「神戸ニニンガ日誌」(第3,456号)
○イチローが米国野球の殿堂入りをし、英語で約20分間スピーチ。唯一「野茂さん、ありがとうございました」と日本語で感謝を伝えた。
○野茂英雄が海を渡った1995年当時はメジャーへのルートも移籍のルールもなかった。その本当に高く厚い壁を突破したのが野茂だ。
○1993年、野手出身の仰木彬から大投手だった鈴木啓示に監督が代わった。同じ投手として野茂と鈴木は「対立」する。練習法、起用、交代などすべてに於いての考え方が正反対だ。そして当時は野茂に「わがまま」「裏切者」というレッテルが貼られた。
○そして団野村を代理人として、メジャーを大研究し、契約や協約の僅かな隙を見つけて壁を突破した。「裏切者」とまで評したマスコミは「野茂フィーバー」を伝えた。その後イチロー、松井秀喜、松坂大輔、大谷翔平などが野茂が開いた道を渡った。
○イチローは会見で「(オリックスで)自分がすごく悩んで葛藤があった時に野茂さんの活躍が目に入ってきてすごく感動した」と改めてパイオニアの野茂英雄を称えた。
ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。