アパリグラハ(Numeri日記より) | ヌメラーのヌメラーによるヌメラーの為のNumeri日記

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おもにNumeriでお気に入りのブログ転載します。Numeri知らない人はゼヒ読んでヌメラーになりましょう。
※私が書いてるのではありませんので悪しからず(^^)/


「いやー、良いお付き合いをさせていただいて嬉しく思っております」

「なんのなんの!こちらのほうこそ!」

「いやいや正直本当に苦しいところでして大変助かったというか百人力というか」

「それにしてもそちらのお若い方、なんとも頼もしいですな、是非とも我が社に欲しいものですな、ガハハハハ」

この浮世と呼ばれる現代に不必要なものなどそうそうない。どんな取るに足らない事象であっても、それが存在することに必ずや意味があるしその必要性が存在する。例えば、今これを読んでるアナタだって自分の存在する意味を考えたことがあるだろう。自分の存在は何なんだろう。自分はなんてちっぽけなんだろう。自分は不必要な人間なんじゃ。必ず一度はそう考えたことがあるはずだ。

しかしよく考えてみてほしい、アナタがそこに存在するだけでアナタを取り巻く環境はアナタが存在することを前提に成り立っている。単純にその前提となる範囲が広いか狭いかの違いだけであって、例え数センチでも数ミリでもその前提範囲が存在するのだから、アナタがそこにいる意味は十分にある。やはり不必要なものなどそうそうないのだ。

この世にたった二つだけ不必要なものが存在するのならば、その一つは心のない言葉だろう。本意ではない言葉とは違う、形式ばった、半ば大局的なシナリオに沿った言葉達だ。大いなる何かに従って発せられた言葉は空しく中空を舞って消えていく。自分の何かを他者に伝えるコミュニケーション手段として発達した言葉たち、その存在意義を否定するものだ。

例えば、思いを馳せる女性に告白したとしよう。相手を思う気持ちが爆発してしまい、どうしようもなくなって告白する。しかし、相手の女性は浮かない表情。それそころか迷惑そうで困り果てた表情だ。そして重い唇を開いてやっと言葉を発する。

「ごめんなさい、いい友達でいましょう」

ホント、この言葉の存在意義が分からない。心がこもってないにもほどがある。時代が時代だったこれだけ磔にされて河原に晒されてもおかしくない言葉だ。あのな、こっちは必死で告白してんだよ。それがなんだ、「お友達でいましょう」とか、ここまでやっといて友達でいられるわけないだろ。逆に考えると、高校時代の友人でゲーセンで一緒に脱衣マージャンに燃えてた藤井君っていう友達がいるんだけど、そいつがイキナリ僕に告白してくるようなもんだぞ。アナルを付け狙われるようなもんだぞ。アナルまで狙われて友達でいわれるわけねーじゃん。

告白を断る上での形式的なシナリオ通りの言葉。そこには本当に友達でいたいなんて気持ちはこれっぽちもないし、それどころか相手を一人の人間として見ていない。それだったら「ごめん、pato君はブサイクだから付き合えない。その代わり片乳見せてあげるからこれでオナニーしてね」とペロンと乳でも見せてくれたほうが何ぼか健全だ。むしろ付き合うとかどうでもいいからオッパイ見たい。

とにかく、その心がこもっていないシナリオに沿った言葉なんていうのは本当に存在意義がなくて不必要で、むしろ言わないほうが良いんじゃないかって思うことが多々ある。そして、これらの大いなるシナリオ言葉はビジネスや仕事の世界では数々酌み交わされることになる。

ここは仕事の大口取引先である社長の自宅。どうやっても悪い事でもしてないと建てられそうにない豪邸に僕と上司は招かれていた。この社長というのがとんでもないワンマン社長らしく、機嫌を損ねると大変な事態になるという、なんともそんな重大なお招きに僕を同行させること自体何かが間違ってるのだけど、滞りなく仕事の話も終わり、あとはワンマン社長のゴルフでいくらのスコアが出ただとか、海外で釣りをしただとか、そういった松方弘樹みたいな自慢話を、何の比喩もなくウンザリという表現が適切な体勢で聞いていた。そしてそこで交わされたのが冒頭の言葉だ。

「いやー、良いお付き合いをさせていただいて嬉しく思っております」

「なんのなんの!こちらのほうこそ!」

「いやいや正直本当に苦しいところでして大変助かったというか百人力というか」

「それにしてもそちらのお若い方、なんとも頼もしいですな、是非とも我が社に欲しいものですな、ガハハハハ」

そこには、ある種慣例化された規定どおりの言葉が交わされる。もちろん僕も上司もこのワンマン社長に対しては「良いお付き合いを」なんて思ってるはずもなく、「死ね」だとか「脱税で逮捕されろ」とか思っているのだけど、そんなことはおくびにもださずに極めて笑顔でシナリオ通りの言葉を発する。

向こうも向こうで、僕のような上下合わせて8000円くらいで安物なんて目じゃないスーツを着て、しかもサイズも微妙に合ってないツンツルテンのペーペーがやってきたのに「なんとも頼もしいですな」とか言っている。心のこもらない言葉の応酬、琴欧州かと思うほどの熾烈でありペラッペラのコミュニケーションに何の意味があるというのだろうか。

「おやおや、これは素晴らしい甲冑で」

とかウチの上司が言うわけなんですよ。普段はすげえ威張りくさってて、僕が職場でコーラ飲んでたら、コーラなんて子供が飲むもの、大人ならコーヒーを飲め、とか理不尽というか何かアメリカのドラマに出てきくる悪徳ボスみたいなわけの分からない怒り方を上司の癖に、ものすごい媚びへつらって言うわけなんですよ。

見ると応接室の片隅にペガサスの聖闘衣みたいな汚ったない甲冑がありましてね、僕なんか何の価値があるのか全然わからず、それどころかHARD-OFFとかのリサイクルショップの片隅に誰も買わねーだろって感じで16万とか破格の高額商品が置いてあることがありますけど、なんかそこに置いてあってもおかしくないような雰囲気しか感じられないんですよ。

「いやいや、分かるかね。これは由緒正しきウンタラカンタラ」

結局はすごい高価な品物であるってことを社長は自慢してて、上司も「大変羨ましい」みたいなこと言ってましたけど、本当に羨ましいのかその場で問い詰めたかった。あんなもんが家にあったら夜に動き出しそうで本当に怖くてたまらないぞ。

そんなこんなで全く心のこもってない規定どおりの言葉を交わす上司とワンマン社長、僕はその光景を「賞金女王上田桃子なら全然抱ける、あの傲慢そうな感じがソソル」とか全然見当違いというか、そもそも仕事に生きる社会人としてどうなのって感じのことを考えてました。

「まあまあ、夕飯でも食べていってくださいや」

「いやいや、そんな!もうそろそろ失礼しますので」

「そう言わずに!家内が腕によりをかけて作ったんですから」

みたいな、圧倒的に早く家に帰ってプレステやりたいなんて言い出してはいけない、言い出そうものなら甲冑に付属している剣で突き刺されそうな雰囲気でした。で、えびす顔のワンマン社長と上司と共にこれまでの人生でもトップ近くにランクインするであろうつまらない晩餐に突入するのでした。

まあ、いざ夕食が始まると和食っていうんですかね、老人の食事療法みたいな薄っすい料理が次々と運ばれてきまして、正直あまりに味がしなくて酷かったんですが、上司なんかは「こんな美味しいもの!眩暈がしそうです!」とか言ってんの。こっちが眩暈しそうだわ。

おまけに飯食ってるところにドーベルマンみたいな犬が入ってきましてね、何故か知らないけど入ってきた段階でトップレベルの警戒態勢。アメリカの空港かって勢いで警戒してウーとか唸ってました。

「なんて利口な犬なんだ!」

もう上司の言葉は心がこもってなさ過ぎて英語の教科書とかに出てくるサムのセリフをそのまま和訳したみたいな状態になってるんですが、さすがの僕も「おいおい、食事中に犬入れんなよ」とか思うのですが、「これは立派な犬です」とトムになりきってました。

そんなこんなで空っぽな言葉を交わしつつ厳かに晩餐が進行していったのですが、ここでのっぴきならない大惨事が。食事全体は薄味といえどもまあまあ食べられるレベルで大丈夫、これが食べられないレベルのものだと大いに苦しめられるんですけど、なんとか食べられる、一安心、と胸を撫で下ろしていると、そこに意外な伏兵が紛れ込んでいたのです。

「さあさあ、これが自慢の納豆でね」

品の良さそうな模様に彩られた小鉢に鎮座される納豆様。自慢じゃないですけど、僕は大抵のものは食べられる好き嫌いの少ない人間なんですけど、納豆だけは話が別。この世で二つだけ不必要なものが存在するならば、その一つは前述した心のこもらない言葉たち、そしてもう一つは納豆だ。

まず、糸を引いてる食品ってのがありえない。世界中どこを探してもあんなグロテスクな食べ物ないよ。もう見た目で無理。腐ってるやん。さらに臭いをかぐととても食物とは思えない、ウチの親父の靴みたいな臭いがしてくるじゃないですか。ありえないありえない。もう臭いだけでオエってなる。

こういうこと書くと、頭のおかしい読者の人から「そんなことないですよ、納豆美味しいですよ」とかメールが来るんですけど、もうすっこんでろと言いたい。こっちがチンコ痒いって言ってんのに「そんなことない、痒くないですよ」って言ってるようなもんだ。痒いものは痒いんだよ。分かりやすくなるように例えを出したら余計分かりにくくなった。

さすがに納豆だけは食べられないので、折角出していただいて申し訳ないのですが、丁重にお断りしようと上司のほうを一瞥してからワンマン社長に向き直ると、そこでバカ社長が言うわけですよ。

「実はこれは自家製の納豆でね、市販のものとは味が違うんだよ、ガハハハ」

納豆を自宅で作るとか頭おかしい。安っすいシャブでもやってんじゃねえか。核廃棄物を自宅で製造するようなものじゃないか。とにかくこのご自慢の様子から鑑みるに、どう考えても納豆を辞退することなんでできない雰囲気。かといって食べたら食べたで絶対に吐く。これまで食べた薄味の和食すらドロドロと連鎖的に吐く。虐待されて育った人が我が子を虐待するような悲劇の連鎖が起こってしまう。

なんとか上司に助けを求めようとチラリと上司に目線で合図すると、

「どうりで!市販の納豆にはない深い味わいが!」

ダメだこいつ。自分の力で何とかしなければならない。食べられないものを食べるまで開放されない、一種の食という名の監獄。不気味に糸を引く納豆を見て僕は在りし日の堀田君を思い出すのだった。

堀田君はどうしようもない子だった。小学校の入学式、友達百人できるかな、とこれから始まる小学校生活に胸を弾ませる僕の横でいきなりションベンを漏らしテロを起こしてくれたのが堀田君だった。

堀田君は豆が嫌いだった。確か小学校3年生くらいのころだったか、僕は堀田君と同じ班で、コイツ小便漏らしたんだぜ、僕にも少しかかったし、このスカトロめ!と心の中で思いつつも表面上は仲良くやっていた。

給食の時間になると班ごとに机を寄せ合って仲良く食事をすることになっていた。大好物の海草サラダがメニューに組み込まれているとあって心躍るというかココロオドルくらいの状態になっていた僕の隣で堀田君は固まっていた。

見ると、小鉢というか、無機質な銀色の容器の中には豆がぎっしりと詰まった食品が鎮座しておられた。確かに豆を煮て味付けしたんであろう食品で、中に昆布みたいな物も入っており、とてもじゃないが小学生が喜んで食べるようなものじゃない。どちらかというとシブイ食品だ。けれども僕ら見たら決して食べられないものじゃない。

しかし堀田君は違った。彼は本当に豆が嫌いだったのだ。食べられなかったのだ。今でこそアレルギーだ、食べられないだ、と子供の食に対して大らかな風潮があるが、当時は給食を残す、なんていうのは人殺しレベルの大罪だった。

堀田君は言いはしなかったけど、豆の小皿を見て固まってる姿を見たら容易に想像できた。あの日、入学式でオシッコ漏らした時のように堀田君が固まっている。助けてあげようにも担任の鬼ババアが目を光らせているのでどうすることもできない。

「残してはいけませんよ!」

刑務所の食事かと思うほどに担任はヒステリックに叫ぶ。この人は鬼だ。きっと堀田君を許さないだろう。豆が食べられない彼を叱責し、午後の授業はおろか放課後まで執拗に責め続けるだろう。食べるまで帰さないと守護神のように堀田君を見張り続けるだろう。それが彼女の教育方針なのだ。

「目を瞑って口に入れちゃえよ、あとは牛乳で流し込めばいけるよ」

「う、うん……」

見るに見かねてそっと堀田君にアドバイスする。そんな深刻さとは別に。教室の前方では男子たちによる欠席者の冷凍みかん争奪戦のジャンケンが大盛り上がりで行われていた。

「でも……」

それでも堀田君の表情は浮かない。

「でも?」

代わりに食べてやろうかとも思ったが、そんなことをして鬼ババアに見つかりでもしたら強制的に吐き出させられてそれを堀田君に食わせるかもしれない。彼女はそれぐらい頭がおかしかった。

「実は、牛乳もけっこう苦手なんだ。豆を牛乳で押し流すのも無理だと思う」

もうこりゃダメだ。豆も牛乳もダメ、そんな堀田君が豆乳なんか飲んだらどうなるんだって感じなのですが、これ以上は僕にしてやれることはない。あとは彼自身が自分の力でなんとかしなければならない。そうやって理不尽に耐えることこそが教育なのかもしれない。

「そうか、がんばれ」

そこには空虚でない言葉があった。口から発せられ中空で消えることのない。明らかに堀田君に届いて欲しいと思う言葉があった。

「うん、やってみる!」

言葉が届いたのかどうかは分からないけど、発奮した堀田君はスプーンに2,3粒の豆を乗せ、ゆっくりと口に運んだ。

「やっぱりダメだ!」

しかしそう簡単にはいかない。そもそもそんなに軽々しいなら最初から苦労はしない。堀田君はそういった類の置物みたいに何度も何度も口の近くまで運んで戻す動作を続けていた。

そろそろ給食の時間が終わってしまう。その後は昼休憩だ。そうなると堀田君の豆残しも白日の下に晒されてしまい、鬼ババアから執拗な責め苦を受けることになるだろう。このままではまた困り果てた堀田君が固まってオシッコを漏らしてしまう。何とかしてあげられないものか。無力な自分が憎い。彼を助けてあげることができない無力な自分が憎い。自分の給食を完食し、牛乳の三角パックを折り畳んでいた僕は心底歯がゆかった。どうにもならない状況に牛乳パックを押しつぶしそうだった。しかしその瞬間、ありえないイリュージョンが起こる。

なんと、あれだけ堀田君を苦しめていた豆たちが綺麗さっぱりいなくなってしまったのだ。スプーンの上にも、小皿の中にもない、一粒たりとも存在しないのだ。マジシャンでも来たのかと思う忽然っぷりだった。

「まさか、堀田君……」

「ん?全部食べちゃったよ。楽勝だね」

そう言う堀田君の半ズボンのポケットは豆の形に膨らみ、何らかの煮汁と思わしき汁が染み出してきていた。どう考えても豆がはいっとる。

こ、こいつ、やりやがった。食べられないのなら隠してしまえばいい、なんという発想の転換。禁煙してタバコが吸えなくて苦しんでいる人がマリファナに手を出すみたいなパラダイムシフトがそこにあった。

しかし、事態はそんな楽観できるものじゃない。このまま家に帰れば堀田君のお母さんが豆を残したことに気がつくだろう。そこでウチの子供がこんなことをと担任に相談したら犯行が露呈してしまう。それどころか、無事に学校から戻れるかも怪しい。なにせ午後は音楽の事業だ。歌のテストの日で、一人一人ピアノを弾く鬼ババアの前に出て歌を歌うことになっている。そこで豆の形に膨らんだポケットに目をつけられるのは確実だ。なんとか午後の授業までに証拠を隠滅しないと危ないぞ、堀田君。

僕の心配を他所に堀田君の行動は素早かった。今、こうして食器などの片づけを行っている教室で喧騒に紛れて動かざる証拠である豆を処分しようと考えたのだ。教卓付近の給食セットに向かうクラスメイトとは逆に窓のほうににじり寄る堀田君。空気の入れ替えのためか何なのか半分ほど開いた窓に極めて不自然な形で近づいた。そして、おもむろにポケットに手を突っ込むと豆を握り、一気に窓の外に投げたのだ。

その小さい手では全部の豆を掴みきれなかったのかポロポロとこぼれた豆が窓際のストーンテーブルを染める。こんなの鬼ババアに見られたら一発でバレるんだろうけど、それでも堀田君はやり遂げたのだ。ついに豆という鉄壁の城壁を、その重圧を自らの機転で乗り切り、証拠隠滅までもっていったのだ。

「やったな!」

一部始終を見ていた僕はそう言葉をかけようと堀田君に近づいた。しかし悲劇の神様はさらに堀田君を苦しめるべく奔走した。

バサッバサッ!クルックー!

堀田君が捨てた豆にひかれて鳩が集まってきやがった。ウチの学校は野生の鳩や鳥なんかに餌をあげて手懐けるという近所迷惑な行事を平然とやっていて、常に学校の周りには鳥がいて「鳥のいる小学校」とか頭おかしいことになってたのだけど、その鳥どもが餌をもらったと勘違いして教室の窓を襲った。グワーッと一斉に鳥が集まり、ヒッチコックの鳥みたいな光景に僕も堀田君も腰を抜かした。

それだけならまだ良かったのだけど、発奮した鳩だか鳥だかは、教室内に少量落ちていた豆にも目をつけついに教室侵入。決して侵してはいけない領域を汚し始めた。

給食食い終わって満腹満腹ってなっていた級友どもは突如鳥たちが教室に入ってくるもんだから大騒ぎ。女の子とか泣いてた。逆に鳥のほうもその悲鳴に驚いてバッサバッサとやるもんだからもう滅茶苦茶。まさに阿鼻叫喚の生き地獄だった。

結局、堀田君の犯行はばれてしまい、給食を残したこととセットで鬼ババアに叱責されていた。なぜか僕も共犯として裁かれ、ホント、堀田に近づくとロクなことがないと思わざるを得ない事件だった。

あれからもう20年以上の時が経ったのだろう。今でもあの小学校は鳥が集まる小学校なのだろうか。堀田君は元気でやっているのだろうか。豆は食べられるようになったかな。もうオシッコ漏らしてないかな。そんな思いが巡る中、納豆を前にあの日の堀田君のように固まる僕。

大丈夫。僕はあの日の君に教わったはずだ。自分の道を切り拓くのは他でもない自分自身だ。この納豆という巨大な壁を見事に打ち破ってみせる。あの日の君のように誤魔化してみせる。

「いやー、ホント、この粘りけとか最高!ヌメリとしてて美味しそう!」

箸で混ぜながら、その糸をひく様子にウエーってなりそうになる。なんでこんな怪我したところが膿んだみたいなのが食品としてまかり通ってるんだ、と憤慨しつつも一口サイズを箸に取り口に運ぶ。もうその臭いや感触だけでもヤバイのだけど、なんとかいったん口に入れ、それを絶妙に手の中に出す。この際に不自然ではないように口元に手を運ぶのがコツだ。

手の中にさえ移ってしまえばこっちのもので、あとはクチャクチャと食ってる振りをしてテーブルの下で頂いたお手拭みたいな布の中に納豆を隠す。これを数回繰り返して見事に納豆を食いきったように見せかけた。

「いやー、やっぱコクが違いますね、この自家製納豆は」

とか適当なことをいいつつ夕食を完食。あとは証拠を隠滅させるだけだ。

「すいません、トイレをお借りしていいですか?」

ここで極めてナチュラルに納豆入りの布を手にトイレに向かう。後はトイレに流してしまえば完全に証拠隠滅だ。やったよ堀田君、僕は見事やりきったよ。

変なライオンみたいな置物がある趣味の悪いトイレの個室に入り、証拠を隠滅しようと布を開く。

「うわー」

そこには何か得体の知れない生物が産卵したみたいな糸地獄が。これ外国人に見せても絶対に食べ物とは思わないだろ。おまけに手からも糸が出ていてスパイダーマンみたいな状態に。

あとはこれをトイレに流せば終了だ、そう思った刹那、ある一つの疑惑が巻き起こった。

「納豆はちゃんと流れてくれるのだろうか?」

普通に考えればあんな大物のウンコでも問題なく流れるトイレだ。納豆であろうとも問題なく流れてくれるだろうと推察できる。しかしながら、ここは他人様の家、まかり間違ってトイレが詰まるような事態になってしまっては全てが露呈する。あの日の堀田君のように、全てが取り返しのつかないことになってしまう。トイレに納豆流したことないからどうなるか予想もつかない。やばいやばい、危険が危ない。

いまだ動かぬ証拠を手にしてトイレから出てくる僕。どうしたものか。さすがにこの布を丸ごと持って帰るわけにはいかない。この布だってこの家のものだ。どうしたものか。凶器を隠しきれない殺人犯のように困り果てて廊下で固まっていると、そこにあのドーベルマン風の犬がやってきた。

「そうだ……こいつに!」

あの日の堀田君は、処理した豆を鳩に食われることで犯罪が露呈した。しかしもう僕はあの日のようにか弱く、無知な子供ではない。逆に動物を証拠隠滅の糧とするべきなのだ。

「ほら、食え食え」

犬が納豆食うかどうか知らないけど、思いっきり納豆つきの布を近づける。ウーとか唸って警戒レベルも最高潮。噛み殺されてもおかしくないのだけど、納豆に我を見失った僕はどうかしていた。

犬は言葉を喋れないのだけど、明らかに遺憾の意を表明します、みたいな表情してた。外国で日の丸を燃やされた時の日本政府みたいな対応してた。

明らかにやめたほうがいいのだけど、早く納豆を消滅させねばと冷静さを失っている僕は、ドーベルマンみたいな犬にさらに納豆を食わせようとする。するともう、大変なことになっちゃって、犬の口の周りが糸だらけ。見るも無残なことになってた。

「わー、やばいやばい」

と思った時には時既に遅く、新手のオシャレみたいに口の周りが納豆の糸だらけになったドーベルマンは、いざ鎌倉へ!といった勢いで飼い主のもとへ。1192作ろうといった勢いでワンマン社長の下へ。

「うわあ!ベス!なんだこれは!」

廊下に明かり落とすドア明かりの向こうからその声が聞こえた時、色々なことが終わったなと思いました。

「社長!これは病気かもしれませんよ!」

「これは納豆だろう。なんで納豆なんか」

「クゥーン」

みたいな会話が交わされ、後はもう思い出したくもないのですが、困り果てた僕は、「これは納豆が好きな犬です」とまたトムになるしかありませんでした。

まあ、多分バレバレだったんでしょうけど、ワンマン社長の表情は引きつり、それに呼応して青ざめる上司、とまあ、阿鼻叫喚の生き地獄でしてね、堀田君も草葉の陰で大変喜んでると思います。

帰り際、真っ青になってる上司が。

「社長、これからもよろしくおねがいします」

とすごい真剣に、シナリオにない感じで決死の感じで言っていました。それにワンマン社長は笑顔で答え、

「もちろんだよ、これからもよろしく頼むよ」

と、この日聞いた言葉の中で一番心のこもってない言葉を発したのでした。納豆のように粘り気のある視線でジットリと僕を睨みながら。