お前の口は一体何のためについてるんだ?
子供の頃、親父に怒られるといつもそう言われた。もちろん、ゲンコツなど暴力行為による肉体的破壊も脅威だったのだけど、往年のテクニシャン系レスラーを思わせるような言葉でのネチッコイ責めも十分に脅威だった。
何かについて怒られる時、やはり子供心にも「責任を逃れたい」といったよこしまな気持ちが働く。そこで色々と策を弄して言い訳したり責任転嫁したりするのだけど、そこはやはり子供のやること、どうしてもボロが出てしまって取り繕えない。親父はそんなボロを見逃さずハゲタカのように捕らえては徹底的に論破した。
結果、こちらとしてはどうしても打つ手がなくなり黙り込んでしまうことになる。すると冒頭のセリフを容赦なく浴びせられるわけだ。
お前の口は一体何のためについてるんだ?
ほらほら、テメー、もっと言い訳してみろよ、もっと責任転嫁してみろよ。俺はな、お前が悪いことしたから怒ってるんじゃない、お前のその姿勢に怒りを持ってるんだ。すぐ言い訳する、すぐ責任転嫁する、その卑怯な姿勢をな。ミスは悪いことではない、問題はそのミスをどう償うかだ。と言わんばかりの無言の圧力ですよ。
こういった逃げ場を塞ぐ説教というのは精神的にくるものがありまして、それならばいつもの如くゲンコツ一閃、景気良く殴られて華々しく散るほうがスッキリするのですが、どうにもこうにも本気で親父の怒りに触れた時はこのスタイルの説教が多かった気がする。
ゲンコツを食らったりとかグーで殴られたりしたのはあまり覚えてないのですが、こうやってネチネチと怒られた記憶だけはなかなか忘れられないというか、例えるならば、25歳OL冴子は色々な男と散々遊び尽くした。まるで波乗りのように夜から夜へ、男から男へ華麗にライディングする夜の蝶。そりゃあ忘れられない男だっていたわ。でもね不思議と若くてイケメンの、激しいセックスをする男はあまり覚えていないの。脂ぎったオッサンで、見るからに臭ってきそうなバーコードハゲ、彼の老獪なテクニックが、ネチッっこいドロドロとした責めが忘れられないの、ああ!!そんなところまで舐めるの!?やめて!!おかしくなっちゃう!みたいな感じですよ。よくわからんけど。
結局ね、こっちはもう打つ手なし、完全に白旗あげちゃってるから黙り込んでるわけなのですが、そこに「お前の口は何のためについてるんだ?」とか仁王の如き表情で言われるわけですからね。言うなれば下痢してるのに浣腸されるようなもんですよ。
結果、この親父の老練なネチっこい責めのせいもあってか、僕は今でも本当に困ってしまうと押し黙ってしまうというスキルを手に入れてしまい、上司に怒られつつ「黙ってちゃわからんじゃないか、君ィ」などと更に怒られることになっているのです。
本当に困ったときに押し黙ってしまう癖ってのはなかなか良くなくて、見方によっては潔いだとか武士のようだとか大和魂だわとかアッパーパーなお姉ちゃんが言うかもしれませんが、実際にはそうではありません。黙ってるってことは白旗ですので、そこに逆転のチャンスがあろうとも何も始まらないのです。諦めたらそこで試合終了、押し黙ったらそこで試合終了なんです。
で、黙ってしまう僕は、過去、幾多の「黙らずに喋っていれば責任転嫁できたであろう」ケースにおいても、敗残兵のごとく悔し涙を流したのです。
あの日、幼き日、親父は「お前の口は何のためについてるんだ?」といった言葉で僕に何を伝えたかったのだろうか。結局、窮地で押し黙ってしまうダメな大人を作り出してしまったのじゃなかろうか。親父の教育は間違っていたんじゃないだろうか。そう思うとまた押し黙ってしまうのですが、先日、そんな思いを払拭する事件がありました。
休日の昼下がり、僕がいつもの如くスーパーに買い物に行った時の話です。いつもは近所のスーパーに行き、本気で容赦なしに角刈りのオバサンが担当するレジに行ってヤキモキするのですが、この日は現金を48円しか持っていなかったという事情もあってか、クレジットカードの使える少し大きめのスーパーに行ったのです。現金がないからクレジットカードで食料品を買う、カード破産まっしぐらです。
このスーパーは車で行かないと苦しいくらい遠くにあるのですが、大変便利な立地でございまして、最近、田舎の街で多く見られるようになった商業施設集合体とでも言いましょうか、多くの店舗が同一の敷地内に立ち並ぶ一大アミューズメントパークを形成しているのです。都会派の人にはピンとこないかもしれないけど、田舎では多いよね。
ここはかなり大きな複合施設で、中にはホームセンターから各種の外食屋、お子様が喜びそうなおもちゃ屋にレンタルビデオショップ、紳士服に本屋や美容室、パソコンショップまでありやがりまして、ついでにサラ金まで。おまけに、わけわからない企業のショールームやらモデルハウスまであって何がしたいんだか全然分からないんですけど、とにかく広大な敷地に様々な店舗が軒を連ねているんですよね。で、その中核を成す施設に件のスーパーがあるわけなんです。
ホント、あまりに色々な店舗が多すぎて、ここでブラブラショッピングしていれば、あら、この色のスーツいいわね、そろそろパソコン買い換えようかしら、変なのに感染したみたいで勝手にエロサイト開くのよね、と一日潰せそうな勢いなのですが、あいにくと48円しか持っていない僕にはそのような権利はございません。そんなブラブラショッピング、略してブラを出来るのは富める貴族だけなのです。僕はただ今日食う食料を、明日食う食料を手に入れるため、生きるためにクレジットカードを握り締めて一目散にスーパーです。
でもな、例えブラが貴族の行いでも、高そうなスーツを、これ、買っちゃおうかなって豪快にやる権利がなくても心は錦。スーパーでだってそういった貴族の心は忘れないんですよ。
このシャケ、いい色してるな、着色料だろうか。いやいや、こちらの鶏肉も負けてはいませんぞ。モモ肉ですぞ。美味しそう。とスーパーの中で貴族のようにショッピングですよ。
貴族のように優雅に振るいつつ、いつものようにコーラを買ってカップラーメンを買って、ついでに自宅でプリンが作れる魔法の粉を買いましてね、よしよし、これでしばらく食いつなげるぞ、と内心ほくそ笑んでおったのです。
そんでもって生肉コーナーを優雅に、それでいてエロス溢れる気品を振りまいてヒラヒラと歩いておりましたところ、生肉コーナーの隣にはなんか新鮮な食材を取り扱ったコーナーがあったのですよ。で、豆腐などが豆腐!と言わんばかりの表情で立ち並んでおったのです。
へえ、豆腐ね。たまには豆腐でも食ってみっか、と物色していましたところ、事態は急転。なんと、その横にある納豆を見つけてしまったのです。
自慢じゃないですけど、僕は納豆がビタイチ食えない。それどころか匂いだけでクル。匂いだけでパニクルー。若気の至りで過去に何度か納豆を食おうとチャレンジしたことがあったのですけど、その度にゲロを吐くという徹底ぶり。下手したら、感じのいい後輩OL、例えるならば根本美緒さんのように爽やかさが溢れ、それでいて知性があってそれが嫌味でない、いうなれば非常に好みのタイプな後輩OLにですね、懇切丁寧にプロジェクトの概要を説明し、根本さんは感動して言うんですよ。「なるほど!こんな切り口もあったんですね、さすが先輩ですう」とかなんとか、おまけに感極まって「抱いて」とか言い出すんじゃねえかとハラハラしながら説明を続けてですね、「こういうことだよ、わかったかい?」と死ぬほどの優しさで言うんですよ。そしたら後輩根本さんは「よくわかりました、納得ですう」と、そしたら殴るね。ガンガン殴る。納豆食うじゃねえよ、とガンガンやる。「納豆食う」と「納得」を引っ掛けた古典的手法を用いる自分もガンガン殴る。
でまあ、うわー、こんなの人間の食い物じゃねえ。何がオカメ納豆だよ。とか独りでブツブツ言いながらですね、久しぶりにしげしげと納豆を眺めておったんですわ。
そしたらですよ、不意に、まるでキューピットにハートを射抜かれたかのようにですね、全く何の前触れもなく、ギュルルルルルルルと腹が痛むじゃないですか。もう今すぐにも出るレベルの、腹痛の深刻度をランク付けするならば、間違いなくP4からP5レベルに位置するであろう腹痛が急激にきたんですよ。
もう、ふざけんな、と。僕はね、これまでの29年間でどれだけこの腹痛に、ウンコに悩まされたかと。大切な発表会の日とか、勝負を賭けるテストの日、入試や面接の時に限ってギュルギュルきて実力の半分も出せないなんてザラですからね。この腹痛がなかったら今頃僕は外務省にでも入って世界を飛び回ってるはず、そうに違いないですからね。憎い、この腹痛が憎い。
クソッ!腹痛のヤロウは平穏なショッピングすら許さないのか。とにかく、いち早くこの異物を排出してしまわねばならない。なんとか体に憑いた悪魔を振り払わなければ買い物も満足に出来やしない。だいたい、人間の肛門ってのはウンコを出す役割と同時にウンコを留めておく役割もあるはずだ。入国管理局のごとくウンコを塞き止める役割だってあるはずなのに、僕の肛門はフリーパスじゃないか。不法入国者通りまくり。僕の肛門は一体何のためについてるんだ、クソッ!
ウンコでクソッとか上手いこと言った、とか自画自賛してる場合ではありませんよ。とにかくトイレを探さねば。納豆コーナーでウンコ漏らした日にゃ、新たな納豆トラウマがトラウマランキング上位にランクインするのは確実。なんとしてでも避けないといけませんよ、これは。
とまあ、とにかくトイレを探すのですが、こういった大型スーパーって万引き対策か欲求不満な主婦対策だか知りませんけど、店内にトイレがないんですよね。大体が店の外とか、支払いの終わってない商品を持ち込めない場所にトイレがあるんですよ。どんなトラップかって話ですよ、コレ。
ここで僕は二者択一の非常に難しい選択を迫られることになります。商品を持ったまま外にあるトイレに駆け込めば「見てたわよ、返しなさい」と万引きGメンのバアアに腕を掴まれることは必須。となると、商品を元あった場所に返してトイレに駆け込むか、レジで購入してトイレに駆け込むか、この二つしかないのです。
購入しまくったコーラやカップラーメンを元あった場所に戻すのはかなりのタイムロスが予想される。コーラはまだしも、カップラーメンを種類ごとに分けて返してたら途中で漏らすのは確実だろう。それだったらレジまでいって購入した方が早かろう。なあに、クレジットカードによる支払いだ、お釣りのやり取りとかなくて素早いに決まってる。なんてたってキャッシュレスだからな。
よし、決めた。ここは今一度僕の肛門、いや肛門様には頑張ってもらって、せめてレジを通過する間だけ敵軍を食い止めてもらおう。そうすれば今抱えてる問題の大半がクリアーになるじゃないか。
もうね、こういう窮地における人間ってのは何故か意味不明に強がる傾向にありましてね、周りに腹痛を悟られてはいかんと最大限に涼しい顔をしてレジに向かいましたよ。
ざっと見ると20個ほどレジの約半分が稼働中。そして綺麗に3人ずつレジ待ちの人が並んでいる。全部稼動させれば待ち時間なんてほとんどないのに、ったく、と思いながら並んでる人々のカゴの中身を瞬時に判断。一番待ち時間が少ないであろう列に並びました。
買い物カゴを持って無我の境地。そろそろ悟りを開くんじゃなかろうかという物静かさで並んでいたのですが、ここで大きなビックウェーブが到来。最初の腹痛が黒船ペリー来襲とするのならば、今回のは敗戦を決定付けた原爆レベルの破壊力、ノーモアヒロシマ!とか祈りながら並んでいました。
そして、なんとか核レベルの腹痛にも耐え、もう肛門がプスプスいってるのですがいよいよ僕の順番。何回もパーマかけるの面倒だしもったいないから強めにかけたわ、みたいな頭したオバちゃん店員がピッピッとバーコードを読み取らせていきます。
しかし、悪い時に悪い事ってのは重なるもんで、なんか出前一丁のバーコードだけが読み取れないんですよ。オバちゃんも「あら、あら」とかやってるんですけど、何度やってもプププとか音がしてピッという小気味良い音が聞こえてこない。
もういい、その出前一丁はいらん。捨ててくれ!とでも言いたいのですが、何も言えずただただ祈るだけの僕。やっとこさ読み取れて「1242円になります」とか言われ、颯爽とクレジットカードを出しましたよ。支払いはこれで、見たいな感じでキラーンとクレジットカードを。スーパーでカードを使うなんて皇族くらいのもんだと思ってたんですけど、やってみるとなかなか良いもんだな、これで腹痛がなかったら最高の気分なんだが。とか悶々と考えつつ、早く処理を終わらせてくれ、ノーモアヒロシマ!とか心の中で叫んでいましたところ
「あら、ダメだわ、これ」
なんと!クレジットカードで決済できない!
限度額まで言ったのかカード停められたのか知りませんけど、とにかくカードが使えない。おかしい3時間前に有料エロサイトの料金を払った時にはいけたのに!なにが起こってるんだ!一体僕の身の回りで何が起こってるんだ!
と思うまでもなく、カードが使えない事実にビックリしてそのままブリブリブリといきそうだったのですが、なんとか土俵際で踏みとどまります。
もちろん、カードで決済できないなら現金で払えるはずもなく、「すいません、これやめます」とかいってトボトボと全部の商品を返しに行きました。走っていきたかったのですけど、振動とかはマジでやばいので静かに静かに、隠密な人みたいにゆっくりと歩きながら返しました。最初から返す方を選んでいれば良かったと思いつつ。
使えないクレジットカードって何のためのカードだよ、とブツブツともはや病的になりながら呟きつつ、全商品を返却して一目散にトイレへ。するとな、もう当たり前の如く、まるでそうあるのが当然と言った、もう何度も経験したことなんだけど、全大便コーナーが見事に満室。ソールドアウト。うお!一個空いてる!と喜び勇んでドアを開けたら掃除道具入れだしよ。もう泣きたくなったよ。
マズい、このまま待っていてはいつ中の人が出てくるかすら分からない。前にもそのまま待ってたらずっと出てこなくて大変なことになった経験がある。待つのは得策ではない。考えろ、考えろ、現状を打破する方法を考えるんだ。
そうだ、普段のスーパーなら苦しい状況であるのだけど、ここは大型の複合施設じゃないか。恐れることはない、このスーパー以外にも店舗は山のようにあるじゃないか。そこでトイレを借りればよい。頭の中で電球が点いたのを感じましたね。
よし、スーパーのトイレは諦める、可能性を求めて外に出ようじゃないか。
一時は絶望、それこそ掃除道具入れの中ですることさえも辞さない構えだったのですが、希望という光を手に入れた僕は、「まだまだ負けるわけにはいかんよ」と呟きながらスーパーを離れ、まずは隣にあるパソコンショップへ。
「すいません、トイレ貸してください」
もう恥じも外見も捨てた。普通なら極めてナチュラルに、それこそHDDの話とかしてからトイレの話に移行するのですが単刀直入に店員に直訴ですよ。
「あ、トイレでしたら、うちは隣のスーパーさんのトイレを借りることになってるんですよ」
なんとも恐ろしい、死の宣告ともとれる返答。そこのトイレはさっき行ったら満員だったんだ。なんだよ、この店は「パソコンなら何でも揃います!」とか看板の訳分からんキャラが言ってるのにトイレすらないのか。
死にそうになりながら、もう手で肛門に栓をしたい気分に駆られながらさらに隣の店舗にいきましたところ、そこが超絶にオシャレな美容室ですよ。なんかガラスの玉とか敷き詰めてあるスーパーオシャレ美容室。エクステンションとかエクスタシーみたいなエロい言葉が踊ってる美容室ですよ。
ダメだ、いくらなんでもこんな女人だらけの場所にジャージ姿で切り込んでいってトイレ貸してくださいとか言えない、言えるわけがない。絶対にダメだ。ああああああ、外に出たのは失敗だった!とか思ったその瞬間ですよ。
僕の目の前に飛び込んできたのは希望の光。見紛う事なき希望の光。この窮地に置かれた僕を絶対的に救ってくれるノアの箱舟。その看板が目に飛び込んできたのです。
あそこなら確実にトイレがあるだろう。間違いなくあるだろう。ないとは考えられない。絶対にあるはずだ。少し距離が遠くて辿りつくまで耐えられるか不安だけど、確実でない他の店舗を目指すより、確実な、約束された地を目指そうじゃないか。
近くの不安定要素より遠くの安定要素。僕は決死の思いでその希望の店舗へと歩き始めました。一歩また一歩と、ちょっとした拍子で大爆発するであろう爆弾を抱え、静かに静かに、それでいて確実に歩を進めたのでした。
その希望の光というのが、「TOTOショールーム」。まさに便器を作ってるメーカーのショールームですよ。ここが大型複合商業施設であることが生きた。まさか便器メーカーのショールームがあるとはな。普段は全く気にもしないショールームだけど、今は天竺のように輝いてみえる。
あそこだ、あのショールームにさえ辿りつけば、この忌々しい悪魔を産み落とせる。さすれば僕は自由だ。もはや誰も止めることなど叶わない自由なる翼。天空を翔るイーグルのように。ノーモアヒロシマ!
ぶっ壊れたお爺ちゃんみたいな歩きになりつつ、なんとか駐車場を横断してTOTOショールームに到着。その頃には、「たくさん便器があって迷っちゃうよ?」「patoさま、早くお決めになってください」と何故か秘書まで出てくる訳の分からない妄想をしていたのですが、到着するとそんな妄想を吹き飛ばす最悪の事態が。
「本日、社員研修のため休業します」
ぶるあああああああああああ。なんだ!社員研修とか。そんなの聞いてないぞ。と叫んでみるものの、もはや無力に等しい、蚊の泣くようなか細い声。ショールームの扉は堅固に閉ざされ、明かりの消えた室内には何個かのファッショナブルな便器が誇らしげに鎮座しておりました。
まるでトランペットに憧れる少年のようにガラスにべったり張り付き、豪華絢爛に並ぶ便器群に向かって、「お前、その便器は一体何のためについてるんだ?」と問いかけたのですが、当然ながら反応はありませんでした。
もうダメだ、目の前にこんなに便器が並んでるのにできないなんて、こんな屈辱初めてだ。もうトイレを借りるとか悠長なことは言ってられない、今まさに出てしまう。
もうどうしようもなくなったので、ショールームの裏手に回り、幸いなことにそこはショールーム専用の駐車場になってましたので、臨時休業中とあって人影はなし、もちろん、建物の死角になっていて目立たないという好条件。仕方ないんだ、仕方ないんだと自分を言い聞かせながら致してしまいました。
しかしまあ、僕にも最小限の良心が残っていたようで、そりゃあね、いきなり駐車場にクソとかかまされた日にはテロに近いものがあるじゃないですか、発見した人の精神的被害が心配じゃないですか。だからね、なるべくブツは残さないよう、瞬時の判断でゴミ箱から大きなビニール袋を持ってきてましてね、その袋にするような近未来スタイルで脱糞をしたわけなんですよ。袋を噴火口に構えてイナバウアーみたいな状態で脱糞したった。
相変わらず危機的状態から脱すると最高にクールだ。なんでウンコごときで悩んでいたんだろうな、と思いたくなるほどに気分爽快。さあ、もう悪魔は浄化された、コレで俺は自由だ!とか青く澄んだ大空を眺めていましたところ、
「すげー、あのオッサン、すごい体制でウンコしてたぞ」
と頭の悪そうなクソガキが駐車場の片隅にいるじゃないですか。なんだこいつら、なんでこんな場所にいるんだ。それにしても、いくら焦っていたとはいえ僕が気付かないほど気配を消していたとは、やるな小僧。とか言ってる場合ではありません。もうクソガキどもが調子に乗っちゃって
「うんこー、うんこー、ウンコマンー!」
とか祭囃子のように囃し立ててくるではないですか。で、僕は恥ずかしいやら困ったやらで押し黙ってしまいましてね。手にはウンコがたっぷり入ったビニール袋を持ちつつ、あの日、親父に怒られた時のように口を閉ざしてしまったのです。やばい、目撃されて死ぬほど困った。通報とかされたらやばいんじゃないか。ただただ押し黙ってしまったのです。
あの日、親父は僕に何を伝えたかったのだろう。「お前の口は一体何のためについてるんだ?」、あの言葉がリフレインします。押し黙っていたって始まらない。カッコ悪くたっていい、間違っててもいい、困った時ほど口を開いてアクションを起こさないとダメなんじゃないか。黙るだけならサルだってできる。そう、僕は人間なんだから、困った時ほど沈黙せず、口を開くべきだ。そう、今こそその時だ!
幼き頃のトラウマから解き放たれた僕は、もう迷うことなど無いといった清々しい表情で子供達を睨みつけ、硬い封印で閉ざされた口を開いたのでした。
「がおー!ウンコマンだぞーーー!」
ジャージ姿の汚いオッサンが右手にウンコがパンパンに詰まった袋を持ち、しかもそれが半透明の袋だからちょっとシースルー、で「がおー」とかいってるんですから、今度はこの子供達のトラウマになるってものです。
「ぎゃーー!キチガイがでたーー!」
みたいなニュアンスの言葉を発して子供達は脱兎の如く逃げましたよ。
父さん、僕、やったよ。やっぱり父さんの教えは間違ってなかったんだね。困った時ほど口を開かなければいけない。押し黙っていてはいけない。父さんの教えを守って、僕は子供達を蹴散らすことができたよ。僕の口は、ノグソの恥ずかしさを誤魔化すためにできてるんだ!
少し違和感の残る肛門を引っさげ、ウンコの詰まったビニール袋を持って意気揚々と帰宅。おかしい、食料を買うために行ったはずなのに、帰ってきたらビニール袋に詰まった食材を手にしてるはずだったのに、なんでウンコが詰まったビニール袋持って帰宅してるんだ。これじゃあ食べるものがないじゃないか。死ぬほど腹減った、と古い煎餅を出してきて食ったのでした。
お前の口は一体何のためについてるんだ?
僕の口は飯を食べるためについてるんだった。