自信なんてものは大嫌いだ。
この世の中には多くの聞き触りのいい言葉ってヤツがある。
勝利、努力、前進、完璧、達成などなど、数え上げればキリがないけど良い意味として使われることの多い優等生的な単語ってヤツが確実に存在する。
逆を言えば悪い意味で使われることのほうが多い言葉ってヤツも確かにあって、敗北、堕落、後退、妥協、中途半端などなど、もうセンシティブな女の子なんかその言葉の響きだけで滅入っちゃいそうな単語も少なからず存在する。
言葉なんてのはその成り立ちからそれ自体が大きな意味を持つわけで、もちろん、それ自体にネガティブなイメージやポジティブなイメージがあって問題ない。しかし、それが間違ってる場合は大いに問題だ。
それが「自信」という言葉だ。もうこの「自信」ってヤツはとんでもないやつで、良い言葉のフリしてとんでもなく自堕落だから始末に終えない。コイツの世の中での扱われ方ってのが「成功するには自分を信じること、自信こそが大切だ!」とか、会社の偉い人が、少女買春で捕まりそうな顔してやがるくせに講演なんかで偉そうにのたまうから救われない。
「自信」って言葉は言うまでもなく自分を信じること。
それはある事柄に対して自分はやれる、自分は大丈夫だ、と信じて疑わないことかもしれないけど、実はそれは言葉の響きほど前向きでポジティブなものじゃない。
自分を信じるという行為の根底には、「ま、これぐらいでいいか」という妥協が必ず存在する。それが自信ってやつに他ならない。ポジティブ単語の「自信」の根底にネガティブ単語の「妥協」が少なからず存在するってのが面白い構図だ。
どんなことに対してもそうだけど、自分で設定した基準を自分の中で上回って初めて「自信」というものが存在する。しかし、その設定自体も、上回ったとする判定自体も自分の中でのことなので往々にして甘い。
そこで上回って良しとする思想こそが「妥協」に他ならないのだ。言うなれば、その時点で自分を許すからこそ自信が持てるようになるわけだ。 例えるとこうだ。とあるカップルというかアベック、2人の男女がいたとしよう。付き合い始めの初々しい期間、ひょんなことから2人は喧嘩になったとしよう。
「もう高志なんて大嫌い!」
「おいおい、いい加減機嫌直せよ、芳江」
「私のこと幸せにするっていったじゃない!あれは嘘だったの!?」
「嘘なもんか!芳江を幸せにする自信がある!」
ここでいう高志君の自信とは完全に嘘っぱちで嘘8000なわけなんですけど、普通に考えて人を幸せにするってすげーことですからね、自分自身もどうなるかわかったもんじゃないのに人までも幸せにするって余程の覚悟と決意がないとやれないことです。
では、ここでの「自信」とはそこまで覚悟があってのことなのか。
残念ながら多くの場合はそこまで覚悟があるわけじゃない。あくまでハードルを下げて妥協した産物が「自信」という言葉になって現れているだけで、完全なる覚悟があるのなら自信という言葉にはならない。
その時の思い以上のものが必要で、コレで十分と思うことはないからだ。 そんな「自信」の話はどうでもいいとして、このカップルの仲直りの顛末を書くと、
「もうバカバカ高志のバカ!」
「ごめんよ芳江」
「心配したんだからあ」
「よしよし」 抱き合う2人。
「不思議、こうやって高志と抱き合ってるとなんか安心する」
「俺もだ」
「不思議だね……」
「知ってるかい、芳江、人と人はこうやって抱き合うようにできてるんだ」
「どういうこと?」
「こうやって抱き合うと何の抵抗もなくお互いの体がフィットするだろ、これは人間の体が2人で抱き合うことを前提に作られてるからだ」
「そうなんだ、素敵」
「ただ、そうやって作られてないものもある」
「え?」
「こうやって真正面から抱き合うように、真正面からすると邪魔でしょうがないものがある」
「なんだろう」
「これさ」
高志はチュッと芳江の唇にキスをし、いたずらに笑った。
芳江は頬を紅色に染め、ジッと高志の瞳を見つめた。
「真正面からすると鼻と鼻が当たって邪魔でしょうがない。僕ら人間はキスをするようにはできてないのさ。けれども僕らは顔をずらして無理にでもそれをする、それは愛しているからだ」
「高志……」
とまあ、こんなもんですか。
なんか書いてたら高志に腹が立ってきて、コイツなら4秒で殺す自信がある!とか言いそうになったので落ち着いて「自信」の話に戻します。 とにかく、自信というものは非常に厄介な代物で、それさえ信じていたらなんとかなるという、インチキ新興宗教みたいな趣すらある。
その大いなる自信の根底には、自分自身の中での驕りや妥協、そういったものが存在すると心に留めておかないと手痛いしっぺ返しを喰らうことになるのだ。
先日のことだった。ウチの職場には様々な出入り業者がいて、やれコピー機を買えだとか、やれパソコンを買えだとかとにかく猛烈な営業攻勢にあうことがある。中にはコピー用紙は是非ともウチの紙を!みたいなとんでもないことを言い出す営業マンもいてビックリする。
そんな中にあって僕はやり手の営業マンが嫌いだ。やり手の営業マンってのはもう条件が決まっていて、イケメン、爽やか、清潔感がある、妙にハキハキと相場が決まっている。
そして、なぜか妙に自信満々という特徴も兼ね備えている。僕はこの自信満々さが妙に気に食わない。
いつぞやは、その自信満々のフレッシュ営業マンが僕のオフィスにやってきて何やら凄いコンピューターの売込みを開始していた。
テキパキとパンフレットを広げて説明する彼の姿は自信に満ち溢れており、絶対に売れるだろうという自信に満ち満ちていた。
「ですから、今がチャンスです!」
「いやいや、買う気ないですってば」
「わかりました!さらに値下げしましょう!」
「いや、値下げも何も買いませんってば」
「うーん、これ以上は上の者に怒られるんですけど、しょうがない、特別にさらに値引きします!」
「いらないですって」
とまあ、全く持って話が通じない。
まるで買わないと固辞する僕の方が悪者みたいな気配になってくるから自信満々の営業マンは苦手だ。おまけにその営業マンは帰り際に、女子社員に 「どう、今度食事でも」 とかなんとか言っていて、誘う姿まで自信満々、女子社員もウットリ、今にも股を開きそうになってました。
なんなんだコイツは。僕が「どう、今度食事でも」とか誘おうものなら職場のセクハラ相談室みたいな駆け込み寺に駆け込むくせにだ。
職場の中には外部の業者から物を買う担当みたいな人間が僕を含めて8人くらいいるのだけれども、あまりにも僕が買わないものだから営業マン仲間の中で分かりやすく言うと難攻不落の城塞みたいに、分かりにくく言うとしゃがんでるガイルみたいに扱われているらしく、とにかく落としてみせると次々と自信満々の営業マンが僕の元にやってきた。
「とにかく今買わないと損です!」
「どうせ会社の経費なんですから買っちゃいましょう!」
「なんでもいいので買ってください!じゃないと社に戻れないっすよ!」
とまあ、入れ替わり立ち代り、自信に満ち溢れた営業マンたちが次々とやってきてまくしたてるんですよ。すっかりその自信という毒気にやられちゃってゲンナリ、これじゃあ必要なものでも欲しくなくなってくるから大変だ。
終いには、 「僕のどこが気に入らないっていうんですか!?」 と自信満々。
さすがに貴様の自信が気に入らないとは言えず、 「いえ、別にそういうわけじゃ……」 それを周りで見ていた女子社員も、かわいそうに買ってあげればいいのに、っていうかpatoさん妬んでるのよ、爽やかでイケメンな営業の○○さんに妬んで意地悪してるのよ、
可哀想な○○さん、pato死ねばいいのに、っていうか殺す、みたいな風潮というかムーメントが厳かに巻き上がってくるんですよ。
でもね、僕は決して好き嫌いで買わないんじゃなくて、そうやって自信満々なのが気に食わないだけなんですよ。そうやって自信満々なのって営業では大切だと思いますし、彼らも仕事だってのは分かってます、けれどもね、そこに存在する確かな妥協や誤魔かし、そううのを自信満々な者どもはひた隠しにするんです。結果、それは仕事上での不利益しか生まないのです。
そんなこんなで自信満々なツワモノどもに辟易していると、そこに一人の青年がやってきました。
「あの、こんにちは……」 見るからにヒョロヒョロな、絶対に子供の時のあだ名はハカセかヒョーロクとかだろ、みたいな青年が立ってるんですよ。
「はい、なんですかな?」 なんだこのひょろっちいの、これなら僕でも勝てるぜ、と思いましたが、別に喧嘩する必要は全くなかったので普通に対応しました。
どうやら彼は、こんなにヒョロヒョロでもどっかの会社の営業マンだったみたいで、大量のパンフレットを手に今にも貧血で倒れるんじゃないかって佇まいで立っておりました。
「今日は事務機器の販売に…なにか御用は…」 みたいな消え入りそうな声で言うわけですよ。
幽霊みたいに言うわけですよ。もうこの、時点でこの子は営業に向いてないだろって思ったんですけど、なんだか急に彼の事が愛おしくなっちゃったんですよね。
なんていうか、自信満々の営業マンって売れなくても屁じゃないですか。他でガンガン売れてますから、別に僕が買わなくても大丈夫。でもね、このヒョロヒョロの子は明らかに売れてませんよ。このまま会社に戻ったら恐ろしい上司に死ぬほど怒られて、きっと会社内での評判も悪くなって、栗拾いツアーとかキャンプにすら誘われなくなって、終いには職場内のメーリングリストみたいなのからも外され、更衣室から下着類が消えただけで疑われるようになりますよ。
クソッ! とにかく、ここは買って彼を救ってあげるしかない、そう思いましてね、あまりこちらも割り振られた予算がなくて高価なものは買えないんですけど、なんか買ってやろうとパンフレットを見せてもらったんですよ。
「なんかね、買いたいと思ってるんだよー」
「そうですかー、でもウチで買うより○○さんや○○さんで買ったほうが安くて納期も早いと思いますよ……」
と、これまた消え入りそうな声で言うわけですよ。
お前は本当に営業マンか。 しかしまあ、この自信のなさが気に入った。自信満々営業マンに責められて辟易していたってのもあって彼がオアシスのように思えたってのもあるけど、自信がないってことは妥協がないこと、何でも無差別に自信があるよりは信頼できると彼から買うことにしたんです。まあ、ここで売れれば彼も会社に帰って怒られることもないだろうって気持ちもありました。
同じ栗拾いツアーに誘われない仲間として彼だけは救ってあげたい。 「あ、あまり高価なもの買えなくて申し訳ないんだけど、時計ってもらえるかな。この部屋時計がないでしょ、困ってるんだよねー」 何買うか非常に迷った結果、ちょっと安くて申し訳ないんですけど、壁につけるタイプの時計を買うことに。前々から時間がわかんなくて困るからオフィスに時計をつけようって思ってたんですよね。
「はい、でしたらこの時計がいいかと思います、ちょっと高価ですけど…」 って、ヒョロい子っていうか坂本君は言うわけですよ。
売る時すらそんなに自信ないのはどうかと思うぜと感じつつ、それでもこの自信のなさが彼の良い所だ、と言い聞かせて注文しました。 さて後日、珍しくその日は来客があったり、まとめるべき書類があったりとテンヤワンヤの忙しさ、こりゃあ猫の手も借りたいと大車輪の勢いで仕事をしていたところ、坂本君がヒョロッとやってきました。
「時計、持ってきました…」
「あ、申し訳ないね!」
「遅くなってすいません……」 事情を知らない人が見たら「彼、このあと死ぬの?」って言ってもおかしくないレベルの自信のなさ。
そこが彼の良い所だと言い聞かせて、さっそく持ってきた時計を開封します。
「あっ…」 「あっ…」 開けた瞬間に2人同時に声が出ました。実は、2人とも時計を買うことにウカレポンチになっており、どうやって取り付けるかを全く考えてなかったんです。
「そういえば、取り付ける方法考えてなかったですね…すいません…」 「いやいや、こっちも気付かなかったしさ!」
みたいな会話を交わしつつ、坂本君に、
「ここの壁にドデーンと時計をつけたいわけよ!」
「その壁はコンクリートですから、時計をつけるとなるとハンドドリルで穴を開けなければなりませんね……」
なるほど、時計なんてチャッチャとつけれるかと思ったけど、コンクリートの壁につけるとなるとハンドドリルで穴まで開けないといけないのか。なかなか大変ですな、などと考えてました。
「では、明日またハンドドリル持って参ります…本当にすいません…」
みたいなことをいう坂本君。さすがにちょっと自信なさ過ぎて大丈夫かと思った僕は、
「大丈夫?なんだったら僕がやるけど」
と申したところ、坂本君はキッとした表情にかわり
「大丈夫です!穴開けるのは得意なんです!自信があります!」
うわー、自信だしちゃったよ、ついに自身だしちゃったよ。
自信がないのが坂本君の持ち味で好きだったのに、自信があるとまで言い切っちゃったよ。
こりゃ悪い予感がしますな!とゾクゾクしました。
そして翌日、僕のオフィスに現れた坂本君はとんでもないいでたちでした。どうやら休日って言うか有休だったのにわざわざハンドドリル持ってきてくれたみたいで、普段はスーツなのに思いっきり私服。
なんか目が潰れるくらい眩しい黄色いシャツで、背中のところにネイチャーとか何のためらいもなく書いてありました。そのシャツでハンドドリルもって仁王立ちですよ。殺人鬼が来たかと思ったわ。
「あら、今日は休みだったの?言ってくれれば明日とかでも良かったのに」
「はい!大丈夫です!」 そう言った坂本君は自信に満ち溢れていた。
自信ないのが持ち味だったのに、自信を持った、というか自信を前面に押し出してしまった坂本君、こういうときは大抵良くないことがあるもんだ、と思ったのですけど、その日は来客があることもあり坂本君に任せることに。
そんなこんなで、来客の対応をして難しい仕事の話をしつつ、向こう側で作業している坂本君が見えるって状態だったのですけど、ハラハラしつつ見ていると坂本君、なかなか作業に取り掛からない。
どうやらハンドドリルの使い方が分からなかったらしく、説明書を開き始める始末。こりゃやべえ、と思ったのですけど、30分ほどしたらついに使い方を会得したらしくギュイイイイイイイイン!
という賑やかな音が聞こえてき始めました。 僕もホッとして商談を進めていたのですけど、とても不安になるサウンドが聴こえてくるんですよ。
ガガガガガガガ まあ、これは壁に穴を開けてる音でしょうから別にいいんですけど、問題はその後に続く音です。 ガガガガガガガ
「やべっ」 おいおいおいおいおいおいおい、「やべっ」ってなんだ、なんなんだその言葉は。
すっごい不安になるんですけど、とにかく来客との商談も佳境に差し掛かってるので集中しなくてはいけません。何度かガガガガガガガ「やべっ」が聞こえつつも、気にせず商談を進めていました。しかし、 ガガガガガガガ 「チッ!」 おいおいおいおいおいおいおい、なんだよ、その舌打ちは。
いったいウチのオフィスの壁はどうなってんだよ。っていうかさっきからどれだけドリルで穴開けてるんだよ、壁を穴だらけにするつもりか。 ここでもう耐えられなくなってチラッと坂本君のほうを見ました、するとガガガガガという音に混じって、なにやら左右に翻弄される黄色いシャツがチラッと見えました。
アイツ、確実にハンドドリルに翻弄されてやがる。 ええい、物凄い不安だけどこの商談ももうすぐ終わる、とっとと片付けなければ頑張りました。
すると ガガガガガガガ ガコッ! 何かが貫通した音が。もう不安でどうしようもない。 なんとか商談も終わり、来客を帰して坂本君のところに行くと、見事に壁が穴だらけになってました。そのうち何個かの穴は貫通して隣りのオフィスが丸見え状態でした。
「すいません、いま穴開けますんで!」
こら黄色!一体いくつ穴を開けるつもりだ、と思いつつも、ヤンワリと坂本君を制しました。
この時計は三箇所を三角形に止める形になっていたんですけど、坂本君曰く、キッチリ時計にあった形で穴開けられなかった、ずれちゃってやり直しやり直ししてるうちに穴だらけになったと。
それにしてもやりすぎだろ、ウチの壁、ハチの巣じゃん。
結局、2人で色々とやった結果、もう壁の上部が穴だらけで使い物にならないので、壁の中段くらいにつけることに。坂本君がハンドドリルを持つと、その反動に翻弄されてマシンガンを乱射してる人みたいになって危なっかしいのですが、なんとか共同作業することに。
そこでも失敗しまくってさらに穴だらけになったのですが、下へ下へと行くうちになんとか時計をつけることに成功しました。
「自信あったんすけどね、穴あけ」
その自信がどこからきたのか本気で興味あったんですが、君は自信ないほうが魅力的だよ、とは言えず、笑顔で坂本君を送り出しました。 自信とは自分の中での妥協です。
自分はコレで良い、と妥協した時に初めて自信として表にでる。坂本君のように自信のない人というのはその妥協するラインが高すぎる故に自信を持てない。
言い換えれば妥協しない厳しい人なのです。それは、理想の穴が開くまで妥協せずにやりまくって壁をハチの巣にしたことからも伺える。 「自信」とは難しい。
自信がありすぎるというのは自己ハードルが低すぎる妥協の産物、ナルシストになりかねない。かといって自信がなさ過ぎるというのは妥協ラインが高すぎてコンプレックスを持ったり、極度に自分を貶めることになってしまう。
自信も、自己の妥協ラインも高すぎず、低すぎずが理想なのだ。そう、時計の位置だって、高すぎると時間が見えないし、首が疲れる、低すぎても見えにくいしかっこわるいのだ。
ちょうどいい高さなのが一番。 失敗続きで、蓮コラみたいになった壁に、下へ下へと位置が移動して何故か腰ぐらいの高さに設置された時計を見てそう思うのだった。