【東京国際映画祭】『ホワイト・クロウ』ヌレエフとバレエ男子に恋する2時間 | シネマの万華鏡

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映画記事は基本的にネタバレしていますので閲覧の際はご注意ください。

(ヌレエフを演じるのは、現役のバレリーノでタタール劇場のプリンシパルであるオレグ・イベンコ)

 

レイフ・ファインズが伝説のバレエダンサーであるルドルフ・ヌレエフを題材にした作品を製作していること、その映画にはセルゲイ・ポルーニンも出演するらしいという話はずいぶん前から話題にのぼっていて、これは絶対に観たいと思っていた映画です。

まさか東京国際映画祭で観られるとは思わなかったので、今回は嬉しい驚きでした。

一般公開は来年ということですが、時期は未定だそうで・・・その辺りは東京国際映画祭の手応え次第なんでしょうか。

 

この作品では、帰国の途につくはずの飛行場の出発ロビーでヌレエフが突如亡命の意思を表明することになった1961年のパリ公演を「現在」に据え、過去のさまざまな時点の回想を交えながら、ヌレエフが亡命に至るまでの半生、そこから垣間見えるヌレエフを形づくる成分とでも言うべきものを、美しく詩的な映像の中に描き出していきます。

 

ルドルフ・ヌレエフ(1938-1993)の生涯

映画の話に入る前に、実在のヌレエフについて。

1938年、第二次世界大戦直前のソビエト連邦で、タタール系の少数民族の貧しい家庭に生まれたヌレエフは、軍人の父親の反対を押し切って民族舞踊を始め、11歳からはバレエのレッスンを受けるようになります。

バレエに目覚ましい才能を示した彼は、17歳でロシアバレエの名門校、ワガノワ・キーロフバレエ学院に編入。一流を目指すバレリーノとしては遅すぎるスタートだったにもかかわらず、瞬く間に頭角を現し、ニジンスキーの再来と言われるまでに。

そして、1961年に公演で初めて訪れたパリで、亡命の意思を表明。

その後、英国ロイヤル・バレエ団のマーゴ・フォンテインとの20年にわたる伝説のパートナー・シップや、パリ・オペラ座の芸術監督としての功績など、バレエ界に著しい足跡を残したほか、映画俳優としても活躍しています。

1993年、AIDSの合併症で死去。

 

(『ヴァレンティノ』では主演を務めたヌレエフ。映画でも華があります。)

 

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日本でもファンが多かった人で、ヌレエフ関連本も何冊か出版されているんですね。

東京国際映画祭での上映後のQ&Aでも、質問されている方は皆さんもう言葉の端々にヌレエフ愛が。何かただならぬ熱を感じました。

 

ヌレエフの美しさと激情に恋する

 

この映画で描かれているのは、ヌレエフの生涯のうち亡命の舞台となったパリ公演まで

その後の西側での彼の活躍を見てきたファンにとっては、ちょっと物足りないところで終わる感覚かもしれません。

内容的には淡々として捉えどころがない・・・今回のTIFFでも、少なくともグランプリ受賞は難しいんじゃないでしょうか。

 

ただ、これが少しも退屈を感じさせないのが不思議。そして、観終わった後は、ヌレエフを熱く語りたい気分に。ヌレエフ愛が著しく醸成されるという意味では、超ホットな作品と言える気がしています。

 

ヌレエフ役のオレグ・イベンコ、スチール画像の何倍も美しくて、彼の不安と激情を秘めたブルーの瞳に魅せられる! どうしてもっといい画像を宣材に使わないのか、もったいない。。。

彼自身はヌレエフと違って少数民族系の血は混じっていないようなんですが、シャープな輪郭に大きな瞳、かんばしった表情など、ヌレエフの面影に通じるものがあります。

 

本作では、ヌレエフの異様なまでのプライドの高さやヒステリックで周囲を辟易させる一面も容赦なく描いています。

正直、並外れた才能があるからこそ許される行為も・・・才能がなければ狂気の沙汰。

短所も淡々と描くのはイギリス映画らしい突き放し方?と最初はそんな風に眺めていましたが、それ以上に、周囲が扱いかね、触れるのを恐れるような激情、アンバランスさもまた、ヌレエフという稀代の天才の魅力の一部なんだということを思い知らされました。

今回Q&Aで対応されたプロデューサーのガブリエル・タナ氏もヌレエフの大ファンだとおっしゃっていましたが、このあたり、監督のレイフ・ファインズも含めた製作者のただならぬヌレエフ愛が映像に滲み出た部分なのかもしれません。

 

もうひとつ、本作のヌレエフにエモーショナルで深い陰影を与えているのが、ふんだんに盛り込まれた回想シーン。

大胆に時間軸を交錯させた構成の中で、ヌレエフの記憶の断片・心象風景を浴びていく感覚です。

映像詩と呼ぶには理性的すぎるシナリオにしろ、断片的なイメージのコラージュによって自分の中にヌレエフ像が形作られていく面白さを味わえます。

そして鉄のカーテンの向こう側にあった時代の東欧に特有の哀愁が、その仕上げの一滴として威力を発揮していることは言うまでもありません。

 

セルゲイ・ポルーニンは・・・

本来なら、「ヌレエフの再来」との呼び声が高かったセルゲイ・ポルーニンこそヌレエフ役にふさわしいように思えます。しかし、彼は今回パリ公演中のヌレエフのルームメイトで、1977年に自殺したバレエダンサーのユーリー・ソロヴィヨフ役。

練習風景では主演のオレグ・イベンコを食うほどの素晴らしい跳躍を見せているものの、出番はあまり多くはありません。

 

(『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』のセルゲイ・ポルーニン)

 

 

今回のヌレエフ役は本人に似ていることが条件だったようで、その段階でセルゲイ・ポルーニンは対象外だったんでしょうか。
演技未経験でセルゲイ・ポルーニンほどの華もないオレグ・イベンコ主演の本作には、正直あまり期待はしていませんでした。

ところが、蓋を開けてみるとオレグ・イベンコのオーラが予想外に凄くて。『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン~』を観た時ほどバレエ・シーンに圧倒される感覚はなかったものの、彼の演じるヌレエフには、それを補うに十分な魅力がありました。

まあ、それはそれとして、そろそろセルゲイ・ポルーニンの俳優としての活躍も観たいところではありますけどね。

 

ヌレエフの亡命を幇助したクララ・セイントって、もしかして超ハイソな腐女子?

ヌレエフの亡命は、『愛と哀しみのボレロ』にも出てくる(ヌレエフをモデルにした人物の亡命という形ではありますが)有名な歴史的事件。

彼の亡命が或るフランスの資産家女性の協力の下になしえたものだということもまた、よく知られています。

彼女の名前はクララ・セイント。今回は『アデル、ブルーは熱い色』のアデル・エグザルホプロスが演じています。

 

彼女についてこちら↓のブログ記事でまとめられている内容を読んで驚いたんですが、ここに書いてあることが間違いなければ、なんとイヴ・サンローランやアンディ・ウォーホルとも交流があったんですね?

https://windtalker.exblog.jp/24008223/

 

クララ・セイントは大変な資産家だったようで、恐らくたくさんのアーティストのパトロンだった可能性は高いですが、ここに挙げられている3人が3人とも・・・ゲイ?

雲の上の世界の方に対してこういう言い方は何ですが、もしやほんの少し腐女子さん・・・?

1%くらい、親近感が湧きました。残り99%はただただ羨ましい!の一言です。

 

ちなみに、上のブログ記事で紹介されているBBCのドキュメンタリー番組は削除されていますが、同じタイトルでどこかで観られるかもしれませんので、あきらめずに探してみてくださいね。