(「この星の1等賞になる!!」というキャッチですが、むしろ負ける側の生き方を問う作品かも)
松本大洋の名作!伝説の実写版
2002年製作、監督は曽利文彦。
昨日記事にしたとおりの事情で無性に井浦新出演作が観たくなったので、松本大洋原作の『ピンポン』も観直しました!
前々から記事にしようと思いつつ、なかなか手がつけられなかった作品です。
漫画で読むと素晴らしく思えていたものが実写化された途端に薄っぺらく思えたり・・・ということはよくあって、漫画原作の映画って「まあ、こんなものか・・・」という以上の感想を持つことが少ないんですが、これは実写版も文句なしに名作だと思いました。
主人公は卓球部員の男子高校生2人。
天性の卓球の素質と卓球愛を持ちながらも自己流を好み、部活をサボり続けるペコこと星野裕(窪塚洋介)と、ペコの影響で卓球を始め、コーチ(竹中直人)に将来を嘱望されているものの、やる気を見せないスマイルこと月本誠(井浦新)。
スマイルはいつも、ペコを待っている・・・そういう存在感の少年。いつも笑ってるから「スマイル」なんじゃなくて、笑わないから、「スマイル」。
ペコとスマイル・2人の絆と、海王高校の主将・風間(中村獅童)はじめ卓球に全高校生活を賭けた強豪校の面々の、勝つことへの執念、負けても続いていく人生を描いた青春映画です。
この映画のヒーローは2人いる
「先生、ヒーローって信じますか?」
卓球選手権予選の日、膝を痛めたペコが優勝候補の風間と戦っている最中、会場の非常階段でルービックキューブをいじりながら、スマイルはこうコーチに問いかけます。
「ヒーロー?」
「ピンチの時には必ず現れて、僕がどれだけ深く閉じ込められても助けに来てくれる、ヒーローです」
ここでペコの顔が映し出されます。
「ヒーロー見参。彼が帰ってきます」
と、スマイル。
この作品の中で、ヒーローは明らかにペコなんです。
スマイルのヒーローだったペコは、やがて日本の、世界のヒーローになっていきます。
本物の才能があって、本当に卓球が好きなヒーローに――
ただ、私にはどうも、何か喉に小骨が引っかかったような違和感が残っていました。
たしかにペコはヒーローだ、でも「ピンチの時に必ず現れて」とスマイルがコーチに語ったような意味でのヒーローじゃない、何か違う・・・・・・と。
その違和感、今回観直してみて、やっとスッキリした気がします。
風間との試合でペコが絶体絶命に陥った時、非常階段でルービックキューブをいじっているはずのスマイルの声が聴こえてきます。
「強いの? 相手は」
まるで、ルービックキューブを通じて2人の世界が響き合っているかのように、2人はお互いが見えていない場所にいて言葉を交わし合うんです。
「膝なら、平気だよ。聞いてみな」
そのスマイルの声を聞くと、ペコは痛みが気にならなくなっていることに気づきます。
スマイルの声で、ペコは力を取り戻し、一気に頂点へ――
実は、ペコにとってはスマイルこそが「ピンチの時に必ず助けに来てくれるヒーロー」だったんですね。
スマイルがペコのピンチを救い、世界のヒーローへの道を切り開かせたことは、2人以外誰も知らないこと。表向きのヒーローは、ペコ1人です。
でも、勝敗のヒエラルキーの頂点に立つ「ヒーロー」もいれば、その蔭でヒーローを支えた、別の意味の「ヒーロー」もいる・・・そういう勝敗だけでは終わらない世界をも、この作品は描き出しているんだと思います。
説明しづらいペコとスマイルの関係。でも、井浦新だから納得できる。
このペコとスマイルの関係、単純にスポーツマン精神という枠組みの中では説明しにくいものがあります。
敢えてチーム・プレイのスポーツではなく個人戦のスポーツ・卓球の世界での友情を描いたのは、松本大洋らしい硬派なチャレンジ。
個人戦のスポーツでは、「勝つことの意味」という究極の問いから目をそむけることができない気がします。
何故勝ちたいのか?相手の弱みにつけ込んでまで・・・
卓球の天才・ペコをはじめ、卓球に全高校生活を賭けた海王高校の風間や佐久間、本国で卓球エリートの道からはじき出され、日本で再起に賭ける中国人留学生・孔文革など、卓球界の頂点を目指す卓球少年たちに、勝つことの意味・負けても卓球を続ける意味を問いかける。
そんな中で、実はペコに負けず劣らずの才能の持ち主であるにもかかわらず、ペコを世界に送り出して自らは戦いのための卓球から身を引いてしまったスマイルという存在は、やはり異色。
或る意味この作品の中で一番リアルじゃないのがスマイルという存在だと思います。
ところが、井浦新演じるスマイルを見ると、何か理屈抜きで2人の関係が納得できてしまうんですよね。
彼の放つ、何とも言えない控えめな色気・性感帯をくすぐってくるようなセクシー・ボイスが、この関係性に一番説得力を与えているというんでしょうか。
彼は、ペコがいるから卓球をやっていた、彼がコーチの特訓に応じたのも、強くなってペコを待つためだった――そう見えてしまう、いや、そういうのアリじゃないか?と思えるんです。
それを愛と呼んでしまえば何か許しがたい軽さ・・・でも、これは間違いなく、究極の愛のカタチですよね?
周囲がみんな松本大洋の絵から抜け出してきたような野太いタッチの人物像を演じている中で、ひとりスマイルだけが少女漫画の世界の住人さながらの繊細な佇まい。
でも、スマイルの個性は、もしかしたら少女漫画タッチで正解なのかもしれません。
スマイルだけは、原作を超えているような気がする・・・それはあまりにも贔屓目というものでしょうか?
ちょっと残念だったのは、ペコとスマイルが戦う決勝戦が映画では端折られていること。
原作では、2人の魂が球を打ちこむ音になって響き合っていくさま(そしてそれが街に、海に、こだましていくさまが)が描かれているんですが、たしかに映像では表現しにくい部分かもしれません。
でも、あそこがじっくり描かれないと、スマイルがペコに託したもの、ペコがスマイルに返したものがたしかにあったことが、分からない気がする・・・そこだけが、実写の限界を感じたところです。
凡人にしか見えない風景
しかし、私も含め多くの人が思わず感情移入してしまったのは、ペコでもスマイルでもなく、2人の幼馴染み・アクマこと佐久間(大倉孝二)じゃないでしょうか?
彼は卓球の名門・海王高校に入って、もろに体育会系のスパルタ式特訓に耐え、先輩にかしずいて、これ以上はないほど努力してきたはずだった・・・それなのに、たいして努力もしていないスマイルに勝てない現実。
たった1人のチャンピオン以外の全員が味わう敗北感・挫折感・・・絶望しながら街を歩いていた佐久間が、肩が触れた男に「どこ見てんだよ!」と怒鳴られて、
「どこ見て歩きゃ褒めてくれんだよ!」
と思わず相手を殴ってしまった気持ち、痛いくらい分かります。
その彼が、ペコが卓球をやめようとした時には、思いとどまるよう説得するのがまた泣ける。
その時に彼の言った「凡人にしか見えない風景もあるんだよ」という言葉もズシンと来ましたね。
「残念な人の見る残念な風景」というネガティブな意味じゃなくて、「卓球続けろ、才能あんだからよ」と天才に言える凡人、天才であることよりも凄いことだと私は思います。
多分そう思えるのも、今の年齢になったからなんでしょうね。
佐久間とは少し違うルートで、つまり、才能を持ちながら敢えて凡人であることを選んだのがスマイル。
彼には、勝つために戦うことは性に合っていなかったのかも・・・・・・そういう生き方は、ペコにこそふさわしいと思ったのかもしれないですね。
勝ちに行くだけがポジティブな生き方じゃない、凡人であることを選ぶこともこの上なく素敵な生き方、スマイルはまさに「ヒーロー」だという気がします。
コミカルな高校生の青春ドラマなのに、人生そのものを見せつけるような重みもあって、やっぱり松本大洋はストーリーも深い!とあらためて思い知らされました。
原作のキャラの個性を最大限に汲み取ったキャスティングは、誰をとっても最高!佐久間の彼女・ムー子(美輪明日美)にいたるまで、これ以上は絶対望めないでしょう。
テレビアニメ版も観てみたいですね。
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