから咲き始めました。すでに咲きそろった地方もあるでしょうが、当地では例年より少し遅れているのかもしれませんね。

キッチンラーメン家のお墓の周辺にも毎年必ず姿を現すのですが、まだ今朝はあの独特の花は開いていませんでした。帰り道の土手で咲いているのを見かけましたが、満開になるのはもう少しだけ先になるのかなと思います。

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涼しくなったとはいえ、往復およそ1時間の道程を歩くとたっぷり汗をかいてしまいました。でも、ひと頃のように噴き出した汗が滝のように流れ落ちるというようなこともなく、滲んだ汗も心地よい風が拭い去ってくれますから快適ですね。いよいよ過ごし易い季節の到来です。

自然は多少の狂いはあっても、大きく裏切ることなく季節の移ろいをもたらしてくれます。有難いことですね。寒い冬もやがては春になり、暑い夏を耐えた後には過ごし易く実り多い秋がやって来ます。

煩悩や迷いに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸」(しがん)と言うのに対して、向う側の岸を「彼岸」と言いますが、仏教においては、春分・秋分の前後各3日を合わせた7日間を「彼岸会(ひがんえ)」として仏事を行う期間とされ、中日(春分の日・秋分の日)は先祖に感謝する日とされています。

彼岸の中日を迎えた今日、東日本大震災の被災地においても、各地で墓参りが行われ法要が営まれているのでしょうか?

先日のNHKスペシャル「追跡 復興予算19兆円」で、東日本大震災復興予算19兆円が、その一部しか被災地に回されていないということが伝えられました。NHKが入手した5万ページを超える資料を分析し、追跡調査した結果、総額19兆円のうちのわずか2兆円足らずしか被災地では使われていないということが見えてきたというのです。

残りの大半は、例えば沖縄県の道路整備費用7億円、反捕鯨団体対策関連費23億円、国立競技場補修費3億円など、およそ被災地とは直接関係のない200を超える事業に約2兆円が復興予算から投入されているといいます。

本格的な復興予算と位置付けられている3次補正分9.2兆円については、例えば経済産業省が国内最大手のコンタクトレンズメーカーが岐阜県に新設する工場の建設費用数億円を「国内立地補助金」として補助を認めました。岐阜工場建設により生産が増加し売り上げが増えれば仙台などにある営業所や販売店の雇用拡大に繋がるなど、被災地における将来の雇用拡大効果が期待できるという理由でした。
こんな「風が吹けば桶屋が儲かる」式の理屈を捻り出す知恵があるのなら、どうして被災地で重箱の隅を突っつくような理由で申請を却下しているケースを救う知恵を捻り出そうとしないのだろうかと、憤りで体が震えてしまいました。

経産省以外の省庁でも似たような理屈で500を超える事業を捻り出して、復興予算を使おうとしているようで、別の情報によると、霞が関の合同庁舎の改修12億円、被災地以外の3つの税務署の改修5億円、沖縄の小中学校改修に31億円、被災地以外の国立大学改修389億円、被災地以外の全国の道路整備273億円などなど・・・。

これが事実であるならば、国民として(私も国民の一人として認めていただけるのであれば)、とても納得できるものではありません。普通の感覚として、被災地の復興に直接役立つ使い方を期待していますし、使われている者だと信じていました。

復興財源確保のために、来年(2013年1月)から25年間に及ぶ所得税納税額2.1%の上乗せ、2014年から10年間は住民税(均等割部分)の年1000円上乗せ等々の負担を強いられることが決まってしまいました。復興増税以外にも消費税の増税・保険料の負担増などなどで、年収300万円世帯なら25万円の負担増になるとも言われています。

国民の大多数は、一日も早い被災地の復興を願って増税も仕方ないか、と不承不承自分を納得させるしかないと思っているのに、増税を決定した当事者である国会は、いつまで経っても我利我欲で動いているようにしか思えません。何とも情けなくて肩を落として溜息を吐くしかありません。

こんな「此岸」の姿を「彼岸」の方々はどんな思いで見ておられるのかなあなんて考えているうちに、秋の爽快さが薄れて来て、気温も真夏日の境界線である30℃に迫って来ました。想定外の愚痴話になってしまいました。今回はこの辺で打ち止めにしてクールダウンしようと思います。

「彼岸」は毎年春秋2回やって来ますが、大震災被災地の復興という国民の「悲願」が叶えられるのは果たしていつになることでしょうか?気が遠くなってしまいそうですが、いやいや、「悲観」してばかりではダメだと言い聞かせながらブログをアップさせていただくことにします。最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

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一昨日(17日)は「敬老の日」でした。

敬老の日とは、「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」日だと、法律(国民の祝日に関する法律)に規定されており、私も毎年何の疑いもなく「祝う立場」でこの日を迎えてきました。しかし、そろそろ自分が「お祝いしてもらう立場」へと移行しつつあるのではないか?と考えてしまいました。

高齢化が進んだ今の時代だから気付かなかったのですが、敬老の日が祝日とされた初期の頃であったなら、有資格者と見做されてもおかしくない年代に差し掛かっているのではないかと思ってしまったのです。

調べてみたところ、国連の世界保健機関 (WHO) の定義では、65歳以上の人のことを高齢者と規定しているそうですから、私などは後期高齢者(75歳以上)には勿論のこと、前期高齢者(65歳以上74歳未満)と呼ばれるのにもまだ早いということがわかりました。ようやく入口の扉が見え始めたところかなということで、まだまだ「お祝いしてもらう立場」には到達していないのだと少し安心しました。でも、月日の経過が年々加速しているように思える今日この頃のことですから、到達するのも直ぐではないかと複雑な気分です。

「敬老の日」は、戦後まもなく一部の地域で始まった「としよりの日」が全国に広まり、時代の変遷とともに「老人の日」と呼ばれるようになって、やがて国民の祝日に制定されました。第1回目の1966年(昭和41年)から2002年(平成14年)までは毎年9月15日でしたが、祝日法の改正により、2003年(平成15年)からは9月第3月曜日となりました。

連休を増やそうという当時の風潮というか、経済に勢いがあって右肩上がりだった時代の一種の人気取り政策として、いわゆる「ハッピーマンデー制度」が実施されたのですが、このことによって、私には祝日の意味が少なからず薄められて単なる休日となってしまったように感じられてなりません。

私たち世代では今でも9月15日が敬老の日という意識が強く、毎年その日が変わることには違和感を覚えます。ですから、今年の「敬老の日」は9月17日、そして10月8日が「体育の日」だと言われても、「ふ~ん、そうなのか」という感じですね。

1964年(昭和39年)10月10日に快晴の青空の下で開会された東京オリンピックを記念して制定された「体育の日」は、やっぱり10月10日でなければ・・・。余談ですが、10月10日が「晴の特異日」だから開会式の日に決めたという説があるのですが、そうでもないようですね。

いずれにしても、連休のうちの1日として祝日が位置づけられてしまいかねないのは、何か違うように思えてなりません。それでなくとも、一昔前と違って敬老の対象となる人口が増えて希少価値が低下しているのが現状ですから、敬老の日が「軽老」の日とならないかと危惧してしまいます。

それはともかく、一昨日は「敬老の日」にちなんで行われた催しに参加して来ました。と言っても、老人対象の催しというわけではありませんから、この点、強調しておきます!けれども、やっぱり高年齢層に照準を定めた催しじゃないか、と言われたら「う~ん、そうなのかも」と目を逸らすしかないですけどね(笑)

以前にも書いたことがありますが、私は毎朝ラジオを聴くのが日課のようになっています。MBS(大阪毎日放送)の『子守康範 朝からてんコモリ!』(月~金の午前5時~8時)というラジオ番組を聴くことで私の1日は始まります。

この番組のパーソナリティを務めておられる子守さんは身長が197cmあることから、『日本一背の高いアナウンサー』と呼ばれていましたが、1999年にMBSを退社、フリーアナウンサーとして活動を続ける傍ら、映像制作会社アンテリジャンという会社を起業されました。

4年半前に『朝からてんコモリ!』のパーソナリティとしてラジオに復帰、毎朝2時半に起床し3時間の生放送を終えた後に、自分史などを記録する映像のプロデューサーや、経営者として東奔西走するなど精力的な(驚異的な?)活動の日々を送っておられます。1961年(昭和36年)5月生まれで今年満51歳の働き盛り。そのバイタリティー溢れる活躍ぶりには目を見張ってしまいます。

その子守さんが、りそな銀行との共催で、映画「エンディングノート」上映会を開催されるというので、一昨日行って来たという訳です。

上映会は、りそな銀行本店地下講堂に約400名の観客を集めて開催されたのですが、上映に先立って、その会場から徒歩数分ほどの所にあるアンテリジャンの分室「メモリースタジオ」を訪れました。長くなってしまうので説明は省略しますが、メモリースタジオのある船場ビルディングは大正14年建築のオシャレトロな建物で落ち着いた雰囲気。その空間には懐かしい時代が流れているように感じました。

そのビル3階の一室で子守さんと初めてお会いして1時間以上言葉を交わすことが出来ました。時間帯によっては大勢の方が訪問されたようですが、私が行った時間帯は早かったこともあって、私と先客2人とで子守さんとスタッフの方を含めても5人だけという何とも贅沢なひとときでした。

「エンディングノート」は1年ほど前に全国の劇場で上映されましたが、公開期間が短かったので見逃した方も多いかと思います。私もそのうちの1人でしたから、この機会に是非観ておこうということで参加を決めました。

この作品のあらすじをネット情報の助けを借りてご紹介させていただきますと次のとおりです。コピペ多用(笑)
『2009年、東京。熱血営業マンとして高度経済成長期に会社を支え駆け抜けた「段取り命」のサラリーマン・砂田知昭は、67歳で40年以上勤めた会社を退職、第二の人生を歩み始めた矢先、毎年受けていた健康診断でガンが発覚する。すでにステージ4まで進んでおり、残される家族のため、そして人生の総括のため、彼が最後のプロジェクトとして課したのは「自らの死の段取り」と、その集大成ともいえる“エンディングノート”の作成だった。やがてガン発覚から半年後、急に訪れた最期。果たして彼は人生最大の一大プロジェクトを無事に成し遂げることができたのか。そして残された家族は……。(MovieWalkerより)』

主人公の砂田知昭ほか登場人物は実在の人物。すべて本人が本人の役で出演しています。
つまり、主人公の次女である砂田麻美が父親や家族を撮影した膨大な映像を編集して作品化したノンフィクション作品。彼女の監督デビュー作品ということですが、詳しくは、文末に揚げたサイトをご参照ください(笑)

ノンフィクションでありながらフィクションかと錯覚するほど巧みな構成は観る者を飽きさせません。彼女が中学生の頃に撮影した映像も取り入れているのですが、不自然さは感じられず驚きでした。

観ている人も自分の身内や知人の最期と重なる部分もあるのでしょう、冷房が効いているのに、あちらこちらでハンカチやタオルが活躍していました。かくいう私も・・・。

劇場での公開は期待出来ないかもしれませんが、DVDが発売されているようです。観逃がした方は、機会があれば是非ともご覧になってください。お薦めですよ。

上映終了後、りそな銀行からは「そのとき」に備えた『心の信託』(資産承継信託)という商品のPRが、子守さんからは『想い出ビデオ』や『フォトブック』の紹介がありましたから、やっぱり高齢者をターゲットにした催しであったのかな、と思いました。でも若い人の姿も混じっていましたから、そうでもないよなと自分に言い聞かせながら会場を後にしました。

 * * * * *

常々ブログを簡潔にさらっと書きたいなと思っているのですが、なかなかそうはいかないのが現実。話が広がってついつい横道に逸れてしまうのですから猶更ですね。今回のブログも、書き出し部分の「今日は」を「昨日は」に修正、さらに「一昨日は」に書き替えて何とかアップしました。まさにアップアップの状態で(笑)

夏バテからの回復が遅いというか、体力というより気力が湧いて来ないのが困ったものです。集中力がないと文章を書くのは難しいですからねえ。そろそろ私も「エンディングノート」を書き始めなければならないのかも・・・(苦笑)


↓関連サイトを掲載させていただきますので、お時間がありましたらご覧になってください。

■関連サイト
映画「エンディングノート」オフィシャルサイト http://www.ending-note.com/
予告編 http://www.youtube.com/watch?v=55Z4XGtIxcQ
アンテリジャンのサイト http://www.intelligentv.co.jp/home.php
子守康範の社長ブログ http://www.intelligentv.co.jp/shachoblog/
メモリースタジオ http://memorystudio.jp/home.php
晴の特異日 http://www.shonan-tenki.com/weather/10oct.html

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