『ミッドサマー』 ディレクターズカット版鑑賞+考察の補足(ネタバレ) | シネマの万華鏡

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通常版公開中にディレクターズカット版も全国上映される異例の事態

おとといから公開!!通常版公開中にディレクターズカット版も全国上映されるという異例の事態になってます。

グザヴィエ・ドランの最新作『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』と迷ったけれどこちらに行っちゃいました。

新型コロナウィルス騒動に負けず、劇場は賑わってました! この作品、不思議なくらいに勢いがあります。

 

第一回目のレビューはこちら

当時はパンフが売り切れていたこともあって全く作品情報を読まずに書いたんですが、公式サイトに解説あったんですね。

 

公式サイトの「観た人限定完全解析ページ

 

今回解説と照らし合わせてみたら1回目のレビュー、だいぶ滑ってますな滝汗 メイポールを知らなかったのは痛かったな。あとはルーン文字に触れていないこと。。。

公式の解説のほかにもこんな↓解説サイトがかなり早い段階からあったみたいで、ちゃんとあらかじめググっておくべきでした。

 

【ネタバレ注意】『ミッドサマー/ミッドソマー』考察、解説ᛞᚱ

 

今回は作品解説を踏まえた上で書いてますので、ベーシックなポイントは押さえているつもりですヒヨコ

 

通常版とディレクターズカット版の違い

上映時間は通常版の147分からディレクターズカット版は170分に。展開の順序などは変わってない印象だったので、ポイントはこの23分でどんな情報が増えたかってとこでしょうか。

ディレクターズカット版に新たな謎解きのヒントを期待した人も多いかもしれませんが、通常版よりもダニーとクリスチャンの心理が少しわかりやすくなったくらいであまり大きな違いはなかったですね。

 

ただ、1つ通常版では削られている儀式が含まれています。

それは、72歳に達した老人2人が崖から飛び降りるアッテストゥパンという儀式の後に行われた夜の儀式。池に装飾品で飾られた木を「捧げもの」として投げ込み、その後で自ら志願した少年(池に投げ込まれた木と同じ装飾品を付けている)を同じように池に投げ込むというものです。アッテストゥパンの儀式を見た後だと、こちらも当然のように死人が出ることは予想がつきます。

しかし、少年が投げ込まれそうになるところでダニーが声を上げ、それにみんなが同調して少年は助かるんです。

この場面で少年が重石として抱かされていた石が、丁度下の絵の中央奥に描かれた燃える丸い物体に似ていて、このシーンが復活したことで下の絵に対応する儀式が存在することが分かりました。

 

 

この場面によってもう1つ分かったのは、クライマックスで9人の生贄(うち4人は既に遺体、2人は火葬された後なので人形)が黄色い家に集められた時、コニーだけが水死体だった理由。

生け贄に志願した少年は助かったものの、少年の代わりにコニーが生贄になっていたんですね。

コニーの遺体が濡れてるのが不思議でずっとモヤモヤしてたんですが、なるほどスッキリ!! 胸のつかえが下りました。

死人が出てるのにスッキリしてる場合か!って話ですが、この映画を観てるとホルガのノリで物を考えるようになっちゃってどうもいけません。

「子供たちはあそこで何してるの?」

「愚か者の皮剥ぎ♪」

「ふうん、楽しそう」

だんだんそういう感覚があたりまえに滝汗

慣れってコワいですね。

 

そのほかにディレクターズカットで追加収録されているのは、クリスチャンとダニーの、細かいことでいちいちお互いにムカついてくってかかる終わってる感満載の痴話喧嘩など、ディテールの部分。

あ~クリスチャンてば、ほんとにダニーの誕生日忘れてたんだ・・・みたいなことが明かされていたりします。

こんなことになるなら、中途半端なやさしさで引っ張らずに、早く別れてればよかったんですよねー。

 

別れを迷ってるカップルには多くの教訓が得られる作品かも・・・

彼氏/彼女と別れたいのに踏ん切りがつかないでいる人に、

「さっさと別れないとクマに詰めて焼かれるぞっ」

なんてアドバイス、流行るかもしれません。

少なくとも、別れたいパートナーに本作のDVDをプレゼントすれば、話がスムーズに進むこと間違いなしグラサン

 

パンフを読んで再確認できたこと:ダニーの妄想への分岐点

 

今回やっとパンフが入手できて、パンフの監督インタビューを読むことができたんですが、アリ・アスターはホルガのコンセプトの1つとして、

「この村はまるでダニーの要求を満たすために存在するかのような印象を与えたかった」

と話しています。

つまり、この作品の解釈は2通りあって、1つは実際に5人はホルガに行き、一連の出来事を現実のものとして体験したという解釈、それともう一つ、ホルガはダニーの願望から生まれたもので、本作の中で起きたことはある時点から彼女の妄想だという解釈も成り立つということです。

 

実際、妄想への分岐を意図しているとしか思えない場面がいくつかあります。

序盤でクリスチャンたちがダニーをホルガに誘う場面で、ペレに両親の死の話に触れられて動揺したダニーがトイレに駆け込んだ後、場面がいきなり飛んでダニーがスウェーデン行きの飛行機の中のトイレから席に戻るシーンになる、あそこ。これはディレクターズカットでも同じでした。

しかもダニーが入ったトイレ自体、すでに飛行機の機内のトイレの仕様にそっくりなんですよね。

ペレの家?のトイレと飛行機のトイレとは明らかに意図的につなげられているんですが、その意図を考えてみると、抗不安剤を常用しているダニーの妄想と現実に起きたこととの境目を曖昧にする目的としか考えられません。

 

もう1つ、現地に着いた5人がイギリスから来たサイモン・コニーたちと合流して、「ホルガに入る前に」幻覚作用があるマッシュルームをやる場面。

何故ホルガに入る前にそれが必要だったのか。しかも、ダニーはここでもトイレに入ってるんですよね。

これも「現実からダニーの妄想の世界へと切り替わった可能性がある分岐ポイント」のひとつだと考えるとわかりやすい気がします。

いくつかの解釈の可能性を用意することで物語に重層感を出すことがアリ・アスターの狙いじゃないでしょうか?

この一連の出来事が現実ではなくダニーの中で起きていることだと考えると、劇中起きていくさまざまな不条理な出来事の説明がつきます。

 

どちらで解釈しても、人間が怖くなる物語。すべてはホルガの陰謀と考えても怖いし、すべてはダニーの妄想と考えても、女のコワさに身震いします。しかも、アリ・アスターも言ってますが、クリスチャンはそこまで悪いヤツじゃなくて、彼がやったことは結構誰もがやらかしそうな過ちだけに・・・ね。

 

ルーン文字の仕込みがお見事!!

情報なく観た一度目はメーポールの輪の中と石碑以外のルーン文字の仕込みに気づきませんでした。が、解説を読んでから観るとそこかしこにルーン文字だらけ!!

ディレクターズカット版でジョシュが言っている通り、ルーン文字はナチスも好んで使っていたもの、オカルティズムとも縁の深い文字です(通常版にもこのシーンありましたっけ)。

ルーン文字がふんだんに散りばめられていることで、作品全体にオカルティズムの匂いがたちこめていく・・・こういう雰囲気づくりがすごく巧みなんですよね。

具体的にどこにどんなルーン文字が隠されているかは上の解説サイトでご確認いただけたらと思いますが、まあ見れば見るほどあちこちにあって、一体それがどこまでストーリーに影響を与えているのか・・・

 

そんな中で個人的に今回注目したのは、ルーン文字は文字を裏返すと負の意味が加わるというルール。多分オカルティズムや占星術などで加えられたルールだと思いますが、本作ではこの特性が実にうまく取り入れられています。

 

■ダニーのシャツとクリスチャンがいる妊娠部屋の扉のルーン文字の関係

 

 

公式サイトの解説に書かれている通り、ダニーがメイクイーン選抜のダンスのシーンで着ているフォークロア衣裳の胸には2つの逆ルーン文字が刺繍されています。

公式サイトによれば、左のルーン文字は「Raidho」で「成長」や「進化」を意味しますが、リバースすることで「不和」「妄想」「死」の意味に。右側は「Dagaz」。「純潔」の意味で、逆にしても同じ意味なんだそうです。

 

ところで、このメイクイーン選抜と並行して進行するクリスチャンとマヤの「ホルガに外部の血を入れるためのセックスの儀式」が行われていた建物の扉には、この同じ2文字が本来の表記で刻まれています。

つまり2つの儀式は最初からつながっていて、メイクイーンが妊娠部屋で行われている行為と対立する存在になることも暗示されているんですよね。

一体この一連の出来事はどこまでが仕組まれていたことなのか・・・知れば知るほど分からなくなってきます。

 

■スカートの裾にイチイの木を意味する文字

 

 

これはホルガの青年の家の壁に描かれた壁画の1つ。壁画にはホルガで現実に起きていく出来事がまるで予告のように描かれています。

上の絵は白い衣装で着飾った少女たちがメイポールの周りを踊る「メイクイーン選抜のダンス」ですが、少女たちの衣裳の裾には、イチイの木を意味するルーン文字「ᛇ」の裏返しの文字が。

でも、一番右の少女の裾の文字だけは正しい形になっているんですよね。この子がクイーンになるんでしょうか?

 

イチイと言えば、クライマックスで存命中の生け贄たちが黄色い家に火をつけられる前「痛みを感じなくなるから」と与えられたのがイチイの成分から作った薬でした。

しかも実際にはイチイで苦痛が和らぐというのはウソで、残酷な結末に!

メイクイーン候補の少女たちの衣裳の裾にイチイを表す文字が描かれているのは、メイクイーンが生贄を選ぶ存在だということの暗示の意味だけでなく、彼女たちの裡に秘めた悪魔性も仄めかしているのかもしれません。

 

このコミュニティにとっての夏至祭とは?

もう本作は本当にディテールの作り込みが凄すぎて、どれだけ語っても語り尽きません。

「沼」ってまさにこのこと。

多分、何度観ても見るたびに両手に余る新しい発見があるんじゃないでしょうか?

とても全部は書けないけれど、最後にこのコミュニティにとっての夏至祭について。

 

メイポールがシンボルになっているホルガの夏至祭は、一般的な夏至祭と違って、メイポールを使う五月祭に近い、つまり豊穣を祈る祭りという意味合いが強そうです。

メイポールははっきりと男性器のシンボル。その周りを花で飾り立てた女性が踊るという儀式からは、農作物の豊作や家畜の繁殖を祈る意味が読み取れます。

ただ、ホルガの場合には「花から実へ、種から新しい芽吹きへ」という通常の再生サイクルだけではなくて、「1人が死に、代わりに新しい生命が誕生する」という思想があって、それが「再生のための殺人」という異常な行為をコミュニティの意思として繰り返していく根拠になっているんです。

 

その思想がダイレクトに表れているのがアッテストゥパン。

ただ、アリ・アスターが凄いのは、一見何の意味もないように見える儀式の中にもちゃんとホルガの思想を表現しているところなんですよね。

その最たるものが、メイクイーンを選んだ後、女子だけで行う種まきの儀式。

普通なら植物の種を撒き、土をかけて生命の再生を祈るところ、ホルガではなんと肉を土に埋めて再生を祈ります。

それが何の肉かはわかりませんが、たっぷりホルガの儀式を見せられた私たちには、もはや人間の肉にしか見えない・・・いずれにしても、本来なら腐るだけの死肉から何かを再生させようとする異常な思想(もしくは再生の儀式を偽装した殺戮の儀式というホルガ夏至祭の真相)がこの儀式に仄めかされているし、それが一層ホルガの怖さを増幅させているという。。。このあたりの行き届いた作り込み、儀式のコンセプトの追求、本当に脱帽です。

 

コミュニティ外部から種男を連れてきてタネだけもらって男自身は生贄に・・・これで死から生へのサイクル完成。

この恐ろしいサイクルに、ダニーの失恋からの再生を綺麗に嵌め込んだ空前絶後のアイデア!!しかも何故か爽やかさすら感じるラストシーンの落とし込み! 凄すぎます。

なんだ、失恋の傷って生贄で癒されるんだ・・・なんて普段は誰も思わないでしょうが、この映画を観てる間だけは妙に納得しちゃうものが滝汗

本作で何が一番怖いかって人間、そして自分自身・・・こんな映画を作ってしまったアリ・アスター、罪深い才能です。