『ある少年の告白』 豪華キャストすぎるのが玉に瑕?な社会派映画 | シネマの万華鏡

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ルーカス・ヘッジズ初主演作にトロイ・シヴァンやグザヴィエ・ドランも出演

主演ルーカス・ヘッジズ、その両親がラッセル・クロウにニコール・キッドマン、その他トロイ・シヴァンにグザヴィエ・ドランも出演!! 

どうなってるの?な超豪華キャストぶりが気になっていたところ、試写を観られることになり、実は10日ほど前に観せていただきました。

アメリカの田舎町で育った大学生のジャレッド(ルーカス・ヘッジズ)は、あることがきっかけで自分が同性愛者だと気付く。息子の告白に戸惑う牧師の父(ラッセル・クロウ)と母(ニコール・キッドマン)は、“同性愛を治す”という転向療法への参加を勧める。その内容を知ったジャレッドは、自分にうそをついて生きることを強制する施設に疑問を抱き、行動を起こす。

(シネマトゥデイより引用)

現在は文筆家として活動するガラルド・コンリーの実体験を綴った手記"Boy Erased"の映画化作品。

監督はジョエル・エドガートン。今回は監督だけでなく、矯正施設の所長サイクス役というアクの強い役もこなしています。

 

「同性愛は治療すべき」なんて過去の話だと思ってたけれど・・・

 

最初に断っておかなければならないことですが、アメリカ精神医学会が同性愛を精神障害から除外したのが1973年(日本では1995年)、これ以降同性愛は医学的な治療対象ではなくなっています。

ですので、この作品に出てくる「矯正治療」は医学的なものではなく、いわゆる「鍛え直し」の類いのものです。

 

この作品の主人公ジャレッドが原作者コンリーの分身だとすると、ジャレッドは1985年生まれ、彼が19歳の時点から始まる劇中の進行形の時代は2004年あたりということになります。

その頃と今とでは、たぶんアメリカでもLGBTをめぐる環境は大きく変わっているんじゃないかと思いきや、今でも矯正治療は行われているのだとか。

プレスシートによると、「2014年に17歳のトランスジェンダーが自ら命を絶った事件をきっかけに請願が出され、翌年、当時の大統領オバマ氏が矯正治療を止めるよう呼びかける声明を発表」して、現在は14州とワシントンD.C.で矯正治療が法的に禁じられているものの、残る36州では今も禁止はされていないとのこと。

アメリカで暮らすLGBTのうち70万人がこれまでに矯正治療を経験しているんだそうです。

 

セクシュアリティを「治す」なんて、立派な人権問題。こんな時代になっても変わらないとは。

親や周囲の無理解も辛いけれど、本人が「治さねば」と思ってしまうのだとしたらあまりにも切ない話ですね。

 

良識あるとてもいい両親ですら理解に時間がかかる

 

しかし現実に、話はそれほど簡単じゃないようです。

この作品の主人公ジャレットの場合、父親が福音派の牧師だということもあって特に問題は複雑。福音派では同性愛を罪と見做しているためです。キリスト教各派の中でも、例えばローマ・カトリックではローマ法王が同性愛を認める発言をするなど(CNNニュース)、同性愛に寛容になってきているようですが、なかなか変わらない宗派もあるんでしょうか。

 

ジャレットの部屋や矯正施設の屋根が教会の三角屋根を思わせる形だったりと、眼には見えないところに宗教からの圧迫があることが映像でも暗示されている気がします。

屋根と言えば、矯正施設の屋根の下の、教会なら十字架がある場所に掲げられている星条旗、星の部分が右上なんですが(星条旗は縦に掲揚する場合も星は左上に来るようにするのが正式)、何か意味があるんでしょうか? よくある間違いらしいので、ただの間違い?

 

(星条旗の向きが違う)

(正しい縦掲揚の仕方)

 

旗はさておき、父親がラッセル・クロウ、母親がニコール・キッドマンという配役がいいですね。

一見理想的な両親、普段はとても物分かりがいいのに、ことセクシュアリティの問題となると態度を硬化させる親。特に父親は聖職者だけに、自分の息子が教義に反していることが受け容れられないんですね。

夫がそう言うのならと、母親も同調する。そしてジャレット本人も、自分を責めて、自ら矯正施設に入る・・・

とてもいい家族が何故かあらぬ方向に向かってしまうプロセス、その微妙な空気を、ラッセル・クロウとニコール・キッドマンというキャスティングが絶妙に表現しています。

「どこにでもいる少年」的な存在感が持ち味のルーカス・ヘッジズの、まるで身近な存在のように観客をぐいぐい感情移入させるワザも効いていますね。

 

矯正施設は傍目にもひどい洗脳の館

しかも、子供をどうしても矯正したい親と結託しているので、本人が嫌だと思っても簡単に出ることはできません。

いつも子供の味方であるはずの親が味方じゃない、子供が何をされているのか知らない。

親によっては、施設の実態を知っていてもそれが子供のためだと思ってしまう・・・矯正という名の洗脳・虐待が、決して悪意から行われているわけじゃなくむしろ「親心」から発しているのが逆に恐ろしいんです。

 

おっと、ジョー・アルウィンも出演してたとは

今回はLGBTのカリスマ・グザヴィエ・ドランとトロイ・シヴァンも出演ということで、すごく楽しみにされてる方も多いんじゃないかと。ですので、彼らの出演シーンについて詳しくは書きません。

でも、ひとつだけ。

ドランはちょっとクセの強い役作りをしているんですよね。

小鼻に横一文字の傷。この人相、なんだか二面性がありそうな感じで気になるんです。

実際彼の行動はどこか怪しくて、いわくありげ。想像で埋める余白をたっぷりとった彼の存在感をぜひ楽しんでください。

 

それからトロイ・シヴァン!!

繊細で目立つルックスなので、登場するだけで意味を持ってしまう。ほとほとチョイ役には向かない人なんですが、今回は本人の希望による出演ということで出番も少なく、残念。

これから映画にもドシドシ出演してほしいですね。

 

ちょっと嬉しいサプライズだったのが、またまたジョー・アルウィンが出演していること。

『女王陛下のお気に入り』『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』に続き、彼の出演作にあたったのは今年すでに3回目。目下絶賛売り出し中なんですね。

この人のひと癖ある雰囲気、好きなんです。それに、今回彼が演じているヘンリーの行動は、結構本作の重要なポイントでもある気がします。

 

ゲイも異性愛者同様に被害者になる時もあれば加害者になる時もある

この作品では、ジャレッドがヘンリーにレイプされることがきっかけで、ジャレッドのセクシュアリティが両親に発覚します。

ヘンリーはレイプの常習犯。

LGBT問題を扱った映画では基本的にゲイが加害者になるケースは描かれません。これは、ただでさえ偏見を持たれているLGBTに対する偏見を助長しないための配慮、平等のための偏向なんです。

でも、ケヴィン・スペイシーが引退に追い込まれた事件を始め、ゲイによるレイプ(未遂も含めて)事件も現実にあることは周知の事実。異性愛者によるレイプ事件が日々後を絶たないのと同じです。

この作品では、ゲイが加害者になる場合もあることを認めた上で、ゲイに対する正しい認識を求めてる。非常に誠実だし、個人的にはそこはきちんと評価すべきだと思います。

これができるのは、原作者自身がゲイだからこそだし、また、LGBT問題が漸く社会に浸透してきた証でもあるんじゃないでしょうか?

 

事実は小説より奇なり

豪華キャストですが、映画としてはちょっと地味な作品。まあストーリーよりも問題提起がメインの社会派作品ですしね。。。

ただ、事実は小説より奇なりとはよく言ったもので、最後に流されるキャプションの中に、矯正施設の所長サイクスに関して驚くべき情報があります。

セクシュアリティを矯正する必要がないのは勿論ですが、治そうとして治る性格のものじゃなく、これは天性の個性だということ・・・もしかしたら最後にキャプションされる事実が一番、それを証明しているかもしれません。

 

もしセクシュアリティを治そうとして治らないことに苦しみ、自己嫌悪を感じている人がいたら、ぜひこの映画を観て自分を肯定してあげてほしいなと思います。

 

 

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備考:封切時24館