古い記事を移す作業を続けている。またまた気になる内容である。

それは「作った物から作り手の顔が見える」と言うような内容である。

あの時から16年、今は私自身が作り手になり色々人にも評価されるようになると「作り手の顔が見える」と言われることに違和感を感じるようになった。

まずこの16年前に書いたブツは、私が思っていた作り手が作っていたのではなく、実はうちの旦那が作っているものだった。当時は誰がやっているのか分かっていなかったのである。つまり、自分が「これはあの人そのものだ」と思ったことがいかにいい加減だったか、と言うことだ。

私が作り手だと思っていたのはオーナーなので、もちろんオーナーの意志は反映されているけれども。

そうするとそこにはうちの旦那の顔が見える物だったか、と言うと、確かにそうかもしれない。だが顔、つまり人柄が現れているか、と言うと、はて。

私はそこにあるのは人柄ではなく、技術だったり仕事の丁寧さだったりだと思う。もちろん研究熱心なことや注意深いことは人柄なのかもしれないが、それを「あの人の顔が浮かぶ」の一言ですべてを表現しているように言われるのは、作り手として物足りず、情報発信者として失格だと思う。

おばあちゃん、お久しぶりです。手紙を書くのは初めてかもしれないね。

今日はお願い事があります。明日ママが手術なんだ。聞いていると思うけど、そんなにたいしたことではないのよ。

でも色々健康上心配なことも多いから、小さな手術でも無事に終わるかすごく心配してるの。

だから、何事も無いようにどうぞ見守ってあげていてください。

おばあちゃんはもうそろそろ会いたいんだろうけど、でも私はもうちょっと頑張ってほしいと思ってる。
よろしくお願いします。
私からお願いなんて滅多にしないからね。たまには許してください。

今日は子供のワクチン接種日だった。昨日、義姉にはもうちょっと待ってみたら、と言われた。確かに、義務にはなっていないのだから待った方がいいかもしれない。私もこの問題にはずっと揺れ動いている。
義務ではないが、してないことの弊害も大きい。店内で飲食ができない。これは外食しなければいいし、外で食べなければならないのならテイクアウトで車の中で食べればいい。実際今日のお昼はそうした。
それと習い事ができない。髪を切りに行けない。公共の交通機関が使えない。確かに子供の自由を奪っている。

それでも義姉に言われた後「もうちょっと待ってみる?」と子供に提案してみたが、本人の答えは「する」だった。

ワクチン接種に子供が積極的だったのは、もう一つ理由がある。ワクチン接種に行くついでに買い物がしたかった。

もしかしたらそっちの方がメインかよ?

最近H&Mがお気に入りで連れていけ、と言われたので連れて行く。

ジーンズを2本選んでいたので、「試着しなよ」と言うと、「絶対大丈夫」という。

いや、したほうがいい、しておいで、と言うとしぶしぶ試着室に入って行った。1本だけ試着して良かったみたいなので、もう1本はいい、と言うので、

「同じとは限らないからもう一つもしたほうがいいよ」

と言ったら、絶対同じ、大丈夫、と譲らない。頑固である。

 

家に帰ってもう1本を試着してみると、腕一本分ウエストが大きい。

それ見たことか。

残念ながらお店はすぐに交換に行ける距離ではない。しかもバカ娘はタグをすでに取ってしまっていた。

 

しょうがないね、諦めな。

学習には常に痛みが必要だ。

無駄な買い物に親のお財布も痛い。

 

 

昨日はプラスチックゴミと瓶缶などの不燃物の日だったが、プラスチックは持って行ってもらったが、瓶缶は持って行かなかった。うちは街から遠く回収の最後の地区に当たるので、トラックが一杯になると持って行かないらしい。特に回収日が祝日だった後が回収率が下がる。昨日は別に祝日後ではなかったが。
それでまた重たいバケツをえっちらおっちら家に持って帰ることになる。

 

こっちは税金払っとるんじゃ、1回で終わらないなら2回まわれやボケ。

 

ここで吠えておく。

あちこち散らばっていた書き物を、少しずつここに移動させている。自分ではその時の気持ちを素直に綴っていて正真正銘の「自分」だと思っていたのに、振り返って読んでみると実に下らないことを書いている。

自分はおしゃべりなので語学ができるようになった、などとほざいているが、20年近くたっても今だ外国語を話すことに不自由している。おしゃべりなのは人とコミュニケーションを取りたかったかららしいが、最近は余計なことを話すとろくなことがない、と思うので、人とコミュニケーションをとるのが億劫だ。話すときもなるべく当たり障りのない会話を探す。そのほうが賢いし、自分も相手も傷つかない。もちろん時には、くだらないことをペラペラしゃべる若者に説教をすることはある。だが内心「そんなことを言わせるなよ私に」と思って腹を立てている。だが言わなければ分からない奴はいる。いや、多分言っても分かっていない。全く持ってエネルギーの無駄だった、と後で落ち込む。

20年の間の自分の中の大きな変化である。要するに年を取ったということだ。


 

若い時から藤原新也氏のファンで、私が若いころに旅をしたのは彼の影響がとても大きい。

今は家からほとんど出ない。週一回出かけたら多いぐらいお籠り生活である。旅なぞもってのほかである。

それでも藤原氏の「新東京漂流」は相変わらず聞いている。

 

今、彼が若かりし頃のユーラシア横断の話を連続でしている。今週はユーゴスラヴィアの話だった。

そういえばユーゴスラヴィアと言う国名は最近聞かない、と思ったらいつの間にか消滅していたらしい。

その後生まれた国の中にマケドニア(正確には北マケドニアらしい)があって、マケドニアは旧ユーゴスラヴィアだったのか、と気が付いた。

うちの子のクラスメイトにマケドニア出身の子が二人いて、マケドニアはなじみのある言葉なのだったが、歴史まで気をかけていなかった。

 

50年前に見た社会主義国のはっとさせられた古い風景を印象深く話されていたが、私が同じように驚いたのはシチリアの景色だったかもしれない。さすがに木炭自動車はなかったが、ロープでエンジンを点火させるトラクターや舗装道路で馬車は普通に走っていた。もちろん観光用ではなく実用でである。しかしこれも20年前の話で、今は分からない。

 

 

1年前ぐらいからとうとう真面目に白髪を染め始めた。

私の白髪は左前頭部にまとまって出ていて、あとはまばら。

5年前同じところに大きなおハゲができてしまい、復活したら白髪になっていた。

最初はグレーヘアー目指してカラーシャンプーでより美しいグレーを目指したが、急に魔が差して赤にしてみた。

黒髪はほとんど色が入らず、白髪だけ赤くなり若返った感じになった。悪くない。

それから紫にした。紫と言うよりピンク赤になった。これも悪くない。

友人が「それもいいけど、チョコレート色が似合うかもよ」と言うので、やって見た。それも悪くない。が、色が抜け始めると黄色くなって、生え始めの白髪と相まってだらしがない感じになった。

クリスマスシーズンが近づいたので再び赤にした。

そして今、結構白髪が目立っているのでそろそろ染めたいけれど、寒い。

染め時間は30分程度だが、すべて終わるのに1時間以上かかることを考えて躊躇している。

赤は色が抜け始めるとピンクになってくるので、ピンクと白のグラデーションは悪くないから、もうしばらく放っておくか、、、。だが週末もっと寒くなるという。染めるんだったら今だぞ、さあどうする。
 

私は両親が若い時の子なので、私は50代だが親はまだ70代である。私の年齢ではまだ若い両親だが、それでも70代になってからめっきり弱ってきた。心配することも多い。今週母が入院することになり、本来なら飛んで行って助けに行きたいが、簡単にはいけない。ましてやこの世の中の状況で時間のロスも金銭的なロスも負担が多すぎる。

子供だったら親を助けるのが当然なのに、私はここで何をやっているんだろう?
だけどもしここを離れたら家族はどうなるのか。しかも数日で済まない。1か月は必要か。

うちは自営業だ。私一人離れたら仕事もガタガタになる。準備してたところで準備できることなど、たかが知れている。
もし行ったとして、どのくらい私が助けになるのかも微妙なところだ。

 

もし何か急の事態になったらどうすればいいだろうか。

 

 

 

「風の谷のナウシカ」が映画化された公開されたのは、春休みだった気がする。大昔だ。

それから長い年月をかけて漫画は完結し、それまでちゃんと追いかけて読んだ。
漫画の設定は漫画よりずっと複雑で話も難しい。

その中で一番突飛に感じた設定が人造人間だった。そんな風に全人類総取り換えなんてできるんだろうか?

どうやったのか具体的な話は出てこないので長い事引っかかていたのだが、最近もしかしたらこうやればできるのかもしれないのかもしれない、とふと思った。

体の仕組みを変えるのを抵抗した人間は、腐海の毒にやられて死滅したんだろうか。淘汰される側に入るのか、されないほうに行くのか。一方淘汰する側、と言うのは本当にほんの一握りの人たちで、どうやら私には縁がない。
体の仕組みを変える、と言うのは、進撃の巨人にも出てきたな。

作り話もばかにならない。変に現実と重なる。
 

子供がギターの練習に「禁じられた遊び」の楽譜を探してほしい、と言うので探してみた。

私はギターのことはよくわからないが、「禁じられた遊び」はピアノの「エリーゼのために」に当たる曲で初心者でも弾けてかつ美しいメロディー、ということらしい。
調べていたら「パリは燃えているか」もおススメに出てきて、私もピアノ用に楽譜を作ってみた。

「パリは燃えているか」は1995年からNHKで放映されたドキュメンタリーに作曲された曲だった。激動の20世紀、権力者の選択とそれに翻弄され大きな時代のうねりの中で抗い必死に生き抜く人々、そのドラマに添えられた胸を締め付けるメロディーはナレーション以上に訴えかけるものがあった。歴史とは一体なんなのだろうか。
今聞いても、いや今も、この曲は私たちの生きている時を表している気がする。私達はいつも嵐の中の大洋に浮かぶ小舟のようだ。

 

弾いてみたら、同じメロディーをずっと弾き続けて左手が腱鞘炎になりそうである。