まだ?いまだ!神戸ニニンガ日誌 -33ページ目

まだ?いまだ!神戸ニニンガ日誌

何の役にも立たないが、特段面白い訳でもない。ましてや間違っても何かの為になど毛頭ならぬこと十全に請合う。勿論誰がどうみても上品であるはずもなく、履歴書に読者と書けば間違いなく不利となる。有閑男が白昼夢で口走る400字の戯言寝言放談放屁。それが神戸ニニンガ日誌

「神戸ニニンガ日誌」(第3,258号)

○ラジオに松永K三蔵。(「おはようパーソナリティ」)「バリ山行」で芥川賞。

 

○「バリ山行(さんこう)」とは、難易度の高いバリエーションルートでの登山を指す。波多は社内の登山サークルに入る。ベテランの妻鹿(めが)は、ひとりで「バリ山行」をしている。波多は「バリに連れて行ってほしい」と願う。

 

○「三蔵」は母方の祖父の名前だ。14歳で母に「罪と罰」を渡された。衝撃とショックがあり、小説にのめりこんだ。

 

○茨城出身で関学文学部卒。西宮で会社員をしながら小説を書いている。ルートとバリは「両極端に分けられず、誰にでもある葛藤」だという。

 

○5時に起床し、出社前に書く。作家の岸田奈美が「近所の喫茶店で原稿を書いてると、作業服のお兄さんも、ずーっと何か書いてて」勝手に励まされていた。

 

○「芥川賞授賞式を見て“あのお兄さん!?!?!!?”ってなるとは思わんやん」と、その偶然を明かす。

 

○Tシャツの「オモロイ純文運動」は、「純文学はおもしろい。純文学はひらかれていて、オモロイのだ」の主張だ。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,257号)

○大学生の頃、書店で「遊」を見た。「稲垣足穂」「舞う」「仏教する」「文字する」等各号の特集もカッコよくて賢そう。店内で立ち読んだ。

 

松岡正剛が編集し、杉浦康平がデザインを担当していた。「カッコよくて賢そう」とは何事か。そんなことは当たり前だ。松岡正剛は「編集工学」という新しい概念を創造した。

 

○朝日には、山本貴光が追悼文。編集は「複数の要素を組み合わせて配置する営み」という。重視したのが「情報」で、「情報の歴史」という年表も編んだ。

 

○現・編集工学研究所の安藤昭子はやはり「生涯一編集者」だったという。最後の最後まで本とペンとノートを手放さなかった。

 

○松岡正剛事務所代表の太田香保は、松岡正剛は唯一無二で「代理の利かない存在」だが、その編集哲学や方法論の共有者や仲間が「各地に、各世代に、各分野に多くいる」としている。

 

○8月12日、松岡正剛が逝去。私は「遊」のバックナンバーを探して読むことにしよう。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,256号)

○映画「愛に乱暴」。吉田修一の原作を読んでいない。ミステリーというかトリックというかサスペンスというか、幾つか不明であったり解釈の分かれる部分があった。

 

○結婚8年の桃子(江口のりこ)は夫の真守(小泉孝太郎)の実家敷地内にある「離れ」に住む。母屋には義母(風吹ジュン)が居る。その生活が少しずつ歪んでいくのだ。

 

有吉佐和子恍惚の人」では、夫の両親が同じ敷地内の離れに住んでいる。北欧なみの「スープの冷めない距離」で、普段は「殆ど交流がない」が、姑が亡くなり、舅が呆ける。

 

○桃子は手作り石鹸教室の講師をしている。夫に「彼女」が居て離婚騒動となる。桃子はホームセンターでチェーンソーを買う。桃子は「13日の金曜日」のジェイソンになって柱を切り、畳を上げて床板を割る。縁の下を匍匐前進する桃子の姿は「大脱走」のブロンソンを彷彿させる。

 

○義母が離れを「好きにしていい」というが、ラストでは桃子が母屋でガリガリ君を食べながら解体される離れを見ている。怖ろしいラストシーンだ。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,255号)

○性格診断「MBTI」が流行っているらしい。「自分がどんな人間で、なぜそのような行動を取るのか正確な説明が手に入ります」と。試してみた。

 

○①外向⇔内向②感覚⇔直観③思考⇔感情④判断⇔知覚という4つの指標に基づき、性格を16タイプに分類する。

 

○私は「内向・直感・感情・判断」の【提唱者】であった。「周囲にプラスの影響を与えたいという強い願望を」持ち「今日の世界で異彩を放ってい」るのだ。

 

○あまつさえ「共感力と洞察力を生まれつき持っている」ので「カウンセリング・医療・教育・非営利団体での職務は特に適しています」だと。ホンマか!

 

○ましてや「不完全さを受け入れ、いつも他者との比較をせずに独自の資質を大切にする方法を学ぶ」こととあるが、自分では不完全さを受け入れ、他者と比較はしていないつもりだ。

 

○で、表面的な交流を超えた深く確かなつながりを求める傾向があるので「身近な人が成長し活躍するのをサポートすることに大きな満足感を得るタイプ」だと。私は「提唱者」。ふむふむ。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,254号)

○N氏は泌尿器科外来窓口で診療を受けるべく長椅子に座っていた。

 

○元来頻尿の気はあったが、最近富に非道く夜間尿というらしいが、夜間に1回以上御不浄行きを余儀なくされている。あまつさえ、笑った拍子にとか、驚いた拍子に3滴チビる。

 

○上ピンク、下白パンツの看護婦や、上紺色制服の男性職員が廊下を過ぎていく。

 

○不意に扉が開き「フクヤマさん。フクヤママサハルさん!」と看護婦が声を張り上げた。N氏は「こんな所に!?」と思った。

 

○下を向いたオババや、虚ろなオジジは「福山雅治」にピンときていない。しかしこんなところでピンと来る必要もない。「ウォーイ」と言って立ち上がったのは、灰色ジャージの鰯のようなオジジなのだから。

 

○大体がここに居る高齢者はジジババ度が過ぎる。アンタ方、小林旭を見習いなさいよ。85歳なのにあんな(どんな)にピンシャンとしている。そしてそれは「イミダペプチド」のおかげだという。

 

○鰯のようなジジババよ。今こそ「イミダペプチド」で蘇りたまえ。信じる者は救われる。嗚呼。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,253号)

○新聞によりますと、宮城県仙台市青葉区の「塩川書店五橋店」が今月末で閉店する。

 

○東日本大震災から10日後の3月19日、店長の塩川祐一さんが食料調達に訪れた山形で当日発行された「少年ジャンプ」を1冊入手した。暗いニュースが多い中「子供たちに少しでも笑顔になってほしい」と、その1冊で回し読みをしてもらうことを思いつく。

 

○「少年ジャンプ1冊だけあります。読めます!」という張り紙を見て小学生たちが集まった。津波で自宅を失った親子が自転車で2時間かけて来た。

 

○子供たちは「1回20円」という独自ルールをつくり、小銭を箱に入れた。結局それで4万円集まり市内の学校に寄付をした。

 

○「少年ジャンプ」3月19日号は、書籍配送が再開する約1ヶ月の間、多くの人に読み継がれた。当時小3だった大学院生は「憩いの時間だった」と懐かしみ「漫画や本を読む習慣をつないでくれた」という。

 

○この逸話は教科書で紹介されたり「手塚治虫文化賞特別賞」を受賞したりした。

 

○62年間続いた「塩川書店五橋店」が幕を閉じる。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,252号)
 

○朝日新聞で「荒れる選挙考」。先の都知事選で56人が出馬し、掲示板には候補者と無関係のものが貼られた。

 

○鳥取県知事の平井伸治は、明らかに違反なので放置すべきではなかったという。「法律を適用すれば現行法で対応できた」と断言する。

 

○法哲学者の大屋雄裕は、逸脱行為で「収益化させない」方法での規制が望ましいとする。そして立候補は「発言の自由が保障され、多数派が不快に思う表現も許される数少ない機会」なので「法改正で対応すべきではない」という。

 

○映画監督の藤岡利充は、泡沫候補を一概には否定できない、という。「選挙と言う政治の場に現れている点で、必ず何らかの政治的意図がある」と。

 

○被選挙権を行使したことのある身(私)からすれば少し複雑だ。市町村議に「100人立候補し、投票率が100%になれば地域は変わる。市町村は議員ではなく委員でよい」と主張したが、意図が全く伝わらなかった。そして都知事選を見て? と思った。

 

特定の政党が絡んでいたのでそう感じたと思うのだが、果たしてどうか。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,251号)

桜木紫乃「孤蝶の城」。「緋の河」に続く、著者と同郷のカルーセル麻紀を「カーニバル真子」にして描いた。前作は青春時代のドラマだった。

 

○今作は不思議な夢と、陰茎を切り造膣手術を受けたモロッコの産婦人科医のシーンで幕が開く。昭和17年釧路生れの息子が娘になった。

 

○マスコミは常に「普通ではないもの」に刮目し、追う。真子は「化物」として社会の格好の獲物であった。

 

○マスコミは差別や偏見、不正を嫌い公明な態度をみせる。一方で噂やゴシップをバラエティ的に見せる。この矛盾は永く社会で放置或いは無視されている。

 

○真子は「自分のなりたい自分」になりたいだけで、そのためには何事も一切諦めない。桜木紫乃はカルーセル麻紀を「パイオニア」と呼ぶ。

 

○物語のラストに通じる書名も秀逸である。前作を書く際、本人に「とことん汚く書いてね」と言われ、作家は「とことん汚く書くと、物語が美しくなりますよ」と答えたというが、完結編でその回答通りになった。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,250号)

誕生日で思い出すのは、父方の祖母・喜代子が元旦生まれだ。明治38年の元旦に生まれた。が、正月に生まれたことにしたのではないか。

 

○例えば明治37年12月に産まれ、「この子は喜代子と名付けよう。この子は元旦生まれにしておこう」となったのではないか。大晦日に産まれた子は元旦を迎えると数え年で2歳になる。師走に産まれた人の多くは元旦生まれということになったように思う。ナイトスクープネタか。

 

○誕生日で言うと、私と2歳上の兄の誕生日が同じだ。兄弟姉妹で同じ誕生日という人にはまだ会ったことがない。8月23日は「獅子座」なのか「乙女座」なのか。いまだにわからない。同日のメリットは兄の誕生日を忘れないこと、か。デメリットは、単独で祝われないこと、か。

 

○丁度2歳違いの兄は、長年闘病していたが、今年5月に帰らぬ人となった。

 

○「ラジオ深夜便」では今日の花は「なでしこ」で、花言葉は「純愛・才能」だという。兄は典型的な秀才型で優しい愛に満ちていた。

 

○今日から兄と1歳違いになる。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,249号)

○小説家の柚木麻子が「日常から消えたあの戦争」という文を寄稿した。(21日・朝日)独旅行した際、TVでナチスのドキュメンタリーをしていたのに驚く。

 

○現地の人に聞くと「日頃からごく当たり前に戦争番組がゴールデンタイムにバンバン流れている」という。街にはユダヤ人慰霊碑がある。観光地には戦争に関する博物館がある。


○柚木さんは「私が子どもだった1980年代を思い出」す。小学校の教室に「原爆で焼けただれた裸の遺体の写真が並べら」れ、先生は「平和の尊さをちゃんとわかってます!?」と説教モードになり、児童館には「はだしのゲン」が全巻揃っていて、スーパーでは原爆や戦争被害に関する絵が無料展示されていた。

 

○柚木さんは1981年生。約20年先輩の私の時代はもっとリアルに身近だった、と思う。

 

○で、今は「『はだしのゲン』は閲覧制限の議論が起き」、「『火垂るの墓』はなんと2018年から地上波で放送されていない」という。

 

○そして柚木さんは「記憶の中の先生のように、愚直に戦争反対と叫びたい」と結ぶ。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。