40-選択のとき 2- | TRUE

40-選択のとき 2-



 想とみなみはみなみの部屋で思い悩む夜を明かした後、一緒に登校した。同じ講義室で葉子と目があったが想は知らぬフリを通した。みなみにも一昨日のことはわざわざ言う必要はないと思った。その方が自分のためと言うよりも葉子のために良いと思った。みなみは学校では普段となんら変らぬ態度でいたが、想と二人で昼食をとる時には再び暗い表情に戻った。
 (みなみは痩せたな・・)
 想は思った。
 表情が暗く見えるのは悩んでいるからだけではない。明らかにみなみの顔は以前の丸みを失いつつあった。「痩せただろ?」と問いかけると、妊娠がわかって以来ほとんど食べ物が喉を通らないとみなみは言った。朝食をとってないのに、昼食のランチもコンソメスープとサラダを数切れ、口に運んだだけでフォークを置いた。
 想は午後からのバイトを休んで、ずっとみなみに付き添った。そして、人気のない大学のキャンパスのベンチに腰掛けて少し話すことにした。ふと見上げた透き通るような青い空が今にも落ちて来そうな感覚に想はしばらく目を閉じた。
 「一度、ちゃんと医者に診てもらわないか?ひょっとしたら妊娠してないかも知れない」
 「ううん・・田嶋君は男だからね・・。この感覚って、何となくだけどわかるのよ」
 「でも、医者には行こう。いずれは行かなきゃならないだろ?」
 「そうね。でも、もう少し待って・・」
 二人は交わす言葉は少なかったが、頭の中ではさまざまな思いがよぎっていた。
 もし、産むなら・・学校の友達にはいずれわかる。予定日を考えると大学の卒業式は大きな腹で出ることになる。お互いの親の問題もある。想の両親は間違いなく、責任を取って一緒になれと言うだろう。逆にみなみの所は簡単には行かないはずだ。なにせ名門のお嬢様だ。まだ、就職すら決まってない青臭い小僧にいくら妊娠したからと言って簡単に嫁ぐことを許してくれるのだろうか?想はみなみに聞いてみた。
 「ウチの親は簡単じゃないわ・・。親だけじゃなく叔父さんや叔母さんたちも口を挟んでくるわね・・。もし、ばれたら間違いなく中絶しろって言うわね。そうだなぁ・・兄くらいかなぁ・・私の味方になってくれそうなのは・・」
 「だろうね」
 想の想像していた通りの返事だった。みなみはさかんにお腹を気にしている。
 結婚するだけでも大変だ。もし反対されれば駆け落ちも考えなきゃならん。まぁ・・知らない土地へ逃げて、ちゃんとした就職ができなくても必死になって働けば、みなみと赤ん坊をなんとか食わせることはできる。でも、果たしてそれがみなみの本当の幸せなのか?それをみなみが望むのか?結婚って、みんなに祝福されてするもんじゃないのか?ここは中絶してみなみに相応しい相手に嫁いだ方がいいんじゃないのか?でも、中絶するといろいろな弊害があるとも聞いている。考えれば考えるほど想にはどうすることが一番正しい選択なのかわからなくなった。愛する気持ちだけではどうにもならない世界と大きな責任。想は自分の無責任さと卑小感を思い知らされた。みなみが横にいなければ、頭を抱え大きな声で叫んでいたに違いない。
 「田嶋君には迷惑かけたくないの」
 みなみがつぶやいた。
 「妊娠したのは、田嶋君だけが悪いんじゃないわ。わたし、あの日のことをよく覚えてる。コイツ気が狂ったのかと思わなかった?」
 「いや」
 「いいえ・・思ったはずよ。だって私、狂ってたもの」
 みなみはクスクスと笑った。その笑顔のままでみなみは言葉を続けた。
 「田嶋君にとって、一番大切なのはクミちゃんじゃないの?」
 「何言ってんだ?」
 「うふふ・・女の勘ってやつかな?私、妊娠してなかったら今頃フラれてたのかも・・」
 想は言葉が出なかった。
 「だからね・・最初にひとりで産んで育てるって言ったの」
 こういう時は女の方が強い。実際にみなみはすでに今後のことを決めていた。想とは別れる。でも、親を説得して子供は産む。想には認知だけしてもらって養育費だとか慰謝料だとかは請求しない。そして、子供を人生の足枷にはしない。逆に子供をバネにして将来は必ず精神科医になる。もちろん想が望むなら、あるいは子供がお父さんに会いたいと言うのなら、それはそれで構わない。みなみの唯一の心配は両親をどう説得するかと言うことだけになっていた。それを考えると気が重くなって食欲がなくなるのだ。
 「田嶋君は自分の人生を進んで。もちろん田嶋君のことは愛してるわ。でも、私はなんだかね・・自分で言うのもおかしいけど、田嶋君と出会って、そして妊娠して、すごい強くなった気がするの。ひとりでちゃんとやっていける自信みたいなものが・・このお腹からあふれてくるのがわかるの」
 そして、自分のお腹をまた盛んに撫でる。
 そう言われてもそれを「はい、そうですか」と想は受け入れられるはずがない。もちろんクミには自分がいてやらねばならないとも思う。でも、だからと言って、今後のみなみの苦労を思うと・・・。

 その日は夕方まで二人で居たが、みなみが強く希望するのでそれぞれの部屋に帰ることにした。高田馬場の駅前まで歩いてきて二人がサヨナラと言おうとしたそのときだった。
 「想ちゃーん」
 クミが元気一杯の声で叫びながら駆け寄ってきた。みなみの姿に気付いて、慌てて自分で口を押さえた、と同時に両足がからんでよろめいた。そんなクミを見て想の動揺とは裏腹にみなみがクスクスと笑った。
 「もう、いいのよ田嶋君」
 動揺を隠せない想にみなみは凛として言った。 そして、クミがよろめいたときにからんだ大きな紙袋とスーパーの買い物袋をほどこうと懸命になっているのを手伝った。クミはきょとんとして、そんなみなみを見た。
 「あら?今日はスキヤキね?おいしくできるといいわね」
 みなみはスーパーの買い物袋の中をちょっと覗いてから言い当てた。
 「うん・・スキヤキ。みなみさんありがとう」
 そして、二人は握手した。その瞬間にクミの表情が変ったが想もみなみも気付かなかった。
 「じゃ、私は行くね。また、明日学校で」
 みなみは軽く想に手を振ると足早に立ち去った。
 「どうしたんだ、今日は?」
 「うん・・アパートに行ってきたの・・そしたら、お母さんが一万円くれたから」
 「そっか・・で、スキヤキか」
 「えへへ・・ちゃんとできるかなぁ?」
 クミは普通に会話していたが、心臓はドキドキしていた。
 (みなみさん・・・赤ちゃんがいる)
 握手した瞬間にみなみの胎内に存在する小さな命をクミは感じた。それがどういう事を意味するのかクミにはよくわかっていた。