『闇のバイブル 聖少女の詩』(1970年) シュルレアリスムの殿堂・チェコ発の美少女映画 | シネマの万華鏡

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映画記事は基本的にネタバレしていますので閲覧の際はご注意ください。

(世界美少女図鑑に載せたいようなチェコの美少女ヴァレリエが主人公。カラー作品です。)

ただのロリコン映画じゃありません

中欧旅行前に観たチェコ映画。時間切れで記事にしそびれていました。

この作品、情報サイトなどの美少女映画まとめに必ずといっていいほどピックアップされているにもかかわらず、内容には触れてない記事が殆どなんですよね。

内容が分からない上に、タイトルがまたなんともアブナい・・・ときたら、やっぱり気になります。レンタルも配信もされていないためなかなか思い切れなかったんですが、今回中欧旅行に背中を押されて漸くDVDを購入して観ました。

 

 

初潮を迎えたばかりの13歳の少女ヴェレリエの、幻想的で不思議な体験を描いた作品。

ヴァレリエと、彼女が存在を知らなかった兄オルリークとの出会いや、不気味な黒装束の男に誘われて迷い込んだ廃墟のような救貧院、そこで目撃した祖母の意外な素顔など、少女と大人の境界に足を踏み入れたヴァレリエの、不安・期待・欲望が見せるさまざまな出来事が描かれていきます。

 

たしかに主演のヤロスラバ・シャレロバは正真正銘の美少女。ロリータ映画として楽しめる要素も満載です。

ただ、いかにもそれオンリーの映画ではないし、原題VALERIE A TYDEN DIVUのどこから「闇のバイブル」だの「聖少女」だのというきわどいワードが転がり出てきたのか(笑)

 

 

ちなみに原作者のヴィーチェスラフ・ネズヴァルはチェコ・シュルレアリスム運動の先駆者の1人。

本作の監督ヤロミル・イレシュはチェコ・ヌーヴェルヴァーグの映画作家で、撮影は「東欧のハリウッド」と呼ばれるプラハのバランドフ撮影所で行われたそうです。

どこをとってもチェコ好きにはそそられる本作ですが、とりわけシュルレアリスムはチェコらしさが濃厚に匂う要素として注目に値します。

 

チェコとシュルレアリスム

プラハは中世の街並みを残した歴史と伝統の都。でも、古さだけがこの街の魅力ではなく、実は20世紀には前衛芸術が隆盛をみた土地でもあります。

 

(タコみたいな形の建物が、プラハのモルダウ河畔にあるキュビズム建築「ダンシング・ビル」)

 

20世紀のプラハからは、著名なシュルレアリストも数多く現れました。

1934年にチェコ独自にシュルレアリスム宣言が行われ、本家フランスやベルギーに劣らぬ盛り上がりを見せたとか。本作の原作者ヴィーチェスラフ・ネズヴァルがこの小説を書き上げたのは1935年と言われています。(出版は1945年)

 

芸術家たちがプラハに集う伝統は、芸術や神秘学を熱烈に愛し、名だたるアーティストや錬金術師・天文博士を集めてプラハをヨーロッパの一大文化センターに仕立てたルドルフ2世の時代にルーツを求められるのかもしれませんね。

 

(シュルレアリストにも影響を与えたというルドルフ2世byアルチンボルド)

 

奇しくもチェコシュルレアリスム宣言の年に生まれたヤン・シュヴァンクマイエルも映画監督であると同時に自らをシュルレアリストを称する1人

 

(ヤン・シュヴァンクマイエル展のポスター。解剖図や昆虫標本のようでもあり、ボタニカルアートのようでもある不思議な調和と造形美に惹きこまれます。展示にはトリビュートも含まれていたようですがこれは本人の作品)

 

シュルレアリストとはみなされていないにもかかわらず、シュルレアリストに多大な影響を与えたカフカを生んだのもプラハです。

その一点だけをとらえても、シュルレアリスム運動がプラハで盛り上がりを見せたことはとても偶然とは思えません。

シュルレアリスムの創始者アンドレ・ブルトンがプラハを「古いヨーロッパの魔術的首都」と評したように、プラハにはシュルレアリストを惹きつける、あるいはシュルレアリスティックな思考を引き出す、何らかの土壌があったということなんでしょう。

 

そんなプラハのシュルレアリストの小説から生まれた本作。

1970年という、自由化運動弾圧後の社会主義時代に製作されたとは思えない、自由な雰囲気をまとっていることにも驚かされます。

 

少女と大人の境界線上から見える景色

(鎖につながれたオルリークを見つけるヴァレリエ。悲劇の王子を救う物語って子供の頃妄想しませんでしたか?)

 

子供の頃おどろおどろしい響きに思えた救貧院や、魔女の火あぶり、御者のいない黒い馬車、鶏を襲うイタチなど、不気味さや邪悪さをたっぷりと秘めた幻想的な映像をつなぎ合わせた構成。

ストーリーは掴みにくいものの、シュルレアリスムを糸口にすると、少し作品がほぐれてくるような気がします。

 

 

ざっくり捉えれば、祖母と2人暮らしの少女ヴァレリエの内面世界で繰り広げられる性の目覚めの物語。

ヴァレリエの夢想の世界では、祖母は実は白雪姫の継母のごとく若いヴァレリエに嫉妬する悪女。ヴァレリエは祖母が宣教師に迫る様子も目撃しますが、その宣教師は祖母を拒絶しヴァレリエに言い寄ってきます。

果ては、若さを取り戻したいあまりヴァンパイアに魂を売って自らもヴァンパイアになることで若返りを果たす祖母・・・これがヴァレリエの妄想だとしたら、肉親の性欲への嫌悪感と同時に老いた女性に対する若さゆえの優越感も垣間見えます。

 

男女の性的なイメージはその他の場面でもさまざまな形で繰り返し挿入されます。

面白いのは、(彼女の妄想の中では)祖母に虐げられて暮らすヴァレリエにとって白馬の王子とも言えるオルリークが、兄という設定であること。

ヴァレリエに愛を告げるオルリークが本当に実の兄なのか、そうではないのか・・・おそらくオルリークは彼女が作りだした存在であるにもかかわらず、彼女の夢想の中でも真相は揺れ動きます。

そこには、少女の恋愛への憧れと戸惑いの両面が、たくみに表現されています。

 

不安と期待に覆われた思春期の気分が蘇ってくるような、甘く苦い余韻を残す作品。

異国情緒たっぷりな中にもどこか懐かしさを感じさせるチェコの田舎町の風景にも惹きこまれました。

 

ところで、この映画を観てますます確信を深めたんですが、個人的に美少女×シュルレアリスムの映画って結構な確率で19世紀に書かれたあの小説に影響を受けている気がするんです。

近いうちにもうひとつ、あの小説をオリジナリティー溢れる形で映画化した作品を記事にしてみたいと思います。

さてその19世紀の小説とは? ぜひ当ててみてください。