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キッチンラーメンのブログ

思いつくまま、つれづれに

あけましておめでとうございます!

キッチンラーメン地方は未明に降った雨も上がりほぼ快晴の新年を迎えました。
元旦と言えば初日の出ですが、私の住むマンションからはこの時期、近くのビルが邪魔して日の出が見られません。夏場や西日なら嫌というほど陽が射し込むんですがね(/_;)

各地では初日の出を見られたのでしょうか?
新聞購読を止めて2回目の正月を迎えた私ですが、年が明けてからテレビも電源オフのままなので、今朝の各地の情報に疎いので・・・。

今年の元日の私の行動は昨年とほぼ同じパターン。すなわち、昨年最後のブログ(=昨日のブログ)で予告したように、今年も恒例の墓参りからスタートしました。

昨年と同じように、墓地に行く途中に在る神社に参拝しました。

   神社

鳥居を潜る前に軽く一礼し、手水舎 ( てみずや ) では
①右手で柄杓 ( ひしゃく ) を取って、水を汲み、それをかけて左手を清める
②左手に柄杓を持ちかえて、右手を清める
③再び柄杓を右手に持ちかえて、左の手のひらに水を受け、その水を口にいれてすすぐ
④すすぎ終わったら、水をもう一度左手にかけて清める
⑤使った柄杓を立てて、柄の部分に水を伝わらせるようにして清め、柄杓を元の位置に戻す

   手水

正式な作法をネットで調べておいたのですが、なかなかスムーズには行かないものですね(・・;)

お賽銭を入れて鈴を鳴らし 「 二礼二拍手一礼 」 して参拝を済ませました。

数年前までは神社へのお参りなどしなかった私には、少しばかりハードルが高い?
なぜ神社へ初詣するようになったのかは、寄る年波で・・・だけでは説明できない何かを感じるのですが、これはまたの機会に(笑)

そして、昨年は 「 小吉 」 だった御神籤 ( おみくじ ) は、一昨年と同じ 「 中吉 」 でした。さてどんな年になるのやら。

   今年は中吉

神社参拝の後は、本日のメインテーマである墓参りです。

お参りする墓は2基あって、一つは戦死した伯父の墓。キッチンラーメン家の墓からは少し離れた墓地にあります。

その2基を月に1回墓参りするのが私の役割。亡き母の生前からの要望です。

伯父の墓の上空にうっすらと月が残っていました。初日の出の写真をアップする代わりにアップさせていただきました。「アップ」が重なってしまいましたが、別にブログのアップにアップアップしてるわけでもないですよ(笑)

尖った墓石の少し上に月が小さく写っています。アップしたのが下の写真。

   戦死兵の墓
      残る月


戦死した兵士の墓石のてっぺんはフラットではなく尖っています。四角柱の上部が四角錐 ( しかくすい ) になっています。詳しくは知りませんが、この部分を 「 奥都城 」 もしくは 「 奥津城 」 と書いて 「 おくつき 」 と呼ぶらしいです。

戦争に関してはさまざまな意見があり、議論もあるでしょうが、26歳という若さで日本の遥か彼方の海中に沈み、遺骨どころか遺品すらも還って来られなかった伯父のような存在があって今があるんだ。感謝と鎮魂。墓参りするたびに、そんな思いが込み上げて来ます。

年々スピードアップする時間の経過。あっと言う間もなく次のお正月がやって来ることでしょう。健康で、あるいは体調不良の状況で、人それぞれ様々な事情があるでしょうが、何はともあれ無事に迎えた2016年が、穏やかで平和な年であることを祈りたいですね。

本年もよろしくお願いいたします。


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新年へのカウントダウンも、日単位ではなく時間単位になる時間帯となってしまいました。これが、分単位・秒単位になるまでにそんなに時間を要しないことでしょう。いよいよ押し詰まって来ましたね。ほんまに、せわしないことで・・・(笑)

昨日ブログを更新したので、今年はもういいか?と考えていたのですが、昨日のブログの流れで自分のブログのアーカイブを振り返っているうちに、大晦日に更新するのがブログを始めて以来、年末恒例となっていることに気付いてしまいました。( 気付かなければよかった? (*゚ー゚)ゞ)

連続記録を途切れさせて新年を迎えるのも気が悪いので、ノコノコと出てきたという次第です(笑)

さてどんなことを書こうかな?ということで、取りあえず昨年のブログを読み返してみました。昨年は 『 スピード感とデジャブ感 』 というタイトルで書かせていただいたんですね。

今年は、スピード感もデジャブ感も、さらにパワーアップした感じで過ぎ去ってしまった!というのが率直な感想です。ですから今回もデジャブ感満載の内容になりそうです(笑)
が、記憶力の劣化が激しい昨今の事情により 『 デジャブ感 』 すら感じずに、同じようなことを書いてしまう恐れが大。 

そこで、今年は、今日の出来事を簡単に書かせていただこうかな、と思います。

な~に、出来事と言っても大したことが起きるはずもなく、たとえ身辺で大したことが起きていたとしても、鈍化した神経では気が付いていない可能性も・・・。いやいやこれ以上の自虐ネタはやめておきましょう(笑)

今回のタイトル 『 年末恒例の? 』 に敢えて囚われてみますと、まもなく迎えるはずの元旦に、私は神社に初詣に行くのではなく、早朝墓参りするのが恒例になっています。

このところ大阪では晴天が続いており、今日も朝から晴れ上がっていましたが、お昼前にお墓の掃除に行って来ました。元旦の墓参りを新年のご挨拶だけで済ませられるように、前日の大晦日に墓を掃除して花を替えておくためですが、これも恒例となっています。

墓からの空
墓


帰りにスーパーに立ち寄って買い物したり、道路沿いの花壇の花を眺めたりで、往復2時間程度。適度の運動になりました。

花壇全景菜の花ネモフィラクリサンセマムストックビオラアリッサム


お陰さまで、今年のウォーキングは1日平均で1万歩超えを達成!
現時点での年間歩数合計は3,774,000歩(1日当たり10,340歩)ですが、このブログをアップした後ウォーキングに出てもう少しだけプラスしようかなと企てていました。

ところが先ほどから黒い雲が空を覆い始めました。天気が崩れるのでしょうか?
2016年のスタートは雨模様となるのかも?

それはともかく、今年も内容に乏しいこのブログにお付き合いくださいまして、ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

あと数時間後に訪れる2016年が、このブログを読んでくださっているあなたを始めとする数人の方はもちろんのこと、お読みなっていないどころか、その存在にすらお気付きでない、残り1億2千万人※を超える日本の皆様にとって、幸多く素敵な年となりますように。。。

※ 日本の推計人口・・・1億2688万人( 平成27年12月1日現在 総務省統計局発表 )


< 大晦日のブログ・アーカイブ >

2014年 『 スピード感とデジャブ感 』
http://ameblo.jp/maetchi77/entry-11971182901.html


2013年 『 行く年2013年 』
http://ameblo.jp/maetchi77/entry-11740376652.html


2012年 『 年末年始 』
http://ameblo.jp/maetchi77/entry-11438813668.html


2011年 『 大晦日 』
http://ameblo.jp/maetchi77/entry-11122744939.html




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今年も残りわずかとなりました。

この時期になると、新聞やテレビでも 「 今年を振り返る 」 というテーマがよく採り上げられます。アメブロのブログネタにもなっているようですね。

そこで私も人並みに今年を振り返ってみようとしました。ところが、何年も前のことが蘇ってしまいました。・・・振り返り過ぎて、ちょっと首が痛い?(笑)

体調などの都合で、定年を待たずに早期リタイアしてから早や5年半が過ぎました。
当時の私は、自分は職場で必要とされているんだと自分で自分に言い聞かせて、何とかモチベーションを保っていたように思います。

決して他人よりも抜きんでているなどと自惚れていたわけではありませんが、正直なところ、自分でなければ出来ないこともこなして来たという自負も少なからずありました。

私が抜けた後、仕事はうまく行ってるのだろうか?と、しばらくは気になっていましたが、やがて、自分がいなくなっても誰かが十分補えるのだと、幾許 ( いくばく ) かの寂しさを感じながら悟りました。

『 余人をもって代えがたい 』 というほどの存在ではなかったのだと・・・。

仕事人間だったわけではないですが、これといった趣味・特技もなし。退職後しばらくの間は、朝起きても職場に出勤しなくてもよい毎日、長年描いてきた拘束から解き放たれた快適な生活を送っていました。ストレスが減ったお蔭か、少しずつ体調も良くなって来ていました。

しかし、そんな日々も長くは続きませんでした。

どちらかというと人付き合いが苦手というか面倒臭くて避ける傾向があるので、今後ますます世間との関わりが薄れていき、どんどん孤立してしまって、やがては抜け殻になってしまうのではないかという漠然とした不安が首をもたげてきました。まあ、そんな人生でもいいやと開き直り、居直ることで誤魔化そうとしていました。

そんなときに思いがけず声がかかり、私の人生は思わぬ展開を見せることになったのです。

退職の少し前の数年間、ペアに近い関係で苦楽を共にした元の部下から声が掛かったのです。部下という呼び名はあまり好きでないので、同僚・仲間・戦友とでも呼びたいところですが、倍ほどの年齢差があるので便宜上そう呼ぶことにさせていただきます。

その彼があることにチャレンジしてみたいので手伝ってくれまいか?と、私に白羽の矢を立ててくれたのでした。

このことについては以前このブログで触れたように思いますが、記憶が定かではありません。ご興味とお時間がある方はアーカイブをお探しください。年末年始のお忙しい時期のことですから、そんな方はいらっしゃらないでしょうが(笑)

彼にはそれまでも不思議な縁とタイミングを感じていたのですが、後になって考えてみるとそのときも絶妙のタイミングでした。

彼が目指すその分野には無関心で、ど素人だった自分がどれだけサポート出来るのか不安でしたが、断る理由が見つからず、私もチャレンジすることにしました。

結果的に、彼のチャレンジは実現し、少しはそれに貢献出来たのかなと思います。そして、5年を過ぎた現在もチャレンジを続け進化する彼をサポートする立場に変わりはありません。


ここで少しだけこの1年を振り返ってみますと、一言で言うとまさに激動の1年でした。山あり谷あり。よくぞ頑張れたなと思いますが、彼の頑張りがあったからこそ、青息吐息ながらも乗り越えられたんだなあと遠くを見る目になってしまいます(笑)


ただし、5年前より明らかに気力・体力が劣化していることを認めざるを得ない自分が、この先いつまでサポート出来るのかが少々不安です。

しかし、彼が私を必要として声を掛けてくれたお蔭で、新たな経験を積み重ねることが出来、私に多くの人との出会いをもたらせてくれました。先細りの余生を覚悟しかけていた私に、もはや余生とは呼べないほどの充実した人生のおまけ?思いもしなかった多くの経験、人との出会いと拡がりをプレゼントしてくれた彼に心から感謝しています。

「 不要になったらいつでも切り捨ててくれていいよ 」 と冗談半分で言っているのですが、今のところ、切り捨てではなく切り上げてくれている(笑)ようなので、来年も引き続き頑張ってみようかなと考えています。

『 余人をもって代えがたい存在 』 に成長した彼の傍に居ることが出来る幸せ。たとえ劣化した自分であっても、必要としてくれる人の存在は有り難く、誰かに必要とされることの幸せを噛み締めつつ、来たる年に思いを馳せています。


【 青空と高架道路 】
 今日の大阪は好天に恵まれた一日となりました。
 ふと見上げると澄み渡った青空に融け込みそうな高架道路が。

   青空と高架道路


【 線路は続くよ♪ どこまで続く?】
 どこまでも平行を保ちつつ終着点を目指して伸びるレール。もしかして、来年にまで続いているのかな?
   線路は続くよ01

   線路は続くよ02


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『 ありがとう 』 の反対語は 『 あたりまえ 』 だと私が意識し出したのは、いつごろのことだったでしょうか?もっと前に気付けなかった自分が情けなくなってしまいますが、ほんの数年前のことだったと思います。

朝、東の空に太陽が姿を現し、西に沈んで夜になる。天候によっては太陽の姿が見えないことはあっても、朝が来て夜になる。
『 当たり前の一日 』の繰り返し。

「 今日はいい日だったな 」とか 「 嫌な日だった 」とか、でもたいていは 「 な~んにもなかったなあ 」で過ごしていたように思います。

『 当たり前の一日 』
たまに考えたとしても、「 残り何年生きられるか知れないが、一生のうちの一日が呆気なく過ぎて行ったなあ 」程度にしか考えていなかった。

何が切っ掛けで 『 ありがとうの反対語 』 を意識したかについては記憶が定かではないのですが、気付いてからは折に触れて私の頭に浮かぶようになりました。

『 有難し 』 が語源である 『 ありがとう 』

有ることが難しく、稀である。めったにないことに巡り合う。少々飛躍するかもしれませんが、奇跡だとも言えそうです。

宇宙規模で考えると海辺の砂浜の砂粒よりも、ちっぽけな存在の地球。その地球上に、自分が生まれて生きていることは奇跡だと思います。

このこと自体が奇跡だと考えると、今こうしてブログを書き、それを読んでくださっているあなたが存在することも奇跡と言えるかもしれません。

この世に起きるすべてのこと。自分にとって都合のいいこと悪いこと。いいこともあればよくないこともありますが、それらをすべてひっくるめて 『 有難いこと 』 ということであるならば、自分の周囲で起きるすべての出来事に日々感謝しなければならないのだと思います。

だから 「 な~んにもなかった一日 」 それこそが有難い一日!

でも、常にその気持ちを持続することは、凡人の私には 『 有難い 』 こと(笑)なかなか難しいものです。

しかし、そんな私に様々な出来事が起きることによって 『 有難い 』 を再認識させてくれます。病気やケガによって健康の有難さを、等々。

  ★  ★  ★  

いつもながら前置きが長くなりましたが、今回書きたかった本題に入ります。大したことでもないので出来るだけ簡潔に書かせていただきます。(・・・ が、無理かも?^^; )

先日から『 有難い 』を再認識させてくれる出来事が立て続けに起きました。

まずはPCの不具合。

私宅ではケーブルテレビ会社のインターネット回線を利用しているのですが、突然、接続出来なくなりました。

使用しているPCが5年モノなので、原因がPCにあるのかな?とも考えましたが、そうでもないように思えました。オフラインの環境では、サクサク、とは行かないまでもそれなりに動きましたから。

使っている(ケーブル会社の)モデムが原因なのか、それとも、大元のケーブル会社のサーバーの不具合なのか?ときどき、サーバーのメンテナンスが行なわれることがあるので、メンテナンス中なのかも?

そう考えてサポートセンターに電話しましたが、案の定 「 混み合っていますのでしばらくお待ちください 」 と5分、10分、30分・・繰り返しリフレインされるアナウンスに、じっと我慢の時が過ぎて行きます。「・・・なお、弊社のHPでもご案内しておりますので・・・」とも。
そんなこと言われても、HPにアクセスできないから電話してるんだから・・・<(`^´)>

やむなくケータイ( iPhone ) を使ってHPにアクセスしてみましたが、こちらが知りたい情報は見当たりません。

以前、似たような事象が発生したときに教わった、ケーブルのモデムの電源をOFFにしてPCも再起動するという方法も試してみましたが解決しません。

長くなってしまいますので以下省略しますが、お昼前に発生した不具合が解決したのは夜になってからでした。

その2日後の昨日のこと。今度は、使用中の iPhone の画面が突然消失し、使いモノにならなくなりました。

出先だったので、誰かに電話で相談しようにもメールを送ろうにも、電話もメールも使えません。

このときの孤立感。ケータイ依存&ネット社会の真っ只中にいるんだということを思い知らされてしまいました。

結局はケータイショップまで出向いて解決しましたが、数日前のネットサービスの不具合との連続攻撃にへたり込みそうになりました(笑)

当たり前の日常が突然消えてしまう不便さで、便利さを思い知らされる経験でした。

ネット社会、ケータイ依存の弊害を叫ぶ声もありますが、現代では逃れられそうにありません。好むと好まざるにかかわらず、厳然とした事実。電気が当たり前になってしまった現代社会では、電気なしの生活は考えにくいのと同様。ネットの存在受け容れざるを得ませんね。

ケータイに頼るばかりで、いざ電話しようにも番号を覚えていない。覚えていたとしても街中に公衆電話というものがほとんど見つけられない。時計代わりに使っている私など時刻さえわからない。メモ代わりにも使っているので、スケジュールも確認出来ないという、不便極まりない状況に陥ってしまいました。

今回の経験で、不具合が起きたときの日頃のバックアップが大切だと再認識しました。必要最小限のデータを手帳に記しておくなどの 『 アナログ 』 の手段も講じておくべき。そればかりではなく、ネットで調べたら答えが見つかるだろうと安易に考えず、知識も自分の頭にバックアップしておかなければ(笑)

今回の連続攻撃で得られた教訓に感謝したいですね 『 ありがとう! 』 と。

♪『 ありがとう 』
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明け方に月と金星が並んで見えるというので、いつもより少し早く寝床を離れて外に出てみました。

夜明け前の暗い夜空に月と金星が美しく輝いていましたが、この天体ショーを撮影するには iPhone のカメラ機能では限界があるようでピンボケになってしまいます。撮影者に問題があるのかどうかは知りません(笑)

 夜明け前
 2015-12-08 04:41

アップしても
 夜明け前アップ
 2015-12-08 04:42

仕方ないので東の空が明るくなってきた頃に再び撮影して、何とか下のような写真を撮ることが出来ました。何処に月が?中央上部に小さく写っているのですが・・・。

 夜明け後
 2015-12-08 06:33

アップしてみると
 夜明け後アップ
 2015-12-08 06:33


天体ショーは年に何回か見ることが出来ます。数十年に一度、中には数百年に一度という珍しいものもありますが、1年で最もたくさんの流星が見られる流星群と言われている 『 ふたご座流星群 』が 15日(火)の明け方に極大を迎えます。

寒い季節ですが、ご興味のある方はご覧になられてはいかがですか?

<参考>12月の星空ガイド
 ⇒ http://www.cul-spo.or.jp/comcen/cosmo/04_guide.htm


地球の年齢はおよそ46億年とされています。
地球の歴史を1年で表わすと、人類の祖先であるホモ・サピエンス(新人)が誕生したのが、12月31日の午後11時37分となるそうです。(20万年前)

キリスト降臨が午後11時59分46秒。
午後11時59分56秒にルネッサンスが、その2秒後には産業革命が起き、午後11時59分59秒に20世紀が始まり終わる。20世紀すらわずか1秒!

大晦日の紅白も終わるころから慌ただしく過ぎて行く時間が人類の時間。

こう考えると師走が慌ただしいのも、1年があっという間に過ぎて行くのも当たり前という気持ちになりますね。

それどころか、人の一生すらが・・・。

私たちが瞬きする時間は、平均で100 ~ 150ミリ秒だと言われています。1ミリ秒は1000分の1秒ですから、0.1秒 ~ 0.15秒ということになります。

私たちの一生も瞬きすることさえ出来ないかもしれない、まさに一瞬。

でも、この一瞬の大切な一生を無駄なく有効に過ごさなければと改めて考えてしまいます。

それに比べたら前回の息継ぎブログから今回の息継ぎブログまでのブランクなんて・・・ゴホッゴホッ・・・息継ぎブログが苦しい言い訳ブログに・・・ゴホッゴホッ、くっ苦しい(笑)


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