海外おもしろ話 -4ページ目

海外おもしろ話

小林健一のブログ。
旅話を中心に海外情報 日常のトピックスなども綴ります。

Hola !


久しぶり! 更新が遅く申し訳ない・・(>_<)


最近は仕事と、時間があるとジムに入り浸ったり、飲みに誘われたり

でなんやかんやと忙しくしています。 引っ越した東京のマンションも、

見た目とは裏腹に青梅街道の超騒音ですでに引越しを視野に入れている

今日この頃です。 皆はどう? 変わりないですか?


今回はスペインの釣りの話!  またまた笑えるはず!


そもそもスペイン生活での俺の娯楽といえば・・・

ジム通い テニス(また今度綴ります・・) 草サッカー 飲み食い

そして釣り・・ それものんびり糸をたれる三平フィッシングでなく、

スポーツフィッシングの代名詞、 バスフィッシングである!(通称バス釣り)


ただしスペインは州ごとに許可書をとったり、それが地域で細かく

分類されていたり、釣りをしていい期間が細かく決められたりしていて

とにかくめんどくさいのである。


基本的に俺はめんどくさがりやである・・・


なのでこんな事いっていいかどうか微妙だが・・・

まったくのノーライセンスで、年がら年中さまざまな魚を釣っていた。


もし警察に見つかっても・・ オーワタシ ガイジン・・ ワッカラナイ!

と肩をすくめればなんとかなる国である事は完全に見抜いていたからである


(このワッカラナイ戦法はかなり有効で、

      滞在5年の間に幾度も助けられた事は言うまでもあるまい・・)

 

そんなこんなでマドリッドのビルバオにある変な釣り道具屋でカード一発

一式購入した私は、愛車ラビット号やイーグル号でよくバス釣りにでかけた


スペインは川が多く、遠くまで行けばきれいな釣り場も多い。


ただそんな時間も無かった私は、マドリッドから車で2時間位にある、

田舎の山奥のダムが主な釣り場であった。


しかし問題があった・・   マリンちゃんである・・・


マリンの事は賢明な読者の皆はすっかりご存知かと思うが、

マドリッドで出会い、衝動買いした白いレトリバーである。

そして車のシートを彫ったり、買ったばかりの高級財布や、時計や、

何でも高級なものはかじりきるという、恐ろしいいたずら娘であった・・・


そして寂しがり屋で、よく吼えて、水遊びが大好きであった・・・


こんな子と一緒に釣りに行ったら、音に敏感なブラックバスちゃん達に、

釣られるから、逃げろー! と告知しているようなものである。


しかしいつも一緒の愛犬を一日家に閉じ込めてはゆけない・・


そこで俺は独自にひもを加工して、俺の腰に固定できる様な

愛犬グッツを考案して、マリンちゃんとつかず離れずなだめながら、

大好きなパンを与えつつ釣りにいそしんだものだ・・・


ただしダムといっても 水の増減が激しく、相当険しい岩肌を

マリンちゃんとともに降りてゆく事もあった。


まさに足の指先ぎりぎりの状態で、腰のマリンひもに引っ張られ

危うく大転落しそうになった事もよくあったなぁ・・

こいつ・・ わざとじゃないのか! っていう位、ここ一番の状態で

しらっと引っ張るんだよね・・  その後しっかり大丈夫でしたわん?

って顔するから怒れないんだよね・・・

   

バス釣りは、ルアーというものを使います。


魚に似せた疑似餌の事で、いろんなタイプのものがあります。


スペイン人は単純で短気なので釣りは絶対日本人の方が

釣れると思います。その証拠に、日本ではめったにつれないデカバス

が結構つれました。 日本で一帰国時に購入したハイテクな香りつき

ルアーなどにはスペインバスもいちころでした・・・


夕方になるとどこからか鈴の音が聞こえて来て、ヤギの群れに遭遇

したりもします。 そして怖いのが、牛の群れ・・・

牛って怖いんだよね・・  一度遭遇したとき、幼かった頃の思い出が

脳裏に走馬灯の様に浮かんだ位です・・


真夏の炎天下 水の匂いや緑の雰囲気の中で、マリンに気を使い

ながら俺に焼きついた風景は、いつまでも忘れない大切な思い出です。


見上げた時に見た真っ青な空・・

風に揺れる木々のざわめきや・・

遠くから聞こえるヤギの鈴の音・・

山間に沈みそうになる、真っ赤な夕日・・

スペインで釣りをしたければ何でも聞いてくれ。

許可書の取り方以外は何でも教えるよ。

では今回これで終わり。 次回はテニスの話でもします。

     Hasta luego !!
























Hola ! 久しぶり! 皆元気?

ほんとに久々の更新です。


実は東京に転勤になりました。

今は杉並区の荻窪で暮らしています。


新しい生活の準備なんかで忙しくて

自分の時間がなかなか取れなかったのです

新しい職場はまだまだこれからだけれど、

様々な出会いや、新しい経験を楽しみにしてます。

頑張って行きます!


昨日CARAVANのライブに行ってきました。

CARAVANは今最も好きなアーティストです。

その音楽はもちろん、生き方や感性、ファッション

すべてが最高です。


前日までの大雨と、翌日の台風の隙間の中で奇跡的

に回復した天候・・ 日比谷野音は全国から集まった

CARAVANのファンと一つになった様な時間でした。


旅の歌 愛の歌 希望の歌・・・・


皆もぜひ聞いてみてよ ほんとにいいから!

という訳で次回からスペイン話も再開するね

楽しみにしてて下さい。 


 Hasta luego ! またね!


















Hola ! Como estas?


しばらく振りの更新です・・・  


更新出来なかったのは忙しかった事もあるけれど、自分の環境に

大きな変化が生じたから・・  その事を深く考えていました。

また正式にはお伝えします・・   


今日は犬を連れて名古屋の大高緑地へ行きました。

天気は曇っていたのだけど、芝生に寝転んで空を見上げると、

普段見ない 別次元の何かを感じました。 普段意識して空を

見上げないものなぁ・・・  

日常にもそんな事が沢山ありそうだね・・


それでは先回の続き!


 朝から酔っ払いのA氏とともにゲレンデに到着した。


1日券を購入してリフトに乗り込み、山頂に到着する頃には

リフトの機械的なバイブレーションでAさんの二日酔いは更に

加速してしまい、彼の滑りは滑るというよりも転げ落ちる・・

といった豪快なものであった。


スペインのゲレンデは日本ほど人工的でないので

コースも様々 どこを滑っていいのか分かりづらいのである。


我々は調子にのり、最初の滑りからいきなり元コースを外れ、

林間コースから更に 本当の林間に迷い込んでしまったのであった。


気づいた頃にはもうとても戻れないような急斜面にはさまれてしまい

その自然林間コースはまじで自然そのままで、川が途中で

流れて、絶壁やら岩肌やらとにかく洒落にならない。


その中でも特にピンチなのが二日酔いのAさんと、なぜかスキーで

参加のSさんの奥さん(初心者)の二人であった。


そして予想どおり!角度45度近い絶壁でS奥さんはスキーが

外れてしまい動けなくなってしまった。


そして予想どおり!周りには誰も滑走済 私だけしかいない。

旦那ははるか下界・・  


私は仕方なく決して侵入してはいけない危険な岸壁にしがみつく

S奥さんを支え、自分の身を犠牲にしてずり落ちる様にじりじりと

下降を始めた。 外れたスキーの場所までたどり着くと

素手で雪を払い、何とか装着ok 二人は危険ゾーンをずり落ちるように

回避して、何とか命からがら下界にたどり着いた・・・


とにかく皆下界にたどり着くまで雪がない斜面を歩き、

川を飛び越え、がけを飛び降り、必死にふもとのとんでもない

場所からにょきっと生還した。


結局みんなこのサバイバルコースに着かれきってしまい

わずか1滑りで1日券終了であった。


Aさんはしばらく横にならないと動けないほどの状態。

我々はいそいそとJACAの街を後にしたのだった。


何か色々あったJACAの思い出だが、結局飲んで騒いだのが

一番楽しい思い出として胸に焼き付いている。


今回でJACAの話は終わり。


もしJACAへ行ってみたいって奴がいたら知らせてくれ。

更に詳しく街をアドバイス出来るので。


しかし今回だけでなく、いつもスペインの忘れられない

思い出は酔っ払ってばかりだなぁ・・ 

もちろんかけがえの無い スペインで知り合った仲間達

と一緒だったから、楽しく酔えたのだろうけどね。


    Gracias mis amigos para memoria magnifica・・・


                Hasta luego !


            

                 



















 
























Hola!


雪がすごいね・・・

雪とか 大雨とか 雷とか そんな特別なものに妙にテンション

があがってしまう私ですが、旅行会社という立場からすると大変です。

飛べないお客様が空港でご乱心となり、対応にパニックです。


今年はあんなに好きだったスノボーにも行けず、ジムばかり

行っているのですが、もっと自然に触れたいなぁ・・・


と感じる 今日この頃。


さて先回の続き・・・


ヒロシのお母さんを勇気づけ、なんとか電話を切った私は

JACAの雰囲気や雄大な景色に感動していた。

とりあえず車を駐車場にとめて、明け方よりの運転の疲れも

ものともしないでスノボーを堪能した・・・


一日滑り終え、ホテルにチェックインした我々は

早速夕食をとるべJACAの街に繰り出した。

フランスの国境近くと言うこともあり、店も何気におしゃれである。


そうそう その日はたまたま、年に2度しかない 「クラシコ」の日

であって。街が更に盛り上がっているのを感じた。

(クラシコ = サッカーチーム レアルマドリッドとFCバルセロナ

が対決する世紀の一戦の事) 


適当にレストランに入り食事して、その後バルをめぐり

適当に皆 ちりじりとなったのだが、私はSさんと二人で

場末のバルに乱入した。 店でクラシコを応援するジモッピー

と肩を組んで、抱き合い、握手して 盛り上がり べろべろに

なって通りに戻った。 試合はレアルが20年ぶりに敵地で

勝利した様だ・・・ 様だ・・と言うのはかなり酔っていて

あんまり覚えていないので 後から聞いたからだ。


全員に携帯で連絡して待ち合わせ、再集合した時には

M越のAさんを筆頭にべろべろゾンビの様に様変わりしていた。

特にやや酒乱のAさんは店で大声を出したり、走行車をとめたり

車を選んで蹴ったり・・   

(蹴るのおんぼろ車のみで 高級車を蹴る瞬間足が止まる)


千鳥足でホテルに戻った。

酒乱のAさんの一言で明日朝07:00にロビー集合である。

起きれるわけが無い・・ と思ったがAさんの意思は固かった。


そして朝07:00 予想とおりAさんの姿は無かった。

自分で決めておいてこのざまである。


仕方なく彼の部屋をノックすると蚊の鳴く様な声が聞こえた。

耳をすますと・・ 「許してくださ~い」 「許してくださ~い」 

を連呼している様だ。 執拗にドアをノックすると、酒蔵の様な

匂いの中、Aさんがパンツ一丁でで動けずにいた。

まるでひっくり返った亀の様である。


Aさんの回復を待ち、とんだ無駄な早起きをしたAさん以外の

我々は二日目の滑りのためにゲレンデへと車を飛ばした。


そしてまたゲレンデでとんでもない事件が起こる!!

ながくなったのでまた次回! Venga Hasta poximo (^-^)/














Hola !! ほんとに寒い日が続くね・・・ 


そんな私も先日まで大風邪をこじらせてしまい、

約5日間 マスク男に変貌しつつ つらい日々をやっと

乗り越えた今日この頃でございます。


皆も風邪には気をつけて!


スペインの冬も同じ様にインフルエンザが大流行します。

そもそも 香港A型 とか スペインB型 とか聞くところを

考えると結構 ウイルスの発祥国だったのかもね。

スペイン語だと Gripe ?? だったかなぁ・・・ ?


俺も約1ヶ月熱が下がらず、なんか別の病気かも・・・

と思えた位 苦しんだ事もあります。

なんか日本人は体がスペイン仕様になっておらず、

菌が思いっきり暴れるらしい。


ところで冬といえばスノボー !

という訳で今回は 皆で jacaへいった話!


Jacaはスペイン北部アラゴン州の都市です

フランスとの国境に近く、ピレネー山脈の山あいにあります。

マドリッドから車で行く訳ですので、ぶっ飛ばして5時間位

かかる結構なロングランです。


という訳でSさんのアルファロメオ Aさんのプジョー

私の借り物のアウディA6 の3台で夜中のマドリッドを出発

したのだった・・・


3台で競争しながら スペインの高速道路を

時速160Km以上で疾走 空が明らんでくると

遠く山並みが白くう浮かんで見えた。

あと1時間も走るとフランス国境に差し掛かる。

いい感じの雰囲気に酔っていると私の携帯電話が鳴った。


ちなみに私は携帯電話を数個所持しており、

旅行会社駐在員の立場として ツアーでスペインに

見えたお客様よりのSOS電話というものを持ち歩いている。


その電話が鳴っちまったのである・・・


その電話が鳴ると少なくとも数時間対応を迫られる

事が多く、大抵がお客様にとって非常事態の事が殆どであった。


私は雄大な景色を眺めながら、どんよりとした気持ちで

その電話を受けた・・・ 瞬間・・・


「ヒロシはどこなんですか?」


「一体ヒロシに何が起こったのですか?」


と半狂乱の女性よりの電話であった。

何がなんだかさっぱり分からない。


私のほうが何が起こったのか聞きたい位だ。


要はスペインに一人旅にでた、ヒロシという息子から

連絡が全く無く、心配した日本の母親からの

電話であった。 過保護もいいところである。

と言えどもお客様にそんな事は言えない。


「きっと大丈夫ですよ・・」と母親を励まし続けた。


フランスの国境を横目に、訳の分からない国際電話

をしつつなんとか我々はJacaに到着したのだった。


                  続く・・・・




  









Hola !


ジムも閉まっているので、家で腹筋したり腕立てしたりして

なんとか対応しているものの、無性に体を動かしたくなり

明日朝一でジムに出没しようと目論んでいる2008年2日目・・・


スペインでもフィットネスは盛んで、当時私はマドリッドの

グランヴィア近く ホリディインジムに通っていたのであった。

日本では当たり前のジム通いですが、スペインはやや事情が

違い、夜の一人ジムは危険が一杯である。


まずマリコンと呼ばれる、ゲイの方たちが圧倒的で、

むきむきのボディビルダー+ゲイでほぼ過半数が占められる

非日常的な未体験ゾーンなのだ。

まぁ私が通っていたジムが特にそうだったかも知れないが、

特にシャワールームはまじで危険であった・・・


たとえばある日の事・・・


私がシャンプー中の無防備な状況の中なんと!、まるで

犬の交尾の様に男性にトライされた事がある・・・


これは言葉にするとやけにあっさりだが、想像すると

かなりの恐怖である。まるで野良犬の様だ。


もちろん拒み通してなんとか拒否したが、その事自体

考えられない出来事ではないだろうか・・・
拒んだ後も遠めに私をおかずにしていたあのスペイン人

の目が忘れられない・・・ 

またサウナで汗をかいていると、やたらと前でおっぱじめる

ゲイカップルに遭遇する。それもこそこそでなく、私と目を

あわせながらであるから これは偶然でなく、多分

アジア人男性がそういう対象で見られていた気がする。


あと変な薬を注射していたり、何か燃やして吸引していたり

やけにハイテンションな男に話しかけられたり大変であった。

確実に言える事はそのジムでアジア系の会員は私ぐらいで

妙に目立っていたのは間違いない。 


そしてジムが終わってからも危険は続くのだ・・・


仕事帰りのジム通いなので終了が22時過ぎになってしまう。

この時間帯のグランヴィアの裏通りは結構危険で、

ぎらぎらしたギャングがうろうろしているのだ。


明らかに私狙いのギャングに幾度と無くアタックされ

全力で車まで走りきった事も何度もある。

ジムでランニングして、今度はジム外でダッシュである。

それも全力少年である。 


そんなこんなで今や日本の安全なジムライフをエンジョイ

する私ではあるが、いつもジムでシャワーを浴びると

あの日の恐怖がいちいちよみがえってしまう。

先回の襲われたトラウマと相乗して、背後が妙に

気になってしまう癖が抜けないでいる私である。


スペインのジムには気をつけましょう!!


次回はフランス国境近くの Jacaへスノボーにいった

超珍道中を綴ります。 お楽しみに!!


      ではまた Adios ! Hasta luego !!!!























Hola!


2007年が過ぎ、2008年が明けました。

大晦日は恒例のK1ダイナマイトをTV観戦後 母方のおばあちゃんの

家に顔を出しました。 色々な事情で、普段気軽に顔を出せない

のだけど、おばあちゃんなんと今年で102歳です。

まだまだ長生きして、日本記録を更新してもらいたいものです。


年が明けてからは近くの神社にお参りに行きました。

今年のおみくじは半小吉・・・・・   なんか微妙です。

単純に小吉の半分なのか 小吉の1.5倍なのか・・・

そうしたら中吉の立場は・・・  


2007年は自分にとって細木和子本によると、「達成」の年だった

様です。あまり詳しくはないが、かなり良い巡り合わせの年

だったようですが、2008年は「乱気」・・・


もう字からしてやばそうな感じではありませんか・・・

まぁ波乱万丈をこよなく愛する自分には悪くない年かも。


しかし2007年を思うと、何気ない事が結構意味をもっていたり

後になって思うと大切だったと振り返る事が多かった気がします。

自分で気持ちを強く動いた事は、何らかの結果を自分に与えて

くれたなぁ・・・ とそんな事を考えています。

今年も中殺界であろうとも、一度しかない2008年を自分らしく

意味のある年にしてゆきたいです。


2008年が皆様にとってすばらしい一年でありますように・・

いつも会える人、たまにしか会えない人、これからずっと会う事も

無いけれど大切に思える人・・ 

すべての世界中のAmigos y Amigas


心をこめて Feliz ano nuevo !!


                 








Hola ! Feliz Navidad !!


スペインのクリスマスは日本のそれとは違い暖かです。

作られた商業的なものは少なく、皆家族や友人と暖かく過ごします。

懐かしいなぁ・・・  フランシスのホームパーティや、

会社のクリスマスパーティ・・・  皆でサルサを踊ったりして盛り上がった夜

でもその帰り、スタッフの女の子が強盗にやられてしまったんだよね。


明と暗  スペインの思いでは楽しかった事半分、つらかった事半分。


でもなぜか時間が過ぎるほどに、楽しかった出来事だけ思い出します。


今回はスペイン生活史上もっともつらかった出来事・・・

先回の続きから!


***********************


何者かにいきなり首を締め上げられた私は、今まで味わった事の

ない苦しみと、何とか逃れようと必死に抵抗をこころみた。

でも力が入らない・・

頭の中がテレビの砂の嵐のような感じにすべてが

途切れ途切れの様に遠のいたのを覚えている。


ここから全く記憶が無いのだが、一度意識が戻った時に若い

モロッコ人が私の顔を覗き込んでいたのを覚えている。

その手が更に私の首を締め上げて、そこからまた記憶が無い。


ここからは様々な事情により、すべてを明かす事が出来ません。

旅行会社の駐在者が襲われるのは、観光国スペインにとって

ある意味 あまり表に出したくないニュースだという事である。


とにかく時間が過ぎ、路上で意識を取り戻した私は、

持ち物すべてを失い、更にひどい首の痛みとめまいに見舞われた。

事の重大さに気づいた私は、頼れるアルちゃん(過去ブログ登場済)

に電話した。ラッキーな事にたまたま友人の車が借りれたとの事で

マドリッドから駆けつけてくれた。 アルちゃんはほんといい奴だ。。


地元の警察で状況報告のあと、郊外にある州警察で本格的な

事情聴衆を受けた私は、モロッコ人の強盗団が取締りが厳しくなった

マドリッド市内から、ずっと安全だった郊外の住宅地へと行動範囲

を広げており、時には銃も使用するとの話を聞いて恐ろしくなった。

と同時に負傷はしたものの、命が助かったのは不幸中の幸いと

そのとき少しは思えた。


今でも夜道で聞いた「危ない!!」と聞こえたのが何だったのか・・・


とても不思議に思い出す事がある。

命の危険を感じたときの焦りや失意・・・

意識を一時取り戻したときのモロッコ人の黒い瞳。


この件があってから背後に気配を感じるだけで強い緊張を

感じてしまい今でもその感覚は消えないでいる。


安全な日本にいるとよけいその出来事が自分自身の中で

強くなまなましく感じる時がある。


そんな話をスペイン人と話すと また彼らの意見は違う。

貧困からくる飢えで仕方なくする行為よりも

最近日本で起こる奇怪な殺人事件の方がずっと恐ろしい。


確かにスペインでは物取り以外の殺人事件は皆無である。

そういう意味では日本にも違う危険がごろごろしてるんだろうなぁ・・


Hasta Proximo !

                       
































Hola !

ほんとに久々の更新で申し訳ない m(_ _ )m


約10日間の休みを頂き、また旅にでておりました。


また今回の旅話も致しますが、灼熱の東南アジアから

めっきり冷え込んだセントレアに朝 6時に到着したとたん

気合のTシャツもとんでもないおのぼりさんであった事に

さりげなく気づき、そして一気に風邪っぽい症状へ変化

してきたおまけがついてきた旅の終わり・・・


明日は祝日!! なんとか改善せねば・・・


今回のスペイン話は、私のスペイン滞在中最も印象に

残った話であり、悔しく思える事件を綴ります。


スペイン駐在生活にも慣れてきた私は、仕事の新たな

立ち上げに燃えており、日々スペインらしからぬ残業が

かなり続いていたある晩の話である。


当時はまだ住んでいた郊外のマンションまで、

地下鉄と、派手なバスで通っていたのだが深夜になると

バスが無くタクシー頼みとなるのは日本と同じ。


このタクシーもくせ者で、ゆっぱらって逆走する奴や

他の車と喧嘩しだす奴ならまだかわいいものである。

特になれていない赴任当初はほぼ毎日料金交渉の

白タク状態であった。メーターもなんのその・・・

結構スペインのタクシー業界には多大なる

付加的な貢献をしてきたはずである。


スペイン語がやや話せる様になった頃から

そういった揉め事も一気に減ったけどね・・


まぁそれにしてもスペインのタクシーは安い。


自宅まで高速道路をぶっ飛ばしても20ユーロ代であった

ので、毎晩残業を終えて23時近くにタクシーで帰る

のがほぼ毎日のパターンであった頃の話だ。


オフィスの前のタクシー乗り場からいつもの様に

タクシーの乗り込み行き先を告げた私はいつもの様に

行き先を告げた。 毎日同じ様な深夜の時間に、同じ

場所から乗車していたので以前見た事のある運転手に

あたる事も時々であったが、この運転手はなにやら電話で

ひそひそ話つつのドライビング(当時スペインではOK)


私も一日の出来事や、何でもない事を考えながら

流れるオレンジ色の景色を眺めていた。

私の住んでいたマンションは、目の前が一方通行の為、

入り口の目の前に車を停める為には、メーター一つ二つ

おおまわりしないといけない。


なので家へ通じる道の手前で車を降りて、ほんの1~2分

夜道をぶらぶら歩きつつマンションの門を開けるのは

いつもと同じ  のはずであったが・・・

今も完全に忘れもしない・・・


タクシーを降りたいつもの通りに男が二人立っていた。


それだけであれば何も問題ないのだが、一瞬の目線が

今まで感じたことも無い様な嫌な光線を発した。

今はやや改善されたらしいが、当時は全世界の

邦人の強盗被害の1/3がスペインで発生しており、

現に、現地マドリッドでの仕事の一部は、不幸にも

マドリッド市内での置き引き、首絞め強盗、恐喝などの

被害に遭われたお客様へのケアーであった。


そんな状況であったので、自分自身危険なエリアを

熟知しており、被害に遭う状況と対策は自分自身

不安視していなかった。

おまけに私の住むマドリッド郊外部の街は、際立って

安全な中の上以上の人々が住むエリアであった。


嫌な視線を感じつつ、自宅へ続く比較的暗い通りを

歩き始めた私は、なぜだか分からないが、

自分自身の危険信号が思いっきり点滅し始めたのを感じた。

おまけにこれは信じてもらえないかもしれないが、

誰かが耳元で 「危ないから走れ!! 危ない!」と

日本語で叫んだのを確かに聞いたのだ。 

守護霊なのか、無の自意識なのか不明だが、「危ないぞ!」

と確かに聞こえたのだ。


そんなものが聞こえたら誰でも間違いなくあせるだろうし、

私も家までの約20メートル位の距離を猛ダッシュした。

一瞬 後ろを振り返ると、嫌な目線の男が半身で私の

後姿を追っていたイメージが今も目に焼きついている。


自宅まで10メートル位の十字路・・

比較的外灯がある通りを横切ろうとした瞬間!

顔と首に今まで感じたことの無い衝撃を受けた。

多分十字路の角に身を潜めていた誰かが

通り過ぎた私の背後から襲い掛かってきたのだ。


アラブ系? アフリカ系? 

 

後ろから思いっきり首を絞められていた。


首筋から血が止まる感じ・・

呼吸が出来なくなり、目がかすんで頭がしびれている。


思いっきり逃れようとしたが相手は一人でなかった。

首を絞められている私の足が宙に浮いた

また別の男が私の足をかかんで持ち上げた。

首を吊られた状態へ体勢が変化した。


急に何も考えられなくなった・・・

ただもう死ぬというイメージだけ浮かんだ。

ただ死への恐怖は感じなかった・・


上手く言えないけれど・・・

こんな感じで人は殺されるのかなぁ・・という

第三者的な感覚だけ浮かんだ・・・


    恐怖の後半へ続く・・・

                  Hasta Proximo



             






























 


Hola! Como esta?


クライマックスシリーズ ドラゴンズ3連勝の余韻に浸りつつ、

サブプライムローン問題のニュースを見ていた。

以前発生したブラックマンディの時と同じ様に蝉が大量発生した

今年、何か起こりそうな雰囲気まんまんである。


何を隠そう10月に入り、順調な円安傾向の波にのり、今話題の

FXに病みつきな私は50万円近い利益を上げていた。

俺はこれで食っていけるのじゃないか・・ と思ったとたんすべての

通貨が下落・・・ 


あっという間に数十万円の損切り波状攻撃である。


世の中甘くない!!!


ポルトガル話の最終ー!


オイルショックの際、トイレットペーパを奪い合う

主婦のように・・(古い?分かるかなぁ・・・・) ロシア人と格闘の末

まんまとビール4杯を手にした私は、大声でちりじりになった

カラオケ3人組を探した。 


どう頑張っても、両手をふさがったままこの人並みから

緊急脱出するのが難しかったからだ。

ビールがこぼれないよう、上空に掲げた高さが、

丁度ロシア人たち顔の真前で、「ぐびっといっとく?」みたいな

状況であった。そのときSさんが懸命に人波を掻き分け、

私のほうに向かってきた。表情は必死の形相で、

「俺が行くまで頑張れー」と叫んでいた。


しかし冷静に考えると、ただビールを買いに来ただけであった・・

俺たちは一体何をやっているのだろう?


しかし私の腕もぷるぷるし始め、

限界はすぐそこまでやってきていた。


もうだめだ・・・!  


と思ったときSさんが私からビール間一髪受け取った。

たちの悪いロシア人に罵られつつ我々はビール片手に硬い握手。

他の2人は人波に流され、流木のように別の地点へ流れ着き、

唯一私とSさんのGコンビだけがビール獲得であった


そんなこんなで試合開始!

あっという間にビールを飲み終え、やけくそになってスペイン代表を

応援した・・ 「O--LE- OLE OLE OLE-- OLE--OLE--」

代表応援ソングを声高らかに歌い、皆で肩を組み、叫び


(俺ってこんなにサッカー好きだったけ?)


と自問自答しつつ雰囲気に流されていたその時!

スペインの秘宝 ラウールのゴールが決まった!!

スタジアムは地鳴りの様に大絶叫! 

ロシア人ざまー見ろ!であった。(いいロシア人もいます)


結局この1点を守りきったスペインの勝ち。

試合終了後、我々はまたしてもファロのホテルに戻り

街のバルで飲み、はしゃいだ。


 またしても酔っ払い、初日と同じ様に防波堤を歩いた。


入り江が近づくと、重みのある波音が聞こえた。

信じられない位 美しい月に照らされたファロの夜景が、

海岸線に沿ってどこまでも続いていた。 

この景色と雰囲気は、3年過ぎた今も心に焼き付いている。


カラオケ号から見たセビージャのひまわり畑・・

国境の検問と、熱狂的なフーリガン

美味しいAroza de Marisco(シーフードのおじや)・・

ポルトガルの照りつけた太陽と乾いた空気・・

スタジアム入場時のパニックとロシア人とのビール争奪戦・・

ファロのバル街・・・  美しい入り江・・


一生忘れない思い出・・


いつか時間が出来たら、必ずもう一度ファロを訪れようと思う。



これでポルトガル話は終わりです。

次回は世にも恐ろしい・・

私が首絞め強盗に襲われた悲劇を綴ります。


Hasta Proximo ! Adios ('-^*)/