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まだ?いまだ!神戸ニニンガ日誌

何の役にも立たないが、特段面白い訳でもない。ましてや間違っても何かの為になど毛頭ならぬこと十全に請合う。勿論誰がどうみても上品であるはずもなく、履歴書に読者と書けば間違いなく不利となる。有閑男が白昼夢で口走る400字の戯言寝言放談放屁。それが神戸ニニンガ日誌

「神戸ニニンガ日誌」(第3,456号)
 

イチローが米国野球の殿堂入りをし、英語で約20分間スピーチ。唯一「野茂さん、ありがとうございました」と日本語で感謝を伝えた。

 

野茂英雄が海を渡った1995年当時はメジャーへのルートも移籍のルールもなかった。その本当に高く厚い壁を突破したのが野茂だ。

 

○1993年、野手出身の仰木彬から大投手だった鈴木啓示に監督が代わった。同じ投手として野茂と鈴木は「対立」する。練習法、起用、交代などすべてに於いての考え方が正反対だ。そして当時は野茂に「わがまま」「裏切者」というレッテルが貼られた。

 

○そして団野村を代理人として、メジャーを大研究し、契約や協約の僅かな隙を見つけて壁を突破した。「裏切者」とまで評したマスコミは「野茂フィーバー」を伝えた。その後イチロー、松井秀喜松坂大輔大谷翔平などが野茂が開いた道を渡った。

 

○イチローは会見で「(オリックスで)自分がすごく悩んで葛藤があった時に野茂さんの活躍が目に入ってきてすごく感動した」と改めてパイオニアの野茂英雄を称えた。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,455号)
 

○「おじいちゃん、来月誕生日やね」「そやで、ワシこう見えても乙女座やで」「うへ、乙女なん。落ち目で太目のオトメやね」「ほっといて呉れ」

 

○「ほんで何歳になるん」「ワシか。そやな65や」「うへ、何それもうジジィやん」「世間では65歳からは前期高齢者などと言うてござるな」「そんな収まってる場合ちゃうで、もうどこに出しても恥ずかしい老人やで」

 

○「高齢者は仕方ないが、老人と言われるのはツラいな」「しゃーないやんか。どこに出しても恥ずかしい老人やんか」「頼むからそのフレーズやめて呉れんかな。<老人>の<老>が問題やな」
 

○「そんなんしゃーないやんか。老後、老衰、老眼、老害、老老……」「聞けば聞くほどツラいのぉ。そうや、老人を<重人>と呼ぶのはどうかな。ジュウジン」「それ何なん」「いや、歳を重ねた人という意味じゃ。重鎮みたいでエエやろ」「それ、余計にジジ臭いで」

 

○「そうか、ほな<昭和っ子>は、どうや」「うわっ、ダサッ!」

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,454号)

    金曜日は過去の号を再録します。

○悦子はおもむろに、忠志の■■■に■■■■を■■■した。軽く驚きながらも悦に入り、悦子の豊かな■■■に爪を立てながら責め立てた。

 

○いよいよのときだ。「行灯を消して」と、悦子はくぐもった声で云う。忠志は田宮二郎のように悪く笑いながら■■■に指をかけた。

 

○存外に豊かな悦子の■■が現れた。焦りながらも己の■■■が充分に■■し、■■可能で■■しい彼の■■を■■■に■■するように■■し始めた。

 

○「申歳だからといって何もそんなにサルのように■■■を■■■■しなくてもいいのにっ!」「お前も雌豹のように■■■■しているじゃないか。それにお前の■■■はもうこんなに■■■してるし、俺の■■■だって■■■が■■■■してるんだ」

 

○「そんなご無体な。私はもう■■■は■■■■できないし、■■の■■■は■■■■になっているし、■■■の■■■■は■■■だったし、■■■の■■■は、もう。嗚呼、私の■■■があなたの■■■で■■■■のように■■■されていく!もう私の■■■は私の■■■じゃないみたい!」

 

○若い二人の指圧修行はまだまだ続くのであった。莫迦だねぇ。(2016年2月13日号)

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,453号)

○ラジオで「娘が彼氏と同棲するので、引っ越しの手伝いに行った」という親の投書。昭和な私は「同棲」という単語にどきっとする。

 

○令和の現在、同棲は当たり前の普通になっているようだ。件の娘は、友達に「今度なぁ、彼氏となぁ、同棲すんねん」と言い、友達は「えっ、そうなん、よかったやん」と言う。

 

○昭和時代であれば、ご近所の主婦が集まって「Kさんの娘さん、同棲するらしいで」「そおなん!あの娘そんなにサイケやったんや」「そおなんよぉ」「人は見かけによらんねぇ」と言う。「サイケ」の使い方としてはどうかと思うが同棲は普通ではない事がわかる。

 

○大信田礼子「同棲時代」(1973年)でも「二人はいつも傷つけあって暮らした。それが二人の愛の形だと信じた」と歌う。かつて同棲には相当な覚悟が伴った。同棲の先に「内縁の妻」というカテゴリーがあり、それも如何なものかという時代であった。

 

○大信田礼子は「寒い部屋で幻を見て暮らした。それがふたりの愛の形だと信じた」と歌う。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,452号)

○参議院選挙終了。投票率は58.5%で、前回より6ポイント上がった。だが依然4割以上の有権者が棄権している。有権者数約1憶123万人として4200万人以上が投票していない。これで「民意」を問うたことになるのか。これで国民が政治参加したことになるのか。

 

○棄権する気持ちはわからんでもない。どんな政治になっても「はたらけどはたらけどわがくらし楽にならざり」ではないか。どこになっても誰になっても変わらんのであれば別に投票しても意味ないし、と。私はそうは思わない。もし投票率が100%になれば政治は確実に変わると思う。

 

○オーストラリアでは棄権で約2千円の罰金が科せられるという。日本でも500円の罰金制にすると210憶円が各地に還元される。2千円であれば840憶円だ。

 

○私は投票の義務制立候補者の試験・資格制導入を推す。理由はともかく棄権して「ぢっと手を見る」だけであれば、投票して「ばっと手を動かす」方が絶対に良い。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,451号)

○ラジオに、尼崎脱線事故で2両目に乗車していた小椋聡さん。瞬間に人が矢の様に飛ばされた。車体が卵パックの様に潰された。気が付けば車両にぶら下がっていた。瓦礫の中多数の人が積み重なっていた。

 

○痛い痛いという声がしたがやがて皆動かなくなった。隣の女性に「4歳の子を捜して」と言われ小さい手が見えたが絶望的状況だった。また埋もれていた女性に「助けて下さい」と言われたが、もう助からないと思った。

 

○東日本大震災時に自分はいつまでも事故に囚われていていいのかと自問し、示談を終わらせた。

 

○兵庫県多可町に移転した際、JRの高本さん等が手伝いに来た。その姿を見た時、この人達は加害企業の人だが加害者ではないと思うことができた。

 

○石巻の大川小の生徒だった只野哲也さんの「僕は奇跡の少年ではない」という記事を見、只野さんとつながった。自分が語る大川小の事、只野さんが語る尼崎の事には意味があるのではないか。今般『わたしたちはどう生きるのか』という本に編集された。あの日から20年経った。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,450号)


    金曜日は過去の号を再録します。

○世界一周旅行を企画した。ヨルダンで餡饅の先端を食べ、沖縄でサバニに乗り煮鯖を食べる。ローマで休日を過ごし、カナダで手紙を書く。浴衣を着てユカタン半島に行く。

 

○ウィーンでドリフを歌い、ハワイで夢を見る。無錫で旅情に浸り、知床でも浸る。青葉城で恋唄を歌い、スーダンでスーダラ節を踊り釜山港へ帰る。ジャマイカで邪魔烏賊を食べ、パラグアイで腹具合を壊す。

 

○タイで「万国びっくりショー」を見て、ケープタウンで髪にスプレーする。ガラパゴスでガラ携を使い、チリでエビチリを食べる。ブラジルでブラジリアンキックを受け、モンゴルでモンゴリアンチョップを受ける。ドイツで「どいつ?」を探し、フランスでイヤミに会う。ルーヴルで微笑み、プラハで春を迎え、モスクワでパルナスを食べる。

 

○ミャンマーで縦琴を弾き、キリマンジャロでコーヒーを飲む。ガーナでチョコを食べ、羽合温泉でフラダンスを踊る。大阪・天満駅前の「但馬屋」で「エチオピア」を食べながらビールを飲む。京橋はやっぱり、エエとこだっせ。
(2012年6月29日号)

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,449号)

ブラピがベテランレーサーを演じた映画「F1」。現在も全国357館で上映中だ。都道府県別にみた。東京は34館で断トツだ。2位は25館の埼玉・愛知、24館の神奈川、22館の大阪・千葉と続く。

 

○面積では北海道が断トツで、以下岩手・福島・長野・新潟・秋田・岐阜と続くが、ブラピ上映館では9位・37位・24位・17位・14位・30位・18位である。面積2位の岩手には2館、6位の秋田には3館しかない。

 

○やはり面積ではなく人口で計ると、大体順当に順位する。大阪は人口で3位であるが、ブラピ上映館数は5位である。おや、と思うのは人口が33位の石川、36位の山形がそれぞれ14位(7館)、16位(6館)と意外と検討している点だ。逆に人口20位の岡山には3館しかない。面積18位で人口45位の高知には1館しかなく、ブラピの雄姿は遠い。

 

○残念ながら栃木と島根は上映館数はゼロ。特に栃木は面積20位、人口19位なのにゼロとは何事か。人口最下位の鳥取にも2館あるのに。これで「全国公開」と言ってよいのか。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,448号)
 

○朝日新聞に、編集委員の岡崎明子が「声」について書いている。声の高低で人への印象はどう変わるのか。

 

○英国のサッチャーが首相就任にあたり声を低く変えた。権威を得るために60ヘルツ下げた。英国民は「不自然」「人を見下す響き」「投票する気にならない」と酷評した。


○東大の鹿毛利枝子教授は、有権者約400人に声の高さが異なる女性のスピーチを聞かせ、投票したいかを聞いた。日本人は欧米ほどに高低には敏感ではない。が、男性は低い声の女性候補を好むという。声が高い人は「真実味や力強さに欠ける」印象を持たれやすい。ヒラリー・クリントンメルケルも低く変えた。

 

アナウンサーはニュースのとき特段低く読んでいると思う。信憑性が増すのか、声高だとクレームがあるのか。

 

○低音で思い出すのはラジオ「ジェットストリーム」の城達也のナレーションだ。「夜の静寂のなんと饒舌なことでしょうか。」嗚呼、痺れる。

 

○低音の魅力といえば何といってもバーブ佐竹、でしょうなぁ。何? 知らない? 屈ッ。

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「神戸ニニンガ日誌」(第3,447号)
 

北村薫『リセット』。『スキップ』と『ターン』に続く<時と人>シリーズ。戦時中の「銃後の守り」といわれる奉公の日々。出会いと別れ、そして奇跡の物語。

 

○著者と宮部みゆきの対談が載る。書き始めると「材料になりそうなことが出てきたり、出会った人が偶然その話をしてくれたりということでふくらんでいく」という。それも或る種の奇跡だ。

 

○『リセット』上梓一年前、著者は入院した。その際「こういう状況から書き始められるな、と考えてい」た。三作では『リセット』が一番好きだという宮部みゆきは「作家の業を感じる」と発言。

 

○著者は「ゲームなどの影響か『リセット』という言葉が随分軽く使われるようになった」という。確かに1983年の任天堂以来「リセット」を言う頻度が上がった。

 

○『スキップ』『ターン』も読んだことがある。本棚にも本があるが、内容をよく覚えていない、屈ッ。

 

○シリーズ四作目を期待する宮部みゆきに「<時と人>というテーマはずっと考えていく」と。四作目までに前2作も読み返しておこう。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。