昨日は料理を失敗した。

はちみつを使った料理は注意したほうが良い。はちみつにも色々ある。安い水あめに着色したようなはちみつだったら問題ないと思う。本気のはちみつは癖がありすぎる。使わないほうがいい。

ちょっと変わったことをしようと思ったのはオーブンが壊れていたからだ。オーブンさえあれば、、、。

コロナが始まってからなのか、それとも最近特になのか、フェイスブックが面白くない、と本気で思うようになってきた。

理由は数々あるが、大きな要因は広告ばかり見せられるからだと思う。

見たいと思うものが見れないで、見たくもない広告ばかりバカバカ流れてくる。

友人たちも見なくなっているのか、ほとんど投稿しなくなってしまった。それを見るのが一番の楽しみだったのに。

なのでますます見ない。私もほとんど投稿しない。
今はよっぽど暇ならチラ見するぐらいになっている。
 

占いをやる。私の場合、頼まれて、なおかつ見るべきだと思った時だけ見る。そう思わない時は断る。

今年はどうか見て、とある人から言われて見た。新しいことを始めたいというのだが、私はあまり勧められないという答えを出した。が、新しいことをしたくなってしまうその人の心の動きも見た。本人の中ではどうしようもない衝動なのだろうか、結局新しいことを始めることにした、と言う報告を受けた。
私はその道は険しい、と思った。行き止まり、元に戻らなければならないかもしれない。でも本人が決めたのならどうして私が口を出せるだろう。結局人生と言う道は真っすぐではない。時には道なき道を進まなければならないこともある。それが本人が考え抜いて出した答えであるならなおさら、うまく行こことを祈ろうと思う。それ以外できることはない。

年末に止まってしまった日本からイタリアへの郵便が再開する目処が立たないらしい。あるのは船便のみ。下手すると3か月以上かかるらしく、この忙しい世の中気が遠くなる。

最初イタリアから日本へ向けても止まっているのだと思っていたが、こちらは特に問題なく日本へ着いている。

 

逆がダメな理由は何なのだろう。

 

 

 

 

 

沖縄の少年たちの件である。

少年たちの言い分は、バイクで走行中の少年をいきなり警棒で殴り失明した、と言うことだった。それがSNSでおよそ400人近い少年たちが沖縄警察署に集まった。

私はその映像を見て彼らの怒りは本物だと思った。当然真実はそこにいた400人全員が知ることではないが、彼らをあそこに動かした理由が今回の件の前にすでにあったのではないだろうか。

良くデモなどに加担するただ暴れたいだけの人が火付け役になって起こされた騒動と違う質の、煮えたぎるような憤怒を感じる投石・投卵、それに沸き起こる共感の歓声を聞いた気がする。少年たちに手を出さなかった警察は懸命だったと思う。もしあそこで無理な抑え込みをしたら火にガソリンを撒くような惨事になりかねなかったかもしれない。まさに誰かが言っていたように「東京リベンジャーズ」を生で見ているようだった。

真実が明らかになってほしいと私も願うが、相手が警察なだけに難しいかもしれない。

娘と一緒にアニメを見ている。今まで随分沢山の作品を見た。

段々成長していくと、娘は娘の趣味があるので、別々に見ることも徐々に増えつつある。

今私が一人で見ているのは「舟を編む」である。辞書作りの大変さを描いているが、ストーリー展開はそれほど面白くない。しかし題材が題材だけに、そういうものだろう、と思って10話、あと1話で完結、と言うところまで来た。

10話に来てあれ、って気になったのは、最初に出てきたネコがまだ生きていることだ。最初の話から13年ぐらい月日が経っているはず。一方、主人公を気にかけていた老婦は亡くなっている。猫の寿命を考えたら、少なくとも猫なりに年を重ねた様子を描いてほしかったな。原作があるがそこに猫が出てくるのかは不明。

アニメであろうとドラマであろうと小説であろうと、上手に騙してもらえる作品が面白いし、そういう作品が優れていると思う。騙されたいので、ちょっとした綻びが気になってしまう。

なぜY氏の投稿が私のお勧めに出てきたのは分からないけれど、それだけ注目されるYoutuberなのだろう。

どうやらどこか海外のバレエ団で踊っている人らしいが、バレエの事よりも日常系の投稿が多く感じる。踊っているビデオやバレエに関するビデオもあるらしいが、私もちらちらたまに見るぐらいで詳しくない。最近サムネの画面がちょっと過激な感じになっているのでそちらは見ることもなく、おやおやYoutuberを続けるのも色々大変だな、ぐらいの認識であった。

ところがそれがどうも我慢ならない大変若いバレエダンサーH君が、物申したビデオを投稿したらしくそこで炎上している。

H君曰く、Y氏の投稿は同じバレエダンサーとして恥ずべき行為で不愉快、バレエとはそのような低俗なものではない、と言うことらしい。

それを受けてY氏がいくつかビデオを投稿し、話し合いをしたい、と言う申し出をH君は受けず、Y氏は傷心の為しばらくYouTubeから離れる、と言うことで二人の間は終わったらしい。今のところ。
その二人を周りが黙っておらず、喧々諤々、双方のコメントが増えて続けている。それどころか、またまた二人を擁護したり非難したり、違うダンサーたちがビデオを投稿し意見する、となかなか賑やかである。

H君は違うことが許せず、Y氏も違うと言われることが見逃せず流せなかった。

アラフィフのおばさんから見ると、どっちもどっちな気がする。

実は世の中みな違うのである。同じ世界、業界に居たって頭の中身は違う。目指す場所も違う。どちらが正しいということはない。

きっと多くの大人たちが、自分にも似たような経験があった、と思っていることと思う。
相手を変えようと批判するより、相手に受け入れられようと手を尽くすより、自分は自分と背筋を伸ばし、相手は相手と器を大きく広げる努力をするほうがずっと有意義で、自分の成長にもつながり、それ以外視野を広げる方法はない、と気付くのには、どちらもまだ若すぎるのかもしれない。

 

いずれにせよ大したことではない。

心が折れている時の批判はきついと思うが、投稿した場所が場所だけに仕方がない。それでも私が見る限り、優しい大人のコメントも多くある。

だから、めげないで今回の経験を自分たちを成長させる糧にすればよいのだと思う。

そしてその場ですぐもらう意見や助言よりも、時が経つとともに目を覚まされることもある。時間も大切な成長の糧だ。

私はここでそっと二人の成長を祈っている。