ティモシー・シャラメが薬物中毒の青年に
『君の名前で僕を呼んで』のティモシー・シャラメが出演するということで、日本でも話題の作品。
「今世界で一番美しい男」と言われるティモシーが『ビューティフル・ボーイ』なんて、あまりにも彼のイメージにハマりすぎているだけに、一瞬違う内容を想像してしまったんですが、これは父と息子のドラッグ中毒との戦いを描いた作品です。
フリーのジャーナリストである父親が、ドラッグ中毒に陥った息子を救おうと戦い続けた同名の手記(と息子ニック本人の手記)がベースになっています。
フリーで音楽ライターをしているデヴィッド(スティーヴ・カレル)は、カウンセラーの前で真剣に息子のニック(ティモシー・シャラメ)の話を始める。彼は、さまざまなドラッグを使い依存症に陥った息子を何とかして救いたいと願っていた。1年前、デヴィッドは丸2日消息不明のニックを捜していて、元妻のヴィッキー(エイミー・ライアン)にも電話する。
(シネマトゥデイ引用)
ブラピが経営者に名を連ねるプランB製作、監督は『オーバー・ザ・ブルースカイ』フェリックス・ヴァン・フルーニンゲン。
この役は、ティモシー・シャラメのほうからアプローチして得たものだとか。『ビューティフル・ボーイ』に当世一のビューティフル・ボーイを据えるという短絡的な発想だったわけじゃないことが分かって、作品の印象がだいぶ変わりました。
父デヴィッドの著作↓
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現在は脚本家としても活躍中の息子ニックの著作↓
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日本の薬物使用者の割合は欧米に比べると非常に低いらしく、生涯経験率は大麻で1%台だとか。
逆に、この映画によると、アメリカでは50歳以下の死因の第一位が薬物過剰摂取だそうで、アメリカ人にとっては日本とは比較にならないほど大きな問題なんですね。
子供を持つアメリカ人は、多かれ少なかれ子供が薬物に手を出さないか不安を抱いているでしょうし、実際に子供が薬物依存に陥り、苦しんでいる親子も少なくないんだと思います。
子供の将来を考えて、人に話せずひそかに苦しんでいる人も多いであろう中で、原作者のデヴィッド・シェフは敢えて手記として発表した。そこに、息子の薬物依存と徹底して向き合っていこうという彼の強い覚悟が感じられます。
リア充でジャンキーなニックの掴みどころのなさ
本作は主として父デヴィッドの視点で描かれています。
妻と離婚したものの、息子は手許に置き、ずっといい関係でやってきたと思っていたデヴィッド。
しかし、可愛らしくてスポーツも勉強も優秀、再婚相手との間に生まれた弟と妹も可愛がる自慢の息子だったニックは、いつの間にかクリスタル・メスという危険な薬物の依存症に陥っていた・・・
息子と懸命に向き合おうとする父の姿の合間に、可愛らしくて親を夢中にさせた頃のニックを思い出す短い回想シーンが何度も挿入されて、そこから溢れ出てくる息子への期待があきらめられない父親の未練と後悔が観ていて辛い。
「天使のようだったあの息子が何故?」という彼の叫びが聞こえてくるようです。
子供が何かすると必ず「親の育て方が悪かった」という話になりますが、必ずしも親が責められるケースばかりじゃないはず。
デヴィッド親子のケースはそのいい例じゃないでしょうか。
たしかにこの両親は離婚しているし、ニックは父の再婚でなさぬ仲の母親と腹違いの兄弟を持つことになった。でも、ニックと新しい母親は表面上うまくいっていたし、再婚自体が間違っていたとまでは言えません。
むしろ、作品を観ていて羨ましくなるほど、デヴィッドはニックを可愛がっていたし、ニックとの時間も持っていた。傍から見ればまさに理想の親子関係ですらあります。
文筆業の父親なんて私の憧れだったのでそこも羨ましい限り。その才能を受け継いだニックも・・・さらに、緑に囲まれた知的で美しい家、書斎、継母が描くアート、父親とのウィットのある会話。兄を慕う可愛い弟と妹、何もかも。
彼は全部持っているし、満たされている。私から見れば、間違いなく完璧にしか見えません。
しかし、ニックはこう告白するんです。
「初めてクリスタル・メスをやった時、自分の人生に欠けていたのはこれだ!と思った」
ニックの内面はとてもわかりにくいということ。私にはそれがショックですらありました。
この作品の中に、
「「問題」はドラッグじゃない。それは「問題」から逃げる手段だ」
という印象深い言葉が出てくるんですが、それこそ彼の「問題」が分からない。
にこやかに父親とハグして、いい兄貴として弟たちと遊ぶ、大学に6つも受かる、大学ではガールフレンドもでき、彼女の家にも招待される仲になる・・・
一見リア充、とてもいい子。
ティモシー・シャラメのうっとり見惚れてしまうような美しい笑顔、それと裏腹の空虚な視線が、ニックの掴みどころのなさに絶妙なリアリティーを加えてる。
美しくてリア充でジャンキー。そんなことってあるんですね。
ただ、他人がどう思おうと、ニックの中にはどこかに隙間があったんでしょう。
彼の心の隙間の在り処がどこにあるのか最後まではっきりとは見えないのが、観ている側としてはとてももどかしい。
でも、それを見せないことによって、「何故」という疑問に苛まれ続ける父親の焦燥感は最後まで持続するわけで、このもどかしさは薬物依存者を見守る人間のもどかしさそのものなのかもしれません。
或る時点まではジャンキーでもリア充だったニックですが、当然そんな状態は持続しない。
人もうらやむニックの人生を薬が急速に壊していきます。彼はむしろそれを望んでいるかのように、薬に流されていく・・・この辺も本当に分からないし、もどかしいんです。
以降のループは、もはや彼の意思というよりも依存症の地獄めぐり。
最後にはその滝つぼに堕ちること、そうなると簡単には外には出られなくなると分かっていて、何故薬物に手を出してしまうんでしょうか。
父親の憔悴の深さの演出が足りない?
現実のデヴィッド・シェフがテレビ番組に出演した映像を観ましたが、知的で冷静な印象を持つ人。スティーヴ・カレルの演技は本人のイメージに沿ったものなんでしょう。
ただ、仕事も抱え、ニックの他にも幼い子供たちがいる中で、ニックの依存症に向き合い続けた父親は、当時は相当憔悴しきっていたんじゃないでしょうか?
ニックとは血がつながらない妻に迷惑をかけたくないという遠慮も、彼をますます追い込んでいたことは容易に想像がつきます。
普通の精神力なら、父親も共倒れになっていてもおかしくない状況です。
しかし、父親デヴィッドが知的で冷静な人物として演じられるだけに、父の憔悴の深さがいまひとつ伝わらない。
例えば序盤からかなりの音量で音楽が挿入されていることも彼の憔悴ぶりを薄めている要因のひとつに思えます。
当時のデヴィッドは音楽が流れていたとしても耳に入らないくらいの心理状態だったのでは?
彼の憔悴を映像から汲み取ろうとしている側としても、なんだかすごくノイズに感じられてしまうんですよね。
本作の場合には、いかにもドラッグが蔓延している環境での出来事ではなく、逆にとても恵まれた環境に暮らしているはずの子供がドラッグに手を出す恐怖のほうがメッセージの目玉ということで、あまり「いかにもそれらしい映像」はありません。
そんな中で、薬物中毒の悲惨さや登場人物たちの苦しみをどう見せるか?は課題として意識されていたと思うし、実際そういう工夫が伝わるシーンもたくさんあります。
コンクリートの表面に蔦が蔓を張り巡らせた、何か深い病巣を連想させる映像や、空を覆うように生い茂った木の下で、デヴィッドがとても小さく心もとなく見える映像などは、彼らの内面がビジュアルに伝わってくる。
ただ、デヴィッドがついに息子の支援を放棄して、
「もう彼を救えない。見捨てなくても彼は死ぬ」
と言い放つに至るまでには、壮絶な葛藤と精神の消耗があったはずで・・・その極限状態がスティーヴ・カレルのビジュアルから伝わらない気がしてしまったんですよね。
役のために増量や減量をすることがアカデミー賞などで高く評価されたりする傾向はあまり好きじゃないつもりでいたんですが、今回に限っては、もう少し肉体的に憔悴感を醸し出してもいいような気がしました。
勝手なもんですね(苦笑)
Netflixで大評判になった『13の理由』の脚本も(一部)担当
薬物依存との長い闘いの結果、ニックは現在クリーンな状態を続けていて、作家としてだけでなく脚本家としても活躍しているそうです。
日本でも人気になったNetflixドラマ『13の理由』の脚本家にも彼の名前が。
これってかなり凄いことじゃないでしょうか?
やっぱり文才があったんですね。
『ビューティフル・ボーイ』という父デヴィッドの手記のタイトルは「うちの子が世界で一番可愛い」という親の欲目を表現したものなのかと思ってたら、なんと実在のニックもかなりのイケメン(笑)
ティモシー・シャラメというキャスティングも、あながち過剰な美化とは言えないかも。
美しい彼の人生が薬物のために壊れていくのは、あまりにも惜しくて、見るに忍びないものがありましたが、美しい人もそれなりの人も、若い時は等しく美しいもの。薬物なんかでかけがえのない美しい時代を失うのは本当にもったいない・・・親子の赤裸々な手記とこの映画が薬物依存の抑止力になるといいですね。
ティモシー・シャラメの次回作はグレタ・ガーヴィクの監督作だそうで。
個人的には彼が主演する『デューン 砂の惑星』リメイク版が楽しみです。
備考:今日現在53館