43-選択のとき 5-
「ふう・・残業なんてしてられないわ。何が銀行の危機よ。私たちが知ったことじゃないわ。ぜーんぶ上の人たちのせいよ」 麗子がぶつぶつ文句を言いながらマンションに帰ってきたとき、顔を血まみれにした想がロビーに倒れていた。 「ちょ・・ちょっと!」 麗子は慌てて駆け寄り想を抱き起こした。 「想君!想君!」 バッグからハンカチを出して、額を押さえて懸命に呼びかける。その声に想は目を開けた。 「あ・・麗子さん・・」 「どうしたの?大丈夫?」 ハンカチで血を全部拭き取ると傷はそうたいしたことがないように見えた。ただ、ひどい熱があるようだ。 「はい・・すいません」 想はフラフラしながら麗子に支えられて何とか立ち上がったが、ぐったりしたままだ。麗子は想を抱きかかえて7階まできたが、 クミは出かけているようで想の部屋をノックしても人の気配がしなかった。麗子は自分の部屋のベッドに想を寝かせた。額の傷に消毒薬を塗って絆創膏を張った。さらに、市販の解熱剤を飲ませた。 「クミちゃん、どこへ行ったのかしら?」 「すまん・・・みなみ」と熱にうなされた想が声を漏らした。 (みなみ?・・あぁ、この前の女ね。何かあったのかしら?) しばらくして、エレベーターが7階で止まる音がした。 (クミちゃんだわ) 麗子がいきなりドアを開けたので、クミにぶつかりそうになった。 「どわっ!」 クミは変な声を出してしりもちをついた。 「想君が大変なのよ。もう、クミちゃんったらどこへ行ってたの?」 「クミはユキちゃんとお話してました・・・って、え?想ちゃんがどうしたの」 「頭に大きな傷を作って・・倒れてたのよ。それに熱もあるし・・今、私の部屋で寝てるわ」 クミは想のところへ戻る麗子の後に続いた。そして、想の寝ているベッドの傍らに座り想の顔を覗き込んだ。額の血は止まっているようだ。その額に熱を見るつもりでそっと手を当てた。そのときだった。想の思考がクミに一気に流れ込んだ。クミの力はまた一段と強くなったらしい。他人の夢を見ることができるだけだと思っていたのに、今では触れた人の気持ちが読み取れる。 クミはしばらく想の額に手を当てて、想の心を見ていた。そのうちにクミの目から大粒の涙が流れ出した。鼻水もひどい。しゃくりあげるように泣きだしたクミを見て麗子が驚いた。 「どうしたの?クミちゃん・・」 「ううん・・大丈夫。何でもない。想ちゃんが可哀相で」 クミは鼻水を啜り上げながら、麗子に笑顔を作って見せた。 「今日はこのまま、ここに寝かせていいわよ。私はソファで寝るし」 「うん・・ありがとう麗子さん。じゃ、お礼にドーナツをあげます」 クミは想の顔を見つめたまま、買ってきたドーナツを麗子に差し出した。 翌日になっても想の容体は良くならなかった。クミは想の傍らを離れずに一晩中寝ないでいた。想の思いを知り、いろいろ考えていたせいで眠くはならなかった。 (あ・・今日は病院へ行く日だ。でも、想ちゃんは無理だなー) 起きた麗子がカーテンを開けて、まぶしい朝の光が部屋に注ぎ込んだ。クミは麗子に聞いてみた。 「麗子さん。今日、会社休んじゃだめですか?」 「どうしたの?」 「想ちゃんを見ててあげて欲しいんです。わたし、今日行かなきゃならないところがあって、ずっと付いていてあげられないから」 「ああ・・構わないわよ。有給くさるほどあるし」 「じゃ、お願いします」 麗子はそんなクミに少し驚いた。 (この子って、こんなにしっかりしてたかしら?) 「うん。想君のことはまかせておいて、クミちゃんは用事にいってらっしゃい」 今日、病院に行くことは聞いていたが時間までは知らない。クミはすぐに出かけることにした。一旦、部屋に戻り顔を洗い着替えると。クミはもう一度麗子の部屋に戻り想の顔を見た。 (想ちゃん・・大丈夫だからね) クミはまだぐっすり眠る想の額に手をあてて、念じるようにつぶやいた。 クミは数年ぶりに一人で電車に乗った。朝の混雑する山手線で渋谷まで行き、地下鉄に乗り換え桜新町まで。途中で何度か吐きそうになったが、ぐっと我慢した。約束は2時だった。クミは3時間病院の待合室で待った。けれど、その時間はクミにとって大切な時間になった。クミもまた決断を迫られていた。そして、クミが自分の未来を決めたとき、蓮沼が部屋から出てきて声をかけた。 |
42-選択のとき 4-
想が部屋を出た後、みなみの緊張は一気に解けた。二人の愛の残り香が染み付いたベッドにうつぶせになり大きな声で泣いた。想に対する想いがよりいっそう強くなっていることを知りながら、自ら別れを告げなくてはならなかった。それでも「これでいいのよ・・」と何度も自分に言い聞かせた。 |
41-選択のとき 3-
クミが作ったスキヤキは少し塩っ辛かったが、まあまあ美味かった。そのスキヤキの肉がなくなりそうな頃にクミが話し出した。自分の祖母が沖縄で巫女だったことと、巫女として何をしてきたのか。自分の特異な力はその祖母譲りなこと。そして、もう一度病院へ行って蓮沼に会うこと。普段は間の置いた話し方しかできないクミが一気にまくしたてるように話す姿を見て、想はクミの体から伝わる喜びみたいなものを感じた。 「そっか・・もう一度診てもらうか」 「うん・・それに、先生にちょっと相談したいこともあるの」 「じゃ、明日にでも連絡してみるよ」 「お願いします」 クミはぺこりと頭を下げた。 (みなみさんの赤ちゃんのことは黙っていよう・・。ひょっとしたら想ちゃんもみなみさんも、まだ知らないことかも・・) クミはみなみと握手をしたときに感じた新しい命の息遣いに感動した。まだ、とっても小さいはずなのに明確な意思と感情をクミに伝えているように思えた。それが、さらに新しい可能性をクミに与えた。一刻も早く病院に行って、自分の考えを蓮沼に伝えたいと思った。 想は表情にこそ出さなかったが、頭の中はパニック状態だった。考えれば考えるほど深い混沌の底に落ち込んでいく。最優先せねばならないことは何なのだろう?これは時間が解決してくれる問題ではないのだ。 その夜、想はいつものようにクミと一緒にベッドに入ったが、クミが完全に寝てしまうのを待ってからソファに移った。今日、もしかしたら見るかもしれない夢をクミに見られたくなかった。 想はこの前と同じヘビの夢を見た。ただ、少し違っていたのはヘビの腹から出てきたのは血まみれの赤ん坊ではなく、まばゆい光に包まれた赤ん坊だった。元気な産声を上げる赤ん坊をクミが抱いて、想に手渡した。想には二つの夢の違いが何を意味するのかは理解できなかったが、中絶することだけは避けなくてはいけないなと思った。 次の日から想は全てのバイトをしばらく休むことにした。朝起きてすぐバイト先に電話を入れ、「困るなぁ。何とか出てくれないか?」という担当者を複雑な事情があるからと説得した。その後、S女子医大の蓮沼に連絡を入れ、クミがもう一度行く気になったと伝えた。明日の2時から3時まで空けておくと蓮沼はうれしそうに言った。すべての電話が終わったときにクミが目をこすりながら起きてきた。 「想ちゃん・・おはよう・・・」 クミはいつもと変らぬ全裸姿で何の恥じらいもなく大きく背伸びをした。想はそんなクミを見て「あれ?」と思った。出会った頃に感じた少女っぽさが薄れて来ている。背丈こそ相変わらず小さいが胸はつんと上を向き、腰がくっきりくびれ、尻が張り出している。 「クミ・・お前、女っぽくなったな」 思わず口に出た。クミは「えへへ・・そう?」と笑いながら、そのまま一回転して見せた。その回転をさえぎるように想はクミを立ったまま抱きしめた。朝起きたばかりのクミの体は温かく柔らかかった。 (オレはこいつを守ってやりたい・・みなみは強くなった。みなみの言ったことが正しいのかも知れない) まだ、はっきりと決めたわけではないが想は、もう一度みなみがどうしたいのかをちゃんと聞いて、みなみの思うようにするのが一番いいように思えた。 「明日・・蓮沼先生と約束したぞ。一緒に行こうな」 クミは元気に「はいっ」と返事をした。 大学で会ったみなみは昨日にも増して凛としているように見えた。 「スキヤキはおいしかった?」 講義室で想の横に座って最初の一言だった。 「まあままかな」 「そうだろうなぁ」 みなみは天井を見上げて笑った。そして、言葉を続けた。 「ねぇ・・葉子となんかあったでしょ?」 「え?」 「いいのよ。私は田嶋君を信じるから・・。昨日の夜、電話がかかってきてさ。葉子がね、あんな男とは早く別れたほうがいいとか・・他に女がいるからとか・・田嶋君のことを散々に言うのよ。あ、妊娠のことはもちろん話してないわよ。葉子ってたまに変な方向に突っ走るところがあるからさ。なんとなく何があったか想像は付くのよ。でも、田嶋君の嫌いなタイプだよね・・葉子って」 みなみはそう言ったが、想はあの日のことを一部始終話した。 「やっぱりね。そんなことだろうと思ったわ。葉子ともそろそろ縁切りね」 みなみはやっぱり変ったなと想は改めて思った。決断が早いと言うか今までは口ごもっていたことを堂々と言えるようになっている。 想はその事件のあった日に出会った蓮沼医師のことも話した。精神科医としても人としても立派な人で、20年後のみなみを見ているようだったとも伝えた。 「一度会ってみたいな」と言うみなみに前もって連絡すれば会ってくれると言うと、「楽しみだなぁ。20年後の私かぁ」と自分の姿を想像しているようだった。 |
フェブラリーS
この強風はどうなんだろう?
雨・道悪よりも・・展開に影響がでそう・・。
でも、これまでのレースはそこそこの人気馬がきてる。
で、
◎ワイルドワンダー
○フィールドルージュ
▲メイショウトウコン
△ドラゴンファイヤー
×ヴァーミリアン
買い目は
⑯単勝
⑯→④⑦⑨⑮の馬単と1着固定の3連単
1600mまでの実績とスピードから決めました。
ヴァーミリアンはそろそろ負け時(笑)で掲示板まで・・
40-選択のとき 2-
想とみなみはみなみの部屋で思い悩む夜を明かした後、一緒に登校した。同じ講義室で葉子と目があったが想は知らぬフリを通した。みなみにも一昨日のことはわざわざ言う必要はないと思った。その方が自分のためと言うよりも葉子のために良いと思った。みなみは学校では普段となんら変らぬ態度でいたが、想と二人で昼食をとる時には再び暗い表情に戻った。 (みなみは痩せたな・・) 想は思った。 表情が暗く見えるのは悩んでいるからだけではない。明らかにみなみの顔は以前の丸みを失いつつあった。「痩せただろ?」と問いかけると、妊娠がわかって以来ほとんど食べ物が喉を通らないとみなみは言った。朝食をとってないのに、昼食のランチもコンソメスープとサラダを数切れ、口に運んだだけでフォークを置いた。 想は午後からのバイトを休んで、ずっとみなみに付き添った。そして、人気のない大学のキャンパスのベンチに腰掛けて少し話すことにした。ふと見上げた透き通るような青い空が今にも落ちて来そうな感覚に想はしばらく目を閉じた。 「一度、ちゃんと医者に診てもらわないか?ひょっとしたら妊娠してないかも知れない」 「ううん・・田嶋君は男だからね・・。この感覚って、何となくだけどわかるのよ」 「でも、医者には行こう。いずれは行かなきゃならないだろ?」 「そうね。でも、もう少し待って・・」 二人は交わす言葉は少なかったが、頭の中ではさまざまな思いがよぎっていた。 もし、産むなら・・学校の友達にはいずれわかる。予定日を考えると大学の卒業式は大きな腹で出ることになる。お互いの親の問題もある。想の両親は間違いなく、責任を取って一緒になれと言うだろう。逆にみなみの所は簡単には行かないはずだ。なにせ名門のお嬢様だ。まだ、就職すら決まってない青臭い小僧にいくら妊娠したからと言って簡単に嫁ぐことを許してくれるのだろうか?想はみなみに聞いてみた。 「ウチの親は簡単じゃないわ・・。親だけじゃなく叔父さんや叔母さんたちも口を挟んでくるわね・・。もし、ばれたら間違いなく中絶しろって言うわね。そうだなぁ・・兄くらいかなぁ・・私の味方になってくれそうなのは・・」 「だろうね」 想の想像していた通りの返事だった。みなみはさかんにお腹を気にしている。 結婚するだけでも大変だ。もし反対されれば駆け落ちも考えなきゃならん。まぁ・・知らない土地へ逃げて、ちゃんとした就職ができなくても必死になって働けば、みなみと赤ん坊をなんとか食わせることはできる。でも、果たしてそれがみなみの本当の幸せなのか?それをみなみが望むのか?結婚って、みんなに祝福されてするもんじゃないのか?ここは中絶してみなみに相応しい相手に嫁いだ方がいいんじゃないのか?でも、中絶するといろいろな弊害があるとも聞いている。考えれば考えるほど想にはどうすることが一番正しい選択なのかわからなくなった。愛する気持ちだけではどうにもならない世界と大きな責任。想は自分の無責任さと卑小感を思い知らされた。みなみが横にいなければ、頭を抱え大きな声で叫んでいたに違いない。 「田嶋君には迷惑かけたくないの」 みなみがつぶやいた。 「妊娠したのは、田嶋君だけが悪いんじゃないわ。わたし、あの日のことをよく覚えてる。コイツ気が狂ったのかと思わなかった?」 「いや」 「いいえ・・思ったはずよ。だって私、狂ってたもの」 みなみはクスクスと笑った。その笑顔のままでみなみは言葉を続けた。 「田嶋君にとって、一番大切なのはクミちゃんじゃないの?」 「何言ってんだ?」 「うふふ・・女の勘ってやつかな?私、妊娠してなかったら今頃フラれてたのかも・・」 想は言葉が出なかった。 「だからね・・最初にひとりで産んで育てるって言ったの」 こういう時は女の方が強い。実際にみなみはすでに今後のことを決めていた。想とは別れる。でも、親を説得して子供は産む。想には認知だけしてもらって養育費だとか慰謝料だとかは請求しない。そして、子供を人生の足枷にはしない。逆に子供をバネにして将来は必ず精神科医になる。もちろん想が望むなら、あるいは子供がお父さんに会いたいと言うのなら、それはそれで構わない。みなみの唯一の心配は両親をどう説得するかと言うことだけになっていた。それを考えると気が重くなって食欲がなくなるのだ。 「田嶋君は自分の人生を進んで。もちろん田嶋君のことは愛してるわ。でも、私はなんだかね・・自分で言うのもおかしいけど、田嶋君と出会って、そして妊娠して、すごい強くなった気がするの。ひとりでちゃんとやっていける自信みたいなものが・・このお腹からあふれてくるのがわかるの」 そして、自分のお腹をまた盛んに撫でる。 そう言われてもそれを「はい、そうですか」と想は受け入れられるはずがない。もちろんクミには自分がいてやらねばならないとも思う。でも、だからと言って、今後のみなみの苦労を思うと・・・。 その日は夕方まで二人で居たが、みなみが強く希望するのでそれぞれの部屋に帰ることにした。高田馬場の駅前まで歩いてきて二人がサヨナラと言おうとしたそのときだった。 「想ちゃーん」 クミが元気一杯の声で叫びながら駆け寄ってきた。みなみの姿に気付いて、慌てて自分で口を押さえた、と同時に両足がからんでよろめいた。そんなクミを見て想の動揺とは裏腹にみなみがクスクスと笑った。 「もう、いいのよ田嶋君」 動揺を隠せない想にみなみは凛として言った。 そして、クミがよろめいたときにからんだ大きな紙袋とスーパーの買い物袋をほどこうと懸命になっているのを手伝った。クミはきょとんとして、そんなみなみを見た。 「あら?今日はスキヤキね?おいしくできるといいわね」 みなみはスーパーの買い物袋の中をちょっと覗いてから言い当てた。 「うん・・スキヤキ。みなみさんありがとう」 そして、二人は握手した。その瞬間にクミの表情が変ったが想もみなみも気付かなかった。 「じゃ、私は行くね。また、明日学校で」 みなみは軽く想に手を振ると足早に立ち去った。 「どうしたんだ、今日は?」 「うん・・アパートに行ってきたの・・そしたら、お母さんが一万円くれたから」 「そっか・・で、スキヤキか」 「えへへ・・ちゃんとできるかなぁ?」 クミは普通に会話していたが、心臓はドキドキしていた。 (みなみさん・・・赤ちゃんがいる) 握手した瞬間にみなみの胎内に存在する小さな命をクミは感じた。それがどういう事を意味するのかクミにはよくわかっていた。 |