古い記事を移す作業を続けている。またまた気になる内容である。
それは「作った物から作り手の顔が見える」と言うような内容である。
あの時から16年、今は私自身が作り手になり色々人にも評価されるようになると「作り手の顔が見える」と言われることに違和感を感じるようになった。
まずこの16年前に書いたブツは、私が思っていた作り手が作っていたのではなく、実はうちの旦那が作っているものだった。当時は誰がやっているのか分かっていなかったのである。つまり、自分が「これはあの人そのものだ」と思ったことがいかにいい加減だったか、と言うことだ。
私が作り手だと思っていたのはオーナーなので、もちろんオーナーの意志は反映されているけれども。
そうするとそこにはうちの旦那の顔が見える物だったか、と言うと、確かにそうかもしれない。だが顔、つまり人柄が現れているか、と言うと、はて。
私はそこにあるのは人柄ではなく、技術だったり仕事の丁寧さだったりだと思う。もちろん研究熱心なことや注意深いことは人柄なのかもしれないが、それを「あの人の顔が浮かぶ」の一言ですべてを表現しているように言われるのは、作り手として物足りず、情報発信者として失格だと思う。