プーチンのウクライナ侵攻、実は25年前から「予言」されていた…!

 

今度の戦争は突然空から降ってきたように感じるけれども、ウクライナとロシアの歴史、世界の歴史を紐解いていくと、別に突然ではなかったことに気づかされる。

ロシアにはロシアの、ウクライナにはウクライナのそれぞれの理由があった。そうでなければ命を張って、世界を敵にして、ここまでのことができるわけはない。
世界も押しとどめられない理由があったのか。もしくは戦争を進めたい理由があったのか。第二次大戦後も地球上いつも戦火は上がっていた。戦争が何もなかったことなと今まで一度もない。

戦況はどんどん悪い方向に進んでいるようだ。もしかしたらすでに第三次大戦は始まっているのではないだろうか。だとしたら私たちも必ず巻き込まれる。部外者でいられる人は一人もいないだろう。

「まだ話し合っていない」。
そのまま、私たちはまた同じ悲劇を繰り返す。何度も何度も。

 

先日の進撃の巨人84話「終末の夜」を現実と重ねて見ていた人は、きっと多いに違いない。私もまさかアニメを見ながら現実の理不尽さに胸をつぶされる思いをすることになるなんて、思っていなかった。
一体何を相手に戦っている戦争なんだろう?
何のために?

世界に大きな穴が開いた。そこにみんな吸い込まれていく。命も信頼も、物も何もかも吸い込んで失われていく。
 

今日は日本の取引先と話をしたり、個人のお客さんと話を連絡を取ったっり。
あと自分の個人的な件で宅配会社と連絡を取ったり。

この状況で不安はあるけど、でも結局行けるところまで行くしかないから、前に進める限り今までと同じように仕事をする。

迷ったり躊躇したりするのはまだ早い、と言い聞かせる。

 日本にいる甥っ子達のことをいつも気にかけている。

昨日一番上の甥っ子が彼女と別れたと聞いた後見た夢は、私が夫と別れる夢だった。どうやら私が振られたらしい。今ではなく、出会ったばかりの頃の私達のようだ。
別れるならアパートに置いてある自分の物を持って出なければ、と,箸やコップを持って出ようと準備していると、ふと娘の顔が頭に浮かんだ。
そうだ、娘がいるんだった。あの子はどうしよう。

と思ったところで目が覚めた。

 

少し生活に余裕ができるようになって、寄付を考えるようになった。最初は色々な団体に少額ではあるができる範囲で送っていたのだが、いつも何かモヤモヤしたものが残った。そのモヤモヤの原因は多分距離感だと思う。

それからもう少し身近な人に対象を移し、近隣の物乞いに少額を渡すようになった。

それは結局その人のためにならない、と言う考えもあるのかもしれないが、きっとその生活から脱出したいと思っているに違いないと思う。その願いが叶いますように、と祈って渡すようにしている。ただの気休めかもしれない。

なかなか彼らと詳しい話をする機会がなかったが、ある日夫が私のいない時に話をしたところ、季節労働をしているので冬場は仕事がなくてそれで仕方なく物乞いをするのだそうである。暖かくなったらまた農園に戻って収穫をするのだそうだ。

もう一つ自分の身内のことも頭にある。

自分の夫、子供だけでなく、身内の幸せも考えて、そこに必要ならゆとりがある部分は回したい。周りから幸せになっていくことをまずしたい。

その次に遠い地の人たちの事、と順番を決めている。

今まで戦争はいつもどこでもあって、悲惨な戦闘を繰り返し何度も人々は苦しみ痛めつけられてきていたのに、今のように本気を出して欧米諸国が被災地の人に手をだし述べたことはなかったので、それを非難する声もちらほら聞こえる。
古館氏のYoutubeでもこの戦争における「ヨーロッパ中心主義」について語っていた。義姉も「アフガンの人は受け入れず、なぜウクライナら受け入れるのか」と憤っていた。

確かにそうなのだが、人間と言うのは自分に近いと感じるもには手を差し伸べたいと思うのだろうし、欧州からウクライナはとにかく距離が近い。比喩ではなく、本当に隣に住んでいる人が「家族が亡くなった」と泣いている姿を見てしまっては、しかも未だ攻撃が続いているとしたら、いてもたってもいられなくなるのは当然のことと思う。

キエフの中心から直接の中継もまだある。ポーランド国境のレポート、それ以外のウクライナの都市の様子、すべて自国の言葉で自国の記者からのレポートが送られてくるのは、肌感覚的に恐ろしく戦場が近い、と感じさせる。
いずれにせよ日本からは遠い戦場で、特に日本の政治家はぴんと来ていらっしゃらない様子だ。

夜、突然頭の中でキーンという音が聞こえた。外で鳴っているのではない音が聞こえるとき、何かが起こっている。

地震だろうか、と思って携帯をチェックしたがそうではないらしい。としたらやはりウクライナだろうか。

朝起きると原発の火災のニュースがあった。時刻は音を聞いた時間に一致する。
幸い放射線量は上がっていない。今のところは。これ以上続いたら何が起こるか分からない。
心配は核爆弾だけですまないらしい。むしろ原発のほうがはるかに恐ろしい。

何が人生で大切なのかそれぞれ考え方が違うが、私は多様な環境で多様な人がいてそれぞれが生き生きと暮らしていていることが、世界の価値だと思っている。「すべての人が生き生きと」と言うのが難しいので、そこに努力のベクトルを向けていくべきで、実現するのは簡単ではないな、と言う感覚でいる。
全ての人が「世界が」とまで思っていなくても、少なくとも自分や自分の家族は生き生きと生活してほしい、と大概の人が願っているのではないだろうかとも思っている。

 

ところがそれと全く違う価値観もあって、自分の領域を広げたいという強い欲望の元、行動のベクトルを決める人がいるらしい。その場合、他人の自由や命、生活や文化を壊しても、それはあまり重要なことではないらしい。自分が達成すべき目標のためには致し方ない犠牲、と言ったところだろうか。
壊れたところでまた作ればいいだろう、とも思っているのかもしれない。また作ればお金も動く。失われた命は他に置き換えればいい、と思っているのかもしれない。


 

やはり停戦合意には至らなかった。それよりもはるかに遠い状況にあるらしい。これはもしかして長引く可能性が高いなと思っている。
郵便物は2月17日に発送した一つが今日無事に日本に届いたようだ。噂では20日辺りから怪しくなっていると聞いていたが、大丈夫だったようだ。昨日の段階では、両国で郵便物の発送の停止は入っていないので、様子を見て送って見ようと思う。だが、これ以上悪くなる可能性も大いにあるので、今は大丈夫でも明日はだめかもしれない。
核の使用はない、と西側は言っているようだが、私はある気がしている。

ポーランドに親戚がいると言っていたクラスメートの母親は、実はポーランド国境近い地域の出身だ、と言うことだったようだ。国境が近いのですぐに国境を越えたのか、それとも国境に近いからまだ逃げていないのか、それは分からない。
同じクラスではないが、ウクライナ出身の子供たちの中で、とても暗い顔をしている子がいて、どうやら親族が二人亡くなったみたいだ、と子供が言っている。子供が聞いてきたことなのでどこまで真実か分からない。
プーチン大統領が核をちらつかせているので、この機会に日本に落とされた原爆について少し話をした。もし平時なら子供は茶化してまともに聞かなかっただろう。茶化したまま一生終われるのならそのほうが幸せには違いないが、そうそう平和と言うのは続かないようだ。
飛行機がロシア上空を飛ばなくなってしまい、かなり影響が出るのではと思っていたのだが、以前から貨物はアラスカのアンカレッジ経由で行っていることも多いらしく、ロシア・ウクライナ・モルダヴィア地域には行かないがそれ以外は大丈夫そうだ。

不安な気持ちで朝ごはんを食べていると、歯に違和感を感じた。またもやインプラントが外れた。またこの問題で歯医者に行くようだ。