まだ?いまだ!神戸ニニンガ日誌 -12ページ目

まだ?いまだ!神戸ニニンガ日誌

何の役にも立たないが、特段面白い訳でもない。ましてや間違っても何かの為になど毛頭ならぬこと十全に請合う。勿論誰がどうみても上品であるはずもなく、履歴書に読者と書けば間違いなく不利となる。有閑男が白昼夢で口走る400字の戯言寝言放談放屁。それが神戸ニニンガ日誌

「神戸ニニンガ日誌」(第3,465号)
 

立松和平『光の雨』。爆破事件に関与し手配ポスターで有名だった桐島聡が昨年死亡。桐島は組織「さそり」に属していた。今年、映画「逃走」と「桐島です」をみた。別人の「内田洋」として49年生き、最期に「桐島です」と明かした人の物語。

 

○当時の本気の怒りを読みたく『光の雨』を読んだ。集団リンチや「あさま山荘事件」を起こした連合赤軍員だった玉井潔が60年後(2030年)の死に際に過去を回想する。

 

○「山岳ベース事件」と呼ばれるリンチでは、12人もが殺害される。本来政治や社会、体制やヒエラルキーに対峙する運動が、より煮詰まり或る意味で純化し内ゲバとなる。

 

○この本にはこれでもかというほど「革命」「総括」「批判」「闘争」という言葉が出て来る。そうした抗い難い真理の元で殺戮が繰り返された。その若い熱量と反骨心と爆発力が、違う方面で発揮できなかったのか。

 

○二人の若者に回想し切った玉井は、水の雨ではなく光の雨を見て成仏する。このラストは桐島聡の最期と通底する。

 

○サソリはトカゲのように自分の尾を自切することができるという。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,464号)
 

○映画「木の上の軍隊」。井上ひさし原案の舞台の映画化。沖縄で闘っていた少尉と新兵が、米兵の攻撃から逃れて木の上に隠れた。

 

○その後終戦したが、上官の山下(堤真一)は「とりあえず待機」と、新兵の安慶名(山田裕貴)に命じ樹上生活を続ける。食料が底を突き、ヒモじい時間を過ごす。このままでは餓死するが、米軍のゴミ捨て場を発見してからは解消した。山下は「敵の飯は食えぬ」と米製の缶詰を口にしない。

 

○米軍との戦力の差は圧倒的である。沖縄戦では県民の4人に1人が犠牲になった。それでも山下は戦いを続ける。映画評論家の秋山登は、この二人は「捨て石となった沖縄」を比喩していると書く。

 

○そして二人は2年後に投降。驚くべきはこの話は実話だという。更に驚くべきは樹上生活ではないが横井庄一はグアム島に28年、小野田寛郎はルバング島に29年間潜伏して戦いを続けた。

 

○安慶名にとって山下は常に「上官」であったが、上官は最後に「そろそろ帰ろう」と言う。親子程も歳の離れた二人はその瞬間「戦友」になった。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ

「神戸ニニンガ日誌」(第3,463号)

 

金曜日は過去の号を再録します。
 

○台風8号の接近に伴い、沖縄では55万人に避難勧告が出され、947人が避難した。55万人というのは県民の4割に当るが、本当に全員が避難したらその方が危ないのではないのか。県民は偉い。55万の内1000人弱しか避難してない。


○沖縄では半日で300ミリという激しい雨が降った。気象庁では1時間で50ミリ降ると「激しい雨」と云うことができ、これ位降ると大雨警報が出る。80ミリで「非常に激しい雨」で「滝のように降る」、それ以上で「猛烈な雨」というらしい。

 

○大体この雨量の単位に迫力がない。80ミリって云われても「8センチがどないしたん」になる。

 

○リポビタンDも1gのタウリンを「タウリン1000mgっ!」って云うので「おぉっ!1000かっ!」と思うのだ。

 

○気象庁もミリをミクロンに変えてはどうか。「本日は1時間に80ミリ降りました」と云うのと「1時間に8万マイクロメートル だ!ヤバすっ!」というのは全然違う。沖縄の半日300ミリは「半日で30万ミクロン!チョー危険!」(by具志堅用高)の方が臨場感あると思うけどなぁ。(2014年7月10日号)

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,462号)

○何ということでしょう。本日は「立秋」だというではありませんか。以降は「暑中お見舞い」ではなく、「残暑お見舞い」にしなければなりません。

 

○これが残暑かという位の猛暑・酷暑・激暑・痛暑・惨暑・迫暑・圧暑・爆暑…もう、書いているだけで脂汗が止まらないのでございます。

 

○もちろん節気は昔の因習でございます。明治六年から新暦になっております。何ということでしょう。8月7日は旧暦では6月14日というではありませんか。それで「秋」を感じていたのですよ。魔訶不思議でございます。

 

○物の本によりますと、この日は秋の始まりで秋の気配が立つので立秋というそうな。秋の気配は立つどころか、もう寝っぱなしなのでございます。

 

○とはいえ、秋は実りの季節。新米・栗・さつまいも・うなぎ・そうめんなどを上品に感謝と共に食するのでございます。

 

○こんな猛暑にそんな上品なことは出来ません。かくいう私なども一日中ガリガリ君の生活でございます。そして何ということでしょう。ガリガリ君の摂取過多でブヨブヨ君になったのでございます、屈ッ。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,461号)
 

○先日、神戸市北区の会合に若者が3人参加していた。学生起業し、がんばっている人達だ。原発の話になり私が「原発も核も止めた方がいい」と言うと3人とも原発は要る、という。

 

○廃棄物の半減期が10万年続くようなものを設置してはいけなかったのではないかと思うが、そんな「そもそも論」を今言われてもという空気であった。

 

○昨日の「天声人語」では「nuclear」が日本では「核」と「原子力」に「言い換えられる」と書いた。ここで言葉の印象に引力されては危ない。

 

野坂昭如さんの「火垂るの墓」は、地上波では放送されなくなり、中沢啓治の「はだしのゲン」は閲覧制限や回収騒ぎになった。

 

○80年前の今日、広島に原爆が落とされた。吉永小百合は原点に返り「80年前に何が起こったのか、みんなで考えないといけない」という。広島出身で被爆2世の吉川晃司は、東北の被災地で瓦礫撤去をした際「君は東京に帰ってこの現状を伝えてくれ」と怒られたという。

 

○原爆と敗戦は私の生まれる15年前で、正に地続きだ。野坂さんの戦争童話集の題は「忘れてはイケナイ物語り」である。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,460号)

○作家の平野啓一郎が『文学は何の役に立つのか?』(岩波書店)を発表した。役立つかどうかは、誰がいつ何を読むのかなどによってもそのレベルは変わる。日経夕刊に著者が答えている。

 

○少なくとも文学は「生活必需品」(食品、飲料水、衣類、住宅、医薬品、燃料など)ではない。著者は「何の役に立つのか」という問いに「世の中で正気を保つため」と答えるという。「役に立つ、立たないという価値観自体が大嫌い」だと。

 

○最近は「文学は少なくとも僕にとっては役に立った」と思い「皮肉を込めてタイトルをつけた」と。十代で三島由紀夫の『金閣寺』を読み、一見無価値のものが「美しい言葉で語られることによって、ある価値を帯びる」と。

 

○韓国徴用工問題の原告の声と大岡昇平石牟礼道子の作品、オッペンハイマーの原爆容認と林京子の作品をつなげて「自分の経験や過去の記憶を解きほぐすようにして読んだ」という。

 

○私は何故読むのか、読んでどうなったのか、そしてどうなるのか。考えていきたい。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,459号)

○ABCラジオの敗戦80年企画で、映画「男たちの大和/YAMATO」をみた。「映画で学ぶ戦争の記憶と平和への祈り」とあり、戦争の悲惨さと壮絶さ、理不尽なことや絆をみた。20年前の映画である。尾道の日立造船工場跡地に原寸大で200メートルの戦艦大和が再現された。

 

○大和は、米軍の上陸攻撃を緩和させる目的で、沖縄に向かうが護衛機は1機も無い。あまつさえ片道の燃料しかない。長官や艦長は覚悟を決め、乗組員にも覚悟を迫る。

 

○1945(昭和20)年4月7日、鹿児島県の坊ノ岬沖で米軍機約400機が直撃弾、魚雷を撃ち込み、大和は沈没する。3千人以上が乗っていたが、生存者は269人だった。

 

○その時にはもう戦局の大勢はほぼ決していたように思う。大和が散り、8月の広島・長崎への原爆を受けて漸く降伏した。

 

○映画は海軍年少兵で大和の生存者・神尾(松山ケンイチ)の40年後を仲代達矢が演じる。壮絶な闘いと大和と共に沈んだ仲間を思い、生還した自分を責める。

 

○この映画は35ミリのフィルム映写機で上映され、そこにも価値があった。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,458号)
 

    金曜日は過去の号を再録します。

○ご隠居と喜六が今日もわぁわぁ云うております。

 

○隠「何でCDというか知っとるか」喜「コンパクト何ちゃら、の略でっしゃろ」隠「レコードにはA面B面あったケド、そんなもん無いからCDぢゃ」

 

○喜「大阪に家低山(いえひくやま)があると聞いたで」隠「それも云うなら天保山や。僅か4.5メートルの山ぢゃ」

 

○隠「最近、練炭で自殺する人おるやろ。アレは煙も臭いも残るのでお薦めできんな」喜「ほたらどうします」隠「醤油一升飲んだら死ぬて云うヤロ。あれがエエ。香りもエエし上品や」喜「そうかなぁ」隠「そやで!あの人は湯浅やったらしいで、流石やねと」喜「ヒゲタやヤマサでは」隠「あかん!所詮あの人は最後までキッコーマンやったね、とか云われるガナ」

 

○喜「ほんならハイカラにソースで逝こか」隠「アホ!ソース一升飲んだら健康になるで!」

 

○隠「日本製品が粗悪で米国産のものがエエとされた時代あったヤロ」喜「そうでしたな」隠「大分の宇佐という所で玩具作って、made in USAと銘打ってよう売れたんや」

 

○喜「何やご隠居の話、嘘かホンマかよう判りまへんな」隠「ま、金曜はこんなもんぢゃろ」(2011年9月9日)

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,457号)
 

○先の参院選で負け、自民党内にも「石破降ろし」の声が上がっている。衆院選・都議選・参院選と連敗した責任論が問われている。

 

石破茂は07年参院選敗北の際、安倍首相に「選挙に負けたのに続投するのは理屈が通らない」と言い、あまつさえ09年都議選敗北の際は麻生首相に退陣を求めた。

 

○新聞の「首相動静」を見る。8時48分公邸発に始まり、多くの人に会っている。日台交流協会、アジア大洋州局長、韓国の趙顯外相、那覇市中学1年生の嘉手苅万葉さん、国家安全保障局長、内閣情報官、官房副長官、気象庁長官などに会い午後9時34分公邸着。

 

○翌日は、党役員会、防衛政策局長、デジタル相、経済再生担当相、湿布薬受け取り、根室市中学3年生の菊地律花さん、アフリカ開発会議担当大使、ビデオメッセージ収録、ニューオータニ内日本料理「千羽鶴」で神奈川県知事と会食。

 

○石破茂は首相という非日常を1日でも永く務めたい。大変ではあるがこんなに刺激的で面白い日々はそうそうない。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。

「神戸ニニンガ日誌」(第3,456号)
 

イチローが米国野球の殿堂入りをし、英語で約20分間スピーチ。唯一「野茂さん、ありがとうございました」と日本語で感謝を伝えた。

 

野茂英雄が海を渡った1995年当時はメジャーへのルートも移籍のルールもなかった。その本当に高く厚い壁を突破したのが野茂だ。

 

○1993年、野手出身の仰木彬から大投手だった鈴木啓示に監督が代わった。同じ投手として野茂と鈴木は「対立」する。練習法、起用、交代などすべてに於いての考え方が正反対だ。そして当時は野茂に「わがまま」「裏切者」というレッテルが貼られた。

 

○そして団野村を代理人として、メジャーを大研究し、契約や協約の僅かな隙を見つけて壁を突破した。「裏切者」とまで評したマスコミは「野茂フィーバー」を伝えた。その後イチロー、松井秀喜松坂大輔大谷翔平などが野茂が開いた道を渡った。

 

○イチローは会見で「(オリックスで)自分がすごく悩んで葛藤があった時に野茂さんの活躍が目に入ってきてすごく感動した」と改めてパイオニアの野茂英雄を称えた。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。