もう3年も4年も前の話になるだろうか、広島でシングルライフを満喫する僕に途方もないニュースが舞い込んできた。
広島に親父がやって来るらしい
震えた。脅えた。震撼した。平和に平凡に、のんびりと広島ライフを満喫する僕のところに、あの鬼のような親父がやってくるらしいのだ。この悪いニュースを聞いた瞬間に足がガクガクと震えたほどだ。まさにバットニュースアレン。
ウチの親父は山陰の片田舎で建設業を営んでいる。この不景気な世の中、自営業でやっていくのは厳しいらしく、親父は国家資格を取得することを決意した。資格の名前は忘れたが建設省(現国土交通省)が認定するこの資格を取ると、かなり仕事が取れるようになるらしい。ハッキリ言って難しい資格らしいのだが、彼は一発勝負で賭けてみる事にしたらしい。
さて、そこで試験となるわけだが、建設省がやるような大掛かりな試験である。山陰のような地方は試験会場に設定されていないのだ。一番近い試験場、それが広島だった。
本当に迷惑な話。はた迷惑な話。建設省といえば国の機関じゃねえか。だったら全国民が平等に試験を受けられるよう全都道府県で試験をやるべきだ。中国地方は広島だけで開催なんてことするか面倒な話になるんだよ。親父が広島に来るとか変な話になってるんだよ。あの鬼が来るんだぞ。鬼が。
さて、試験前日。つまり親父が我がアパートに来る日。僕は緊張の面持ちで彼の来襲を待った。とりあえず、仕事は休むことにし朝から部屋の大掃除。死ぬほど綺麗にした。あの鬼に散らかったアパートの部屋を見せようものなら狂ったように殴られるに違いない。もう網戸とかまで外して掃除をしていた。
朝からはじめた掃除は、一日中続き、すっかり日が暮れてしまった。もう親父が到着する時間である。駅まで鬼を迎えに行かねばならない。死ぬほど面倒なのだが、仕方がない。節分では豆を撒いて鬼を追い出すのだが、僕は自ら鬼を迎え入れに行く。なんとも酔狂なものだ。
改札口の前で親父が乗っているはずの新幹線の到着を待つ。新幹線が到着し多くの人が改札に流れ込んでくる。サラリーマンに女子高生、小学生の姿まで見える。あれな、最近の女性高生や小学生って新幹線で通学するんだな、すげえよ。定期まで持ってるし。ものすごく長距離通学なんだろうなー大変だなー。とか考えてたら親父の姿がねえええええええええ。
どうなってんだ。間違いなくこの新幹線に乗ってるはずなのに。乗ってなきゃおかしいのに。降りてきた人全てが改札を抜けた様子なのに全然姿が見えない。まさか乗り過ごしたのでは・・・。今頃は先ほど出発した新幹線に乗って途方もない場所に・・・・。ぐわああああ面倒くせえええええ。
などと悶々としてたら、あまりに見慣れた人物が悠々とホームから降りてまいりました。うわあ、本当に来ちゃったよ。新幹線内でしこたま酒を飲んだらしくフラフラの千鳥足、顔を真っ赤にしております。旅行用のバックなど持っていないらしく手には紙袋。紙袋には菊正宗とか書いてあります。一体何処の紙袋だ、それは。
彼はフラフラになりながらも改札を抜けると、僕の姿を認識し
「よー、ご苦労ご苦労」
などと言っておりました。ホントにご苦労だよ全く。
早速、彼を車に押し込め僕のアパートに向います。鬼さんはもうできあがってるし、旅の疲れもあるようです。早めに帰って眠らせるに限る。などと急ぎ足で運転をしておりました。車で急ぎ足ってのも変な話だけど。すると、親父が言います。
「オマエは夕飯食ったのか?」
どうやら彼、お腹が減ってるみたいです。僕は彼は酒ばっかり飲んで御飯は食べないものだと思ってましたので、気を利かせて夕食は済ませておいたのです。部屋の掃除をしながらコンビニ弁当を食べたんです。もうお腹イッパイ。
「うん、食べたよ。コンビニ弁当を」
とか言うと、和やかだった彼の表情が見る見る変わっていきました。鬼の形相に。
「グルアァァァァァ、オマエはいつもコンビニ弁当なんぞ食ってるのか!」
なにやらわかりませんが、非常に彼は怒っております。もう意味が分かりません。突如キレるなんて狂ってるとしか思えない。それも理不尽に。
「いや・・・べつにいつもじゃないけど・・・・」
ホントはいつも食ってますが、これ以上彼を怒らせないため下手に出ます。
「もっとちゃんとしたものを食え。今日はちゃんとした食事を食べるぞ」
僕はキチンと主張したのです。夕飯は食ったと。コンビニ弁当でしたが確実に食べて腹はいっぱいなのです。なのに彼の耳には届かない。僕に二度目の夕御飯を食べさせる気いっぱいです。僕の気持ちなんてこれっぽっちも考えてません。
とにかく、ちゃんとしたものを食べろ、ちゃんとしたものを食べろと連呼しています。お腹いっぱいとはいえ普段食べられないような高級なものを食べるチャンスです。どうせ親父の奢りでしょうから、思いっきり高級なものを食べたいものです。
僕は車を走らせ、適切な店を探します。高級寿司屋の前でスピードを落としてみたり、焼肉店の前でスピードを落としてみたり。キャバクラの前でスピードを落としてみたりと。けれども、一向に親父からのゴーサインは出ません。
一体どういうつもりだ。いいもの食えって言うから高級そうな店を回っているのに。首を縦に振らないとはどういうことだ。この街だってそんなに飲食店があるわけじゃあないんだぞ。とか思いながら車を走らせていたところ
「おう、この、店にしよう。ここで食べよう」
ついに親父からのゴーサインが出ました。勢い良く車を駐車します。なかなか首を縦に振らなかった親父のお眼鏡にかなったお店とは
「ラーメン 一龍」
だあああああああ、ラーメン屋じゃねえか。しかもフランチャイズラーメン屋じゃねえか。あのな、コンビニ弁当と何処が違うんだよと。コンビニ弁当よりいいもの食え、とか言いながらラーメンかよ。とか思うのですけど親父には逆らえないので笑顔でラーメン屋に入店。
親父は大盛りラーメンと餃子。僕は普通のラーメンを注文します。すると親父が鬼のような目で睨みながら
「大盛りを食え、男だったら大盛りを食え」
この人の「男」の基準が分かりません。まったく理解できません。それどころか僕はコンビニ弁当を食したので満腹なんです。ラーメンいっぱいでもキツイのに大盛りなんて自殺行為です。とか思うのですけど、彼に逆らってまた暴れられると嫌なので
「じゃ、僕も大盛りで」
で笑顔で頼みます。
注文の品が運ばれてくると、親父は鬼のような勢いで平らげました。なんか替え玉とかしてます。僕はというと、もう食べるのも嫌見るのも嫌という状態でした。さすがに残すと親父に鬼のように怒られるので死に物狂いで食べます。でも、どう考えても食えない。これ以上食ったら吐いてしまいそうだ。
こうなったれあ最終手段をとるしかありません。口にめいっぱい麺を押し込み、そのままトイレに。で、トイレで吐き出す。という手段に出ました。これで麺はあらかた処理できました。スープは液体ですので無理をすればなんとか飲めます。これで楽勝。とか思ってたら。
「替え玉も食え」
麺がもう一玉追加されました。やっぱりこの男は狂ってる。
で、涙涙のラーメン爆食会は終わり、なんとか替え玉も汁も食べた僕は、少しでも動かしたら吐いてしまいそうな状態でした。で、親父がさっとポケットから3千円を出し金を払ってこいと命令します。
もう一歩も動けない状態なんですけど、ヘロヘロになりながらレジまでお金を払いに行きます。親父は出口のところで待ってました。
会計を済ませ、さあ帰るぞ、アパートに帰ってこの鬼をさっさと眠らせようと思ってました。そこにレジにいた店員が
「サービス券二枚になります。10枚貯めますとラーメンいっぱい無料になりますから」
とか言って赤い券を二枚差し出してくるのです。ハッキリ言って僕はこういったポイントカードとかサービス券とかコツコツ貯めるものが苦手です。貯めきったことがないもの。どうせこのラーメン屋にもほとんど来ないし、貯める気もないし。貰ってもゴミになるのは分かりきっています。
「いいえ、いいです。別にいりません」
僕はNoと言える日本人ですので、要らないものは要らないとハッキリと言えます。貰ってもゴミになるだけの紙切れ、そんなもの断る方が良いに決まってます。しかし、それを出口脇で聞いていた親父。またもや鬼の表情に豹変しており意味不明に怒るんです。
「グルアアアアアァァァ、なんで貰わないんじゃあああああああああ」
とかサービス券を貰わなかっただけでムチャクチャ怒ってるんです。僕の頭の皮で剥ぐ事も辞さないと言った構えで怒ってるんです。どうなってるんですか、この人は。まったく怒るポイントが予測できません。もう勘弁してよ、ホントに。
で、この後も彼は、コンビニで鬼のようにビールを購入し、コーラを買おうとする僕相手に怒り狂ったり大暴れしたりするんです。もうこの人、早く帰って欲しい。
というわけで、大量のビール片手に僕のアパートへと帰還した親子二人。そんな二人を途方もなく狂おしい展開が待ち構えているのです。
後編 アパート編に続く