8月31日のジャイアント馬場(Numeri日記より) | ヌメラーのヌメラーによるヌメラーの為のNumeri日記

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※私が書いてるのではありませんので悪しからず(^^)/

僕の夏休みは、ジャイアント馬場だった。

毎日暑い日が続く中、仕事帰りにコンビニに立ち寄ったら、入り口横のコピー機のところで小学生どもが狂ったようにコピーを取っていた。ジャコジャコと小銭を投入してはドリルか何かを人数分コピーする、たぶん、「夏の友」か何かを「全然友じゃねえよ」と悪態つきながらコピーしていたのだと思う。

「そうか、そろそろ夏休みも終わりか・・・」

真っ黒に日焼けした子供達が街を元気に走り回り、友人の家やガリ勉君の家を走り回る。夏の間大暴れだった子供達も最終日だけはしおらしくなり、宿題写しに没頭する。それが夏の終わりを告げる風物詩なはずだった。

それがどうだ。コンビニで死んだ魚のような目をした小学生が、しかも日焼けなんて微塵もしてなくて真っ白、おまけに全員メガネの小学生どもが、無表情に、まるで機械作業のように淡々とコピーを取っていく。まるで葬儀参列者が棺桶を運ぶように熱量なく夏の宿題たちが出来上がっていく。こんなものが夏の終わりを告げる風物詩であっていいのだろうか。

僕が子供の頃なんて、それはそれは酷くて、毎年、7月中には宿題を終わらせようと決意するのだけど、光の速さで8月31日がやってくる。もちろん、宿題なんて1ミリも手をつけてない。

で、泣きながら親父や母さんに手伝ってくれって頼むのだけど、逆に烈火のごとく怒られてエンド。仕方なく半分ボケてる爺さんに手伝わせるのだけど、異様に達筆で使えないことに気がついて途方に暮れる。最終的には諦めの境地に達してしまい、半ば悟りを開いたような状態になって眠りにつく、9月なんて永遠に来なきゃいいのにと泣きながら。

とにかく、少年時代の僕にとって8月31日は、その夏の全てのツケを清算する地獄の日だった。そして、ある年の8月31日、さらなる地獄が僕の身を襲うのだった。

ちょうどその年、僕の地元の産業体育館に全日本プロレスの巡業が来ることになった。例年ならば秋の世界最強タッグ決定リーグ戦がきていたのだが、何故か、その年は早かったような気がする。そして、その問題の開催日時が、8月31日だったのだ。

行きたかった。死ぬほど行きたかった。友人にチケットあるからと誘われ、良かったら一緒に行こうよって誘われたこともあいまって、プロレス狂いだった少年の日の僕は猛烈に心奪われてしまった。

しかし、8月31日というのは頂けない。8月31日に最後の夏休みを謳歌できるのは、計画性のある偉い子のみに許された特権だ。夏の天気を1日たりともつけていなくて、7月の天気なんて覚えてねえよ、適当につけちまうかと企んでいる僕に楽しむ権利などない。ましてや、プロレスに行くなんて言語道断だ。

けれども、どうしてもプロレスに行きたくて、夏休みの宿題やってないくせに「この夏の総決算にプロレス!」と鼻息も荒く発奮してしまった僕を止めることなどできず、僕は全てを捨てて産業体育館へと走った。

具体的に言うと、「宿題はどうしたのよおおおおおお」とヒステリックに叫ぶ母親に、「全部出来なかったらどうなるかわかってんだろうな。手伝わんぞ」と脅しをかけてくる親父、ついでに「んあ」とボケてる爺さんを遠い彼方に置き去りにしてプロレスに走った。ちなみに、弟は完全に宿題を完成させ、おまけに2学期の予習までする念の入れようだった。こいつは頭おかしい。

とにかく、親に怒られてもいい、担任に怒られてもいい、もうどうでもいいんだ、と全てを捨て去って楽しんだプロレスは最高にエキサイティングでジョイフル、このまま今日世界が終わってしまってもいいと思うほどに楽しんだ。試合終了後、

「明日から学校だね。宿題も終わってるし今日は早く寝るぞー」

ってキチガイじみたセリフを吐いていた友人を無視し、僕はグッズ売り場へと走った。

この夏の思い出にグッズを買おう、何か今日の良き日が形として残る物を買おう、少ない小遣いを握り締めた僕は、体育館のロビーに設置されたグッズ売り場へと向かったのだ。

グッズ売り場は興奮冷めやらぬファンでごった返しており、誰もが我先にとお目当てのグッズ目指してひしめき合っていた。子供だから体の小さかった僕は、その人ごみをなんとかすり抜け、ギュウギュウに押しつぶされそうになりながらもグッズ売り場の最前列に躍り出た。

そこには、ジャイアント馬場さんがいた。

グッズは結構売れてしまっていて、残りもまばら、それでもおそらく若手レスラーなのだろうけど、全日本プロレスのジャージを着た人が声を荒げて販売している。その奥に悠然とジャイアント馬場さんが腰掛けていた。

馬場さんは、もうそこで死んでいるんじゃなかろうかというほどピクリとも動かず、まるで即身仏のように悠然と座っていた。若手が「お願いします!」とか話しかけていなかったら、精巧に作られた馬場人形と思って仕方ないくらい動かなかった。

間近で見る本物の馬場さんに感動してしまい、しばいボーっと魅入るようにしていると、頭の中まで筋肉なんじゃないかっていう若手が話しかけてきた。

「どれ買う?」

子供ながら、テメー、最前列にいるんだから早く買えよって言われているのがわかったので、空気を読んでなんとかグッズを買おうと長机の上を見回す。

しかしながら、主だったグッズはほとんど売れていてソールドアウト状態、ただ、端っこの方にポツンと何枚かのTシャツが売れ残っていた。

この夏の思いでにあのTシャツを買わねばならない・・・!

意味不明な義務感に襲われた僕は、脳みそ筋肉に「あれください」と指差して言うと、それが何のTシャツかも分からずに購入することになった。

「はい、ジャイアント馬場Tシャツね」

え・・・?

なんてことだろう、僕は別に馬場さんのファンでもなんでもなかったのに、どうやら凄い勢いで売れ残っていたのは馬場さんTシャツだけだったみたいで、あれよあれよという間に購入することになってしまった。おそらく、脳みそ筋肉の若手的にも、後ろに即身仏のように馬場さんが控えているのに、馬場さんのシャツだけ売れ残ってしまい、内心肝を冷やしていたに違いない。

手に取ったジャイアント馬場Tシャツは、売れ残るだけあってそれはそれは酷いデザイン。なんか、コミカルな馬場さんがアポーって感じで十六文キックをしてるのだけど、とにかく絵が酷い。そういう味のある絵を狙ってたのかもしれないのけど、とにかく酔っ払って書いたんじゃねえのってレベルのトンデモアニマルな逸品。

こんなものでも、僕のこの夏の思い出だから・・・。

Tシャツを抱えて帰ろうとすると、またもや脳みそ筋肉の若手が僕を呼び止めた。

「はい、馬場さんTシャツを購入した方には特別にサインがもらえますよー」

もう有無を言わさぬといった勢いでTシャツを強奪され、即身仏のように動かない馬場さんに手渡される。

先ほどまで微動だにしなかった馬場さんは、Tシャツを手渡されるとノソッと動き出し、売れ残っていたTシャツが売れたので満更でもないといった微妙な笑顔でサラサラとサインを書いた。いつものノソッとした動きと違い、異様な速さで書いていたような記憶がある。

ここで、おそらくいつもだったらサイン済みのTシャツを若手に渡し、若手が僕に渡してくれるのだろうけど、購入したのが子供と言うこともあってか、馬場さんはノソリと立ち上がって僕にTシャツを手渡してくれた。そして、開口一番

「宿題は終わったかい?」

いつもの馬場さん口調なので最初は何言ってるのか分からなかったのだけど、今日8月31日にちなんで馬場さんは確かにそう言った。ああ、嫌なこと思い出させやがる、せっかく忘れていたのに!と思う暇もなく

「はい!毎年7月中には終わらせる方針なんで」

とか嘘8000をのたまっていた。何が「終わらせる方針」だ。

それを受けて馬場さんはフォフォフォフォって感じで笑っていた。僕は何だか馬場さんに大嘘ぶっこいてしまった罪悪感と、その後に待ってるであろう両親の説教と担任の説教のことを考えると憂鬱で、ひどいデザインの馬場さんTシャツを手にトボトボと帰宅したのを今でも覚えている。

もちろんその年の宿題は散々たるもので、例年の宿題やってない度をその辺のコンビニにたむろする若者とすると、その年は亀田三兄弟レベルでやってないという体たらく。

確かに説教やら居残りやらは幼心に堪えたけど、それよりなにより、馬場さんに大嘘ぶっこいてしまったことが僕の心をキュウっと締め付けた。テレビで馬場さんを見る度に、あの日言った事は嘘なんです。本当は1ミリも宿題やってませんって言いたくて、胸が締め付けられる想いだった。

僕が大人になったら、夏休みの宿題なんて存在しないから、おそらく8月31日なんて暑い夏の一日に過ぎないだろう。もう取り返せないあの8月31日、どうして馬場さんにあんなことを言ってしまったんだろう。考えても考えても後悔しか残らなかった。

そして、あれか年月が経ち、見事に30歳となった今日の僕の8月31日。「僕が大人になったら、夏休みの宿題なんて存在しないから、おそらく8月31日なんて暑い夏の一日に過ぎないだろう」なんて考えたことが懐かしくなるくらい何かに追われている僕。そう、夏休みの宿題ではないけど、僕は確実に追われていた。

具体的に言うと、自費出版した「ぬめり2」の発送作業なのだけど、8月中には届くように!とか遅くても9月3日までには!とかどの口が言いますかって感じで宣言してしまったものだからさあ大変。なんとか間に合うように一日に500通くらい袋詰めにし、リアカー引いて郵便局にもっていってる。自業自得とは言え、とんでもない。

500通の本を贈るって言いますと、大体ダンボール10箱くらいになりまして、収集癖のある浮浪者みたいになりながら郵便局に行くのですが、毎日500通クラスの郵便物を持っていくものですから、郵便局で露骨に嫌な顔をされると言うオマケつき。

だいたい、いつもの流れとしては、無愛想なオバちゃんが大量の郵便物を見てウンザリという顔をする、で、無言で「料金別納」っていうハンコと「冊子小包」というハンコを手渡されて、500通からの小包に僕がベンベンとハンコを押していく。そんな気の遠くなる作業をしながら思うんですよ。馬場さん、僕、30歳になっても夏休みの宿題に追われているよ、夏の終わりに追われているよ、見てますかってね。

今はもう天国に行ってしまった馬場さんですけど、きっと見ててくれてるんだろうなって思いながらリアカー引いたりハンコ押したり、少年の日のあの頃から全く成長してませんよって誇らしさすら感じながら馬場さんを思い描いているのです。

そして、8月31日、本日。

宣言どおり郵送するには今日あたりがデッドエンドですから、大量に発送すべく、いつもより大目の本を梱包し、チマチマとサイン書いたりやら宛名を貼ったりして郵便局に運びました。

郵便局の駐車場から備え付けのリアカーにダンボールを移し、そこからゴロゴロと引いていきます。「馬場さん、見ててくれているか」と思いながら、何故かこの郵便局は、駐車場から入り口までがアップダウンの効いたマウンテンバイクコースみたいな状態になってますから、死にそうになりながらリアカーをゴロゴロ。戦争難民でもこんなに荷物はこばねえぞって感じで郵便局に入りました。と、ここまではいつも通り。問題はここから。ここらがいつもとは違っていた。

いつもならば、生理の上がったようなババアが郵便窓口にいて、こっちまでもがウンザリするようなウンザリ顔で仁王立ちしているのですが、何故か普通の綺麗系のお姉さんみたいな服を着た若い娘が立っているのです。

そのお姉さんは、本当に浮いていて、職員のように忙しそうに働いているんですけど、郵便局の制服を着ていない。それもそのはずで、なんか胸のところには「実習生」とかいう名札が貼ってありました。

で、このお姉さんがムチャクチャカワイイのな。

見た目的にもバッチグーで、ナウい感じなのだけど、なんか動きがカワイイ。なんかドジっこキャラみたいで、お客さんに渡すオツリを間違えたり、伝票を書きつつ力をこめすぎてビリッと破れたりしている。

僕は気を使って大量にお客さんが入る時は忙しいだろうから、と横で黙ってみてるのですが、そのドジッこぶりが妙にかわいい。萌えるってのはこういうのなんだな、と思いながら悶々としておりました。

で、やっとこさお客さんもいなくなったみたいで、ドジッ子お姉さんも落ち着いてきたようなので颯爽と窓口へ。

「すいません、冊子小包を送りたいんですが。大量に」

と、結構男前なんじゃないの?って感じのキリッとした顔で言いました。するとドジッ子は

「はい、わかりました!」

と満面のグッドスマイル。そうかそうか、俺に抱かれたいか、って感じなのですが、どうやらお姉さんは冊子小包の手順が分からないらしく、右往左往してました。

僕の方から自主的に「あの、そこのそのハンコとそのハンコを押すんだと思います、貸してください、いつも押してますから」と申し出てハンコをゲット。窓口から離れた場所でダンボールの積荷を解き、ベンベンとハンコを押していきます。もう慣れたもの。

なんとか気の遠くなるような作業を終え、窓口のドジッ子に「終わりましたー」と告げに行った時、事件は起こりました。

ドジッ子は、なんか前の客の郵パックの伝票か何かを手に持っていて、忙しそうに右往左往していたのですが、僕が話しかけると「すいません、少々お待ちください」と制しました。そして、きっと前の客の伝票に書き漏らしか何かあったのでしょうね、ボールペンを取り出して伝票に何かを書き足してるんですよ。

そうかそうか、そんなに僕に抱かれたいか、と思いながらその様子を眺めていたのですけど、よく考えると何か違和感がある。何か途方もない違和感がそこに存在する。何だろうって考えていると、その正体が分かりました。

いやね、彼女が持ってる伝票ってのが、客が出したものですから切り離された状態なんですよ。普通、宅配便とかの伝票って何枚か重なったものじゃないですか。それの一番上だかを彼女が持ってるんです。で、それに何かを書き足している。

普通ですね、伝票って、一番上に書いたら順次下の紙に写るようになってるじゃないですか。カーボン紙みたいな状態になってるじゃないですか。ってことは一番上の切り離された伝票にも、そういう写す機能がついてるはずじゃないですか。

「おまたせしました」

書き終えて、ぺラッと伝票をめくるドジッ子、そこでやっとこさ事実に気付きました。僕が

「あ・・・」

とか言うと、真っ白い机には「田中様」と写ってました。どう見ても彼女が書き足した「田中様」が机に写ってます。見事に写ってます。

それに気付いたドジッ子は

「あー、私ったらなんてことをー」

コイツは萌える、完全無欠なドジッ子だ!ってセリフを言いましてね、たぶん僕に抱かれたいんでしょうけど、とにかくコミカルに言うんですよ。

それだけならまだよかったんですけど、なんか彼女が「僕にツッコミを入れて欲しい」みたいな空気をプロデュースしてくるんですよ。多分、物凄いドジなところ見られて恥ずかしい、けれどもスルーされるともっと恥ずかしい、なにかつっこんで!スルーしないでって真理なんでしょうけど、そんなに言うなら肉棒を、いやいや、よく知らない人にツッコミとかできるわけないじゃないですか。

そりゃね、職場のマミちゃんやブッチャーがそういうドジをしたら、僕かて目潰しくらいしますよ。もしくはアイアンクローとかしますよ。でもね、目の前にいるのはあまり知らない実習生。しかもドジッ子ですよ。何も出来るわけない。何も言えるわけない。

けれども、何も言わないってのが最も極悪みたいな空気が二人の間に流れ、すごい気まずいムードがプンプン、そのプレッシャーに押し潰されそうになってしまい、居たたまれなくなたった僕は

「バ・・・」

と口を開いたのです。たぶん、いつもの調子で「バッカでー!」とかツッコミを入れようとしたのでしょうけど、よくよく考えたら知らない人に「バカ」はないだろ「バカ」は。いくらツッコミでも失礼に当たってしまう。「バカ」は言っちゃダメだ、でももう「バ」まで言っちゃった。どうしよう、どうしよう。と悶々としてしまったのです。

何か言葉を出さねばいけない。それも既に口にしてしまった「バ」から始まる言葉。それでいて違和感のない、適度なツッコミになる言葉。何かないか、追い込まれてる、僕、また追い込まれてる。8月31日にまた追い込まれてるよ、馬場さん!

と思った瞬間、とんでもないことを口走ってました。何故かこの日に追い込まれたということで馬場さんのことが脳裏に浮かんだのですが、それが既に口に出してる「バ」と「ジャイアント馬場」が混ざってしまい。

「バ・・・バイアントジャジャ」

とか口走ってました。自分の事ながら、なんだそれ。

このシチュエーションでジャイアント馬場なのも意味不明だし、ジャとバが入れ替わってる意味も分からない。これね、一歩間違えなくても病院に入るべき人ですよ。

よくわからない空気が流れ、二人とも赤面しながら発送処理を終えたのですが、その間中、事の発端となった「田中様」の文字だけが燦然と白いテーブルに輝いていました。

この歳にもなって、小学生の頃と同じように何かに追われている8月31日。それは懐かしくもあり、切なくもある、なんだかほろ苦い思い出なのでした。

ゆったりと時が流れ、無限と思えるほど長かった少年時代の夏休み。それはゆったりと長く、まるで馬場さんそのもののようだった。決してバイアントジャジャじゃない。

8月31日、みなさんはどう過ごしていますか。