「思い出は優しいから甘えちゃダメなの」
ゲーム界最高の名作と名高いファイナルファンタジー10のリュックのセリフだ。思うに、いつだって思い出は優しすぎる。優しすぎるからこそ甘えてはダメなのだ。良い思い出は鮮烈なる記憶と共に美しきものとして脳裏に残る。悪い思い出も、本当に悪いことは忘却の彼方に消え去り、セピア色に色褪せた瞬間に美しきものに変わる。
結果、一つの思い出というパッケージに包まれた過去の出来事たちは都合の悪いことを包み隠し、嫌なことも良かったことに変換され、半ば偽装されて美しく振舞う。思い出はいつだって優しいのだ。
例えば、美しき思い出として今も僕の心の中に燦然と輝いている事実がある。それは「ウチの弟がなんとも素敵な恋をしている」というものだ。中学時代、思い出の中の弟はピュアで、心が張り裂けるような切ない恋愛をしていた。ひょんなことからそれを知った僕と親父は何とか協力できないものかと四苦八苦する。弟のために、弟の恋のために、家族が一つになった切ない思いで、今でも僕の中で家族愛と誇りに満ち溢れたエピソードとして燦然と輝いている。
しかし、こんな美しき思い出も蓋を開けてみると本当に酷い。思い出というラッピングを施されたセピア色の包装紙をバリバリと破り捨てて実態を覗いてみるととにかく酷い。上記の美しい思い出が実際にはこうだった。
中学時代のある日、確か土曜日の昼下がりだったと思う。当時、人気絶頂だった宮沢りえがヘアヌード写真集「サンタフェ」を出すって衝撃発表があり、エロの権化だった僕はどうしてもお金が必要だった。別に宮沢りえはそんなに好きじゃなかったけどヘアヌードとなるなら話は別、とにかく写真集代を手に入れるしかなかった。
小遣いなどとうに使い果たした僕にとって、確か5千円くらいだった思うんだけど、それだけの値段の写真集は手の届かない存在だった。なんとか家捜しし、家内に散見される小銭をかき集めたのだけど80円くらいしか集まらなかった。郵便ハガキくらいしか買えない。
このままではサンタフェを買えない。焦った僕は弟の部屋へと突入した。どうやらウチの弟は根本的に頭がおかしいらしく、「貯金」などという意味の分からない行為を趣味として地道に生きていた。お小遣いやお年玉などを盛んに貯蓄して楽しむというキチガイだった。
過去に何度となく、その弟の貯金を盗んだのだけど、その度に怒ったり泣いたりするものの、それでもしばらく経つとまた金を貯めているという、兄としてちょっと心配になるくらい堅実な生き方をしていた。
ヤツならきっと貯めこんでいるに違いない。
最近はそんなに盗まなかった。きっとサンタフェを買えるくらいの貯蓄額はいってるはずだ。弟の不在を突いて徹底的な家捜しが始まった。過去、何度となく盗む度に弟は貯蓄場所を変えていたのだけど、そんなの関係ない。徹底的に探せば必ず見つかった。それこそ、警察の家宅捜索かって勢いでペンペン草1本生えない勢いで徹底的に探した。
すると、やはり貯金箱みたいなのが出てきて、中には夏目漱石様が7体ほど鎮座しておられた。貯金箱の前面にはノートの切れ端に手書きで「このお金はスーパーファミコンのカセットを買うための大切なお金です。盗まないでください」と赤のサインペンで書かれていた。
「あいつ、カセットが欲しくて金貯めてたんだな」
欲しいものを買うために貯金をする。そんな弟が随分と大人に思えた。随分と成長したもんだと感慨深かった。
幼かった頃、遊ぶ友達もいなくていつも僕について回っていていた弟。いつも鼻を垂らしながらついてきた弟。一緒に捨て猫を見つけて、大雨の中連れて帰ったっけ。弟は猫が濡れると可哀想っていって着ていたシャツを脱いで包んでいた。僕もシャツを脱いで2人で抱きかかえて帰ったよな。子供2人が上半身裸で猫抱えてずぶ濡れで帰ってきたものだから母さんが烈火の如く怒ったっけ。
ずっとずっと幼き日のままだって思ってた弟がいつの間にか随分と大人になっていた。その事実が嬉しくもあり、少し寂しくもあった。
「大人になったならカセットよりサンタフェのほうが必要なはずだ」
僕は何の迷いもなく注意書きを破り捨て、中にあった7千円を盗んだ。この時の僕は見紛うことなくシーフだった。
さてさて、金も盗んだことだし、しかも思いもがけず7千円、サンタフェ買ってもいくらか余る、ここは中野ショップ(地域の駄菓子屋)にいって豪遊でもするか。そう考えながら証拠隠滅作業に没頭していると、ハラリと一枚の写真が僕の目の前に落ちてきた。
その時の貯金箱の隠し場所ってのが、畳の下とかそんなレベルのあり得ない場所で、普通に考えるとそんな場所に写真があるとは考えにくい。となると、子の写真は貯金箱と同じように隠す必要があった物で、かなりの秘匿性を持つ必要があったものだと推察される。簡単に言っちゃうと、隠し財産と同じレベルで隠さなきゃならないもの、ということだ。
僕の胸は躍った。サンバカーニバルのように踊った。7千円という大金を手に入れただけでなく、なんとなく秘密めいた写真まで見つけてしまった。高鳴る鼓動を抑えて床に落ちた写真をめくった。
そこには女の子が写っていた。おそらく弟のクラスメイトだろう。遠足か何かの時のスナップのようで、学校指定のジャージを着た女の子が単独の被写体として写っていた。
「あいつ、こんな写真を隠し持って、恋してるんだな」
とにかく弟は写真の子に恋してるんだろうと思った。なんとか応援してあげたいと思った。僕は兄として何が出来るんだろうか。何も出来ないんじゃないか。無力な自分を呪った。
と、まあ、美しき思い出はここまで。この後は家族総出で弟の恋を応援したはずだ、と思い込んでいる。そいういった記憶が美しき思い出として脳裏に焼きついており、僕の姿が「弟の恋を応援したい兄」として涙無しでは語れないものとして燦然と輝いている。そして、こういった美しい姿に比べれば金を盗もうとしたことなんてご愛嬌だ。
しかし、実際にはそうではなかった。よくよく記憶を紐解いてみるとどうにもこうにも様子がおかしい。実際に細部まで入念に思い出したこの後の展開をなぞってみよう。
写真をめくった僕は驚愕した。
とんでもねーブスが写真の中央に鎮座しておられた。
なにこれ?ペロの毛布?それが正直な感想だった。ウチの隣の家ではペロっていう雑種の犬を飼っていたのだけど、何をトチ狂ったのか隣の家の人が美人画みたいなのが描かれた異様に趣味の悪い毛布をペロに与えていたのだけど、ペロだってやっぱ犬ですから毛布を汚く使ったり噛んだりするじゃないですか、一気に美人画が破れて汚れてグロテスクなものになっちゃいましてね、もう見るも無残な状態になっちゃってたんですよ。
で、その無残なペロの毛布みたいな女が写真に写っている。しかも弟はそのペロの毛布の単独写真を秘密裏に入手し、さらに隠すように所持している。もしかしたらその写真でオナニーくらいしていたかもしれない。
「た、た、たいへんだー!」
実は、こうやって僕が弟の恋路を暴くのは一度や二度じゃないのだけど、とにかくこの時のインパクトは相当のもんだった。写真を手に転げるようにして階段を降り、家族に報告しようとする。しかし、家には半分ボケた爺さんしかおらず、
「大変だ!弟がとんでもないブスに恋してる!」
「んあ?」
とラチがあかない。仕方ないので写真片手に自転車に乗って親父の仕事場まで報告に行った。
「た、大変だ!弟がブスに恋してる!」
「なんだと!」
親父は仕事の手を止めて乗り気だった。
「とにかく、この写真はコピーしよう、お前は写真を元の場所に戻して来い」
証拠隠滅作業もはかどり、弟包囲網は完成した。
夕食の席、事情を聞いた母さんがそれとなく弟に話を振る。
「お母さんはね、美人で性格の悪い嫁が来るよりブスでも性格の良い嫁が来て欲しいわ」
あまりにもド直球過ぎてひどい。
「ワシもブスでいいと思う」
親父のフォローも重ねてひどい。
弟は何のことやら分からずにマゴマゴしていたのだけど、夕食が終わった後に親父が動き出す。
「よっしゃ、久々に家族でトランプしよう」
脈略がなさすぎてビックリする。どっから持ってきたか知らないけどトランプを取り出す親父。手際よくシャキシャキとトランプをきるのだけど、なんと、そのトランプの中にはあのブスの写真をトランプサイズに切り取った物体が。ひでー、ひどすぎるよ。しかも、なんか普通にそのブスの写真がハートのQとして流通してた。地獄のファミリーババ抜き。ジョーカーじゃないところに親父の良心を感じたよ。
最終的には僕と親父が異様に盛り上がってしまい、弟のクラスメイトに電話してブスの名前を聞きだし、そこから電話番号を調べだして、弟と仲良くしてやってくださいって電話で頼もうぜ、とか、弟の声色をモノマネ(僕も親父も得意)して告白しようぜ、とか盛り上がってるところで弟が発狂して終わった。あれからだっけかな、弟があまり家族と会話しなくなったの。
このように、漠然と良い思い出として心の中にあるものでも、よくよく詳細に思い出してみるととんでもない思い出であることが多々ある。本当に人間の脳ミソってやつは都合よく出来ているもんだと感心する。
この春、定年退職した職場の先輩から手紙が届いた。新しい生活を満喫しているという内容の手紙だった。インターネットや電子メールが隆盛を極めるこの電脳社会において封書の手紙とはレトロで趣があっていい。そういえば最近、手紙を貰う機会って減った、変なダイレクトメールばかり貰って、心の篭った人と人とのやり取りとしても手紙を受け取らなくなった。
ふと、手紙という存在に思いを馳せると、僕自身にも手紙にまつわる美しくも素晴らしい思い出があるのを思い出した。
確か、中学校の時だと思う、記憶の断片に残っているのは、クラスで一番カワイイ女の子に恋をしていたということ、そしてその子が劇の練習か何かで我が家にやってくるというエキサイティングな事件があったことだ。で、確かにテンヤワンヤだったのだけど、その子たちが帰った後に手紙を貰ってしまい、そこには「アナタのことが好きです」って書かれていた。死ぬほど美しい思い出だ。美しすぎる、楽しすぎる。
ハッキリ言って、この思い出があるからこそ今の僕はかろうじて生きている。あの日あの時、あの子に貰った「好きです」という手紙、それが心の支えになってるからこそ、今みたいにうだつが上がらなくて職場で女子社員に蛇蝎の如く嫌われていて、「早く死ねよ、いつ死ぬんだよ」とか陰口じゃなくて限りなくダイレクトに言われている現状も我慢できる。あの日、あの時、カワイイ子に手紙貰ったんだぜ、と心の中で誇ることができる。そうじゃなかったらとっくに硫化水素っちゃってるところだ。美しい思い出はこうやって心の支えというか礎にすらなるのだから有難い。
「クラスで一番カワイイ子」「劇の練習でうちに来る」「好きですという手紙」このキーワードが断片的に染み込んでいる美しき思い出なのだけど、これも良く考えたら勝手に書き換えて良い思い出にしている可能性がある。少し怖いのだけどキチンと順序だてて思い出を紐解いてみよう。
「アンタ、同じ班になったから」
「ちゃんとやってよね、怒られるの私たちなんだから」
クラスの中でブスランキングをつけるのならば燦然と1位2位のワンツーフィニッシュを決めるであろうツートップのブスが、彼女たち2人のスナップを撮影したとするならばどんな戦場カメラマンでも勝てない残酷な状況を伝えることになるだろうブス2人が、その顔を不機嫌に歪めながら話しかけてきた。僕も歴然たるブサイクであるので、言うなればブサイクの三重奏だ。
何かの出し物でクラスで劇をやることになり、その中で班分けが行われ、この圧倒的な戦力を誇るブスのツートップと組むことになったのだ。我ながら恐ろしい引きをしてるもんだと思う。
「そうそう、ケイ子も同じ班だから」
呆然とし、半分魂が抜けかかっている僕の前に天使が舞い降りた。クラスで一番かわいいケイ子ちゃん。透き通るような白い肌が眩しく、物静かな性格がなんともカワイイ子だった。
「じゃあ、今度の日曜日、アンタの家で練習するから」
右のブスだったか左のブスだったかが言い放つ。こういった劇の練習ってのは班の誰かの家でやるっていうのが不文律になっていて、皆で相談して誰の家でやるとかそういったのをすっ飛ばして僕の家でやることに決まったようだった。
「大変だ、ケイ子ちゃんが我が家にやってくる!」
ブス2人のオマケがついているとはいえ、憧れの彼女が我が家にやってくる、こんな汚い我が家を見せるわけには行かない。その日から僕の戦いが始まった。
まず、ケイ子ちゃんが我が家にやってくるにあたって、絶対に我が家から排除しなければならない人間がいる。親父だ。ヤツがいたらどんな惨劇が繰り広げられるか分かったもんじゃない。なんとかして排除しなければならない。
母さんに必死で頼み込んで、それこそ土下座する勢いで頼み込んで当日、親父をどこかに連れ出してもらうことにした。ついでに、入念に掃除をしてもらい、品の良いお菓子なども出してもらう算段を整えた。
ふう、これでなんとかケイ子ちゃんに見せても恥ずかしくない我が家になるぜ、親父とかいたら最悪だからな、と一息つくと、我が家の玄関には燦然と鹿のペニスが飾ってあった。
「だー、なんでウチは玄関に鹿のペニス飾ってんだよ!頭おかしいんじゃないか!」
いきなりクラスメイトの家に訪ねていったら玄関に鹿のペニス、そりゃケイ子ちゃん、泣いちゃいます。なんとか鹿のペニスは弟の部屋に隠匿する。コレで大丈夫なはずだ。
必死に下準備を整える僕の姿を見て母は悟ったようだ。今度の日曜日、やってくる女の子は息子が好意を寄せている女の子だ。そんな噂が家族間を駆け巡り、母も親父も弟もニヤニヤ、爺さんは半分ボケてて魂が抜けかかっていた。
さて、いよいよ当日、僕はもうヤキモキしながら玄関で待っていると、何故か親父と母さんと弟が居間から覗いていた。爺さんは天使が迎えにきてた。おかしい、あれだけ親父を連れ出すように頼んでおいたのになんでいるんだ。とにかく、今はそれどころじゃない、ケイ子ちゃんがやってくるんだ。鹿のペニスも隠した、ええい、こうなったらケイ子ちゃんがいかにカワイイかその目ん玉ひんむいてしかと見やがれ家族ども!
「おじゃましまーす」
やってきた。ついにやってきた。我が家の玄関を開けてやってきた。ついにやってきた。ブス2人が。
「あれ、ケイ子ちゃんは?」
お前らに用はないと言わんばかりに問いかけると、右のブスだったか左のブスだったかが口を開く。
「ケイ子は体調不良でお休みだって」
意味が、わから、ない。
ケイ子ちゃんが来れなくなったのは至極残念なのだけど、もっと残念なのは家族達。ウチのファミリーどもは、今日は僕が好意を寄せてる女の子がやってくると思い込んでますから、イースター島みたいな2人を見てニヤニヤしてるんですよ。親父なんか「どっちだ、どっちだ、っていうかどっちでもやばくねえか?」みたいな顔してやがる。
ちがう、ちがうんだー、と釈明したい気分なんですけど、まさか声に出して言うわけにもいかないじゃないですか。鹿のペニスを隠してまで出迎えたかったのはこいつらじゃないんだ!こいつらなら逆に鹿のペニス突っ込んでるわ。
とにかく、どうしようもないので部屋まで上がってもらって劇の練習を始めます。確か、
「卵の色が何色だっていうんだ!」
っていう、意味が分からないセリフを情熱的に言わなくてはいけないシーンで、左右ブスに「やりなおしー」って言われて何度も「卵の色が何色だっていうんだ!」って言わされた気がする。もう何色でもいい。
その様子を親父がニヤニヤと天井裏から覗いてましてね、母さんが精一杯奮発したお菓子を持ってやってきたんですけど、たぶん親父に演技指導されたんでしょうね、弟がやってきて「お菓子僕も食べたいよ、昨日もご飯食べてないし」とひもじい子供を熱演してました。死んだらいい。
風神雷神みたいにそびえ立つブス2人、妙に芝居がかった弟、それを覗いて嬉しそうな親父と散々でしてね、僕もパニックになっちゃって「卵の色が何色だっていうんだ!」って怒ってた。
最終的に劇の練習が終わってホッとしていると、帰り際に親父がブスの片割れを捕まえましてね、「ウチの息子がアナタのこと好きらしい、情けない息子ですがよろしくお願いします」と何故かスーツに着替えて挨拶したらしい。親殺しが5年くらいの刑なら確実に殺ってた。
結局、ブスには「pato君、あまりタイプじゃないですし」みたいなニュアンスの返事を貰ったらしく、なんか途方もなく大いなる勘違いでいつの間にかフラれてしまったらしく、その日の夕食の席では
「兄ちゃん、人間はフラれることで大きくなると思うよ」
と親父に入れ知恵されたんでしょうね、弟が言ってました。いいから黙って貯金を差し出せ。親父も親父で
「フラれたのは悲しいけど、あのブスはないと思う。ワシ、腰が抜けるかと思った。フラれてよかったよ、あのブスには」
と、何故かフラれた長男を気遣う展開になってました。卵の色は何色だ。
思い返すととんでもないひどい思い出で、なんでこれが美化されていたのか全く分からない。「クラスで一番カワイイ子」「劇の練習でうちに来る」「好きですという手紙」のキーワードのうち「クラスで一番カワイイ子」「劇の練習でうちに来る」の二つが消え去ってて「ブス」ですからね、とんでもない真実だ。
じゃあ「好きですという手紙」はなんだったのか。この思い出は何だったのか思い返してみると、何故かブスにふられたことになっていた長男を気遣う沈痛な夕食が終わった後、母さんにそっと手紙を渡されました。
「今回はお父さんが暴れて振られちゃったけど、お母さんはアナタのことが一番好きです。だから元気出して」
すごい感動もんで、「母さん」とか泣く場面なんだろうけど、違うから、違う、あのブスじゃないから。フラれてないから。
とにかく、思い出の美化ってのは恐ろしい、貰った手紙すら実は母さんから貰った手紙だったとは。これから何を支えに生きていったらいいんだ。
人間は辛いこと悲しいことを忘れ、そして美化して生きていく生き物です。そうしないと辛くて生きていけないから。でも思い返して美化した思い出の真実を知ってしまうと、何ともやりきれない気持ちになるものです。
「思い出は優しいから甘えちゃダメなの」
いいや、思い出には甘えなくちゃダメだ。じゃないと心の支えをなくして硫化水素っちゃう事態になりかねない。絶対に甘えるべきなのだ。
この間、31歳にもなってウンコ漏らしてしまった思い出も、ウンコを漏らした美女をかばうために颯爽と登場し、美女がウンコしたってことで注目する観衆を前に、「彼女はウンコしたんじゃありません!卵を産んだだけです!卵の色は何色だ?そう、茶色だ!」とかばって感謝された思い出に書き換えて甘えることにしよう