あの仕打ちはだしのゲンも怒ってる@哀しみの中怒りもありて | まだ?いまだ!神戸ニニンガ日誌

まだ?いまだ!神戸ニニンガ日誌

何の役にも立たないが、特段面白い訳でもない。ましてや間違っても何かの為になど毛頭ならぬこと十全に請合う。勿論誰がどうみても上品であるはずもなく、履歴書に読者と書けば間違いなく不利となる。有閑男が白昼夢で口走る400字の戯言寝言放談放屁。それが神戸ニニンガ日誌

「神戸ニニンガ日誌」(第2,401号)

小川洋子がNYタイムズにエッセイを載せた。日本は核の非人道性を訴えていない。そして記憶の継承問題に立ち向かってきた。

 

文学はそのためにあった。小川さんは『アンネの日記』や『夜と霧』を読んだ。今と「自分が存在しない時間がつながった時、人生に新たな地平が拓けるのを実感した」。

 

○『黒い雨』、『ふたりのイーダ』等日本にも原爆作品がある。そして原民喜の『夏の花』を挙げる。帰郷し被爆した様子の描写が写真を超える。「これは精密巧緻な方法で実現された新地獄」。

 

○小川さんは原民喜の『コレガ人間ナノデス』を読み、イタリア人レーヴィの『これが人間か』を思う。これが人間か、コレガ人間ナノデス。

 

○土田ヒロミの撮った、中1生、折免滋君の炭化した弁当箱の写真がある。土手に積まれた遺体から母親が発見した。滋君は「大豆ご飯だから楽しみだ」と出かけた。

 

○小川洋子さんは「原爆体験者が一人もいなくなっても、弁当箱が朽ちて化石になっても、小さな箱に潜む声を聴き取ろうとする者がいる限り、記憶は途絶えない。」と結ぶ。
 

まだいまだ。