全くないと言ったら嘘になるけど、少しだけ感慨深い気持ちになった。
2006年、ワールドカップドイツ大会、日本-クロアチア戦を観よとテレビの前に陣取り、少しだけ物思いに耽ってみた。4年に一度やってくるワールドカップってのは、過去を回想するキッカケとしては最適で、4年前の日韓大会の時はこうだった、8年前のフランス大会の時はこうだった、と記憶を掘り起こしやすいのだ。ちょうど昔流行した曲みたいなものだ。
4年前の日韓大会の時、僕はこのNumeriを開設していてインターネットに明け暮れていた。8年前のフランス大会、Numeriこそは開設していなかったものの、エロ画像のダウンロードとか目を血走らせてインターネットに明け暮れていた。どう思い返してみてもインターネットばかりでガッカリするのだけれど、どういうわけかその前のアメリカ大会のことは思い出せない。
それもそのはずで、僕がインターネットを始めたのはたしか1996年くらい、そう、今からちょうど10年くらい前のことだったのだ。8年前のワールドカップまでは思い出せるが、12年前は思い出せない。その理由がインターネットをやっていたかどうかだとは、なんとも情けない。
奇しくも、自分がインターネット10年選手であることに気がついてしまった僕。まさか10年もパソコンの前に座ってるとは。それに伴ってこの10年、様々な出来事があったことを思い返していた。
世間一般における「10年選手」という言葉は、10年間使い込まれた古い物、けれども愛着があって味がある物という意味合いで使われることが多い。手放せない相棒、みたいなニュアンスで使う言葉でもある。それと同じで、僕にとってのインターネットも長い間使ったもので古めかしさすら感じるものの、味があって愛着がある。そんなものだ。思えば色々なことがあったものだ。
10年前の1996年。前年に発売されたWindows95フィーバーが落ち着き、世間ではインターネットに対する注目が高まっていた。当時、パソコン通信大手NIFTY-SERVE経由でインターネットに接続した僕は、初めて体感するインターネットの大海原に大興奮していた。光ファイバーもADSLも存在しない、アナログモデム18.8Kで大航海だ。
右も左も分からず、様々なサイトを閲覧。今より面白いサイトってのは格段に少なかった、そもそも個人サイトなんてほとんど存在せず、公的機関のサイトを中心に観て周っていた。っていうか海外のエロいサイトに夢中だった。
しばらくして、これまた当時話題だった新世紀エヴァンゲリオンというアニメのファンサイトに行き着く。そこにはファンが集うチャットルームやら掲示板があったのだけど、右も左も分からなかった僕はその掲示板とチャットで暴れまくった。ネットのマナーなんて知らず、よくわかんないけどとにかく大暴れした。しかも学校のパソコンから。
見事に掲示板荒らし、チャット荒らしと認定された僕は、ページ管理者から学校に通報が行き、晴れて停学になったのだけど、これはまた別の話。停学中に変に気を利かした母親がエロ本と月間ジャンプを買ってきたのも良い思いで、今思い返せば味があって愛着のある僕にとっての10年選手インターネット、それを代表する事件だ。
それからしばらくして、どうしても忘れられない事件が起きた。
停学事件からはしばらく大人しくしていて、またエロ画像の収集に精を出して、そいでもって別の精も出していたのだけど、ある時、たまたま見つけたチャットルームに出入りするようになった。いや、正確には出入りせず、チャットルームに入室しない状態で流れるログだけを読んでいた。
チャットルームには何人かの常連がいて、夜の11時、当時主流だったテレホーダイの時間ともなるとワラワラと集まっていた。僕もチャットに入って楽しく談笑したかったのだけど、トゥーシャイシャイボーイだった僕は血気盛んに突入することなどできず、入室しなくても閲覧できるログだけをジッと読み、まるで自分も仲間になったような錯覚に酔いしれていた。
そんな折、僕はある一人のチャットメンバーの女性に恋をした。いや、恋と呼ぶにはお粗末な、それこそネット上でしか知らない、しかもネット上ですら触れ合ったことがない、ただ僕が一歩的にログを読んでいるだけの間柄だったのだけど、とにかく一人の女性のことが気になり始めた。
彼女は「なな」という名前で、チャットログによると本名だと言っていた。お姉さん肌で、あまり細かいことを気にしない豪放な正確、それでいて気配りができる繊細な一面も持っていることがログから読み取れた。
この頃のインターネット世界の男女比率なんて今以上に狂っていて、山間部の工業高校みたいなことになっていた。当然、数少ない女にワラワラと男が群がり、骨肉の争いが水面下でバシバシと行われているのがアリアリと分かるのだけど、彼女は実に見事にそれらをあしらっていた。
気になる。どうしても気になる。彼女のことが気になる。どうしてこんなに気になるんだろう。
答えは簡単だった。やはり僕は彼女に恋をしていた。それに気付いたのと同時に、やはりログを眺めているだけでなく、実際にチャットに入室して彼女と会話を交わそう、たぶん相手にされないだろうけど、何か行動を起こそう。自分で思い出して切なくなるくらいに決死の決意だった。
そして、またテレホタイム、どこからともなく常連たちがチャットに集まりだした。もちろん彼女の姿もある。「入室者:なな」の表示が神々しく輝いているように見える。いつものようにそのログを眺めていたのだけど、今日の僕は違う。ここで絶好のタイミングを見計らって颯爽と入室し、軽妙なトークとエレガンスなユーモアで彼女の心を鷲掴みにするのさ。僕は今か今かと入室のタイミングを窺った。
なな:最近、退屈なんだよね。暇っていうか
彼女がそう発言した。このタイミングだ!このタイミングで颯爽と入室し、彼女の乾いた人生に潤いを与える、それこそが神が僕に与えたもうた指名だ。僕は入室ボタンを連打した。
しかしながら、入室ボタンを連打したものの、パソコンが古かったのかスペックが低かったのか、ハードディスクがガリガリいっていてなかなか入室画面が現れない。早く発言させろ!彼女にアプローチさせろ!僕の心だけは非常に騒がしく焦っていた。早く発言しなければならない、発言しなければならない。
やっとこさ入室処理が完了したらしく、ムリムリとチャット画面が表示され、ログにも「patoさんが入室しました」と表示された。
今だ!光の速さで発言しなければならない!
まだそんなにキーボードを打つのに慣れていなかった僕も、鬼のような速度で文字を入力した。打ち込んだ言葉は、軽やかで堅苦しくなく、それでいて彼女を含む常連さんに嫌悪感を抱かせない言葉にすることにした。
「よろしくー!」
このように軽やかに言っておけば、相手も固くならず、それでいてスムーズに打ち解けられると思った。この文字を急いで打ってEnterキーを押し、発言したのだけど、ここで戦後最大の悲劇が。
あまりに急いで打ち込んだ「よろしくー!」の文字。しかしながら、ネット回線が悪かったのか、パソコンが古かったのか知らないけど、打ちこんでいる時、まだパソコンはガリガリいっていて忙しく処理中だった。
処理中なのに急いで打ったものだから、「よろしくー!」の前半部分が受け付けられず、後半部分を打ち込んだ状態で発言をしてしまったのだ。
いやいや、これが何で不幸なの?とか思う人は落ち着いて考えて欲しい。もう一度冷静になって考えてみて欲しい。僕が打ち込もうとした「よろしくー!」という軽妙な挨拶、これをローマ字入力しているわけだから、打ち込んだ文字は「yoroshiku-!」になるわけだ。しかしながら、パソコンがビジー状態で前半部分、具体的には「yorosh」までが受け付けられてない状態に。結果、「iku-!」だけが受け付けられて発言できてしまい。
pato:いくー!
とだけ発言が。
いやね、何を興奮しとるんですかって話ですよ。初めて入室したチャット、恋する人がいるチャット、物凄い勢いで入室したチャット、そこで最初の発言が「いくー!」ですよ。まるでオナニーしながら入ってきたみたいじゃないですか。しかもいきかけだし。どこのエロキチガイですか、僕は。
中学生の時に、山下君の部屋に勝手に上がって部屋に隠れていたら、山下君が何故かオナニーしながら部屋に入ってきて、僕らは押入れの中から出るに出られない思いをし、それよりなにより、なんで彼は歩きながらオナニーなんだろう、と悩みぬいた「オナニー持ち込み事件」、それを髣髴とさせる事件ですよ、これは。
もちろん、チャットの方はいきなりオナニー戦士みたいなのが「いくー!」とか言いながら入ってきたものですから、沈黙、凍りついた文字たちだけがいつまでもいつまでも表示されていました。
あまりの恥ずかしさにいたたまれなくなった僕は、そっとブラウザを閉じ、「この恋終わったな」そう呟いたのでした。
とまあ、インターネット10年選手になった僕は、今思い出しても恥ずかしくて布団の中で意味不明に叫ばずにはいられないエピソードが蘇ったのだけど、そんな恥ずかしすぎる思い出すら、やはり10年という歳月を考えると味があるし趣き深い。愛着すら湧いてくる。
そんな感慨に耽りつつ日本-クロアチア戦を観ていると、いよいよ試合が始まるらしく両国の選手が入場してきた。
いつも思うのだけど、なんでサッカーは入場時にジャリガキの手を引っ張って入場してくるのか。サントスなんて食い詰めた誘拐犯にしか見えないじゃないか。
そんな少年達を見ながらふと思い立って、僕は小学生チャットルームを探してみた。僕はもうインターネット10年選手だけど、始めたのは大人と言える年代になってからのことだ。一体、子供達がインターネットを手に入れたらどう使っているんだろうか。それが気になり、サッカー観戦もそこそこに小学生が集うチャットルームを探したのだ。
何人か小学生が集って会話しているチャットルームを見つけたので颯爽と入場、小学生と対話しようと試みると、何歳だよみたいな会話になり、僕が正直に「29歳」と答えたら
ゆうき:オッサンが来るなよ、ここは小学生が来る場所だろ
しょう:帰れよ!ロリコン!
みたいな罵声を浴びせかけられてしまい、なんなんだ、最近の小学生は!?僕が小学生の頃なんてバッタ捕ってたぞ!何もしてないのでなんで攻撃的なんだ、と驚くと同時に、無性にムカついてしまい。
pato:このジャリガキどもがー!
pato:俺はインターネット10年選手だぞ!
pato:テメーら何年だよ?3年!?けっ、俺がネット始めた時、テメーら精子じゃねえか!精子!
pato:いくー!
とか大暴れしてました。小3相手に本気でキレる今年30になる男。ムチャクチャカッコ悪かったと思います。本気でかっこ悪かった。
結局、その中のリーダー格っぽい「YOSHI」という小学生がチャット荒らしとして僕を通報したらしく、そのうち管理者とかから怒られると思いますが、まあ、それはそれ、これはこれ。
インターネット10年選手となり、10年間で何も成長していない自分に呆れつつサッカー観戦を続けると、ゴールキーパー川口が絶体絶命のPKを止めてました。
彼もまた、日本代表初選出がほぼ10年前の代表10年選手。やはり味があっていいじゃないかと納得し、サッカー観戦を続けるのでした。
ありがとうインターネット。20年選手を目指します。