「今から家に行くからな!絶対にいろよ!わかったな!」
こんな怒号が電話口から鳴り響く。疑いようがないレベルでの恫喝。脅迫電話。気の弱い人なら首吊っちゃうんじゃないかという勢いで唐突に言われた。当時、まだ大学生だった僕はこの電話に恐れおののき、身震いして布団に包まることしかできなかった。
少年時代からこの種の電話を受けることは多く、家にはこの種の借金取りやらの電話が頻繁にかかってきていた。おまけに、親父の仕事仲間や友人てのが職種柄なのか血気盛んで粗暴な人が多く、普通の会話レベルの電話が恫喝に近いものだった。
やっとこさ電話に出ると言うことを覚えた僕、電話が鳴り、まるで電話に出るのが嬉しいといわんばかりの勢いでよちよち歩きで受話器を取ると
「おい!親父はおるか!早く死ねって伝えてくれや!」
とドスの効いた、人の5,6人は平然と殺ってそうな声で言われる。純真無垢な僕などは、殺人鬼が電話かけてきたのかと思い
「ひっ!」
と悲鳴にもならないような声を電話口で上げることしかできなかった。すると電話口の男は
「ぐわっはっはっは!冗談やないか。早くお父さんに変わってくれや」
などと言う。これが本当に親父の友人なのだから驚きだ。きっと、電話に出て子供が出たから茶目っ気でジョークでも言ったのだろうが、そのジョークが怖いのだから全く笑えない。たまたまタンクが空だったからよかったものの、充填されていたら間違いなく漏らしていていたと思う。
これが品の良い上流階級の家庭などでは、親父の友人すらも上品で、電話での第一声も小気味のよいアメリカンジョークになってるはずだ。
「ヘイ、ジョン、隣の家に大きな塀ができたんだってね!おお!そいつは日照権の問題だ!冗談はさておき、お父さんに変わってくれるかな?友人のケビンだ!」
と知性とユーモアに富んだジョークをかましてくれるはずだ。それなのに、ウチの親父の友人ときたら「死ね」だの「殺す」だの粗暴なジョークばかり、いたいけない少年だった僕をビビらせるに足るほど乱暴なジョークの数々だった。酷い時は「俺、俺、天狗だけど、今夜、お前をさらいに行くからな」と俺俺詐欺の先駆けのようなセリフで僕をビビらせてくれるものだった。それを聞いた僕は「天狗怖い」と鼻を隠し(何故か天狗は鼻を持っていくものだと信じていた)布団に包まって震えることしかできなかった。
親父も親父の友人たちもどうしようもないクソで、僕はすっかり電話に出ると言う行為にブルってしまうトラウマを抱えてしまったのだけど、やはり母の愛は偉大だった。いつだって、そうやって僕を恐れさせる親父の友人達の電話に一喝。
「子供が恐れますのでもう電話かけてこないでください」
毅然とした態度で接したのだ。これには悪ふざけの親父友人もションボリ。そしてもちろん親父にも一喝。
「あなたの友人はユーモアのセンスがカケラもない」
それを聞いた親父はいつもバツが悪そうに笑っていたが、僕にとっては笑い事じゃなかった。すっかり電話がトラウマになってしまったのだから。
そして月日が流れ、大学生となった僕。すっかり少年時代の記憶も薄れかかってきたところに、冒頭のセリフの電話がかかってきたのだ。
「今から家に行くからな!絶対にいろよ!わかったな!」
平和な日常を乱す突然の脅迫電話。本人すら忘れかけていたトラウマが呼び起こされる。もう、僕はブルってしまってブルってしまって、怖くて怖くて仕方がない状態に陥ってしまった。
恐ろしいことに、あの日のように下賎な電話を一喝してくれた母も、遠い実家にいて助けてもらえらない、というか、大学生にもなって母に助けてもらっていたらそれはそれで問題だ。マザコンか。
さて、忘れていた恐怖を、忘れていたトラウマを存分に掘り起こしてくれた電話の主、ヤクザだろうか、悪徳業者だろうか、もしくは近所のゴミ御殿に住むキチガイ親父なのかしら、と皆さんも色々と勘ぐるかもしれません。そりゃあね、荒っぽい口調で「家に行くからな!絶対にいろよ!」と怒鳴る電話です、しかも電話主には会ったことがない。面識がなくてこんな脅迫とも取れる電話をかけてくる、それだけで真っ当でない人からかかってきてるのだろうと思うのが普通なはずです。
しかしですね、この電話主、誰もが想像する詐欺とか脅迫とはかけ離れているであろう真っ当な業者からの電話なんですよ。普通に健全な業者としてテレビでCMなどもしているある業者がこの粗暴な電話の主なのです。
宅配業者と言うんでしょうか、運送業者というんでしょうか、家に荷物を届けてくれる会社がありますよね。それの飛脚がどうとかいう会社、ハッキリ言うと佐○急便なのですが、そこのドライバーが電話の主なんですよね。
僕の記憶が確かならば、こういった宅配ドライバーの方というのは「荷物も届けて幸せも届ける」だとか「荷物を受け取ったお客様の笑顔が何よりの喜びです」みたいな信条だと思うんですよね。本気でそう思ってるかどうかは別として、CMなどを見る限り建前上のスタンスはそうであるはずです。
そんなドライバーであるはずなのに「今から家に行くからな!絶対にいろよ!わかったな!」ですからね。マジでヤクザか何かかと思うほどの勢いで電話をかけてこられました。
配達される荷物には、お届け先の住所氏名に合わせて電話番号も記載されているのですけど、おそらく僕に届け物か何かがあって、それを配達したい。しかし、配達しにいって留守だと無駄足になるし、といった思いから電話をかけてきて出かけないように忠告したんだろうと思うのですけど、いくらなんでももうちょっと言葉を選ぶとか丁寧で穏やかに話をするとかあるんじゃなかろうか。
そりゃね、確かに彼らの仕事は荷物を配達することですよ。その給料体系が「荷物を一件届けて○○円」と歩合に近いものであることも大体分かってます。そりゃあ沢山荷物を届けて給料をいっぱい貰おうと思ったら無駄足を踏まないように対策を講じるのは当たり前のことです。やはり効率優先であると思いますからね。
それで配達前に届け先に電話、不在にしないように家にいろよと要求するところまでは一万歩譲って許容するとしましょう。若い娘さんとかならそれだけで不気味に感じるかもしれませんが、許容しましょう。けれどもね、やっぱ言葉の使い方ってあると思うんですよ。いくらなんでも「今から家に行くからな!絶対にいろよ!わかったな!」はない。例えどんなに世紀末の世になって暴力が支配し、オアシスから湧き出る水を巡って略奪と虐殺が繰り返される暗黒の世界になろうとも、この言葉遣いはない。社内でも非常に頭が可哀想なことで有名で、なんかの雑誌にカッコイイという意味で「イカしてる!」みたいな表現が書いてあったのを全部「イカレてる!」と読み間違え、「この秋はこのファッションがイカレてる!」と本気で誤読していた総務のマミちゃんですらこの電話対応はない。
「今から家に行くからな!絶対にいろよ!わかったな!」
「あ、は、はい」
「佐○急便だ。届ける荷物がある。今から行くからな」
「え?え?」
「ぜってー出かけんなよ!マジ出かけんなよ!」
「あ、はい」
もう僕なんて困惑しちゃって、まだ大学生で、田舎から出てきたばかり純真無垢で中性的美少年だった僕はドギマギしながら答えることしかできませんでした。っていうかビビッてた。
もう言葉遣いが乱暴すぎて、おまけに愛想もなさ過ぎて、これから麻薬の取引でも行われるかのような殺伐さがあるんですけど、普通ならなんて非常識な業者がいるんだ!と怒るくらいはあるかもしれないんですが、親父や親父の友人の手によって幼少時代から恐怖を与えられ続けていた僕は、忘れていたトラウマが見事にフラッシュバックしてしまったのでした。
怖い、電話が怖い。あの乱暴な電話が怖い。荷物を受け取りつつ僕は殺されるんじゃないだろうか、助けて、助けてお母さん。と幼きあの日のように、偉大だった母の優しさを切望しながら、少しイカ臭い布団に包まれてガタガタと震えていました。
きっと、粗暴な電話をしてきた佐○急便のヤツは社内でも有名なワルに違いありません。あんな乱暴な言葉遣いを面識のない顧客にするのですからそうとしか考えられません。荷物が重すぎて気に食わないからとりあえず受取人を殴る、荷物で殴る、とかそんなバイオレンスなことが平然と行われているかもしれません。
もしかしたら僕は殴られちゃったりするのか、それとも金品を要求されるのか、もしかしたら犯されちゃったりするのか。粗暴な人には意外にもホモセクシャルな人が多いと友人の石山君が言ってました。あんな粗暴な電話をしてくる人です、十分にホモセクシャルである可能性も考慮しなくてはなりません。
もうダメだ。怖すぎる嫌過ぎる。なんで荷物が届くだけでこんなビビらされなきゃならないんだ。もう一人暮らしなんて嫌だ、助けてお母さん。幼き日、親父の友人達の粗暴な電話から守ってくれたように助けてお母さん。
と思ったのですが、よく考えたら僕はもう大学生。いつまでたっても「お母さん助けて」はいただけないものがあります。実家を離れ、一人で暮らし始めたのは自分の決断、いい加減に母の庇護の元から離れ、自分で全てを解決していかねばならないのです。
「よし、やったろうじゃないか」
かぶっていた布団を跳ね除け、青年は立ち上がりました。自立し、何かを決意した青年の顔は精悍そのもの。もう、ここには電話にブルっていたチキンハートでマザコンな男の姿などありません。あるのは戦うことを決意した戦士の姿のみ。
粗暴な配達業者がなんだ、ホモセクシャルな配達業者がなんだ、そんなもの、返り討ちにしてやるわ。俺はやるよ、母さん。
これから荷物を持ってくるであろう業者の男は粗暴な男。粗暴な男とは言い換えるとマイペースな男の事を指します。マイペースであるがゆえ、他者と自分との関係を適切に把握できず、結果、粗暴な振る舞いになってしまう。彼のペースに乗せられれば粗暴な振る舞いから暴行など好きなようにやられる危険があります。彼のペースを乱すことから始めなくてはならない。
結果、僕が導き出した答えは「裸で荷物を受け取る」というものでした。荷物を届けにいったら家主が素っ裸で出てきた。これにはどんな豪胆な輩でもギョっとするはずです。驚きの感情が彼のペースを乱し、粗暴な振る舞いもその後のあくどい行為も牽制ができる。つまり、裸になるだけで心理的に優位な位置に立てるのです。
おまけにこの裸作戦、業者の人がホモセクシャルであった場合も完全カバー。聞いてもないのにホモセクシャル情報を語ってくる石山君情報によりますと、ホモにも色々な形や価値観が存在するのだけど、粗暴なホモは圧倒的に嫌がるノーマルな男の子を好むそうです。本当は女の子が好きなのに、嫌々ホモセクシャルに体を捧げるとか、巨大タレント事務所の社長がその力にものをいわせて「やっちゃいなよ!」と若きタレントの芽を頂くとか、そういうのが大変お好みらしい。つまり、最初から裸で誘ってるような男はホモ界での好きものと判断され、全く興味ないに違いないのです。
よし、この作戦は完璧だ。いつでもきやがれ、佐○急便。と僕は素早く服を脱ぎ、裸で玄関に仁王立ち。今や遅しと業者の襲来を待ったのでした。素っ裸で冷たい玄関に立つ僕。その姿がイカしてる!イカレてる!
ピンポーン。
チャイムの音が鳴りました。もう人前に裸で出ると言う快感が妙な高揚感を生み出し、微妙に癖になりそうなのですがドキドキしながら答えます。
「はい、なんでしょうか」
「あー、佐○急便だけど。荷物持ってきたから受け取ってもらえる?」
みたいな事をドア越しに言ってました。コイツは本当にお客様商売か。
「あ、はい、ご苦労様ですー」
とドアを開ける。業者の人の目に飛び込んできたのは完全無欠に一糸纏わぬ姿の僕。もうなんというか、小汚いオッサンだったのですけど、目頭を切開して目を大きくする整形手術を受けた人みたいに目を大きくして驚いてました。
「あ、あ、はい、その、ここにハンコをもらえますでしょうか?」
伝票みたいなものを手に、何故か急に丁寧口調に変わる業者のオッサン。きっと何か恐ろしき禍々しいものを感じ取ったに違いない。
「ハンコねーどこやったかなあー」
ウチの玄関は台所と一体系になってたのですが、何故かハンコを探すと言いつつ流し台の下の棚の所をゴソゴソと探す僕。プリプリ尻を振ってオッサンを誘惑することも忘れない。
「あ、いや、ハンコないならサインでいいですからお願いします」
あの電話が嘘のように恐縮しているオッサン配達員。近寄っていって異常に荒い息遣いでハァハァいいながら伝票にサインしておきました。
「これ、荷物です。ありがとうございました」
荷物を渡して脱兎の如く逃げるオッサン配達員。
母さん、やったよ、僕やったよ。自分の力で粗暴な配達員を追い払うことができた。ホモセクシャル配達員から貞操を守ることができた。ずっと母さんに守られていたけど、はじめて自分の力でやれたよ。とドラえもん第6巻でドラえもん抜きでジャイアンと喧嘩したのび太のような涙なしでは語れない達成感に包まれました。
床が冷たい玄関兼台所、裸で荷物を持って立ち尽くす僕。これまで母に守ってもらえていた感謝と、自分ひとりでトラウマを克服した嬉しさで涙、ついでに裸で玄関ドア開けたから寒いな、と縮こまりつつ、届いた荷物の伝票を見てみると、母親からでした。
急いでダンボールをあけてみると、中には1枚の手紙があり
「あなたのことだから、必要なものも買わない生活なのでしょう。これだけあれば生きていけると思うので、お母さんが買っておきました。使ってください」
とダンボール箱パンパンにパンツが入ってました。
ああ、母はもしかしてこの状況を見越していたのだろうか。と思いました。なんで最低限生活できる物品が40枚にも及ぶパンツなのか理解できませんが、母には何か感じ取るものがあったのかもしれません。、僕が今まさに裸でいることを。
自立できたと思っていても、自分ひとりで立っていると思っていても、やはり母の庇護からは守られている、ずっと遠巻きに、それでいて暖かく見守ってくれている、それが母の愛だと感じたのでした。やはり母親ってのは偉大だな。
ちなみに、母親が買ってくる服飾のセンスとは物凄いもので、平然と虎が咆哮してる絵柄のパンツとか、馬が天高く駆けている絵柄のパンツとかだから侮れない。とてもカタギがはかないだろう絵柄。こんなパンツ、どこで売ってるんだ。それにしても、フンドシみたいなどこで売ってるのか分からないブツまで入っていたのですが、こんなもんどうTPOをわきまえてはいたらいいのか見当もつかない。試しにはいてみたら見るも無残に飛脚みたいになったのでした。
息子に飛脚フンドシを買って送る母のセンスがイカしてる!イカレてる!