大学病院をやめた後の方が
わたしの助産師経験談は豊富、うふふ(笑)

目を留めて下さって
嬉しいです、ありがとう。

わたしの助産師外来は
異色だったようなんです。
普通は、保健相談という感じで
食事内容だとか
病院までの交通手段と時間とか
バースプランの説明とか
乳房の手当てとか
母乳育児に対する希望とか
まぁ教科書に載っているような
確認事項も含め、進行するんです。

そもそも助産師外来を受けても
問題ない妊婦さん対象なので
ノーリスクかローリスク

だけど、わたし
胎教がすごく大事なのを
とっっっっっくにわかってたので
そっちメインみたいな感じだったのかも。

今は胎教協会の所属の胎教アドバイザー
でもありますが、
胎教という言葉が生まれる
ズーーーっと前から、大事にしてきました。

赤ちゃんとのコミュニケーションが
取れているのと
取れてないのとの違いもありますが
それよりは
赤ちゃんとコミュニケーションを取ろうと
お母さんが思うかどうか
赤ちゃんの快適な環境はなんだろうと
考えたりすることの方が
すごく大事で、
そのきっかけにさえ
なれればいいなという思いで
外来診療に立っていましたし
助産師外来もやっていました。

わたしの特技の一つに
カルテの名前と内容を見るだけで
顔とどんな会話をしたかを
走馬灯のように思い出せることがあります。
赤ちゃんに対して
どう思っているかどうかも
その変化もわかります。


助産師外来で
お腹を触る前に赤ちゃんにご挨拶をして
「お腹触るねー」って言ってから
お腹を触り、
手を置くと
ぽこんとご挨拶返してくれたりしました。
超音波でみる時も
「超音波でみるよ〜
お顔見せてね〜、ありがとうね〜」
と言ってたなぁ。

ほとんどの赤ちゃんが4Dで
可愛いお顔を
見せてくれます。

笑う子も多かったし
目をこすったり
あくびしたり
手を振ったり

生まれた後
お母さんと赤ちゃんに会いに行くと
あの顔と同じーって
お母さんが愛情たっぷりの
微笑みで言ったりして
ほんわかする感じ。

で、お母さんが話したいことは
お母さんが話すので、聞きますし
必要なアドバイスがあれば伝えます。
それとは別に(多分これも特技)
赤ちゃんが伝えて欲しいことだろう事を
質問したりするらしいんです。
お母さんが大体ハッとする(笑)

後は上の子が一緒に来てたりして
診察室でウロウロ
よちよち
バタバタしてても
上の子が話して欲しいことを
伝え始めると、
みんながみんな静かに聴く
ので、お母さんがびっくりする。とか。

胎内記憶という言葉が有名になりましたね。
余談だけど
池川先生のところでのちのち
数ヶ月だけですが
お仕事させてもらったこともあって
池川先生がそういうことを大事に
大事に大事にされているドクターなので
上の子がいるとね「今赤ちゃんここにいる〜」
とか「今お腹に戻ってった〜」とか
教えてくれたり、は日常茶飯事でしたね。

週数によって保健相談の内容も変わりますが
超音波は見ていました。
助産師の超音波は診断できないので
サービスというか
コミュニケーションツールと
思ってもらった方がいいです。
ちゃんと成長しているかは
判断しないといけないので計測はします。
異常があると思われた場合は
速やかに医師へ報告が必要です。

超音波の是非は色々ありますが
日本の超音波の回数は異常と言えます。
超音波の害はゼロではないです。
しかも赤ちゃんにとっては
子宮の中は
最高に安心でき
安堵していて
至福の場所で
自由で
お母さんとの絆のみの
究極な愛の世界なのに
健診の度に勝手に覗き見されて
丸裸なんだよ
嫌じゃないわけない。
というのはわたしの持論(笑)

Dさんは性別を知りたくありません。
助産師でも外性器からどっちかは判断可能
ではありますが、基本言えません。
見えてしまった時は聞きたいか聞いて
お話するけど、断定は避けます(笑)
ほぼほぼ伝わっちゃうけど(爆笑)

Dさんは3人男の子がいて
4人目妊娠中。女の子が欲しいとも
思うけど、もう男の子の方が
新しく揃えたりしなくていいし
楽だと思う、みたいな感じで
運に任せる〜と言ってます。

超音波も見慣れているから
見えちゃわないように用心しましたが
食い入るように見てる。
可愛いでしょ。

お腹の赤ちゃんはわたしに
僕ねーって話しかけてくれてましたので
男の子だなって思って
おちんちんが見えないようにと
頑張ってました。

でも努力むなしく
Dさんが「あ!」と気付いてしまいます。
おたまが見つかっちゃった(苦笑)

そしたら、Dさんはホッとしたんでしょうね
堰を切ったようように話し始めます。
その最後に

「旦那がさーそういえば
もう男でいいじゃんって
言ってたんだよねー」

わたしは思わず
「じゃあそれはまちがいなく
旦那さんが男子希望の分身
送り出したね、狙い撃ち〜」

って大笑いして
Dさん笑い泣きしてました。
Dさんは「妊娠するなって思った瞬間
来たよって男の子の声したもん!」
って。

Dさんは上の子達も揃っているときに
お産になったら良いなと
教えて下さったので、
「もうみんなこの子待ちだったんですね。
よく来てくれたね
待ってるからね
みんなが揃う時に
出ておいでね。」と伝えて
Dさんにも、
そう話しかけて過ごすと良いことと
「きっとみんながいるときが良いから
その時を選んでくるよ」とお話しして
外来終了。

数週間後
上の子が達の学校からの帰宅と
旦那さんの仕事からの帰宅を待って

みんなに囲まれて
ぷくぷくの可愛い男の子が
無事に産まれました。
あの子(赤ちゃん)はこの日に生まれるのか
と当たるのが不思議でもあり
でも、不思議となんの疑いもなく
ある意味、納得してたかもしれません。
ワカカリシコロは。
今はもう普通すぎ、な(笑)


続きです、今日もありがとう。


おそらく今では高齢出産が増えたのもあり
ほとんどのケースで
初期から超音波検査や
NIPT(新型出生前診断)など行い
赤ちゃんに何かしらの
リスクの有無を先に調べる話となり
リスクがあると中絶の選択もある事を
説明されることが多いかと思います。

わたしが助産師になった頃は
そんな流れではなかったなぁと思います。
高齢初産の方の方がレアでした。
今では差別用語にもなるマルコウとか言って
カルテにもハイリスクとして印されてました。

やばいなぁ...時代がバレる(冷汗、笑)

それが良いとか悪いとかではなく
世の中の流れだったって感じです。

Bさんの赤ちゃんは
大きな見た目の奇形だけではなく
心臓などにも奇形があったので
生きて生まれてきても
数日後にはあちらの世界に旅立つ事は
Bさんも、私たちもわかってはいました。
Bさんはもう二度と妊娠は
できないほどの疾患があるので
胎動を感じることももうない。
なので、赤ちゃんの耐えうる限り
妊娠継続を自分の身体より優先したという
経緯もありました。

そして心拍が聞き取れなくなり
超音波でも確認した後
お産に向けて動き始め
数日経ち、わたしが分娩係の日勤勤務日
出勤すると、Bさんは
プライマリーの先輩助産師が付いて
陣痛は促進しながら
既に分娩室で叫んでました。

わたしは、もうすぐ
「生まれる」と思って
赤ちゃんの「誕生」だと
なんの疑いも持たずに、
先輩のサポートに入りました。

どんな赤ちゃんでも
お母さんの子宮からの旅立ちです。
お母さんから離れて生まれるので
「誕生」だと思っています、今でも。

そして見た目関係なく
全ての赤ちゃんは
美しく可愛く愛おしく
そして何より尊い。

Bさんの赤ちゃんは
単眼でお鼻も長く耳は小さく
外性器も奇形がありましたが
口元はほんのり微笑んでいました。
口元がBさんそっくりで
おしとやかな感じでした。
わたしはBさんの汗を拭いたり
プライマリーの先輩がしてほしいことを
周りで動くサポートで
赤ちゃんの身長や体重を
測ったりする役目でした。


Bさんにとっては
いわゆる死産になりますが
Bさんにとっても
赤ちゃんにとっても
とてもとても頑張った賜物のお産。

かわいいねー
頑張ったねー
もうすぐお母さんとこ行こうね〜
おめでとうだね〜
もう可愛くて可愛くて
いっぱい話しかけながら計測していました。

ニコニコしながら話しかけてたら
めちゃくちゃほかの先輩に
怒られました。
先輩の中にはBさんの赤ちゃんを
汚いモノを見たかのような
ギョッとする先輩もいました。
その度にわたしは怒りに似た
違和感を感じていましたが、

それは置いといて
わたしの事を
不謹慎だと
何を考えているんだと
デリカシーがないと
それはそれは烈火のごとく
怒られました。


パワハラの材料追加された感じ(?)


今でも意味がわかりません。

その当時はなんで怒られるんだ?と
疑問だけが残り
誰に聞いても
「こいつやっぱバカだわ」
というレッテルを貼られるだけで
誰も答えようともしてくれませんでした。


死産したお母さんのメンタルサポート
グリーフケアと言われるケアが
まだ光を当てられてなかった時代
とも言えます。

グリーフケアが大事だとか
大事じゃないとかではなく、
死産という事実に対して
こういう風にサポートしたら
より良いのではないか
という明確な指針みたいなが
医療に組み込まれてなかったので
指標がなかったために
経験的にどうとか道徳的にどうとか
倫理的にどうとかという事が
Caregiver(医療者)の個別の関わりに委ねられてた
そんな時代だったって感じかな。

なのでわたしの中での
「生まれてくる命は
全て平等に美しいという感覚」は
異端だった、という事ですぅ

Bさんはもうすぐ生まれるって時に
「ごめんねーーー
ごめんねーーーー
ちゃんと産んであげられなくて
ごめんねーーーー」って
陣痛のたびに
何度も何度も泣き叫んでいました。
今でもあの声は鮮明に耳に響きます。
だって愛だったから。

わたしはその声の周波数に
共鳴して、泣きそうになりました。

母親の愛に触れた。深い愛。

そして、わたし一人だけ
Bさんの耳元で
囁くように
おめでとう
と言いましたが、
Bさんはびっくりしてたし
ドクターにも
速攻で睨まれました。

たぶんおめでとうという言葉を
かけてはいけないという風潮だったんだろうな

ドクターもプライマリーの先輩も
生まれる時に
「出るよ」と言いました。
わたしは「あぁん??(怒)」と
心の中で思った記憶がこれまた
鮮明に残ってます(笑)

そして生まれた瞬間無言で
Bさんの叫び声がこだましていて
しばらくしてからも
お疲れ様としか言わなかったのが

違和感でしかなかったんですよね。

はい、いつもの反省会で
こっぴどく怒られまして
なんならBさんに謝れと言わんばかりで
帰宅が遅くなったのは
ご想像通りですぅぅぅ

赤ちゃんの体重を測ってきますねと言って
分娩室を後にしました。
その後はプライマリーの先輩だけが
Bさんに関わることになったのと
その当時は病棟を産科病棟から
婦人科病棟とか他病棟へ
移動する配慮をしていたので
わたしは退院前日まで会えませんでした。


退院前日Bさんの病室に
行ってきてとプライマリーに言われたので
訪室しました。そこでBさんは

「わたしのために
いっぱい怒られてたでしょ?」
って申し訳なさそうに話し始め、

「お産のとき誰もおめでとうと
言ってくれてなかったら
わたしはあの子にありがとうが
言えなかったかもしれない。
ずっとずっっとずーーーっと
ごめんねばっかりだったから。
あなたが怒られてるのも聞こえてたけど
今になって、おめでとうって
言ってもらえて本当に本当に
救われたと思っています、
ありがとうございました。」

って、泣いて言ってくれました。

わたしは、もう言葉が出てこなくて
「こちらこそ、ありがとうございました」
としか言えませんでした。

若かったなぁ
未熟ってこういう事言うんだね〜
今ならもう少し
何か言えるけど...

遠い目しちゃう(苦笑)

この後もわたしの中ではお産だけど
世の中では「死産」とか
「中期中絶」とか「流産」とか
にも相当数関わることになりました。
が、わたしは
それからもずっと、

おめでとう。

と静かに伝えます。

赤ちゃんには

いらっしゃい。
生まれてきてくれてありがとう。

と綺麗にしながら伝えます。

わたしの目には
生まれてきた赤ちゃんは
みんな可愛く美しく輝いていて
微笑んでいるようにしか
映りません。


目を通してくれて
寄ってくださって
ありがとう。


経験談2いきまーす(笑)

寄って貰えて嬉しいです。
ありがとう。

大学病院は2年目の年末に退職したんだけど
1年目は3ヶ月だけの分娩係ローテ
2年はMFICUというよりハイリスクで
より高度でより管理を要するケースに
関わり自分を磨こうと
身を置くことを決め...

あ、突っ込まれてる気がする(爆笑)
そうなの、追い込むよね、自分をね(笑)
結果心折れそうになって
退職すんだけどさ〜あはは

で、新人の頃の経験だったか
2年目だったかは
敢えてもうどうでもいい、よね(苦笑)

糖尿病合併妊婦さんの中に
赤ちゃんの大小諸々の奇形があって
産声をあげて生まれても
生存率はものすごく低いことも
わかっていて、
在胎できている限りはまだ
生存できていられる、
生きて生まれる可能性も
亡くなって生まれる可能性も
両方あった妊婦さん(Bさん)がいました。

Bさんにも先輩MW(助産師)が
プライマリーとして関わっておられました。
いつ胎児心拍が止まるかもわからないので
毎日各勤務で心拍の確認をしていました。

もうたしか37週入ったと思う頃
心拍が乱れ始めます。
徐脈(脈拍が少ないこと)になることが
増えてきました。
38週に入ったあるわたしの深夜勤
心拍確認できましたが
深夜勤の朝、日勤者が勤務する前
心拍が確認できませんでした。

あ、遂に...
という思いと
嘘であってほしい
という思いと
わたし?
という思いと
もっと色々複雑に気持ちが
交錯した記憶があります。

Bさんはわたしが戸惑っている中
落ち着いておられ、
「数日前から胎動が
おとなしかったかな、
覚悟はできてたし、
やっと産んであげられる。
ありがとう、一緒に確認してくれて。」
と言ってくれました。

病室を出てすぐ
深夜勤リーダーの先輩に報告し
プライマリーの先輩に連絡しました。

その後Bさんのお産のスケジュールが
立てられ、お産に向けてのサポートが
始まりました。

自然な正常なお産でも初めてのお産は
陣痛が来たとわかってから24時間で
お産となれば安産というほど
時間がかかるものと思って貰った方が
良いくらいなんですが、

Bさんの場合は
誘発分娩です、陣痛がないけど
赤ちゃんがお腹に中に長く居る事も
リスクをさらに上げるから
お産にしないといけない。

陣痛を誘発しうまく陣痛になる事が
まずは大事で、その誘発が有効であるか
は、すぐにはわからないことが多く
数日かかる場合もあります。

まずは陣痛が始まりやすくする
工夫(現場は処置と言うけどわたしは
個人的にずっとこの処置という言葉が大嫌い)
から始まるので、
その日すぐお産になる方が
身体的には危険なので
1-2日時間をかけた方がいい場合が
多いかなぁ

そして深夜勤を終えて
翌日休日で生まれたかなぁ
無事かなぁと思いを馳せつつ
なんとなく明日な気がするなぁ
と思って勤務表を
確認んした...ら

わたし分娩担当の勤務になってて
あの子はわたしの時に生まれてくるんだな
となぜか確信しました。

翌日日勤で出勤したら...

続く...